60代男性、居間で「数秒だけ」失神した——目を覚ましたご本人が「大丈夫」と言った理由、それでも救急隊が搬送を強く勧めた理由

60代男性、居間で「数秒だけ」失神した——目を覚ましたご本人が「大丈夫」と言った理由、それでも救急隊が搬送を強く勧めた理由

テレビを見ていた60代男性が急に椅子から崩れ落ちた。数秒で目を覚まし『大丈夫』と言うご本人と、青ざめる奥様——現役救命士20年が『危険な失神』の5つのサインと、家族ができる3つの対応を解説します。

朝の光が差し込む日本家屋の居間。座卓と座布団だけが置かれ、人の姿はない

夏の朝、9時前。

「主人が、居間の椅子から急に崩れ落ちて……。声をかけたらすぐ目は開けたんですが、なんだか怖くて」

電話口の奥様の声は落ち着いていた。でも、語尾が震えていた。

「今は普通に話しています。『大丈夫だ』って言ってます。でも……救急車、呼んでもいいですか」

「もちろんです。すぐ向かいます。ご主人のそばを離れないで、横にならせてあげてください」

私は現役救命士で経験20年。 この電話で私の頭にすぐ浮かんだのは、「数秒で戻った失神」という言葉の危うさでした。

「大丈夫そう」に見える失神ほど、実は最も慎重に扱わないといけない——現場でそう学んできたからです。

救急隊員が見た現場のバイタル

室内の照明に照らされた居間のソファ。誰も座っておらず、脇に小さなサイドテーブルがある

到着したとき、ご主人はソファに座って、麦茶を飲んでいらっしゃった。

顔色はふつう。会話もはっきり。 「もうすっかり大丈夫です。呼んでもらったのに、申し訳ない」と笑顔まで見せてくれる。

見た目には「あ、これは軽そうだな」と誰もが思う状態。

でも、測定した数値と、聞き取った経過は、別のことを語り始めた。

現場で計った血圧・脈・体温

項目 数値 評価
意識 清明(会話・見当識ともに問題なし) 良好
意識レベル(目・声・動き) 15点(すべて正常) 良好
呼吸 16回/分 正常
52回/分(やや遅め・不整あり) 要注意
血圧 128/72 正常
血液中の酸素 98%(正常は95%以上) 正常
体温 36.4℃ 正常

参考:バイタルの正常値の目安

項目 患者の値 正常値 判定
血圧 128/72 収縮期<130、拡張期<85 正常範囲
脈拍 52回/分・不整 60〜100回/分 やや遅め+リズムの乱れ
SpO2(酸素飽和度) 98% 95〜100% 正常
体温 36.4℃ 36.0〜37.0℃ 正常

一見、ほぼ正常です。血圧も酸素も問題ない。

でも、注目したのはでした。

52回/分——ふつうは60〜100回/分。運動をされている方なら50台もあり得ますが、この方はデスクワーク中心とのこと。しかも、指で触れた脈にわずかな「飛び」がある。

そして、ご本人と奥様から経過を聞くうちに、「これは慎重に扱わないといけない」というスイッチが、私の中で入りました。

「数秒で戻った」という失神が、いちばん怖い

膝の上で静かに重ねられた高齢者の両手のクローズアップ(モノクロ)

失神とは、脳の血流が一時的に足りなくなって意識を失い、自然に回復するもの——というのが医学的な定義です(MSDマニュアル プロフェッショナル版・失神)。

そして失神には、大きく3つのタイプがあります。

① 反射性失神(血管迷走神経性失神)——比較的良性

長時間の立ちっぱなし、強い痛み・恐怖、採血、排尿・排便でのいきみなど、明らかな「きっかけ」があって起こるタイプ。

このタイプは、失神の前に「気持ち悪い」「冷や汗」「あくび」「目の前が暗くなる」といった警告症状があることが多く、意識が戻ってからも数分〜十数分は「ぼんやり感」が残るのが特徴です。

