「これくらいで救急車を呼んで、いいんでしょうか」
現場で通報してくださった方から、よくこう言われます。呼んだあとで「大げさだったかも」と気にされる方もいます。
でも、20年この仕事をしてきて確信していることがあります。迷った時間そのものが、いちばん危ないのです。
「もう少し様子を見よう」と過ごした30分・1時間が、助かる病気を手遅れにしてしまう——そういう場面を、私は何度も見てきました。
この記事では、迷わず119番を押していい5つの症状と、なぜそれが「自分で病院へ行く」ではダメなのか、そしてご家族が気づいたときに最初にすべきことを、救命士の目線でお伝えします。
「迷うくらいなら呼んでいい」——救急車は、そのためにあります
なぜ「自分で病院に行く」より119番なのか
まず知っておいていただきたいのは、119番の通報も、救急車も無料だということです。
総務省消防庁のまとめでは、2023年(令和5年)中の救急車の出動は全国で763万件あまり。1日あたり約2万件で、およそ4秒に1回、どこかで救急隊が出動している計算になります。搬送された方のおよそ7割は「急病」でした。
つまり救急車は「特別な人のためのもの」ではなく、急な体調の異変に、誰もが使っていいものです。
そのうえで、なぜ「家族の車で病院へ」ではなく119番なのか。理由は3つあります。
- 救急隊は、向かう途中から手当てを始められる——到着した瞬間から、意識・呼吸・脈を確認し、酸素投与や心電図などができます。
- 運ぶ先を選んでくれる——症状に合った、受け入れ可能な病院を探して搬送します。自力で行った病院で「うちでは診られない」となり、時間を失うことがあります。
- 途中で急変しても対応できる——自家用車の中で意識を失ったり呼吸が止まったりすれば、運転している家族には何もできません。
「病院に着くまでの時間」ではなく、「手当てが始まるまでの時間」を短くする。それが救急車の役割です。
自力で行った病院で「専門外」と言われると、そこからまた時間を失います
迷わず119番を押していい5つの症状
以下の5つは、ひとつでも当てはまれば、迷わず119番を押してよい症状です。
症状① 意識がいつもと違う
呼びかけても目を開けない、肩を叩いても反応しない、受け答えがちぐはぐ、目の焦点が合わない——こうした「意識がいつもと違う」状態は、脳や全身に重大なことが起きているサインです。
「眠っているだけ」と考えて様子を見るのは、いちばん危険な判断です。
なぜ119か:意識が低下している人を、家族が支えて車に乗せるのは非常に危険です。途中で嘔吐して喉を詰まらせたり、呼吸が止まったりしても、車内では対応できません。
家族の初動:反応がなく、ぐったりしているときは、体を横向きにして、吐いたものが喉に詰まらないようにします。そして「いつからこの状態か」を時計で確認してください。
なお、呼びかけに反応がなく、しゃくり上げるような、あえぐ呼吸をしている場合、それは正常な呼吸ではなく心停止のサインです(死戦期呼吸)。「呼吸なし」と同じと考え、ただちに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を始めながら119番通報してください。
「起こしても反応が鈍い」——それは、様子を見てはいけないサインです
症状② 15分以上続く、締めつけられるような胸の痛み
「胸が締めつけられる」「重いものが乗っている」「圧迫される」——こうした胸の痛みや圧迫感が15分以上続くときは、急性心筋梗塞を強く疑います。
痛みが肩・腕・首・あごに広がる(放散痛)こともあり、胸そのものより先に、肩やあごの痛みとして出ることもあります。冷や汗や吐き気を伴うことも少なくありません。
なぜ119か:心筋梗塞は、心臓の血管が詰まっている状態です。詰まった血管をできるだけ早く再開通させることが治療の要で、遅れるほど心臓のダメージが広がります。しかも心筋梗塞は、発症からしばらくのあいだに、突然心臓が止まる(心停止)ことが起こりやすい病気です。自分で運転して向かう途中に、それが起きたら——と考えると、救急車一択です。
