「救急救命士って、普段は何をしているんですか」
講習会などでよく聞かれます。救急車が走っているところは見たことがあっても、その前後は見えませんから、当然だと思います。
1日は、まだ何も起きていない静けさから始まります(写真はイメージです)
この記事では、その「1日」を、差し支えのない範囲でお伝えします。
ただ、本当に書きたいのはその先です。同じような事故を、何度も繰り返し見ているということ。そして、そのいくつかは家庭で防げたはずのものだったということです。
まず、数字の話をさせてください
総務省消防庁の『令和7年版 救急・救助の現況』によると、令和6年中の救急自動車による救急出動件数は771万8,380件、搬送人員は676万9,172人でした。
同じ資料に、こんな一文があります。
救急自動車は、1日平均約2万1,088 件(対前年比約160 件増)、約4.1 秒に1回(前年同秒)の割合で出動したことになる。
**約4.1秒に1回。**この記事を読み終えるまでのあいだにも、日本のどこかで何十台も出動している計算になります。
体制のほうも見ておきます(令和7年4月1日現在)。
- 消防本部数:720本部
- 救急隊数:5,485隊
- 救急隊員数:6万7,688人
- 救急救命士の資格を持つ消防職員:4万6,126人(うち救急隊員として運用されているのは3万1,753人)
そして、現場までにかかる時間です。
- 現場到着所要時間:全国平均約9.8分
- 病院収容所要時間:全国平均約44.6分
通報してから、平均で約10分。この10分が、この記事の後半につながります。
勤務の1日は、こう流れます
具体的な時刻や場所、機材の型式は書けません。全国どこでも共通する骨格だけをお伝えします。
**まず「1日」の形について。**消防庁の『令和7年版 消防白書』には、こう書かれています。
消防職員の勤務体制は、毎日勤務と交替制勤務とに大別され、さらに交替制勤務は主に2部制と3部制に分けられる。(中略)2部制は、職員が2部に分かれ、当番・非番の順序に隔日ごとに勤務し、一定の期間で週休日を取る制度であり、3部制は、職員が3部に分かれ、当番・非番・日勤を組み合わせて勤務し、一定期間で週休日を取る制度である
つまり、多くの消防本部で「1日」は朝から翌朝までのひとまとまりです。日勤の仕事とは、時間の切れ目が違います。
**もうひとつ、救急車から何人降りてくるか。**これは法令で決まっています。
救急隊…は、救急自動車一台及び救急隊員三人以上をもつて…編成しなければならない(消防法施行令 第44条)
**3人以上。**運転する人、観察や処置をする人、記録や連絡をする人——最低でもこれだけの役割が必要だから、この人数になっています。玄関先で「そんなに来るんですか」と言われることがありますが、少なく来ることはできないのです。
引継ぎから始まる
前の勤務から、その日の状況を引き継ぎます。何が起きていて、何が動いているか。ここが曖昧だと、あとで必ず響きます。
資器材の点検
薬剤、器具、電源、酸素の残量。「使えるはず」ではなく「使える」を確認する時間です。
点検は、地味ですが省けません
この点検を毎回やるのは、出動が「予告なし」だからです。次にどんな傷病者に当たるかは、指令が入るまでわかりません。だから全部を整えておくしかない。
待機
ここが、いちばん誤解されているところかもしれません。待機は休憩ではありません。
指令はいつ入るかわからないので、常に「今から動ける状態」を保っています。食事も、書類仕事も、その前提で組み立てます。
音が鳴るまでのあいだも、勤務時間です
出動から現場へ
指令を受けて出発し、走りながら情報を整理します。何が起きているか、何を準備するか。到着したら観察と処置、そして搬送先の選定と連絡。
病院に引き継いで、終わりではない
医師に引き継いだあと、記録を作ります。そして資器材を補充し、車内を整えて、次の出動に備える。ここまでやって、ようやく1件が終わります。
そしてまた、待機に戻ります。
現場で見てきた「家庭で防げた事故」3選
ここからが本題です。
以下は、これまでこのブログで書いてきた事案を抽象化して振り返るものです。個別の事案の詳細は、それぞれの記事に譲ります。
① お風呂
高齢の方の入浴中の事故は、繰り返し起こります。
浴室は、家の中でいちばん発見が遅れやすい場所です。ドアが閉まっていて、音がしにくく、そして「長風呂だな」と思われているうちに時間が過ぎます。
ドアが閉まっているだけで、異変は見えなくなります
冬の話だと思われがちですが、夏でも起こります。詳しくは夏でも起こる高齢者の入浴事故に書きました。
そして、浴室には数字のうえでも特徴があります。消防庁の集計(令和6年)で、住宅内の発生場所を細かく見ると——
- 搬送人員全体に占める浴室の割合:1.0%(6万7,032人)
- 心肺停止の状態で運ばれた人に占める浴室の割合:8.3%(1万1,678人)
運ばれる数は少ないのに、いちばん重い状態で運ばれる割合は8倍以上になります。住宅内で心肺停止が起きた場所としては、居室(46.5%)に次いで2番目に多いのが浴室です。
**浴室は、件数が少ないから安全な場所なのではありません。**起きたときに重い場所です。
防げた可能性:入る前に声をかける、入浴時間を家族が把握しておく。それだけで、発見までの時間が変わります。
② 前の日の水分
夏になると、朝の通報が増えます。そして、その多くで共通しているのが**「前の日にあまり飲んでいなかった」**という話です。
脱水は、暑い最中に一気に進むというより、前の晩からの積み残しで始まっていることがあります。朝、起きたときにはすでに体の水分が足りていない。
寝る前の1杯が、翌朝を変えることがあります
実際の事案は独居の70代男性・朝の熱中症に書きました。熱中症全体の見分け方は熱中症の家族向けまとめから辿れます。
防げた可能性:寝る前と起きたあとの水分。特に、ひとり暮らしの高齢の方には、声をかける人がいるかどうかが効きます。
③ ちょっとした段差
転倒は「大きく転ぶ」とは限りません。車から降りるとき、玄関の段差、廊下の敷居。そういう「たいしたことのない」高さで起きます。
この程度の高さで、頭を打つことがあります
そして厄介なのは、打った直後は普通に話せることがあるということです。「意識があるから大丈夫」と判断されて、時間が過ぎる。
実際の事案は駐車場で転んで頭を打った80代男性に書きました。骨折のほうは1か月前の圧迫骨折で動けなくなった事案です。
防げた可能性:手すり、段差の解消、滑りにくい床。そして転んだあとに**「意識があるから平気」で終わらせない**こと。
手すりは、つけた日から効きます
「朝になったら病院に行こう」が、いちばん危ない判断のことがあります
決めておけば、迷う時間が減ります
次の指令が入るまでのあいだに、書いています

