「手足に力が入らない」——買い物中に倒れた70代男性、体温は36.6℃だった

「手足に力が入らない」——買い物中に倒れた70代男性、体温は36.6℃だった

夏の午後、スーパーで買い物中に「手足に力が入らない」と感じた70代男性が駐車場で倒れ、店員さんが119番。診断は熱中症でした。体温は36.6℃。体温が高くなくても熱中症は起こります。環境省・消防庁の一次資料をもとに、現役救急救命士が「力が入らない」の見分け方を解説します。

夏の午後、119番が入りました。通報したのは、スーパーの店員さんでした。

「お客さんが、駐車場で倒れて……」

現場に着くと、70代の男性が、買い物カートのそばで座り込んでいました。そばには、通報してくれた店員さんが付き添っていました。

日本のスーパーの野菜売り場。買い物カゴを持った客が棚の前で立ち止まっている 「手足に力が入らない」——本人は、その理由を説明できませんでした(写真はイメージです)

「どうされましたか」

「……買い物してたら、急に、手も足も力が入らんようになって」

意識ははっきりしています。会話も普通にできます。ただ、立ち上がろうとすると、うまく力が入らない。

そして、体温を測ると——36.6℃。平熱でした。

診断は、熱中症でした。


現場で見たもの

到着時の様子を、記録から整理します。

  • 意識は清明(JCS 0)。名前も、日付も、場所も正確に答えられる
  • 手足に力が入りにくい。ただし四肢とも挙げられるし、保持もできる(片側だけ、ではない)
  • 脈は104回/分(速い)
  • 血圧137/100
  • SpO2 99%
  • 体温36.6℃

数字だけ見れば、「大したことはなさそう」に見えます。実際、この方は搬送先で軽症と判断され、その日のうちに帰宅しています。

でも、私が現場でいちばん引っかかったのは、**「体温が平熱なのに、手足に力が入らない」**という組み合わせでした。


「体温が高くないから熱中症じゃない」は、間違いです

熱中症というと、多くの人がこう考えます。

汗だくで、顔が真っ赤で、体が熱くなっているもの

でも、環境省の「熱中症の応急処置」のフローには、熱中症を疑う症状として、こう並んでいます。

めまい・失神・筋肉痛・筋肉の硬直・大量の発汗・頭痛・不快感・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感・意識障害・けいれん・手足の運動障害・高体温

注目してほしいのは2つです。

  1. **「虚脱感」「手足の運動障害」**が、はっきり入っている
  2. 「高体温」は、並んでいる症状のうちのひとつにすぎない

さらに、熱中症の重症度分類(I度・II度・III度)を見ると、どの度数にも体温の数値基準は入っていません。環境省のマニュアルは、判定について明確にこう書いています。

重症度を判定するときに重要な点は、意識がしっかりしているかどうかです。

体温の数字で線引きされているのは、日本救急医学会の『熱中症診療ガイドライン2024』で新しく設けられたIV度(深部体温40.0℃以上かつGCS≦8)、つまり最重症の枠だけです。

言いかえると、体温計の数字は、熱中症かどうかを決める入口にはなっていないということです。

夏の日差しに照らされた駐車場のアスファルトと白線、電柱の影 アスファルトの照り返しは、屋外にいた時間以上に体を消耗させます

たとえるなら「ガス欠」と「オーバーヒート」

わかりやすく言うと、暑さで体に起きることは、2種類あります。

  • オーバーヒート:体の温度が上がりすぎる
  • ガス欠:汗で水分と塩分が出ていって、体を動かす材料が足りなくなる

車でいえば、エンジンが熱くなりすぎるのがオーバーヒート、ガソリンが減って走れなくなるのがガス欠です。どちらも「車が止まる」ことに変わりはありません。

大事なのは、体温計で見えるのはオーバーヒートのほうだけということです。ガス欠のほうは、体温計には映りません。

だから、覚えておいてほしいのはこれです。

体温計は、熱中症の入口ではない。

体温が平熱でも、暑い日に「力が入らない」「だるい」「気持ち悪い」が出たら、熱中症を疑ってください。

「だるい」「力が入らない」は、軽い側の症状ではありません

ここも誤解されがちなところです。環境省の重症度分類では、

  • I度(軽症):めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛、筋肉の硬直(こむら返り)
  • II度(中等症)頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下