家族の初動:本人が楽な姿勢(多くは少し上体を起こした姿勢)で安静にさせ、締めつける服をゆるめます。そして「痛みが始まった時刻」を必ず記録してください。
「がまんできる痛みだから」と待つあいだに、心臓は傷んでいきます
症状③ 突然の、経験したことのない激しい頭痛
「バットで殴られたような」「今まで経験したことのない」——そんな突然始まった激しい頭痛は、くも膜下出血の代表的なサインです。吐き気・嘔吐や、意識がぼんやりする症状を伴うこともあります。
くも膜下出血は、脳の血管にできたこぶ(動脈瘤)が破れて起こります。「そのうち治まるだろう」と横になっているあいだに、命に関わる状態へ進むことがあります。
なぜ119か:頭痛薬で散らせる痛みではありません。専門的な検査と治療ができる病院へ、できるだけ早く運ぶ必要があります。
家族の初動:無理に歩かせず、静かに横にならせて、刺激を与えないようにします。嘔吐に備えて顔を横に向けておくと安心です。ここでも「痛みが突然始まった時刻」を控えておいてください。
「突然」「人生でいちばん」の頭痛は、様子を見てはいけません
症状④ 息が苦しい・横になれない
安静にしていても息が苦しい、会話が続かず一息で話せない、横になると苦しくて起き上がってしまう、唇や指先が紫色っぽい(チアノーゼ)——これらは、呼吸や心臓に重大なことが起きているサインです。
とくに「横になると苦しくて、体を起こしていないと呼吸ができない」状態は**起座呼吸(きざこきゅう)**と呼ばれ、心不全などのサインとして知られています。
なぜ119か:呼吸困難の原因は、喘息の発作・心不全・肺炎・アナフィラキシーなどさまざまで、いずれも急いで手当てが必要になり得ます。酸素の投与や、状態の観察をしながら運べる救急車が適しています。
家族の初動:本人がいちばん楽な姿勢(多くは上体を起こした姿勢)をとらせ、窓を開けるなどして空気を通します。無理に寝かせないでください。
※市販のパルスオキシメーター(血中酸素を測る器具)の数字だけで「大丈夫」と判断するのは危険です。数字が悪くなくても、上のようなサインがあれば迷わず119番を。
「横になると苦しい」——それだけで、救急車を呼ぶ理由になります
症状⑤ 顔・腕・言葉の異常(FAST)
脳卒中(脳梗塞・脳出血など)を見抜く合言葉が「FAST(ファスト)」です。次のうちひとつでも「突然」現れたら、脳卒中を疑ってすぐに119番です。
| サイン | 確認のしかた | |
|---|---|---|
| F | 顔(Face) | 笑ってもらうと、顔の片側が下がる・ゆがむ |
| A | 腕(Arm) | 両腕を前に上げてもらうと、片方が下がってしまう |
| S | 言葉(Speech) | ろれつが回らない、言葉が出てこない |
| T | 時間(Time) | 症状が出た時刻を確認して、すぐ119番 |
なぜ119か:脳梗塞には、**発症からおよそ4.5時間以内の患者さんにだけ行える、血栓を溶かす治療(t-PA静注療法)**があります。使える時間が限られているため、「症状に気づいた時刻」がとても大切になります。だからこそ、FASTの「T(時間)」が合言葉に入っているのです。
家族の初動:まず119番。そして**「いつもと違う様子に最初に気づいた時刻」**を正確に伝えられるようにしておきます。症状が一度おさまっても、それは脳梗塞の前ぶれ(一過性脳虚血発作)のことがあるため、必ず受診してください。
「ちょっと笑ってみて」——顔の左右差は、家族だからこそ気づけます
住所・症状・時刻——この3つが言えれば、あとは隊員に任せてください
失った時間は戻りません。だから「早く動く」ことが最善なのです
ためらいの数分より、あなたの一本の電話が、大切な人を守ります

