今日から9月です。
先週の8月28日、厚生労働省が都道府県と保健所設置市に向けて、こういう事務連絡を出しました。
例年、夏の終わりから秋にかけて、毒キノコを食用キノコと誤認して採取、喫食したことによる食中毒が多く発生しています。
(厚生労働省 健康・生活衛生局食品監視安全課「毒キノコによる食中毒の注意喚起について」令和8年8月28日 事務連絡)
同じ文面の事務連絡が、毎年この時期に出ています。令和6年は8月30日、令和7年は9月1日、そして今年は8月28日。それくらい、決まった季節に、決まった形で起きます。
そして食品安全委員会は、こう書いています。
キノコによる食中毒の発生場所はほとんどが家庭であり、食用キノコと外見がよく似た毒キノコを間違って食べてしまうことが主な原因です。
(内閣府 食品安全委員会「毒キノコによる食中毒にご注意ください」令和6年8月29日最終更新)
山の話ではなく、台所の話です。
今日は、この「毒キノコによる食中毒」の話をします。
ただし、キノコの見分け方の話はしません。国が「見分けるのは困難だ」と書いているものを、私が絵で説明しても意味がないからです。
代わりに、家庭で使える物差しがひとつだけあります。
食べてから、症状が出るまでの時間です。
そして、その物差しは、普通の直感とは逆を向いています。
見分ける話ではなく、食べたあとの時間の話です(写真はイメージです)
順番に説明します。
なお、この記事は**特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的機関が「典型的な形」として書いている内容を、救急の現場で使う順番に並べ直したものです。
1. 症状——「ゆうべ、いただいたキノコを食べました」
その事務連絡には、昨年(令和7年)に実際に起きた事例が3件、添付されています。3件とも、発生場所は家庭です。
【事例2】 発生年月日 令和7年11月2日 発生場所 静岡県、家庭 原因 ツキヨタケ入りの麺料理 概要 山林で採取した野生キノコを調理したものを喫食したことで発症した。 患者 11名(男性5名(6歳〜71歳)、女性6名(1歳〜66歳)) 主な症状 嘔吐
【事例3】 発生年月日 令和7年11月13日 発生場所 新潟県、家庭 原因 ドクササコ入りのけんちん汁、みそ汁 概要 患者が採取した野生キノコを調理したところ家族で発症した。 患者 4名(男性2名(60代〜90代)、女性2名(60代〜80代)) 主な症状 手足の指の痛み、むくみ、熱感
(厚生労働省 事務連絡 別添「令和7年の毒キノコにおける食中毒事件の例」)
事例2を、もう一度読んでください。
患者11名。1歳から71歳まで。
一人が山で採ってきて、一皿の麺料理にして、集まった家族全員が食べています。キノコ狩りに行った人だけが中毒になるのではありません。採った人は一人でも、食べる人は家族の人数分います。
そして事例3は、けんちん汁とみそ汁です。主な症状は「手足の指の痛み、むくみ、熱感」——おなかの症状ですらありません。
このドクササコというキノコについて、食品安全委員会は潜伏期間を「数時間以上」、症状を「不快感、吐き気、しびれ感、全身倦怠感、数日後に手足末端が赤く腫れ、浮腫を起こし激痛」としています。食べた日ではなく、数日後に来るタイプです。
家庭でよく起きるのは、たとえばこういう並びです。
- 夕食に、いただきものの野生のキノコを炒めて食べた
- 食後30分から1時間ほどで、吐き気がきて、嘔吐と下痢が始まった
- 家族のうち、たくさん食べた人ほど、症状が強い
- 「食あたりだろう」と考えて、その晩は様子を見た
ここまでは、多くの人が想像する通りの流れです。
問題は、もうひとつの流れのほうです。
- 夕食に野生のキノコを食べた
- その晩は、何も起きなかった
- 翌日の朝方から昼にかけて、激しい嘔吐と下痢が始まった
- そして——1日ほどで、おさまった
こちらのほうが、危ない形です。
2. 隊員が疑うもの——「何時に食べて、何時に始まりましたか」
私たちが「キノコを食べた」と聞いたとき、真っ先に確認するのは、キノコの名前ではありません。
「何時に食べましたか」と「何時から症状が出ましたか」です。
理由は、MSDマニュアル家庭版が一文で書いています。
