救急の現場で、ご家族に必ず聞くことがあります。
「お薬は、いつも通り飲まれていますか」
このとき、けっこうな頻度で返ってくるのが、こういう答えです。
「そういえば、この2〜3日は飲んでいないと思います」
理由は、だいたい2つに分かれます。「食べられないから、薬だけ飲むのもどうかと思って」か、「本人が、もう調子がいいからいらないと言って」。どちらも、責める話ではありません。ごく自然な判断です。
ただ、この2つは方向が正反対の判断なのに、起きうることは、どちらも同じくらい重い。そして——ここがこの記事の話なのですが——その日の体調を見て、その場で決めるようにはできていないんです。
飲むか、やめるか。この判断だけは、具合の悪い日にその場でするようにできていません(写真はイメージです)
この記事の主な出典は、厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」(2018年5月)、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開している患者向医薬品ガイド、そして一般社団法人 日本糖尿病学会・公益社団法人 日本糖尿病協会「糖尿病患者の皆様へ:今一度シックデイ対策を」です。どれも、誰でも読める公開資料です。
先に、3つだけ
長い記事になるので、結論を先に置きます。
- **「自己判断による服薬の中止」は、国が名指しで挙げているリスク要因です。**厚生労働省の指針は、服薬がうまくいかなくなる要因の一覧のなかに、これをはっきり書いています。「うっかり忘れた」と同じ欄に、自分で決めてやめることが並んでいる、ということです。
- **やめたときに出る症状は、夏バテとほとんど区別がつきません。**PMDAの患者向け資料は、ある薬について「自己判断して使用を中止したり、量を減らしたりすると」起こりうることとして、発熱、頭痛、食欲不振、脱力感、筋肉痛、関節痛、ショックを挙げています。8月にこれが出たら、ご家族はまず「夏バテかな」と思います。
- 逆に、「食べられないのにいつも通り飲む」ほうが危ない薬もあります。日本糖尿病学会は、食事量が減っているのにいつも通り飲むと低血糖が起きうると書き、休薬する薬の名前まで挙げています。**同じ持病の薬のなかに、やめるものと、絶対にやめてはいけないものが混ざっている。**だから学会は「まずかかりつけの先生に、シックデイにはどのように対応すべきかの指示を受けてください」と書いています。
つまり、この記事でお伝えしたいのは、判断の答えではありません。**「決め方を、元気なうちにもらっておく」**という、それだけの話です。
以下、ひとつずつ原文で確認していきます。
1. 「よくなったからやめた」に、国はわざわざ注意書きを付けている
厚生労働省は2018年5月に「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」を出しています。医療者向けの文書ですが、書かれていること自体は、家庭でも十分に意味があります。
この指針には、服薬がうまく続かなくなる要因を並べた表があります(表2「服薬アドヒアランス低下の要因」)。並んでいるのは、こういう項目です。
⃝服用管理能力低下(1.認知機能の低下/2.難聴/3.視力低下/4.手指の機能障害/5.日常生活動作(ADL)の低下) ⃝多剤服用 ⃝処方の複雑さ ⃝嚥下機能障害 ⃝うつ状態 ⃝主観的健康感が悪いこと(薬効を自覚できない等、患者自らが健康と感じない状況) ⃝医療リテラシーが低いこと ⃝自己判断による服薬の中止(服薬後の体調の変化、有害事象の発現等) ⃝独居 ⃝生活環境の悪化
(厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」表2)
「目が見えにくい」「手が動かしにくい」「飲み込みにくい」といった、どうしようもない事情と同じ欄に、自己判断による服薬の中止が並んでいます。国はこれを、意志の弱さや不真面目さの話ではなく、普通に起きることとして扱っている、ということです。
そして、同じ指針には、医療者に向けてこう書かれています。
薬剤を中止する場合には、少しずつ慎重に行うなど、病状の急激な悪化や有害事象のリスクも高くなることに留意する。
(同指針「処方の優先順位と減量・中止」)
これは処方する側への注意ですが、家庭に持ち帰れることが、ひとつあります。**やめるのは、始めるより難しい。**医師が減らすときですら「少しずつ慎重に」と書かれている作業を、ご本人やご家族が、体調の悪い日に一気にやってしまうことがある——現場で起きているのは、だいたいそれです。
「今日はやめておこう」が1日で終わるとは限らない。気づくと3日、1週間になっていることがあります(写真はイメージです)
指針が「急にやめると離脱症状が出る」と名指ししているもの
同じ指針のなかで、急な中止によって離脱症状が出るリスクがあるとはっきり書かれている薬効群が、少なくとも3つあります。原文のまま引用します。
ベンゾジアゼピン系薬剤は急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する。
SSRIは急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する。
抗コリン系薬剤の多くは急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する。
(いずれも同指針「別表」より)
念のため書いておくと、これは**「この薬が危ない」という話ではありません。**指針がこれらを取り上げているのは、むしろ「高齢の方には慎重に使いましょう」という文脈です。ここで押さえたいのは一点だけ——やめるときにも段取りが要る薬がある、ということです。
