今日は、**「急性心筋炎(きゅうせい・しんきんえん)」**という病気の話をします。
心筋梗塞(しんきんこうそく)とは、名前は一字違いですが、まったく別の病気です。心臓の血管が詰まるのが心筋梗塞。心臓の筋肉そのものが炎症を起こすのが心筋炎です。
そして、この病気には家庭にとってやっかいな特徴があります。入口が「かぜ」であること。そして心臓の症状が出るのは、かぜの症状が出たあとだということです。
つまり、熱が下がって「治った」と思ったころが、いちばん危ない時間になり得る。
「かぜは治った」——その言葉のあとに始まる症状があります(写真はイメージです)
順番に説明します。
1. 症状——「かぜは治ったはずなんです」
私たちが呼ばれる場面は、だいたいこういう形です。
数日前に発熱があった。のどが痛くて、体がだるくて、下痢もした。市販の解熱剤を飲んで寝ていたら、熱は下がった。そこまでは、よくあるかぜの経過です。
ところが、熱が下がってからのほうが、様子がおかしい。
- だるさが取れない(横になっていても、しんどい)
- 少し動いただけで息が切れる(トイレに行く、階段をのぼる)
- 胸が重い、痛い
- 動悸がする(心臓がバクバクする、脈がとぶ感じがする)
- 横になると苦しくて、起きて座っている
ご本人はたいてい、こう言います。
「**かぜは治ったはずなんです。**なんか、変なんですけど……」 「**大げさですみません。**熱もないのに呼んでしまって」
熱がないから、家族も本人も**「呼ぶほどではないのでは」**と迷う。これが、この病気のいちばん怖いところです。
そして私たちが実際に測ると、こうなっていることがあります。
- 脈が速い(100を超えている。時に120〜140台)
- 血圧が、いつもより低い
- 手足が冷たい
- 顔色が悪く、汗をかいている
- 脈がとんでいる/逆に、やけに遅い
熱はもうない。けれど、体は「戦っている最中」の形をしていません。戦いのあとに、心臓が傷ついている形をしています。
2. 救急隊が現場で疑ったもの
「かぜのあと、だるくて息が切れる」で呼ばれたとき、正直に言えば、私たちの頭に浮かぶのはこのあたりです。
- 脱水・熱中症(夏なら真っ先に考えます)
- 肺炎・敗血症(感染がまだ続いている)
- 急性心筋梗塞・狭心症(心臓の血管の病気)
- 不整脈(脈が速すぎる/遅すぎる)
- 貧血・消化管出血(動くと息が切れる、の代表格)
- 過換気症候群・不安発作
- そして、心筋炎
現場でこの中から一つを選ぶことは、できません。
これは私の力不足の話ではなく、日本循環器学会がガイドラインにそう書いています。
ただし,急性期,慢性期を問わず,心筋炎に特異的な症状・徴候はない.循環器専門医か否かにかかわらず,初診医が症状・徴候から心筋炎の存在を疑い,診断につなげる意識をもつことがもっとも重要である. (日本循環器学会『2023年改訂版 心筋炎の診断・治療に関するガイドライン』)
**「この症状なら心筋炎」という決め手は、存在しない。**専門の医師にとってもそうなのです。ですから、家庭で見分けられなくても、それは当たり前のことです。
同じガイドラインは、こうも書いています。
ウイルス性心筋炎においては,感冒様症状を伴う胸部症状などで来院した患者に対し心筋炎の可能性を疑い,その後の検査につなげることが,早期発見の鍵となる.
「感冒様症状」とは、かぜのような症状のことです。つまり**「かぜ+胸の症状」という組み合わせ**が、専門家にとっての手がかりだと書いてある。これは家庭でも拾える形をしています。
現場で私たちが集めるのは、診断ではなく材料です。
- 脈(速い・遅い・とんでいる)
- 血圧
- 手足の冷たさ
- 心電図モニターの波形
- そして**「かぜはいつからで、胸の症状はいつからか」という時間の順番**
最後の一つは、ご家族にしか答えられません。
熱が下がったことは、治ったことと同じではありません(写真はイメージです)
ガイドラインが挙げている「徴候」は、私たちが現場で見ているものとぴたり重なります。
心不全に関しては,低心拍出徴候としての頻脈,低血圧,手足の冷感(中略)不整脈を示唆する所見として,**脈の異常(不整,徐脈,頻脈)**が認められる.