——となっていて、「倦怠感」「虚脱感」はI度ではなくII度、つまり「医療機関へ」の側に書かれています。マニュアル本文でも、中等症にあたる熱疲労の症状として「全身の倦怠感や脱力」が挙げられています。

「なんとなくだるいだけ」「力が入らないだけ」は、軽いから様子を見ていい症状ではない、というのが公的な分類の立場です。

総務省消防庁のリーフレットでも、**「運動障害(普段通りに歩けないなど)」には「急いで救急車を要請」**と書かれています。


「力が入らない」で、もうひとつ考えるべき病気

ここは、この記事でいちばん大事なところです。

「手足に力が入らない」という症状は、脳卒中でも出ます。

日本脳卒中協会は、脳卒中の主な症状の1つ目に、こう挙げています。

片方の手足・顔半分の麻痺・しびれが起こる(手足のみ、顔のみの場合もあります)

読んでほしいのは、最初の3文字です。「片方の」

力なく開いたままの手のひらのアップ 「片方だけか、両方か」。家族がその場で見られる、いちばん大きな違いです

今回の男性は、両方の手足に力が入りませんでした。片側だけが動かない、というかたちではありませんでした。

ここで、はっきりさせておきたいことが2つあります。

① 片側だけおかしいなら、まず脳卒中を疑って、すぐ119番 顔のゆがみ、片方の腕が上げていられない、ろれつが回らない。このどれかがあれば、脳卒中の合言葉「ACT FAST」の出番です。詳しくは起床時の右半身の麻痺の話に書きました。

② でも、「両側だから脳卒中ではない」とは言い切れない これは素人判断で除外していい話ではありません。私たち救急隊も、現場で病名を確定させることはしません。**やることは同じで、「いつもと違う」なら呼ぶ。**それだけです。

見分けるための知識は、呼ばない理由を探すためではなく、呼ぶ判断を早くするためにあります。


環境省の「4つのチェック」——街でも家でも使えます

環境省の応急処置フローは、順番に4つ確認するかたちになっています。家庭でも、お店でも、そのまま使えます。

チェック1:熱中症を疑う症状がありますか? (めまい・失神・筋肉痛・筋肉の硬直・大量の発汗・頭痛・不快感・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感・意識障害・けいれん・手足の運動障害・高体温)

チェック2:呼びかけに応えますか?いいえなら、救急車を呼ぶ。

スマートフォンを手に持っている手元のアップ 呼ぶかどうかで迷った時間は、そのまま到着の遅れになります

チェック3:水分を自力で摂取できますか? → はいなら水分・塩分を補給する。いいえなら、医療機関へ。

補給するものについても、同じマニュアルに具体的に書かれています。

大量の発汗があった場合には、汗で失われた塩分も適切に補える経口補水液やスポーツドリンク等が最適です。食塩水(水1ℓに1 ~2g の食塩)も有効です。

**水だけではありません。**汗で出ていくのは水分と塩分の両方です。ペットボトルの水しかないときは、水1リットルに 食塩1〜2グラムという目安を覚えておいてください。

チェック4:症状がよくなりましたか? → はいならそのまま安静にして十分に休息をとり、回復したら帰宅。いいえなら、医療機関へ。

このフローの重要な点は、判断の軸が体温ではなく「意識」と「自力で飲めるか」になっていることです。

そして、同じ資料にはこうも書かれています。

「呼びかけや刺激に対する反応がおかしい」、「答えがない( 意識障害がある)」時には誤って水分が気道に流れ込む可能性があります。(中略)これらの場合には、口から水分を飲んでもらうのは禁物です。