一般に、摂取後早期(2時間以内)に症状を引き起こすキノコは、後になって(通常6時間以降)引き起こすものより危険性は低くなります。
(MSDマニュアル家庭版「毒キノコ中毒」)
早く出るほうが、軽い。遅く出るほうが、重い。
体の感覚とは、まったく逆です。ふつう私たちは「すぐに強い症状が出た=ひどい」「何も起きなかった=大丈夫」と考えます。キノコでは、それが裏返ります。
名前ではなく、食べた時刻と症状の始まった時刻が手がかりになります(写真はイメージです)
厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル」で、実際の2つを並べてみます。
ツキヨタケ(日本でいちばん多い毒キノコ)
食後30分〜1時間程で嘔吐,下痢,腹痛などの消化器系の中毒症状が現れる。 幻覚痙攣を伴う場合もあるが,翌日から10日程度で回復する。
ドクツルタケ
食後6〜24時間後にコレラ様の症状(おう吐、下痢、腹痛)が現れるが1日でおさまり,その後24〜72時間で内臓の細胞が破壊され肝臓肥大,黄疸,胃腸の出血などの肝臓,腎臓機能障害の症状が現れ,死亡する場合がある。
(厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:キノコ:ツキヨタケ/ドクツルタケ」)
読み比べてください。
ツキヨタケは、30分から1時間で出て、回復します。
ドクツルタケは、6〜24時間かかって出て、1日でおさまり、そのあとに肝臓と腎臓が壊れます。
「おさまった」が、途中の出来事として書かれています。
「その晩は様子を見た」——キノコでは、この一晩が分かれ目になります(写真はイメージです)
3. 検査——数字で見ると、もっとはっきりします
「遅いほうが危ない」は、感覚の話ではありません。国の統計にそのまま出ています。
厚生労働省のリーフレット「毒キノコに要注意!」には、平成28年から令和7年までの発生状況の表が載っています。
10年間の合計は、事件数215件・患者数548人・死者5人です。
そのうち、多いほうから見ると——
| キノコの種類 | 事件数 | 患者数 | 死者数 |
|---|---|---|---|
| ツキヨタケ | 105 | 298 | 0 |
| クサウラベニタケ | ※25 | ※73 | ※0 |
| テングタケ | 13 | 21 | 0 |
| ドクツルタケ | ※※2 | ※※3 | ※※2 |
| ニセクロハツ | 2 | 2 | 1 |
(厚生労働省リーフレット「毒キノコに要注意!」より抜粋。※はイッポンシメジ、クサウラベニタケが疑われるので両方に計上(R3年)、※※はドクツルタケ、コテングタケモドキが疑われるので両方に計上(R6年)との注記が原表に付いています)
ツキヨタケは、患者298人で、死者0人。
10年間の患者548人のうち、半分以上がツキヨタケです。それでいて、亡くなった人はいません。食後30分〜1時間で出るキノコです。
ドクツルタケは、患者3人で、死者2人。
たった3人しか中毒になっていないのに、そのうち2人が亡くなっています。食後6〜24時間かかって出るキノコです。
いちばん多いキノコと、いちばん人を死なせるキノコは、別物です。
そして分かれ目は、見た目でも、症状の激しさでもなく、時間でした。
ドクツルタケについて、厚生労働省はもうひとつ書いています。
ドクツルタケ(Amanita virosa),タマゴテングタケ(Amanita phalloides),シロタマゴテングタケ(Amanita versa)およびその近縁種には,成熟した1本のキノコ中に10-12 mgのα-manitinを含有する。したがって,成人でも1本で死に至る危険性がある。
(厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:キノコ:ドクツルタケ」)
1本です。
4. 傷病名は「毒キノコによる食中毒」でした
病院では、血液検査で肝臓と腎臓の数値を見ます。時間が経ってから肝不全が来る型では、その数値が後から動きます。
ただし、キノコの名前が最後まで分からないことは、珍しくありません。MSDマニュアル家庭版は、そこをはっきり書いています。