② 起立性失神——高齢者に多い

寝ていた・座っていた状態から急に立ち上がった直後に、目の前が真っ暗になって倒れるタイプ。

血圧を下げる薬、利尿剤、長期の寝たきり、脱水、貧血、パーキンソン病などの自律神経障害が背景にあります。

③ 心原性失神——命に関わる

不整脈や、心臓弁の病気、心筋症などが原因で、心臓から脳への血流が突然途絶えて起こるタイプ。

このタイプの怖さは、予告なくいきなり倒れて、目が覚めた瞬間からケロッとしていることです。

MSDマニュアルの記載を借りれば、「突然かつ自然に発生して終息する失神は、典型的には心原性の失神であり、最も頻度の高い原因は不整脈」——と明記されています。

今回のご主人は、まさにこの「典型的な心原性失神」のパターンでした。

  • 座って普通にテレビを見ていた
  • 「気持ち悪い」「クラッと来る」といった警告症状はゼロ
  • 数秒で目を覚まし、目覚めた直後から会話も見当識も完全に正常
  • 現場で触れた脈が遅く、リズムが乱れていた

心原性失神は、ほかの原因による失神と比べて、その後の予後が悪いことが知られています。日本の複数の医療機関の解説でも、「心原性失神は再発率が高く、放置すると年単位で見て高い死亡率につながる」と警告されています(新百合ヶ丘総合病院・失神…実は心臓の病気が原因のことも)。

つまり——「大丈夫そうに見える」の裏側で、次に倒れたときが命取りになる可能性があるということです。

危険な失神を見分ける5つのサイン(CHESSルール)

心電図の波形と脈拍・酸素飽和度の数値が表示された生体情報モニタの画面

海外では、救急外来で失神患者を診るときの有名な評価ツールがあります。**サンフランシスコ失神ルール(CHESSルール)**と呼ばれるものです(HOKUTO・サンフランシスコ失神ルール(CHESS)計算機)。

次の5つのうちひとつでも当てはまれば、入院しての観察が推奨されるという基準です。

頭文字 意味 チェックポイント
C Congestive heart failure 心不全の既往がある
H Hematocrit < 30% ヘマトクリット(貧血の指標)が低い
E ECG異常 心電図に異常がある
S Shortness of breath 息切れがある
S Systolic BP < 90 収縮期血圧が90未満

外部検証で感度がやや下がるという批判はあるものの、現場で「これは危ない失神か」を素早く見極めるチェックリストとして今も使われています

さらに、家族の目線で「これは危ない」と判断するためのサインを、私は現場で次のように整理して伝えています。

家族が覚えておきたい「危ない失神」の5つのサイン

  1. 警告なく、突然倒れた(気持ち悪い・冷や汗などの前ぶれがゼロ)
  2. 横になっている・座っている姿勢で倒れた(立ちくらみでは説明がつかない)
  3. 運動中・階段の上り下り・力仕事の途中で倒れた(労作時失神)
  4. 倒れて頭・顔・歯などをぶつけた(防御反応が働かないほど急だった証拠)
  5. 胸痛・動悸・息切れを伴った、または家族に若くして突然亡くなった人がいる

ひとつでも当てはまれば、「もう戻ったから大丈夫」ではなく、その場で119番か、救急外来受診を強く考えるレベルです

今回のご主人は、①(警告症状なし)と②(座って倒れた)、それに③に近い脈の乱れ——3つが当てはまっていました。

「もう大丈夫」と言うご本人に、私がお伝えしたこと

上腕にカフを巻き、手に持った上腕式血圧計の表示部を確認しているところ

現場で搬送を辞退される方は、実は少なくありません。

「今は元気だから」 「病院に行ってもきっと『異常なし』と言われる」 「休みの日に家族に迷惑をかけたくない」

お気持ちはよくわかります。

でも私はこのご主人に、こう伝えました。

「今、目の前で症状が消えているから、逆に検査が難しいんです。心臓の中で一瞬だけ起きた不整脈は、時間が経つほど証拠がなくなっていきます。今日、循環器のある病院で心電図と血液検査を受けてもらうのが、今後の突然の再発を防ぐ最短ルートです」

