夏休みが終わりに近づくこの時期、私の周りでよく聞く相談があります。
「うちの子、朝どうしても起きてこないんです。昼を過ぎると元気なんですけど」
救急の仕事をしていると言うと、こういう話を向けられることがあります。多くの場合、相談してくるお父さん・お母さんは、すでに一度は本人を叱っています。そして、叱ったあとで、なんとなく後味が悪くて、誰かに確かめたくなっている。
この記事は、その「確かめたい」に答えるために書きます。
午前に強く、午後に軽くなる。この形には、名前がついています(写真はイメージです)
主な出典は、一般社団法人 日本小児心身医学会が一般向けに公開している「起立性調節障害」のページと、同学会の2本の声明、そして**日本循環器学会/日本小児循環器学会合同ガイドライン「フォーカスアップデート版 学校心臓検診のガイドライン」(2025年3月29日発行)**です。あわせて、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会の『救急蘇生法の指針2025(市民用)』を使います。すべて、誰でも読める公開資料です。
先に、3つだけ
長い記事になるので、結論から置きます。
- 「朝起きられない・立ちくらみ」には、起立性調節障害(OD)という身体の病気があります。日本小児心身医学会は、有病率を軽症例も含めて中学生の約10%、不登校の約3-4割にODが併存すると書いています。そして同じページに、家族が「怠けている」と受け取ることが、子どもの心理的ストレスになり、自律神経を介して症状を悪化させるとまで書かれています。
- **ただし、「運動中・運動直後に倒れた」だけは、まったく別の扱いになります。学校心臓検診のガイドライン2025年版は、肥大型心筋症の1次検診で留意すべき項目として「動悸や呼吸困難,胸痛,運動時の失神はかならず抽出する」と書き、リスク評価の項目に「失神(とくに運動中)」**を挙げています。すぐ意識が戻っても、です。
- **倒れて、反応がなく、普段どおりの呼吸がないなら、迷わず119番と胸骨圧迫です。**このとき、けいれんのような動きに惑わされないでください。『救急蘇生法の指針2025』は、心停止の直後にひきつるような動きが起こりうることを明記しています。
この3つは、順番に読むと矛盾しているように見えるかもしれません。**「怠けではない」と「危険なこともある」を、どう両立させるか。**それがこの記事の本題です。
1. 起立性調節障害(OD)とは、何という病気なのか
まず、学会の定義をそのまま引きます。
起立性調節障害(Orthostatic Dysregulation:OD)は、立ち上がった時に頭痛、めまい、倦怠感などの症状がでる病気で、血圧や心拍数など循環器系の自律神経の調節に不調をきたすことが原因になります。思春期に発症しやすく、午前に症状が強いため、学校生活に支障をきたすことがあります。
— 日本小児心身医学会「起立性調節障害」
ポイントは3つあります。
- 「病気」と書かれていること。気持ちの問題、という書き方はどこにもありません。
- 原因は**「血圧や心拍数など循環器系の自律神経の調節」**の不調。つまり、立ち上がったときに、脳へ届く血の巡りがうまく保てないということです。
- 「午前に症状が強い」。だから、学校に支障が出ます。
午前がいちばんつらい。そういう形をした病気があります(写真はイメージです)
症状のリスト
学会が挙げている症状は、次のとおりです。
ODの症状には頭痛、立ちくらみ、めまい、朝の起床困難、怠さ、食欲低下、失神などがあります。
症状は、午前に強く午後に軽減する傾向があります。また、立ったり座ったりすると症状が強まり、横になると軽減します。雨の前など気圧変化の影響も受けやすいことが特徴です。
夜に目がさえて寝られず、起床時刻が遅くなり、悪化すると昼夜逆転生活になることもあります。
この3段落を、家庭の言葉に置き換えると、こうなります。
| 家庭で見えること | 学会の記述 |
|---|---|
| 朝、何度起こしても起きない | 朝の起床困難 |
| 起き上がると「気持ち悪い」と言う | 立ちくらみ・めまい・気分不良 |
| 午後や夕方には元気になる | 午前に強く午後に軽減 |
| 横になるとラクそうにしている | 横になると軽減 |
| 夜は目が冴えていて寝ない | 夜に目がさえて寝られず |
立ったり座ったりすると症状が強まり、横になると軽減する。学会はそう書いています(写真はイメージです)