**脈が速い、血圧が低い、手足が冷たい。**この3つがそろっているとき、それは「かぜの治りが悪い」の形ではありません。
3. 病院で行われる検査と、確定診断
病院で行われるのは、だいたいこの流れです。
- 心電図——心筋の傷みを疑う異常が出ていることが多い
- 血液検査——炎症の値(白血球、CRP)と、心臓の筋肉が壊れたときに血液中に出てくる物質(心筋トロポニンなど)
- 胸のレントゲン——心臓の影の大きさ、肺に水がたまっていないか
- 心エコー(心臓の超音波)——心臓の動きが全体的に落ちていないか
- 必要に応じて心臓MRI、心臓カテーテル検査
なぜカテーテル検査までするのか。日本心臓財団の解説に、理由がそのまま書かれています。
このような心筋炎にみられる心電図や血液データの異常は心筋梗塞などの急性冠症候群でも見られるため、両者の見極めが重要です。 (日本心臓財団「心筋炎とは」)
つまり、**血管が詰まっているのか(心筋梗塞)、筋肉が炎症を起こしているのか(心筋炎)**は、検査をそろえないと区別がつかない。治療がまるで違うので、ここは病院にしかできない仕事です。
心筋梗塞のほうの話は胸じゃなくて、肩とあごが痛い——心筋梗塞にまとめてあります。
聴診、心電図、採血、エコー。この組み合わせは家庭で代わりになりません(写真はイメージです)
4. 色々検討しましたが、傷病名は「急性心筋炎」でした
現場では、熱中症も、脱水も、肺炎も、心筋梗塞も、不整脈も、貧血も考えました。
そのどれでもなく、傷病名は「急性心筋炎」でした。
かぜの症状は、間違いではなかったのです。**その同じウイルスが、のどや腸だけでなく、心臓の筋肉にも炎症を起こしていた。**それだけの話で、それがこの病気です。
そして、重症の形になったものを**「劇症型心筋炎(げきしょうがた・しんきんえん)」**と呼びます。
5. 急性心筋炎とは?
心臓の「筋肉そのもの」が炎症を起こす病気です
MSDマニュアル家庭版は、こう定義しています。
心筋炎とは、心臓の筋肉組織(心筋)に炎症が起きて壊死する状態です。
心臓は、24時間休まずに動き続けるポンプで、その本体は筋肉です。**その筋肉が炎症で腫れて、力が落ちる。**ポンプの力が落ちれば全身に血が回らなくなり、筋肉の中を走る電気の通り道が乱れれば不整脈になる——起きることは、この2つに集約されます。
原因の多くは、かぜと同じウイルスです
日本心臓財団の解説です。
原因の多くは感染性で、風邪などと同じウイルスによるものです。最初は発熱、頭痛、全身倦怠感といった風邪症状がみられ、数日後に胸痛、動悸、呼吸困難などの心不全症状が起こります。
ウイルス以外に、細菌、薬剤(がん治療で使われる免疫チェックポイント阻害薬など)、膠原病などでも起こります。ワクチンが原因になることもあり、日本心臓財団は「コロナワクチンによる心筋炎の頻度は100万回接種当たり2~3人」と数字を挙げています。原因は多岐にわたり、特定できないことも少なくありません(慶應義塾大学病院KOMPAS)。
いちばん大事なのは「時間の順番」です
日本循環器学会のガイドラインは、症状の並び方をこう書いています。
しばしば感冒様症状(悪寒,発熱,頭痛,筋肉痛,関節痛,倦怠感)や呼吸器症状(咽頭痛,咳),消化器症状(食思不振,嘔気・嘔吐,下痢)が先行し,その後数日~数週間の経過で心症状が出現する.先行する感冒様症状は,生検で心筋炎が証明された患者の36 ~89% で報告されている.
「先行し」「その後数日~数週間」——ここが、この記事でいちばん覚えて帰っていただきたい部分です。
胸の痛みについても、同じガイドラインが時間を書いています。
前胸部痛を訴えることが多く,感冒様症状出現後1 ~4週間以内に生じ,頻度は32 ~95% と報告されている.
