九月に入って、朝晩の空気が変わりました。
昨日の朝の記事では毒キノコによる食中毒を、夕方の記事では急性大動脈解離を書きました。どちらも「これから寒くなる季節に増えていく側」の話でした。
今日は、その「寒くなる」ことそのものが原因になる病気の話をします。
そして、この病気には、家族がいちばん見間違えやすい合図があります。
ふるえが、止まることです。
標高が上がれば、九月でも空気は冷たくなります(写真はイメージです)
1. 症状——「さっきまで、あんなに寒がっていたのに」
はじめにお断りしておきます。**これは特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的資料に書かれている典型的な症状の並び方を、家庭で見える形に置き直したものです。
典型的には、こういう順番で進みます。
歩いているうちは熱が作られています。止まったときからが分かれ目です(写真はイメージです)
はじめは、はっきり「寒い」と言います。
体が大きくふるえます。歯がカチカチと鳴ります。声も震えます。誰が見ても「寒がっている」と分かる状態です。
次に、そのふるえが止まります。
家族から見ると、落ち着いたように見えます。「やっと震えがおさまった」「上着を着せたのが効いた」と思います。
ですが、このあと続くのは、こういう変化です。
- 動作が、遅くなる。ぎこちなくなる
- 話しかけてから返事が返るまでが、長くなる
- 話の中身が、ぼんやりしてくる
- 「もう少し休んでいく」と言って、その場に座り込む・横になろうとする
そして本人は、もう「寒い」とは言いません。
MSDマニュアル家庭版の「低体温症」の項は、この順番をそのまま書いています。
低体温症の初期症状には、体が激しくふるえる(シバリング)、歯がカチカチ鳴るなどがあります。体温がさらに低下すると以下のような症状がみられます。
ふるえ(シバリング)が止まる。 動作が遅く、ぎこちなくなる。 反応までの時間が長くなる。 思考がぼんやりする。 判断力が損なわれる。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」/最終更新 2024年11月)
読み間違えようのない位置に置かれています。「体温がさらに低下すると」の直後、いちばん上が「ふるえが止まる」です。
同じページには、こう続きます。
これらの症状は**極めてゆっくり現れるため、本人も周囲の人も、何が起こっているのかなかなか気がつきません。**転んだり、ふらふらとさまよったり、休もうとして横になったりすることもあります。
(同)
「本人も周囲の人も、なかなか気がつきません」——公的な医学情報が、ここまではっきり「気づけない」と書いている症状は、そう多くありません。
2. 現場で、私たちが考えていること
私たちが到着したとき、まず見るのは体温計の数字ではありません。その人が、どういう場所に、どれくらいの時間いたかです。
- 濡れていないか(雨、汗、沢の水、失禁)
- 風が当たり続ける場所にいなかったか
- 動けない時間が、どれくらい続いたか
- お酒を飲んでいないか、眠くなる薬を飲んでいないか
そのうえで、意識の状態を見ます。呼びかけへの反応の速さ、話のまとまり、目の動き。
ここで、私たちは同時に**別の病気も考えています。**受け答えがはっきりしない高齢の方を前にしたとき、原因の候補は寒さだけではありません。低血糖、脳卒中、薬の影響、感染症——どれでも同じように見えることがあります。
だから現場では「低体温症だと決める」のではなく、「体を冷やさないようにしながら、他の原因も同時に潰していく」という進め方になります。ここは家庭でも同じで、**原因を当てる必要はありません。**冷やさないようにして、呼ぶ。それで十分です。
風とガスの中では、体感と実際の熱の奪われ方が一致しません(写真はイメージです)
3. 病院で確かめること——「体温を測る」の意味が違う
病院に着いてから確かめるのは、**深部体温(体の中心の温度)**です。
MSDマニュアル家庭版は、こう書いています。
医療従事者は体温を測定することで低体温症を診断し、典型的には直腸用の電子体温計を用います。低体温症は、深部体温が35℃以下に低下した場合に診断されます。
(同)
プロフェッショナル版は、より直接的です。
診断は口腔温ではなく深部体温を電子体温計で測定することによる。直腸および食道のプローブによる測定が最も正確である。
(MSDマニュアル プロフェッショナル版「低体温症」)
つまり、**家庭でわきの下に挟む体温計では、この病気の重さは測れません。**これは家族の落ち度ではなく、道具の性質の話です。