そして、この最後の行——「夜は元気なのに朝は起きない」が、家族にいちばん誤解される部分です。学会の記述の順序を読むと、「夜に寝ないから朝起きられない」のではなく、症状のひとつとして夜に目がさえるという書き方になっています。因果の向きが、家庭で思われているのと逆に読める、ということです。
(ここは私の読み取りですので、断定はしません。ただ、少なくとも**「夜更かしが原因だ」と学会が書いているわけではない**、ということは確かです。)
2. 学会が名指しで書いている、いちばん大事な一文
治療の項目の冒頭に、「疾病教育」という見出しがあります。そこにこう書かれています。
子どもの多くはODの症状の原因がわからず不安になっています。一方、家族の多くはOD症状を精神的なもの、気持ちの問題と考えてしまい、子どもが怠けているからなどネガティブにとらえがちです。それは子どもにとって心理的ストレスとなり、自律神経を介してOD症状を悪化させてしまいます。
この記事でいちばんお伝えしたいのは、この一文です。
学会は、家族の受け取り方そのものを「治療」の項目に入れています。「まず薬」でも「まず検査」でもなく、1)疾病教育が最初に来ている。そして、その中身が「親子に丁寧に説明することで、親子とも不安を軽減できます」です。
現場の感覚で言えば、これは珍しいことではありません。家族の理解が、そのまま本人の状態に効いてくる病気は、ほかにもあります。ただ、公的な学会の資料に、ここまではっきり「怠けているととらえがち」「それが悪化させる」と書かれているのは、かなり強い書き方だと思います。
「怠けている」ととらえることが、症状を悪化させる。学会がそう書いています(写真はイメージです)
数字のほうも見ておきます
ODの有病率は軽症例も含めて中学生の約10%と多くの子どもたちを苦しめている病気で、不登校の約3-4割にODが併存することから、家族だけでなく学校の理解も大切になります。
中学生の約10%。1クラス35人なら、3人か4人という計算になります。「うちの子だけ」ではない、という意味で、この数字は家族にとって意味があります。
不登校の約3-4割にODが併存。ここは読み方に注意が必要です。学会が書いているのは「併存する」であって、「ODが不登校の原因である」とは書いていません。順番はどちらもありえます。それでも、「学校に行けない」の背後に身体の病気が隠れていることが、決して珍しくないという事実は、覚えておく価値があります。
3. ここが救急救命士としていちばん言いたいところ——「ODだ」と家庭で決めないでください
学会は、診断の手順を5段階で書いています。1段階目はこうです。
立ちくらみ、失神、気分不良、朝の起床困難、頭痛、腹痛、動悸、午前中に調子が悪く午後に回復する、食欲不振、車酔い、顔色が悪いなどのうち、3つ以上、あるいは2つ以上でも症状が強ければ起立性調節障害を疑います。
ここまでは、家庭でも当てはめられます。11個のうち3つ、思い当たる方は多いはずです。
問題は、2段階目です。
鉄欠乏性貧血、心疾患、てんかんなどの神経疾患、甲状腺などの内分泌疾患など、基礎疾患を除外します。
除外する、と書かれています。つまり学会の手順では、ODという診断は「ほかの病気ではないと確かめたあとに」つくものです。そして、除外すべきものとして名前が挙がっているのが、貧血・心臓の病気・てんかんなどの神経の病気・甲状腺などのホルモンの病気の4つです。
3段階目以降は、新起立試験という検査を行い、**起立直後性低血圧(INOH)/体位性頻脈症候群(POTS)/血管迷走神経性失神(VVS)/遷延性起立性低血圧(DeOH)**のどのサブタイプかを判定し、重症度を評価する——と続きます。家庭でできる工程は、ひとつもありません。
だから、この記事の立場ははっきりしています。
「ODかもしれない」と思ったら、それは受診の理由であって、様子見の理由ではありません。
「ODっぽいから、しばらく様子を見よう」は、学会の手順を1段階目で止めてしまっている状態です。2段階目に、心臓とてんかんが入っている——これが、救急の側から見て、いちばん見過ごせない部分です。
4. 「運動中に倒れた」だけは、別の話として扱ってください
ここからが、この記事のもう半分です。
日本循環器学会/日本小児循環器学会合同ガイドライン「フォーカスアップデート版 学校心臓検診のガイドライン」(2025年3月29日発行)を読むと、失神という言葉が繰り返し出てきます。そして、そこには必ず「運動中」という条件がついています。
肥大型心筋症の項では、1次検診で留意すべき項目として、こう書かれています。
(8)動悸や呼吸困難,胸痛,運動時の失神はかならず抽出する.