意識がはっきりしない人に水を飲ませると、気管に入ってしまう危険があります。**返事があやしい人には、飲ませない。**ここは徹底してください。

和室の窓辺に置かれた扇風機 救急車を待つ間も、涼しい場所へ移して服をゆるめ、体を冷やします

体を冷やす場所についても、フローに明記があります。

氷のう等があれば、首、腋の下、太腿のつけ根を集中的に冷やしましょう

氷水を張った青いたらい 首・わきの下・太もものつけ根。太い血管が通っているところを冷やします


通報したのが「家族ではなかった」という話

今回、119番したのは家族ではありません。その場に居合わせた、見ず知らずの店員さんでした。

そして、救急隊が到着するまで、その方はずっと付き添ってくれていました。

これは、とても大きなことです。環境省のフローにも、こう書かれています。

本人が倒れたときの状況を知っている人が付き添って、発症時の状態を伝えましょう

私たち救急隊が現場でいちばん知りたいのは、**「倒れる前、どうだったか」**です。本人は、意識がはっきりしていても、自分がどう見えていたかは説明できません。

今回も、店員さんが教えてくれました。「店内を歩いているときから、ふらふらしていた」「レジのあとで、しゃがみ込んでいた」。この情報が、そのまま病院に引き継がれます。

スーパーの飲料コーナー。冷蔵棚に並ぶお茶やジュース 涼しい店内でも、そこに来るまでの道と、帰りの駐車場があります

知らない人でも、119番していい。

「他人のことで呼んで、迷惑じゃないか」と考える方は多いです。でも、環境省のマニュアルは、熱中症で病院に運ぶかどうかの判断を、はっきり**「周囲の人が判断」**すると書いています。倒れている本人が自分で判断できないからこそ、そう書かれているのです。

そして消防庁のリーフレットにも、こうあります。

体調に異変を感じた場合は、無理せず119番通報をしてください。

呼ぶかどうかを、その場にいる人がひとりで背負い込む必要はありません。

判断に迷う段階なら、#7119(救急安心センター)という相談窓口もあります。


「軽症で帰宅」は、呼び損ではありません

この男性は、病院で処置を受けて、その日のうちに帰宅しました。記録上は「軽症」です。

こう聞くと、「じゃあ救急車はいらなかったのでは」と思う方がいます。

違います。

**軽症だったとわかるのは、診てもらったあとです。**現場では、誰にもわかりません。座り込んでいる70代の方が、熱中症なのか、脳卒中なのか、心臓なのか、その場で見分ける方法はないのです。

そして、熱中症は進む病気です。フローのチェック4が「症状がよくなりましたか」で終わっていて、「いいえ」なら医療機関へ、となっているのは、時間が経つと悪くなることがあるからです。

水の入ったガラス瓶とコップ 水だけでは足りません。汗で失われるのは、水分と塩分の両方です

実際、消防庁の令和7年の確定値では、熱中症の搬送のうち**軽症が63.1%**と、いちばん多い区分です。呼んで軽症で終わるのは、例外ではなく、いちばんよくある結末です。

そして環境省のフローも、最後は「そのまま安静にして十分に休息をとり、回復したら帰宅しましょう」で終わっています。帰宅は、フローどおりの正しい着地です。

「呼んだけど軽症だった」は、いちばんいい結末です。逆はありません。


高齢の方が、夏に弱い理由

総務省消防庁の確定値(令和7年5〜9月)では、熱中症による救急搬送人員は100,510人で、調査を開始した平成20年以降で最も多い搬送人員でした。

内訳を見ると、

  • 65歳以上の高齢者が57,433人(57.1%)——半数以上
  • 発生場所は住居が38.1%と最多、次いで道路19.7%屋外の公共の場12.1%

つまり、家の中も、外も、どちらも起きています。「外にいたかどうか」だけでは決まりません。

手のひらにのせたデジタル体温計。表示は37.0℃ 37℃台前半。数字だけ見れば「熱はない」。それでも熱中症は起こります

環境省のマニュアルは、高齢者が熱中症にかかりやすい理由を6つ挙げています。

・「暑い」と感じにくくなる ・行動性体温調節が鈍る ・発汗量・皮膚血流量の増加が遅れる ・発汗量・皮膚血流量が減少する ・体内の水分量が減少する ・のどの渇きを感じにくくなる

