このシリーズも、今回で最終回です。
119番で聞かれる7つのことから始まって、かかりつけ医と救急外来の分かれ道、救急救命士の1日、AEDが使われない理由、救急車を「呼ばない理由」と、5本を書いてきました。
最後は、数字の話をさせてください。
救急の現場は、事故現場ではなく、たいてい家の中にあります(写真はイメージです)
現場に出ていると、「同じ事故を何度も見ている」という感覚があります。ただ、それは私個人の印象にすぎません。**印象を、国の統計で検算してみる。**それが今回やりたいことです。
結論から言うと、印象と統計はほぼ一致していました。そして一致していた場所は、家の中でした。
まず、大前提の数字
総務省消防庁の『令和7年版 救急救助の現況』によると、令和6年中の救急自動車による出動件数は771万8,380件、搬送人員は676万9,172人でした。
原文の表現を引くと、こうです。
1日平均約2万1,088件、約4.1秒に1回の割合で出動
この記事を読んでいるあいだにも、どこかで何十台も出ている計算になります。
では、その救急車はどこへ向かっているのか。ここが今日の本題です。
令和6年中の救急自動車による搬送人員を事故発生場所別にみると、住宅で発生した割合が404 万1,253 人(59.7%)で最も多く、続いて公衆出入場所182 万9,342 人(27.0%)、道路67 万7,279 人(10.0%)となっている
**約6割が、住宅です。**道路は10.0%しかありません。
なお、この「住宅」に老人ホームなどの施設は含まれません(施設は「公衆出入場所」に分類され、そちらは9.0%です)。つまり59.7%は、ほぼそのまま自宅と読んで差し支えありません。
そして心肺停止——心臓と呼吸が止まった状態で運ばれた人に限ると、割合はさらに上がります。
令和6年中に救急搬送された心肺機能停止傷病者を事故発生場所別にみると、住宅で発生した割合が9万4,233 人(67.3%)で半数を超えており
心肺機能停止で搬送された人は、令和6年中に14万88人。そのうち3人に2人は、自分の家で倒れています。
救急車のサイレンを聞くと、多くの人は交通事故を思い浮かべます。でも統計上、救急車がいちばん多く向かっているのは、ごく普通の家の玄関です。
救急隊がいちばん多くくぐるのは、病院の入口ではなく家の玄関です
この「TOP5」の読み方(先にお断り)
これから5つ挙げます。ただ、先に正直にお伝えしておきたいことがあります。
**消防庁は「家庭で起きる救急事案TOP5」という表を公表していません。**これは公式ランキングではありません。国が公表している統計をもとに、家庭で起きていて、かつ家族の側で手を打てる余地が大きいものを、私が5つに絞って並べたものです。
件数の順位そのものではなく、「数字がはっきり示していて、しかも防げる部分が残っている」順だと思って読んでください。数字の出どころは、それぞれ明記します。
また、各項に現場でよく見る形を1つずつ添えますが、これらは特定の誰かの事案ではなく、複数の事案に共通するパターンを抽象化したものです。
TOP1:転倒・転落——「一般負傷」は交通事故の3倍以上
まず、事故種別で見てみます。令和6年中の救急出動を事故の種別でみると、こうなっています(出動件数ベース)。
- 急病:519万5,867件(67.3%)
- 一般負傷:122万4,778件(15.9%)
- 交通事故:39万3,941件(5.1%)
「一般負傷」というのは、交通事故でも労働災害でもない、日常生活のなかでのけがのことです。転んだ、落ちた、ぶつけた、切った——そういうものが入ります。
一般負傷は、交通事故の3倍以上あります。
ひとつ断っておくと、**『現況』には「転倒」「転落」という内訳の集計はありません。**受傷のしかた別の全国統計は公表されていないのです。ですからここで言えるのは、「日常生活のけがが、交通事故よりはるかに多い」というところまでです。
そのうえで、年齢の内訳を見ます(こちらは搬送人員ベース)。
一般負傷では**高齢者80 万3,484 人(72.9%)**が高い割合で搬送されている
**一般負傷の7割強が高齢者。**現場の感覚とぴったり合う数字です。呼ばれて行くと、家の中で転んで動けなくなっている高齢の方——これが本当に多い。しかも85歳以上だけで一般負傷の32.5%を占めます。
段差は、階段だけではありません(写真はイメージです)
現場でよく見るのは、こういう形です。
高齢の方が転んで頭を打った。**そのときは意識もはっきりしていて、自分で立ち上がって歩けた。**家族も「大丈夫そうだ」と判断した。ところが数時間から数日たって、様子がおかしくなる。
転倒でこわいのは、その場の痛みよりあとから来るものです。頭の中の出血は、打った直後には症状が出ないことがあります。詳しくは頭を打って「意識はある」のに高次病院へ運ばれた例に書きました。
もうひとつは、折れているのに動けてしまうパターンです。背骨の圧迫骨折は、その典型でした(1か月前に背骨を折った父が、動けなくなっていた)。
家庭でできることは、地味ですが効きます。段差、コード類、滑るマット、暗い廊下。**それと「転んだあと数日は目を離さない」。**転んだ直後に元気だったことは、安心材料になりません。
TOP2:入浴中の事故——件数は少ないのに、心肺停止では2位
これは、統計の読み方そのものが教訓になる項目です。
搬送された人全体のうち、浴室で発生した割合は1.0%(6万7,032人)しかありません。数字だけ見れば、浴室は「めったに事故が起きない場所」に見えます。
ところが、心肺停止の状態で運ばれた人に絞ると、こうなります。
- 浴室:8.3%(1万1,678人)——住宅の中で2番目に多い場所