「抽出する」というのは、学校心臓検診で精密検査に回すという意味です。そして「かならず」という語が使われています。
さらに、リスク評価に必要な検査の項目には、こうあります。
(2)失神(とくに運動中),けいれん,胸痛,心停止あるいは持続性VTの既往歴
そして、管理指導区分の条件の最初の1行が、これです。
(1)突然死のほとんどは運動中であるため,運動制限を行う.
不整脈の項でも、繰り返し同じ注釈が置かれています。
不整脈が疑われる失神やけいれんの既往または若年性心臓突然死の家族歴がある場合は積極的に抽出する(抽出区分A).
同じ「倒れた」でも、いつ倒れたかで扱いが変わります(写真はイメージです)
なぜ「運動中」で線が引かれるのか
私の理解を、なるべく素直な言葉で書きます。
立ち上がったときにフラッとするのは、重力に対して血の巡りが追いつかない現象です。だから、横になれば戻ります。学会が「横になると軽減します」と書いているのは、この形です。
一方、**運動しているとき、体は血を全身に送り出すために、心臓をいちばん強く働かせています。**その最中に意識が飛ぶというのは、いちばん働いているはずのポンプが、その瞬間に仕事をやめた可能性がある、ということになります。だから「かならず抽出する」なのだと、私は受け止めています。
「突然死のほとんどは運動中である」——ガイドラインの一文です(写真はイメージです)
(この「なぜ」の部分は、ガイドラインに理由として明記されているわけではありません。ガイドラインに書いてあるのは「運動時の失神はかならず抽出する」「突然死のほとんどは運動中である」という事実のほうだけです。理由づけは私の説明であり、ここは分けて読んでください。)
もうひとつ、怖い記述があります
同じガイドラインの、肺高血圧症の項に、こう書かれています。
診断される前に喘息,てんかん,血管迷走神経性失神と診断されているケースがある
「血管迷走神経性失神と診断されていた」——つまり、よくある立ちくらみ型の失神だと思われていた子が、あとから別の病気だとわかった例がある、ということです。
これは、この記事の前半と後半をつなぐ一文でもあります。**ODのサブタイプのひとつが、まさに「血管迷走神経性失神(VVS)」です。**だからこそ、2段階目の「心疾患を除外します」が効いてくるわけです。
家庭で使える線引き
一次資料に書かれていることだけで、線を引きます。
| 倒れた場面 | 一次資料が言っていること | 家庭でやること |
|---|---|---|
| 運動中・運動直後 | 「運動時の失神はかならず抽出する」「失神(とくに運動中)」(学校心臓検診GL2025) | すぐ意識が戻っても、必ず医療機関へ。学校にも必ず伝える |
| 朝、起き上がったとき/長く立っていたとき | 「立ったり座ったりすると症状が強まり、横になると軽減します」(小児心身医学会) | 横にして安全を確保。落ち着いたら小児科を受診(自己診断はしない) |
| 反応がない/普段どおりの呼吸がない | 心停止の対応(指針2025) | 119番+胸骨圧迫。AEDを持ってきてもらう |
| けいれんのような動きがあった | 「不整脈が疑われる失神やけいれんの既往…積極的に抽出する」(GL2025) | 押さえつけず、口に物を入れず、必ず受診。運動中なら心臓の検査へ |
判断の軸は、けいれんの有無ではなく、反応と、普段どおりの呼吸です(写真はイメージです)
水分1日1.5〜2リットル、塩分は普段の食事+3g。学会が数字で書いている数少ない項目です(写真はイメージです)
「毎日30分程度の歩行を行い、筋力低下を防ぐ」。ただし、診断がついたあとの話です(写真はイメージです)
学校が始まる前に、予約をひとつ入れる。それだけで変わることがあります(写真はイメージです)