睡眠薬・安定剤(ベンゾジアゼピン系)、気分の薬(SSRI)、そして尿の出をよくする薬、胃腸の薬、アレルギーの薬、パーキンソン病の薬などに広く含まれる抗コリン作用のある薬。これらは、家庭で「もういらないだろう」と判断されやすいものでもあります。
2. やめたときに出る症状が、夏バテと見分けがつかない
ここからが、8月にこの記事を書いている理由です。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)は、患者向医薬品ガイドという、患者さん本人が読むための説明文書を公開しています。副腎皮質ステロイド薬であるプレドニゾロン製剤のガイドには、こう書かれています。
この薬は、**体調がよくなったと自己判断して使用を中止したり、量を減らしたりすると、発熱、頭痛、食欲不振、脱力感、筋肉痛、関節痛、ショックなどの症状があらわれることがあります。**指示どおりに飲み続けることが重要です。
(PMDA 患者向医薬品ガイド「プレドニン錠5mg」2024年1月更新)
同じガイドの別の箇所には、こうもあります。
この薬を連用した後、**急に使用を中止すると、発熱、頭痛、食欲不振、脱力感、筋肉痛、関節痛、ショックなどがあらわれることがあります。中止する場合は徐々に減量されます。**医師の指示どおりに使用してください。
(同ガイド)
**「ショック」**という語まで書かれているのが、この文書の重さです。
そして、その手前に並んでいる言葉をもう一度見てください。発熱、頭痛、食欲不振、脱力感、筋肉痛、関節痛。
——8月に、高齢のご家族にこれが出たら、私たちは何を思うでしょうか。
熱、だるさ、食欲がない。夏のこの3つは、真っ先に「暑さのせい」に見えます(写真はイメージです)
ほぼ間違いなく、「夏バテ」か「熱中症かもしれない」です。私たち救急隊も、まずそこを疑います。症状だけを見ているかぎり、区別がつかないからです。
区別がつく材料は、症状の側にはありません。「ここ数日、薬を飲めていない/やめている」という情報の側にあります。
だからこの記事の実務的な結論は、ひとつしかありません。**飲めていない薬があるなら、それを言ってください。**受診のときも、119番のときも、救急隊にも。「飲んでいません」は、恥ずかしい報告ではなく、診断の材料です。
なお、ここで書けないこともはっきりさせておきます。**「何日やめたらこうなる」「この薬なら大丈夫」といった線引きは、この記事では出せません。**薬の種類、量、飲んでいた期間、その人の状態によって変わるからで、PMDAの資料もそこには踏み込んでいません。判断できるのは、処方した医師と薬剤師だけです。
3. 逆に、「食べられないのにいつも通り飲む」ほうが危ないこともある
ここまでは「やめる側」の話でした。ところが、まったく逆向きの注意を、別の一次資料が書いています。
日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は、「シックデイ」について、患者さん向けにこう説明しています。
糖尿病の患者さんが(中略)感染症などの病気にかかり、発熱、嘔吐、下痢、食欲不振になり、血糖値が乱れやすくなった状態を「シックデイ」と呼びます。シックデイでは、病気のストレスでインスリンの効きが悪くなって高血糖となったり、その反対に食事ができず、食べる量が少ないにも関わらず、いつも通り薬を飲んだり、注射することで低血糖がおきることがあります。
(日本糖尿病学会・日本糖尿病協会「糖尿病患者の皆様へ:今一度シックデイ対策を」2021年8月27日更新)
「いつも通り飲む」ほうが低血糖を招く、と書かれています。「薬はちゃんと飲ませなきゃ」というご家族の善意が、そのまま裏目に出る場面が、実際にあるということです。
続けて、こう書かれています。
2型糖尿病では、一般的には、シックデイで、食事量が半分以下であれば投薬を減量し、なかでも発熱、下痢などの脱水の恐れのある場合はメトホルミンやSGLT2阻害薬は休薬します。1型糖尿病では食事が取れなくてもインスリン注射を完全に中断してはいけません。
(同)
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
同じ「糖尿病の薬」のなかに、「休薬します」と書かれているものと、「完全に中断してはいけません」と書かれているものが、両方ある。
これは、ご家族が薬の名前を見て見分けられる話ではありません。私たち救急隊も、現場で判断していい領域ではありません。
「食べられた量が、いつもの半分より少ないかどうか」。学会が線を引いているのは、この一点です(写真はイメージです)
そして学会自身が、答えを家庭に丸投げしていません。同じ文書の最後は、こう締められています。
シックデイでは個別の対応が必要ですので、まずかかりつけの先生に、シックデイにはどのように対応すべきかの指示を受けてください。
(同)
「指示を受けてください」。つまりこれは、具合が悪くなってから考えることではなく、元気なうちに聞いておくこととして書かれています。
「食べられない日」は、夏には珍しくありません。珍しくないからこそ、決め方が要ります(写真はイメージです)
残っている量は、本人の申告よりも正確に事実を語ります(写真はイメージです)
決めるのではなく、決められる人に渡す。それが家族の役割です(写真はイメージです)
「たぶん2〜3日前から」でかまいません。空欄よりずっと役に立ちます(写真はイメージです)
薬の判断を家族が背負わなくていいように、先に聞いておく。それだけで、ずいぶん楽になります(写真はイメージです)
聞いた答えは、覚えておくのではなく、書いておく(写真はイメージです)