だから、この記事では最後まで「何度だったら呼ぶ」という書き方をしません。家庭で見るのは、数字ではなく反応です。
さらに、原因を切り分けるための血液検査も行われます。
低体温症が感染症や甲状腺機能低下症などの病気によって引き起こされたかどうかを見極めるために、血液検査などが行われます。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」)
寒い場所にいたことが分かっていても、病院は「寒かったから」で終わらせません。体温が下がった原因が、体の中にあることがあるからです。
4. 傷病名は「低体温症」でした
深部体温が35℃を下回っていれば、傷病名は低体温症です。
重症度は体温で分けられます。MSDマニュアル プロフェッショナル版は、Wilderness Medical Society の臨床実践ガイドラインによる区分として、次の3段階を挙げています。
軽度:32~35℃ 中等度:28~32℃ 重度:28℃未満
(同)
そして家庭版は、行き着く先をこう書いています。
体温が低くなるほど、死亡のリスクは増大します。体温が31℃を下回ると死に至るおそれがありますが、死亡例の大半は体温が28℃を下回った場合です。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」)
5. 低体温症とは——「ふるえ」は、体が熱を作っている音です
なぜ「ふるえが止まる」が悪化の合図なのか。ここが、この記事のいちばん大事なところです。
ふるえ(シバリング)は、筋肉を細かく動かして熱を作っている状態です。体が全力で体温を保とうとしている、その働きそのものです。
その働きが、続かなくなる。MSDマニュアル プロフェッショナル版の一文が、いちばん短くこれを説明しています。
**激しいシバリングが最初に生じるが,次第に鎮まり,これによって体温はより急激に降下する。**体温が低下するにつれて中枢神経機能が低下し,**寒さを感じなくなる。**嗜眠と巧緻運動障害に続いて錯乱,易刺激性,ときに幻覚が生じ,ついには昏睡に陥る。
(MSDマニュアル プロフェッショナル版「低体温症」)
二か所、線を引いてください。
「次第に鎮まり,これによって体温はより急激に降下する」——ふるえが止まったあと、体温はそれまでより速く下がります。ふるえは、下がる速さにブレーキをかけていたものです。ブレーキが外れた、というのが、ふるえが止まるということです。
「寒さを感じなくなる」——本人が「寒くない」と言うのは、暖まったからではありません。寒さを感じる働きのほうが落ちたからです。
だから、こうなります。
「寒い、寒い」と言ってふるえている人より、「もう寒くない」と言ってふるえていない人のほうが、危ないことがある。
家庭版も、同じ地点をもう一度書いています。
**ふるえ(シバリング)が止まったら、動作がますます鈍くなり、昏睡状態に陥ります。**心拍や呼吸が遅く弱くなります。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」)
日本の学会は、体温の数字で同じことを書いています
ここまでMSDマニュアルの記述で説明してきましたが、日本救急医学会の医学用語解説集にも「偶発性低体温症」の項があり、同じことが体温の区分つきで書かれています。
一般的に、**軽度低体温(35~32℃)、中等度低体温(32~28℃)、高度低体温(28℃以下)**に分類される。軽度低体温では骨格筋は戦慄(shivering)するが、中等度低体温では戦慄は消失し、高度低体温では筋は硬直する。同様に体温の低下は、神経系では感情鈍磨から昏睡状態へ、呼吸系では頻呼吸から徐呼吸・呼吸停止へ、循環系では頻脈から徐脈・心停止へといずれも抑制的に働く。
(一般社団法人日本救急医学会 医学用語解説集「偶発性低体温症」)
「戦慄(せんりつ)」というのは、ふるえのことです。
そして学会は、それが**消える体温を「32℃」と書いています。**35〜32℃のあいだはふるえる。32℃を切るとふるえが消える。ふるえが止まったというのは、すでに中等度に入っているかもしれない、という意味になります。
家族が「震えがおさまってよかった」と感じるその場面が、学会の分類ではひとつ下の段に落ちた瞬間として書かれている——ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
ふるえているうちは、体がまだ熱を作っています(写真はイメージです)
「濡れ」と「風」が、条件を変える