中毒患者が食べたキノコを特定するのは困難な場合があるため、医師は通常、症状に基づいて治療を行います。
(MSDマニュアル家庭版「毒キノコ中毒」)
だからこそ、家族が持っている情報——何を、いつ、どれだけ食べたか——が、そのまま診療の材料になります。
肝臓と腎臓の数値は、症状が消えたあとから動くことがあります(写真はイメージです)
5. 「毒キノコによる食中毒」とは
食品安全委員会の説明が、いちばん分かりやすくまとまっています。
我が国には、正確な数はわかっていませんが、4,000から5,000種類ものキノコが存在しています。このうち、食べることができると言われているキノコは約100種類、対して食べると中毒となるいわゆる「毒キノコ」は食用の倍の200種類以上が知られています(林野庁)。残りの大半のキノコは、毒性の有無自体も分かっていません。
(内閣府 食品安全委員会「毒キノコによる食中毒にご注意ください」)
食べられるものが約100種類。毒があると分かっているものが200種類以上。そして残りの大半は、毒かどうかも分かっていない。
その上で、同じページはこう続けます。
**外見で毒キノコを見分けることは困難です。**安易に採って食べたり、人にあげたりしないでください。
「縦に裂ければ大丈夫」「虫が食べているものは食べられる」といった言い伝えを、私はよく聞きます。国の資料は、そういう個別の説を一つずつ否定するのではなく、**「外見での見分けは困難」**という一段上の書き方をしています。つまり、見た目を根拠にした判断そのものが成り立たない、ということです。
時期はほぼ決まっています
キノコによる食中毒事件も発生しており、ほぼ9割が、毎年、秋(9月から11月)に集中して起きています。
(内閣府 食品安全委員会)
今日から、その3か月が始まります。
厚生労働省のリーフレットも、発生の条件を書いています。
気温の高い夏の後に適度な降雨があり、朝晩の気温が低下すると、多くのキノコが発生する可能性があります
(厚生労働省リーフレット「毒キノコに要注意!」)
発生場所は、ほとんどが家庭だと国が書いています(写真はイメージです)
症状の型は、いくつもあります
食品安全委員会は、キノコ毒による中毒を作用別に3つに分けています。消化器障害型・神経障害型・原形質毒性型です。
このうち、命に関わるのは原形質毒性型です。
原形質毒性型は、様々な臓器や細胞に作用し、腹痛、おう吐、下痢から始まり、肝不全、腎不全、循環器不全の併発といった全身症状を呈して、死に至る場合もある、致死率が高いものです。
そして同じページの表で、消化器障害型の潜伏期間は「20分〜2時間」、原形質毒性型(コレラ様症状、肝臓、腎臓障害型)の潜伏期間は「6〜10時間以上」とされています。
ここでも、時間です。
MSDマニュアル家庭版は、後から来る型の経過をこう書いています。
症状は数日の間は治まりますが、その後、肝不全や、ときには腎不全が生じることがあります。
そして予後について、
症状は自然に消失することもありますが、このタイプの中毒を起こした人の約半数は5〜8日で死に至ります。
(MSDマニュアル家庭版「毒キノコ中毒」。この記述はタマゴテングタケ Amanita phalloides についてのものです)
「症状は数日の間は治まります」の一文が、この病気のいちばん危ないところです。
吐いて、下痢をして、翌日にはけろりとしている。家族は「治った」と判断します。本人も「もう大丈夫」と言います。そのあいだに、肝臓の細胞が壊れていきます。
このブログでは、同じ形の病気を何度か扱ってきました。痛みがいったん治まる急性胆管炎、泣いたりけろっとしたりを繰り返す赤ちゃんの腸重積症。「よくなったように見える時間」があること自体が、その病気の特徴として書かれている——それが共通点です。
「採らない・食べない・売らない・人にあげない」の四つ目が、家庭ではいちばん効きます(写真はイメージです)
食べ残しは、生ゴミではなく容器へ。原因の特定に使えます(写真はイメージです)
食べた時刻と、症状が始まった時刻。書けるのは家族だけです(写真はイメージです)
「翌朝、けろっとしていた」は、安心の材料になりません(写真はイメージです)
119番と、中毒110番。かける先が2つあります(写真はイメージです)

