車から降りるときに転んで、頭を打った——「意識はある」のに高次病院へ運ばれた80代男性

車から降りるときに転んで、頭を打った——「意識はある」のに高次病院へ運ばれた80代男性

駐車場で車の後部座席から降りるときに転倒し、後頭部を打った80代男性。受け答えはでき、家族も「普段と変わらない」と言いました。それでも診断は急性硬膜外血腫と頭蓋骨骨折で、そのまま高次病院へ転院。「意識がある=軽い」ではない理由と、頭を打った家族に家庭で何を見るべきかを、消防庁などの一次資料をもとに現役救急救命士が解説します。

真夏の午前中、119番が入りました。通報したのは、その場に居合わせた人でした。

「駐車場で、お年寄りが転んで頭を打ったみたいです」

現場は、ある金融機関の駐車場でした。80代の男性が、停まっている車のそばに座り込んでいました。

駐車場に停まった車のドアが開き、乗り降りのために足元を降ろしているところ 車から降りる、という日常の動作が、転倒のきっかけになることがあります(写真はイメージです)

車の後部座席から降りようとして、足を踏み外して転倒。後頭部を打った、ということでした。

そして、この事案でいちばん怖かったのは——本人も家族も、そこまで深刻に受け取っていなかったことです。


現場——「普段と変わりないです」

到着したとき、男性は目を開けていました。こちらの問いかけにも答えます。

記録から、そのときの状態を整理します。

  • 意識:JCS 2(自分で目は開けている。ただし見当識——今がいつで、ここがどこかの認識——があやしい)
  • 血圧 123/69、SpO2 95%、体温36.0℃
  • 後頭部に打撲による血腫と、直径1cmほどの創
  • 既往に不整脈

そして、駆けつけたご家族が、こう言いました。

「意識の状態は、普段と変わりないです」

この一言は、家族としてはまったく自然な発言です。もともと受け答えがゆっくりな方であれば、いまの状態が「いつもの本人」に見える。私も現場で何度も聞いてきた言葉です。

ただ、この言葉が、判断をいちばん鈍らせます。

高齢の方の肩にそっと手を添えて付き添う家族の手元 「普段どおり」は、家族にしかわからない情報です。同時に、いちばん判断を迷わせる情報でもあります

搬送先で、診断名が変わった

この方は、まず地域の病院へ搬送されました。そこで画像検査を受けた結果、ついた診断名は——

急性硬膜外血腫、前頭骨から頭頂骨にかけての骨折。

そして、その病院では対応が難しいと判断され、より高度な治療ができる病院へ、あらためて救急車で転院搬送となりました。重症、そのまま入院です。

窓際に並ぶ病院の待合の椅子 「運ばれた病院から、さらに別の病院へ」。頭部外傷では珍しくありません

座り込んで、受け答えができていた方です。それでも、頭の中では出血が起きていました。


「頭を打ったけれど意識がある」がいちばん危ない

ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。

意識があることは、頭の中で出血が起きていないことの証明にはなりません。

総務省消防庁が配っている『救急車を上手に使いましょう』という冊子には、ためらわず救急車を呼んでほしい症状として、こう書かれています。

● 交通事故や転落、転倒で強い衝撃を受けた

条件になっているのは「強い衝撃を受けたかどうか」であって、「意識があるかどうか」ではありません。

同じ冊子には、こうも書かれています。

● 意識がない(返事がない)又はおかしい(もうろうとしている)

◎その他、いつもと違う場合、様子がおかしい場合◎ 高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。

**「意識がおかしい」は、返事がないことだけを指していません。**もうろうとしている、いつもと様子が違う——これも同じ枠に入っています。

こめかみのあたりに手を当てている高齢の男性 「痛いけど大丈夫」と本人が言うとき、判断材料になるのは本人の申告ではありません

JCSは「目が開いているか」から始まる

現場で使う意識レベルの物差しに、JCS(ジャパン・コーマ・スケール)があります。数字が大きいほど重い、という仕組みです。

Ⅰ.刺激しないでも覚醒している状態(1桁の点数で表現)  3.自分の名前、生年月日が言えない  2.見当識障害がある  1.意識清明とは言えない Ⅱ.刺激すると覚醒する状態(2桁の点数で表現) Ⅲ.刺激をしても覚醒しない状態(3桁の点数で表現)

1桁は「刺激しないでも覚醒している」——つまり自分で目を開けている状態です。その中でも3段階に分かれていて、2は「見当識障害がある」。見当識障害とは、一般に、いまがいつなのか・ここがどこなのか・相手が誰なのかがあやしくなることを指します。

今回の男性はJCS 2。**目は開いていて、話もできる。それでも「1桁の中の2番目」**という状態でした。

家族が「普段と変わりない」と感じるのは、この1桁の範囲では十分に起こりえます。目が開いていて会話ができることは、「異常なし」ではない——ここだけは覚えて帰ってください。