日本の市民向けの公的指針にも、低体温症は載っています。**『救急蘇生法の指針2025(市民用)』**です。
そして、載っている場所が重要です。この記述は「Ⅳ 突然の心停止を防ぐために」という章の中にあります。心臓突然死、お風呂での心停止、熱中症、運動中の心停止、アナフィラキシー——そのすぐ隣に、低体温症が並んでいます。
何らかの原因で体温が35℃以下に低下した状態を低体温症といいます。体温がさらに低下すると意識がなくなり、**やがて心停止に至ります。**けがで動けなくなったときや、お酒や眠気を催す薬を飲んだ後に、屋内・屋外にかかわらず寒いところに長時間いると低体温症になります。衣服が濡れていると体から熱が奪われ、低体温症のリスクが高まります。高齢者は寒さを感じにくくなるため、暖房を適切に使わずに低体温症になることもあります。
(一般財団法人日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会 監修『救急蘇生法の指針2025(市民用)』p.17)
短い段落ですが、条件がすべて入っています。濡れていること。動けないこと。お酒。眠くなる薬。そして「屋内・屋外にかかわらず」。
MSDマニュアル プロフェッショナル版も、同じことを別の言い方で書いています。
濡れた衣服および風は低体温症のリスクを高める。
(MSDマニュアル プロフェッショナル版「低体温症」)
雨具を持っていくかどうかは、濡れて不快かどうかの話ではありません。熱が奪われる速さを決める話です。
濡れた衣類は、着ているだけで熱を奪い続けます(写真はイメージです)
気温がひとケタでなくても起こります
「低体温症は雪山の話」と思われがちですが、家庭版はこう書いています。
低体温症になるリスクは、例えば脳卒中やけいれん発作を起こしたり、中毒などによって意識不明になったり、低血糖や外傷などの理由で、**寒い場所に横たわって動かずにいる場合に最も高くなります。**体を動かして熱を生産することができず、また寒い場所から移動することもできないからです。このようなケースでは、周囲の気温が13~16℃程度でも低体温症になるリスクがあります。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」)
**13〜16℃。**九月の朝、標高の高い山ならふつうに出る気温です。そして本州の平地でも、十月から十一月の明け方はこの範囲に入ります。
条件は「気温が低いこと」だけではありません。動けないことが加わったときに、この気温帯が危険域になります。
6. 山だけの話ではありません——屋内で起こる低体温症
ここまで山の話をしてきましたが、この病気の入口はもうひとつあります。
非常に高齢の人では、寒い部屋で何時間もじっと座っていると、屋内で低体温症になることがあります。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」)
プロフェッショナル版は、その理由まで書いています。
**高齢者ではしばしば温度覚が低下し,移動能力およびコミュニケーションが障害されているため,非常に寒冷な環境に居続ける傾向にある。**こうした障害と皮下脂肪の減少とが相まって,ときに寒冷な部屋では屋内であっても高齢者に低体温症が生じる。
(MSDマニュアル プロフェッショナル版「低体温症」)
さらに家庭版は、加齢そのものが「ふるえ」の力を弱めると書いています。
加齢により、寒さに適応する能力が損なわれます。加齢に伴って、ふるえ(シバリング)による熱生産量が減少したり、体の表面の血液を中心部に効率よく戻せなくなります。また、皮下脂肪が減ると、熱放散を防ぐ遮蔽効果が弱まります。
(MSDマニュアル家庭版「低体温症」)
つまり高齢の方は、**「寒さに気づきにくい」と「ふるえで熱を作る力が弱い」が、同時に起きています。**この記事の第5節で書いた「ふるえが止まる」という合図が、そもそも出にくい、あるいは短い、ということです。
同じ場所に長く座っていることが、条件のひとつになります(写真はイメージです)
日本で調べた結果も、同じ向きでした
「屋内でも起こる」は、海外の教科書の話にとどまりません。**日本救急医学会「熱中症に関する委員会」**が、2010年12月からの3か月間、全国の救急医療機関を受診した低体温症の症例を集めた調査があります。
68医療機関から収集された418例の内訳について、男性:女性は235:182(不明1)(平均年齢70.4歳)、軽症:中等症:重症は26:143:160(不明89)、寒冷環境暴露:非暴露は316:88(不明14)、**屋内発症:屋外発症は303:100(不明15)**であった。
