現場に着いたとき、家族からいちばん多く聞く言葉があります。
「すみません、こんなことで呼んでしまって」
そして搬送しないと決まったときには、決まってこう聞かれます。「じゃあ、呼ばなければよかったんでしょうか」。
電話を手に取ってから押すまでの時間に、人は理由を数えます(写真はイメージです)
このブログでは、これまで**「どんな症状なら呼ぶか」**を何度も書いてきました。けれど現場に出ていて思うのは、多くの人が引っかかっているのは症状の判断ではない、ということです。
呼ぶ理由は1つでいいのに、呼ばない理由は次々に出てくる。
これは私の印象論ではありません。総務省消防庁自身が、公式サイトでこう書いています。
**様々な理由で救急要請がためらわれる場面も存在します。**例えば... ➢「なんとなく様子がおかしいけど、こんな症状で救急車を呼んでいいのだろうか。」 ➢「夜中にサイレンを鳴らして救急車がきたら近所迷惑になりそう...」 といった場面です。しかし、もしかすると、その症状は一刻を争うサインかもしれません。
**国が、呼ばない側の理由を具体的に書いている。**それだけこの問題が大きいということだと思います。
少し古いデータですが、内閣府の「救急に関する世論調査」(平成29年)では、「救急車を呼ぶか、呼ばないか迷ったことがある」人が28.5%。そして迷った人のうち、**9.8%が「何もしなかった(救急車を呼ばなかった)」**と答えています。
この記事では、その「呼ばない理由」のほうを、ひとつずつ資料で潰していきます。
呼ばない理由①「軽症だったら申し訳ない」
いちばん多い理由です。そして、いちばん誤解が大きいところでもあります。
総務省消防庁の『令和7年版 救急・救助の現況』によると、令和6年中に救急車で搬送された676万9,172人の傷病程度は次のとおりでした。
- 死亡:86,199人(1.3%)
- 重症(長期入院):491,471人(7.3%)
- 中等症(入院診療):3,017,912人(44.6%)
- 軽症(外来診療):3,171,350人(46.8%)
「軽症が半分近い」。この数字だけが独り歩きしています。
迷っているあいだも、時間は進みます
けれど、この「軽症」が何を指すのかを、同じ資料は明確に定義しています。
(4) 軽症(外来診療):傷病程度が入院加療を必要としないもの
**入院したかどうか。それだけです。**症状が軽かったかどうかでも、呼ぶ必要がなかったかどうかでもありません。
そして消防庁は、わざわざ注記を付けています。
なお、傷病程度は入院加療の必要程度を基準に区分しているため、軽症の中には早期に病院での治療が必要だったものや、通院による治療が必要だったものも含まれる。
「早期に病院での治療が必要だった」人も、軽症に入っている。
さらに言えば、この判定は病院に着いて医師が診断したあとにつくものです。玄関先で家族が判断できるものではありませんし、私たち救急隊にも、その場ではわかりません。
「軽症だったら申し訳ない」は、事後にしかわからないことを、事前に心配しているということになります。
では、「呼びすぎ」ではないのか
ここで正直に、逆の数字も出します。
同じ資料には、軽症だった人のうち、どれくらいが「救急搬送の必要性が低かった」かを推計した表があります(第27表)。
軽症(外来診療)者のうち、①接触時、見た目に緊急性がなかった、②脳卒中や急性冠症候群の疑いがなかった、③医師引継ぎまでにバイタルサイン・心電図の異常がなかった、④救急隊が応急処置を行わなかった、以上、4項目全てに該当した(救急搬送の必要性が低かった)者の占める割合は**13.6%**となっている
**軽症のうち13.6%。**実数では431,855人です。
ただし、この数字には消防庁自身が重要な注記を付けています。
上記(b)の中には、傷病者の状態によっては、①バイタルサイン・心電図を測定できなかった者、②応急処置を行えなかった者、③医療機関での診察や検査の結果、早期に治療が必要だった者も含まれるなど、機械的な簡易フローチャートに基づく概数であることに留意が必要である。