**1.0%が8.3%に跳ね上がる。**つまり浴室は、件数は少ないけれど、起きたときに命に直結しやすい場所だということです。
「件数が少ない=安全」ではありません(写真はイメージです)
「件数が少ないから安全」という読み方が、いちばん危ない。統計を扱うとき、私が一番気をつけているのはここです。
なお、入浴中の急死については消費者庁が別途、全国で年間約19,000人という推計を示しています。これは事故死だけでなく、**病死を含む「急死」**の推計である点に注意が必要です。
現場でよく見るのは、この形です。
ひとりで入浴していて、なかなか出てこない。声をかけても返事がない。家族が気づいたときには、湯船の中でぐったりしている。
冬の話だと思われがちですが、夏も起きます(夏でも起こる高齢者の入浴事故)。
家庭でできることは、「入るね」と一声かけてもらうこと、そして長すぎるときに様子を見に行くこと。離れて暮らしている場合は、入浴の時間帯だけでも連絡の習慣をつくると変わります。
TOP3:熱中症——「室内」でいちばん起きている
いま、まさに季節の話です。
消防庁の熱中症による救急搬送状況(令和7年5〜9月・確定値)では、搬送人員は10万510人。そのうち**高齢者が57.1%**を占めています。
そして、発生場所です。**最も多いのは「住居」で38.1%。**道路でも、屋外の作業現場でもありません。
(この熱中症の統計は5月〜9月を対象にした別調査で、場所の区分も『現況』とは分け方が違います。先ほどの「住宅59.7%」と足したり比べたりはできませんが、「家の中がいちばん多い」という向きは同じです。)
熱中症がいちばん多く起きているのは、家の中です(写真はイメージです)
現場でよく見るのは、この形です。
エアコンをつけずに部屋にいた。本人は「暑くない」と言っている。**汗もあまりかいていない。**それでも体温を測ると、明らかに高い。
「暑いと感じていない」ことは、安全の証拠になりません。実際、自宅の玄関先で動けなくなっていた70代の方も、買い物中に手足に力が入らなくなった方も、本人の自覚は乏しいままでした。
見分け方と応急手当は、高齢者の熱中症サインと救急車が来るまでの応急手当5ステップにまとめています。
家庭でできることは、突き詰めると2つです。**エアコンを我慢しないこと。**そして、自分で水が飲めているかを確かめること。自力で飲めないなら、それは様子見の段階ではありません。
TOP4:食事中の窒息・誤えん——交通事故の死者より多い
これは、意外に思われることが多い数字です。
厚生労働省の人口動態調査(令和6年)で、「気道閉塞を生じた食物の誤えん」による死亡は4,383人。同じ年の交通事故による死亡は3,511人です。
食べもので亡くなる人のほうが、交通事故で亡くなる人より多い。
しかも年齢が偏っています。65歳以上が約91%、**80歳以上だけで65.9%**を占めます。
いちばん多く起きているのは、特別な席ではなく普段の食卓です(写真はイメージです)
そして「窒息といえば餅」というイメージも、統計とはずれています。東京消防庁が公表している管内の搬送データ(令和6年)では、高齢者の窒息の原因の1位は包み袋など(153人)で、**餅は5位(54人)**でした。
現場でよく見るのは、この形です。
家族で食卓を囲んでいた。急に本人が黙り込んで、のどを押さえた。声が出ていない。
声が出ないときは、詰まっています。**そして、ひとりのときは119番より先にやることがあります。**この順番についてはお盆の食卓での窒息に、指針の原文から書きました。
家庭でできることは、一口を小さく、よく噛める姿勢で、そして**「むせながら食べている」を見過ごさないこと**です。
TOP5:こころの不調と、家庭内で起きる暴力——数字にしにくい、けれど確実にある
最後の1つは、書き方に迷いました。
消防庁の統計では、事故種別のなかに「自損行為」「加害」という区分があります。令和6年中の出動件数でみると、自損行為が6万1,731件(0.8%)、加害が2万7,234件(0.4%)。割合としては小さく見えますが、自損行為だけで年間6万件を超えています。
そしてこの区分には、もうひとつの特徴があります。統計に現れにくいということです。
家庭内で起きたけがは、本人や家族の説明に沿って「一般負傷」として扱われることがあります。現場で、話とけがの様子がどうも噛み合わない——そう感じる場面は、確かにあります。
数字にしにくいものが、存在しないという意味ではありません(写真はイメージです)
ここは正直に書きます。**この領域は、統計で語れる部分がいちばん少ない。**背景も経緯も家庭ごとに違いすぎて、平均値にすると何も見えなくなります。だから他の4つのような具体的な形は、ここには書きません。書けば個人が特定されうる領域だからです。
現場の側から書けることは、ふたつです。ひとつは、そういう通報で呼ばれたとき、私たちが責める側として行くことはないということ。運ぶかどうかを含めて、その場でいちばん安全な形を一緒に決めます。
もうひとつは、私たちは警察でも福祉の窓口でもないので、その場で結論を出すことはしない、ということです。ただ、搬送先の医療機関には、見たままの状況をそのまま伝えます。
そして、救急車を呼ぶ前に相談できる窓口があります。
厚生労働省の**「まもろうよ こころ」**というページに、電話とSNSの相談窓口がまとまっています。夜間に開いている窓口もあります。
困っている本人だけでなく、周りの家族が相談しても構いません。
そして、いのちに関わる状態——反応がない、呼吸がおかしい、大量に出血している——であれば、迷わず119番です。「救急車を呼びたい」とだけ言えば、話したくないことを話さなくても、救急車は動きます。
「いつもと違う」に気づけるのは、いつも見ている人だけです
備えは、たいてい家の中の、地味な場所にあります
今日も、どこかの家の玄関に救急車が着いています