急性硬膜外血腫とは何が起きている状態か

難しい名前ですが、起きていることはシンプルです。日本脳神経外科学会の一般向け情報サイトは、こう説明しています。

頭部外傷により頭蓋骨と脳を覆う硬膜との間に貯留した血腫を指します。原因としては頭蓋骨線状骨折による中硬膜動脈損傷によるものが多く、その他、静脈洞の損傷が原因となることもあります。

頭の中は、外側から頭蓋骨 → 硬い膜(硬膜) → 脳という順番になっています。この頭蓋骨と硬膜のあいだに血がたまるのが、硬膜外血腫です。今回の方に頭蓋骨の骨折があったことも、この説明とつながります。

そして、ここは意外に思われるかもしれません。同じページには、こうも書かれています。

若年者に多く、乳児や高齢者では頭蓋骨と硬膜が密着しているため発生頻度は低いとされています。

**つまり、80代でこの出血が起きるのは、むしろ多いパターンではありません。**それでも実際に起きた——だからこそ、「高齢だからこのタイプではないだろう」という思い込みは、現場では通用しないということです。

たとえるなら、壁と壁紙のあいだに水がたまって、内側にふくらんでくるようなイメージです。たまった血のかたまりが、内側から脳を圧迫していきます。

厄介なのは、血がたまるのに時間がかかるということです。

この現象には、意識清明期という名前がついています。日本救急医学会の用語解説には、こう書かれています。

一次性脳損傷をともなわない急性硬膜外血腫に特有の症候である。頭部外傷によって硬膜外に血腫が貯まる場合,一定量に達するまでは意識は保たれる。

しかし,血腫の量が一定のレベルに達した時,脳ヘルニアの初期のサインとして意識障害が生じるが,この時点から振り返って,それまでの意識が清明であった期間をさして意識清明期と呼ぶ。

読み替えると、こうなります。

「意識が保たれている」のは、まだ血が一定量に達していないからにすぎない。

打った直後は話せるし、歩けることもある。そのあいだに血が少しずつ増えていき、ある量を超えたところで容態が変わる。日本脳神経外科学会のページも、**「受傷直後は意識レベルが比較的保たれているものの、徐々に血腫増大によって意識障害を始めとする神経症状が進行性に悪化することが特徴的です」**としています。

「さっきまで普通に話していたのに」——それは例外ではなく、この出血の教科書どおりの経過なのです。今回の方も、現場では座って受け答えができていました。

だからこそ「時間」が効く

同じページには、治療についてこう書かれています。

脳実質損傷の合併がない場合は、手術により比較的良好な転帰となる可能性が高く、時期を逸することなく診断、手術加療が行われることが重要です。

**時期を逸することなく。**この方が地域の病院からさらに高次の病院へ運ばれたのも、この「時期を逸しない」ためです。

※どの治療を選ぶか、手術をするかどうかは、血腫の大きさ・場所・症状の進み方などを見て医師が判断します。ここでは「時間とともに変わりうる状態だった」という点だけをお伝えします。


なぜ「その場の高さ」から転んだだけで頭の中が出血するのか

「立った高さから転んだだけ」と思われるかもしれません。ですが、高齢の方の転倒は、それだけで十分に重いけがにつながります。

東京消防庁が公表している**管内(令和6年)**の救急搬送データでは、高齢者の事故で最も多いのが「ころぶ」事故です。

高齢者の事故の中で最も多いのが「ころぶ」事故で、毎年多くの高齢者が「ころぶ」事故でケガをして救急搬送されています。令和6年には73,500人が救急搬送されています

救急搬送時の初診時程度では軽症が最も多いですが、約4割の高齢者が入院の必要がある中等症以上と診断されています

※これは東京消防庁管内の数字で、全国の値ではありません。それでも、「ころんだ」という出来事の4割が入院の必要な状態だったという比率は、他の地域に住む家族にとっても軽い話ではないはずです。

「転んだ」という出来事は、軽い事故として扱ってよいものではない、というのが数字の側から見た実態です。

さらに高齢の方の場合、

  • 手が先に出ず、頭から直接ぶつかりやすい
  • 骨がもろくなっていて、骨折を伴いやすい
  • 持病や薬の影響で、出血が止まりにくいことがある

といった条件が重なります。

「何を飲んでいるか」は、その場で必ず伝えてください

今回の男性には不整脈の既往がありました。ただし、どんな薬を飲んでいたかは、私たちの記録には残っていません。

そのうえで、家族にお願いしたいことがあります。頭を打った人を病院に連れて行くとき、「いま何の薬を飲んでいるか」を必ず持って行ってください。

ピルケースと薬、お薬手帳 何を飲んでいるかは、救急隊と病院がいちばん早く知りたい情報のひとつです

口頭で薬の名前を思い出そうとすると、たいてい時間がかかります。お薬手帳をそのまま持って救急車に乗るのが、いちばん速くて確実です。持病についても同じで、「不整脈で通院しています」の一言が、そのまま病院への申し送りになります。


家族が見る「いつもと違う」——3つの具体的な変化

頭を打ったあと、家族が家で見るポイントを、具体的に3つに絞ります。「なんとなく変」では判断が遅れるので、行動で見てください。

① 食べ方が変わっていないか

いつもの量を食べない。箸が止まる。食べこぼしが増える。飲み込みにくそうにしている。食事は、毎日同じ条件で観察できる数少ない場面です。「今日は食べないな」は立派なサインです。