**「機械的な簡易フローチャートに基づく概数」。**しかも、その中に「早期に治療が必要だった者」が含まれうると明記されています。
そのうえで、あえて割り算をしてみます。431,855人を、搬送された676万9,172人全体で割ると——**約6%**です(この計算は、公表された実数をもとに私が行ったもので、消防庁が示している数字ではありません)。
**搬送された100人のうち、6人前後。**これが、この推計の示す範囲です。
「軽症が半分」と「呼ぶ必要がなかったのが半分」は、まったく違う話だということが伝わればと思います。
呼ばない理由②「お金がかかるのでは」
「有料化された」という話は、制度を取り違えています
「最近、救急車って有料になったんですよね?」と聞かれることがあります。
これは正確ではありません。元になっているのは選定療養という別の制度で、紹介状なしで大きな病院を受診したときの「特別の料金」の話です。そして厚生労働省は、救急の患者からはこの料金を求めてはならないとしています。
詳しくは#7119の使い方——「119を呼ぶか迷ったら」の判断ラインに、制度名と原文つきで書きました。
お金を理由に呼ぶのをやめる、という判断はしないでください。
呼ばない理由③「うまく説明できない」
これも多い理由です。症状をきちんと説明できる自信がないから、電話しづらい。
けれど、119番の会話は指令員が順番に聞いてくれる設計になっています。消防庁の資料には、こう明記されています。
119番通報をすると、指令員が救急車の出動に必要なことを、順番にお伺いします。**緊急性が高い場合は、すべてお伺いする前でも救急車が出動します。**あわてず、ゆっくりと答えてください。
全部答える前に、もう出ています。
さらに、指令員向けのプロトコルには「反応はありますか」「普段どおりの呼吸ですか」という質問に対して、「不明(判断に迷う・わからない)」という選択肢が用意されています。わからないと答えると、そのまま応急手当の口頭指導に進みます。
「わからない」は、正しい答えとして設計されています。
聞かれる順番の全体像は119番通報、電話に出た瞬間に聞かれる7つのことにまとめました。
説明は、こちらが引き出します
呼ばない理由④「本人が『大丈夫』と言っている」
これは、家族にとっていちばん抗いにくい理由だと思います。本人が嫌がっているのに呼ぶ、というのは勇気が要ります。
ただ、消防庁のリーフレット(令和7年12月発行)は、高齢者の項目の最後にこう書いています。
◎その他、いつもと違う場合、様子がおかしい場合◎ 高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。
**「自覚症状が出にくい」。**つまり、本人の「大丈夫」は、大丈夫であることの根拠にならない場合がある、と国の資料が言っています。
「大丈夫」と言える状態かどうかを、本人が判断できないことがあります
現場の実感としても、これはそのとおりです。普段を知っている家族の「いつもと違う」のほうが、本人の申告より当たることが少なくありません。
そして、国の市民向け手引きである『救急蘇生法の指針2025(市民用)』は、もっと踏み込んで書いています。急性心筋梗塞の項です。
本人はしばしば「救急車は大げさなので、呼ばないで」などと遠慮し、自家用車やタクシーで病院に向かいがちですが、移動中に容態が悪化する可能性もあるので、その場合にも対応が可能な救急車を利用してください。
脳卒中の項では、さらに直接的です。
脳卒中を疑う症状に気づいたら、ためらわずに119番通報します。(中略)本人はしばしば遠慮しますが、周囲の人が強く説得して119番通報します。
**「周囲の人が強く説得して」。**国の手引きが、ここまで書いています。本人の遠慮は、押し切ってよいものとして扱われています。
夜間の遠慮が、いちばん取り返しにくい時間帯をつくります
コップ1杯で確かめられることがあります

迷った時間は、あとから取り戻せません