かぜから1〜4週間。「かぜはもう治った」と本人が思っている時期が、まるごと入っています。
出てくる症状は、心不全と不整脈です
ガイドラインの分け方はシンプルです。
心臓の力が落ちたときの症状
安静時または労作時の倦怠感や,運動耐容能の低下などを認める.進行すると呼吸困難,起座呼吸など左心不全症状が出現する.
「運動耐容能の低下」とは、同じ動作なのに前より息が切れるということです。「起座呼吸」は、横になると苦しくて起きてしまうことです。夜間の呼吸困難については真夜中の呼吸困難——急性心不全にも書きました。
脈が乱れたときの症状
心房心室の期外収縮や頻脈性不整脈に起因する動悸や,頻脈性不整脈や伝導障害に起因する失神がある.また,致死性不整脈により突然死をきたすことがある.動悸,失神の頻度は6 ~25% と報告されている.
**動悸と、失神。**この2つは家庭でも分かる症状です。失神そのものの怖さは数秒の失神——自宅で倒れた60代に書きました。
慶應義塾大学病院KOMPASの記述も、家庭向けの言葉で同じことを言っています。
発熱、咽頭痛などのかぜ症状や、下痢、嘔吐などの胃腸炎に類似した症状に続いて、胸の痛みや息苦しさ、意識が遠のくような失神などがみられるのが典型的ですが、先行する自覚症状がないこともあります。
多くは治ります。ただし、幅が非常に広い
ここは正確に書きます。心筋炎の多くは治ります。
- 日本心臓財団「心筋炎の多くは急激に発症する急性心筋炎の形をとり、2~3週間で治癒しますが、重症の経過をたどる劇症型心筋炎と呼ばれるタイプもあり、また慢性化することもあります」
- KOMPAS「一般的に心筋炎が治った後の経過は良好であり、急性期をいかに乗り切るかがポイントとなります」
一方で、ガイドラインは幅の広さをこう書いています。
症状・徴候は,無症候性のものから,心原性ショックや致死性不整脈により突然死に至るものまで多様となる.臨床経過に関しても,感冒様症状から2 週間程度で自然治癒するものから,短期間で血行動態が破綻し致死的な経過を辿る劇症型心筋炎までさまざまである.
数字も、確認できたものだけ挙げておきます。
- 欧州のレジストリー研究では、急性心筋炎全体の8.6%に心原性ショックを認め、院内死亡率は2.7%
- 循環補助装置(人工心肺など)を要する劇症型心筋炎の死亡率は20〜50%程度とされ、入院30日以内の死亡が多くを占める
- 既知の心疾患がなく突然死した患者の剖検調査で、6〜14%に心筋炎が認められたとの報告がある
- 突然死の発生率は、高齢者と比較して若年者の方が高い
「若い人の病気」と言い切ることはできませんが、若くて元気だった人が、かぜのあとに突然亡くなることがある——その数少ない理由のひとつが、この病気です。街のAEDについてはまちのAEDの探し方・使い方にまとめてあります。
子どもの場合
小児のデータは、ガイドラインに国内の全国調査の数字が載っています。
- わが国の発生は0.3人/小児人口1万人と推定され、乳幼児に顕著に多い
- 全国調査で生存退院は全症例の75.6%。急性心筋炎は91.0%、劇症型は48.0%
- **突然死したスポーツ選手の最大8%**が心筋炎との報告がある
- 生存した子どもの80.2%は後遺症なく経過した
子どもの「朝、起きられない」「動くと苦しい」を別の角度から扱った記事として、子どもの起立性調節障害もあわせてお読みください。運動中の失神は、別に扱うべき症状です。
「食欲がない」「水しか飲めていない」も、伝えるべき情報です(写真はイメージです)
季節は関係ありません
「夏かぜだから軽い」ということはありません。ガイドラインが引用している海外の悉皆(しっかい)調査では、心筋炎の発症に季節性は認められていません(心外膜炎のほうには季節性が示唆されています)。
伝える順番は「かぜ→そのあと動悸」です(写真はイメージです)
「治りかけ」がいちばん見張りの薄くなる時期です(写真はイメージです)
見張るのは体温ではなく、脈と息切れです(写真はイメージです)
「大げさですみません」は、私たちがいちばんよく聞く言葉です(写真はイメージです)
家族にしか言えない一行が、診断の入口になります(写真はイメージです)
「治りかけ」の数日を、見守る時間に変えてください(写真はイメージです)