考察:本邦における冬季の低体温症例は、屋内で高齢者に起こりやすく、低体温環境への長期暴露を防止するとともに、体調管理や原疾患の適切なコントロールに周囲の関係者が配慮する必要がある。
(日本救急医学会 熱中症に関する委員会「本邦における低体温症の実際 −Hypothermia STUDY2011最終報告−」日本救急医学会雑誌 2013; 24: 377-89)
**屋内303例に対して、屋外100例。**平均年齢70.4歳。冬季3か月・救急医療機関を受診した例に限った調査ですが、日本で、屋内のほうが多かったという結果です。
同じ報告の緒言には、こうも書かれています。
一人暮らし25%、日常生活で何らかの障害を有する場合が40%を超えており、熱中症と同様に環境要因と身体要因、そして社会要因が複雑に関連して発症する低体温症の特徴が浮き彫りとなり…
(同)
「周囲の関係者が配慮する必要がある」——学会が考察の結論としてこう書いている病気です。本人が気づける前提で書かれていません。
夏に熱中症で書いたことと、向きは逆ですが構造は同じです。「本人の自覚」を判断材料にできない。それが、高齢の方の体温トラブルに共通する難しさです。
7. 秋の山で、何が起きているか——警察庁の統計
警察庁が毎年公表している『令和7年における山岳遭難の概況等』(令和8年6月18日)を見ておきます。
令和7年の山岳遭難は、発生3,122件、遭難者3,623人、うち死者・行方不明者332人でした。前年からいずれも増えています。
態様別(何が起きたか)は、こうなっています。
| 態様 | 人数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 道迷い | 1,119人 | 30.9% |
| 転倒 | 694人 | 19.2% |
| 滑落 | 626人 | 17.3% |
| 疲労 | 356人 | 9.8% |
| 病気 | 294人 | 8.1% |
| 悪天候 | 43人 | 1.2% |
(警察庁生活安全局生活安全企画課『令和7年における山岳遭難の概況等』表5「態様別山岳遭難者」より作成)
ここで先にお伝えしておきたいことがあります。**この表に「低体温症」という区分はありません。**同じ資料の全文を確認しましたが、「低体温」「凍死」という語は一度も出てきません。ですから、「山岳遭難の何%が低体温症です」という数字は、この資料からは出せません。
そのうえで、「疲労」の欄だけ、構成比の推移を並べておきます。
令和2年 6.3% / 令和3年 6.6% / 令和4年 8.2% / 令和5年 9.1% / 令和6年 10.2% / 令和7年 9.8%
(同・「態様別山岳遭難者構成比の推移」)
**この6年で、6.3%から9.8%へ上がっています。**疲労が低体温症だ、とは警察庁は書いていません。ただ、第5節で見たとおり、動けなくなって同じ場所にとどまることは、低体温症の条件のいちばん上にあります。
年齢の内訳も見ておきます。
遭難者のうち40歳以上が2,739人と全体の**75.6%を占め、また、60歳以上が1,723人と全体の47.6%**を占めている。また、**死者・行方不明者では、40歳以上が304人と全体の91.6%を占め、60歳以上が221人と全体の66.6%**を占めている。
(同)
遭難した人の半分近くが60歳以上。亡くなった人・行方不明の人では3人に2人が60歳以上です。
そして、ひとりで行くかどうかで、結果がはっきり変わります。
単独登山(「山菜・茸採り」、「観光」等を含む。)遭難者1,367人のうち、**死者・行方不明者は209人で、15.3%**を占めており、複数登山(2人以上)遭難者の死者・行方不明者の割合(5.5%)と比較すると9.8ポイント高くなっている。
(同)
**単独15.3%に対して、複数だと5.5%。**倒れたときに、隣に気づく人がいるかどうかの差です。低体温症は「本人も周囲の人もなかなか気がつかない」病気ですが、周囲の人がいなければ、気づく機会そのものがありません。
なお、目的別では**登山(ハイキング・スキー登山・沢登り・岩登りを含む)が79.1%、山菜・茸採りが6.5%**です。秋にキノコを採りに山へ入る方は、前日の記事の中毒の話と、この記事の寒さの話の両方が関係します。
雨具とツェルトは、警察庁が名指しで挙げている装備です(写真はイメージです)
室温は20℃以上、とくに寝室を暖かく(写真はイメージです)
濡れたものを脱がせて、乾いたもので覆う。順番はこの通りです(写真はイメージです)
電波の届く場所とバッテリーは、装備の一部です(写真はイメージです)