さらに、こうも書かれています。

一般に脱水が進むと、のどの渇きが起こり、自然に飲水行動をとります。しかし、高齢者は脱水が進んでも、のどの渇きが起こりにくくなっています。

本人の「暑くない」「喉は渇いていない」という自己申告は、若い人ほどあてにならない、ということです。

このことは、「暑くない」と言う高齢の親が危ないという話にも書きました。今回のように、本人が「まだ買い物できる」と思っているうちに、体のほうが先に音を上げることがあります。


今日からできる3つのこと

① 夏の「力が入らない」を、疲れで片づけない

暑い時期に、急に手足の力が入らなくなる。立ち上がれない。カートや棚に寄りかかってしまう。これは「年のせい」でも「疲れ」でもなく、環境省が挙げている熱中症の症状そのものです。

② 片側か、両側かだけは見る

片側だけおかしいなら、脳卒中を強く疑ってすぐ119番。両側でも、いつもと違うならやっぱり119番。判断の分岐は、「呼ぶか呼ばないか」ではなく、「どちらの可能性を先に伝えるか」です。

③ 買い物には、飲み物を持って出る

高齢のご家族が夏に外出するときは、飲み物を持たせてください。スーパーの中は涼しくても、行き帰りの道と駐車場は暑いままです。今回の方も、店の中で異変が始まって、駐車場で倒れています。

夕暮れの住宅街。瓦屋根の家並みと電柱、オレンジ色の空 「行きは元気だった」は、帰り道の安全を保証してくれません


まとめ(3行)

  • **体温が平熱でも熱中症は起こる。**体温計は入口ではありません
  • **「手足に力が入らない」は熱中症でも脳卒中でも出る。**片側なら脳卒中を強く疑い、どちらでも119番
  • **知らない人でも呼んでいい。**そして「軽症で帰宅」は、呼び損ではなくいちばんいい結末

暑い日に、誰かが座り込んでいたら。声をかけて、返事があやしければ、それだけで119番の理由になります。

今回は軽症で帰宅できましたが、同じ「力が入らない」で入院や手術になることもあります。結果が軽くて済むかどうかは、その場では誰にもわからない——だからこそ、備えは結果が出る前に整えておくものです。

熱中症の記事は、まとめページから探せます

熱中症の記事まとめ——家族が読む順番に並べました(救命士の現場ノート)


参考文献


※プライバシー保護のため、実際の事案を元に個人が特定できる情報を一部改変しています。

※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、医療行為・医療診断・治療の指示ではありません。症状がある場合や心配なことがあれば、必ず医療機関を受診してください。緊急の場合は119番に電話してください。


熱中症予防に効果的な家電

この事案は外出先で起きたものですが、外に出る前と帰ったあとを過ごすのは家の中です。家の暑さを下げておくことは、外出時の余力にもつながります。

エアコン・扇風機・サーキュレーターの選び方や電気代の抑え方は、姉妹ブログ「買い物先生」で詳しく書いています。

熱中症対策は、起きてからの手当てよりも、起きる前の環境づくりのほうが確実に効きます。エアコンを我慢しないで済む状態をつくること自体が、立派な予防です。

熱中症対策の即買いアイテム(¥1,000〜¥2,000台)

エアコンの買い替えはすぐに決められなくても、今日のうちに家に置ける道具はあります。ここに挙げたのは、記事で書いた手当て——首・脇の下・太もものつけ根を冷やす/塩分を含む水分を少量ずつ——を、その場で実行するための道具です。

額に貼る冷却シートは、この一覧に入れていません。 環境省の『熱中症環境保健マニュアル』が「体を冷やす効果はありませんので、熱中症の治療には効果はありません」と明記しているためです。冷やす場所は、額ではなく首・脇の下・太もものつけ根です。

価格は変動します。上記は¥1,000〜¥2,000台で手に入ることが多いものを選んでいますが、購入時点の価格・容量は必ずリンク先でご確認ください

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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