「もし、家に帰った夜中に同じことが起きたら——今度は隣で寝ている奥様が、朝まで気づけないかもしれません。それが心原性の失神で怖いところです」

ご主人は少し考えて、静かにうなずかれました。 奥様は、そっと目頭を押さえていらっしゃった。

搬送先は循環器内科のある地域の中核病院に決まり、私たちはご本人と奥様を乗せて出発しました。

家族ができる、失神対応の3ステップ

もし、あなたの目の前で家族が急に倒れて、数秒〜数十秒で目を覚ましたら——次の3ステップを覚えておいてください。

① まず横にならせて、両脚を少し高くする

体を起こしたり、無理に歩かせたりしないでください。仰向けに寝かせ、可能であればクッションや畳んだ毛布で両脚を少し(15〜30cm程度)高くします。

これは脳への血流を戻す、いちばん確実な応急処置です。急に座らせると、失神が再発することがあります。

② 「戻ったから大丈夫」と判断せず、次の情報をメモする

人さし指に挟んだパルスオキシメーターに酸素飽和度と脈拍数が表示されている

救急隊や医師にとって、いちばん欲しい情報は「発作の瞬間の様子」です。

  • 何をしていたときに倒れたか(座っていた/立ち上がった直後/運動中/トイレでいきんだ後 など)
  • 倒れる前に本人が「気持ち悪い」「目の前が暗くなる」などと言ったか
  • 意識がなかった時間はおよそ何秒か
  • 手足のけいれん、失禁、白目、口から泡はあったか(あればてんかんの可能性)
  • 何秒くらいで完全に受け答えできるようになったか
  • 使っている薬(特に血圧の薬、利尿剤、心臓の薬、糖尿病の薬)

③ 迷ったら119、迷いすぎるくらいなら#7119

暗い色の机の上で、片手にスマートフォンを持って通報しようとしている手元

前ぶれなく倒れた・座って・寝て倒れた・頭を打った・胸が痛いと言った・持病がある・高齢——このどれかがあれば119番。

迷う程度なら、**全国共通の救急安心センター事業「#7119」**に電話してください(総務省消防庁・救急安心センター事業(#7119))。看護師や医師が話を聞いて、救急車を呼ぶべきか、自分で受診すべきか、様子見でよいかを教えてくれます。

もしもの日のために備えておくこと

窓から日が差し込む病院の待合スペース。赤い長椅子が並び、人の姿はない

今回のご主人は幸い意識がすぐ戻り、大きなケガもありませんでした。

でも、心原性失神の背景にある不整脈や心臓の病気は、次に発作が起きたときが致命的になるリスクをはらんでいます。

もし詳しい検査で治療が必要となれば、24時間ホルター心電計での経過観察、心エコー検査、場合によってはペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)の手術が視野に入ることもあります。

その間の医療費、検査費、入院費、通院の交通費——

「まさか、そこまで話が大きくなるとは」と後悔しないために、医療保険と就業不能保険の備えを、この機会にぜひ一度見直していただければと思います。

特に以下の方には備えをおすすめします。

白い机の上に置かれた電卓とペン立て、小さな観葉植物。医療費を試算するイメージ

  • 中高年で、心臓の持病がまだ言われていない方
  • ご家族に、若くして突然亡くなった人がいる方
  • 一人暮らしのご高齢の親御さんがいる方(次の発作で発見が遅れるリスク大)

保険は「入るかどうか」で悩む前に、「今の自分に必要か」をプロと一度整理しておくだけで、判断がクリアになります。無料の見直し相談だけでも、選択肢が広がります。


「救急車って、こんなことで呼んでいいんですかね……本人はもう元気なのに」

奥様は、搬送車の中でそう小さくつぶやかれました。

私はいつもと同じお返事をしました。

「呼んでいただいて、ありがとうございます。**『大丈夫そう』に戻った失神ほど、私たちは慎重に見ます。**呼んでいただいたことが、いちばん正しい判断でした」

「呼んでよかった」と後から思うことはあっても、「呼ばなければよかった」と20年の現場で思ったことは、ほとんどありません。

どうか、迷ったら電話してください。


「数秒で目を覚ました」ときに、あなたのそばで倒れたご家族は、その先の一週間、一ヶ月、一年を、まったく別の道に進むかもしれません。

「もう戻ったから大丈夫」——その言葉の裏に、心臓が静かに送っているサインがあります。

今日この記事を読んでくださったあなたが、「危ない失神の5つのサイン」を覚えて帰っていただけたら、それだけで一件、防げる突然死があるかもしれません。

大切なご家族を守るために、この記事が少しでもお役に立てることを願っています。

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医療用の布の上に置かれた聴診器のチェストピースとチューブのクローズアップ


参考文献


※プライバシー保護のため、実際の事案を元に、年齢(10歳幅)・発生日時(季節・時間帯のみ)・発生場所など、個人が特定できる情報を改変しています。

※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、医療行為・医療診断・治療の指示ではありません。症状がある場合や心配なことがあれば、必ず医療機関を受診してください。

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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