② 言葉が変わっていないか

返事が遅い。同じことを何度も聞く。言い間違いが増える。ろれつが回っていない。普段の会話のテンポを知っている家族にしか気づけません。

③ 歩き方が変わっていないか

ふらつく。片側に寄る。立ち上がりに時間がかかる。壁や家具に手をつくようになった。転んだあとに歩き方が変わったら、それは「打ちどころ」の話です。

玄関や廊下に取り付けられた手すり 「支えがないと歩けない」は、様子見の理由ではなく、受診の理由です

そして、いちばん大事なこと。

これらの変化は、打ったその日ではなく、数時間後や翌日に出てくることがあります。「そのときは平気だった」は、そのあとも平気であることを保証しません。頭を打った日は、寝る前にもう一度、声をかけて確かめてください。


車の乗り降りは、家の中と同じくらい危ない場面です

今回の転倒は、車の後部座席から降りるときに起きました。

車の乗り降りは、家族が意識しにくい危険な動作です。

  • 足元がシートより低く、段差の感覚がつかみにくい
  • 手すりがなく、支えるものがドアだけ(そのドアは動く)
  • 駐車場はアスファルトで硬く、傾斜があることも多い
  • 靴・雨・夏場の照り返しなど、条件も重なる

屋外駐車場のアスファルトと白線 転んだ先が土ではなくアスファルトだった、という違いは小さくありません

実際、東京消防庁は高齢者の転倒防止の項目として、はっきりこう書いています。

乗り物に乗り降りする際は、足元の段差に気を付けましょう。

今日からできること

  • 降りるときは、必ず一度停まってから。ドアを開けたらすぐ降りようとしない
  • 足を先に地面につけ、両足がついてから立ち上がる(片足立ちの時間をつくらない)
  • 家族が同乗しているときは、降りる側に回って支える
  • 手すり代わりに使える乗降用のグリップを検討する
  • 靴は、かかとが固定されるものを。サンダルは避ける

車のドアの取っ手に手をかけているところ ドアは支えになりません。動くものに体重を預けると、そのまま転びます


「呼ぶかどうか」で迷ったときの線引き

頭を打った高齢の方について、私が家族に伝えている線引きはこれです。

すぐ119番

  • 呼びかけへの反応がいつもと違う、もうろうとしている
  • 吐いた、けいれんした
  • 手足の動きに左右差がある、ろれつが回らない
  • 出血が止まらない、頭の形が変わって見える
  • 強い衝撃だった(高いところからの転落、硬い場所への転倒、骨折を伴う)

その日のうちに受診

  • 意識ははっきりしているが、頭痛が続く/だんだん強くなる
  • 打った直後から、食事・言葉・歩き方のどれかが変わった
  • 血を固まりにくくする薬を飲んでいる

判断に迷う段階なら、#7119(救急安心センター)という相談窓口もあります。ただし、上の「すぐ119番」に当てはまるときは、迷わず119番で構いません。

なお、頭部外傷にはまったく別の病気として、打ってから時間をかけてゆっくり血がたまるタイプ(慢性硬膜下血腫)もあります。日本脳神経外科学会の解説では「軽微な外傷後3週間から3ヶ月で硬膜下に血腫が生じ、徐々に増大して、脳を圧迫し症状が現れます」とされ、こちらは後期高齢者に多いとされています。

今回の急性硬膜外血腫が「その日のうちに進む」ものだとすれば、慢性硬膜下血腫は「忘れた頃に出てくる」もの。**別の病気ですが、家族にとっての教訓は同じです。**慢性硬膜下血腫については畑で転んだ90代男性の話に書きました。


まとめ(3行)

  • **「意識がある」は、頭の中で出血していないことの証明にはならない。**消防庁が挙げているのは「転倒で強い衝撃を受けた」であって、意識の有無ではありません
  • **家族の「普段と変わりない」がいちばん判断を鈍らせる。**目が開いて話せていても、JCSでは1桁の中で差があります
  • **見るのは、食べ方・言葉・歩き方。**打った当日ではなく、数時間後や翌日に変化が出ることがあります

夕暮れの静かな住宅街 その日の夜、もう一度声をかける。それだけで気づけることがあります

そして、この事案のように**入院や転院が必要になったとき、家族には治療以外の負担も一度にのしかかります。**付き添いの時間、遠方の病院への移動、その後の生活の組み立て直し。医療費だけでは終わりません。元気なうちに、いまの備えが家族の生活に合っているかを一度見ておくことも、立派な予防です。

意識がはっきりしていても緊急だった、という点では、起きたときから右半身に力が入らなかった脳梗塞の話や、1か月前の骨折で動けなくなった話もあわせてお読みください。


参考文献


※プライバシー保護のため、実際の事案を元に個人が特定できる情報を一部改変しています。

※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、医療行為・医療診断・治療の指示ではありません。症状がある場合や心配なことがあれば、必ず医療機関を受診してください。緊急の場合は119番に電話してください。

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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