ある夏の朝、9時台。「父が背中を痛がって、ベッドから動けない」という119番通報で、私たちは住宅街の一軒家へ向かいました。
通報したのは、同居している息子さんでした。
「1か月前に骨折した」——その1か月が、いちばん危ない時間でした(写真はイメージです)
玄関で最初に聞いたのは、こんな言葉でした。
「1か月くらい前に、背骨の圧迫骨折って言われたんです。そのときはもう治るからって……」
1か月前の骨折。そして今日、動けなくなった。この2つの間には、家族には見えにくい、しかし決定的な時間が流れています。
この記事では、実際の事案をもとに、高齢の親の圧迫骨折で家族が見るべきところをお伝えします。骨折そのものより、そのあと動かなくなることのほうが怖い、という話です。
事案の経過——夏の朝、90代男性
時刻:夏の午前(9時台) 場所:自宅・1階の居室 通報者:同居の息子 既往歴:腎疾患、認知症、脊椎圧迫骨折
到着すると、その方はベッドに横になったままでした。息子さんの話では、約1か月前に背骨の圧迫骨折と診断されていたとのことでした。
観察した内容:
- 意識:JCS 1-2 / GCS 14(会話がかみ合わないことがある。認知症の影響もあり)
- 呼吸:20回/分
- 脈拍:77回/分
- 血圧:134/81 mmHg
- SpO2:97%
- 体温:37.0℃
バイタルサインは、ほとんど正常でした
数字だけを見れば、大きな異常はありません。血圧も脈も酸素も、この年代として問題のない値です。
けれど、動けない。背中の痛みが強く、ベッドから起き上がれない。
搬送途上のバイタルも安定していました(脈76、SpO2 97%、血圧124/72)。覚知から病院到着まで約25分。診断は腰椎椎体圧迫骨折、すべり症。入院となりました。
バイタルが正常でも、入院が必要になる。「動けない」こと自体が、それだけ重い状態なのです。
「圧迫骨折」とは何か——転ばなくても折れる
まず、多くの方が誤解しているところから始めます。
背骨の圧迫骨折は、転ばなくても起こります。
日本整形外科学会は、高齢者の脊椎椎体骨折(背骨の圧迫骨折)をこう説明しています。
老人におこるものは胸椎と腰椎の移行部(胸腰移行部)あたりの椎体に生じ、ほとんどが骨粗鬆症に起因して尻もちなどの軽微な外力により生じるものです。
さらに、原因の欄にはこう書かれています。
骨粗鬆症に起因して生じるものは、中腰や重いものを持つなど胸腰移行部に力が集中して骨折することもあります。
同学会のパンフレットには、もっと踏み込んだ記述があります。
尻もちや転倒などの軽い"けが"でも容易に発生しますが、日常生活動作中にいつの間にか椎体骨折が発生している場合もあります
**「いつの間にか」。**これが、家族が見逃す最大の理由です。
「転んでいないから骨折ではない」は、高齢者には通用しません
背景にあるのは骨粗鬆症です。同学会によると、骨粗鬆症は**「日本には約1000万人以上の患者さんがいるといわれており、高齢化に伴ってその数は増加傾向にあります」とされ、「圧倒的に女性、特に閉経後の女性に多く」**みられます。
そして、家族にとっていちばん厄介な点がこれです。
骨粗鬆症になっても、痛みはないのが普通です。
**折れやすくなっていること自体は、痛みで教えてくれない。**だから、最初の1本が折れて初めて気づく、ということが起こります。
「気づかれない骨折」がある
見逃しは、例外ではありません。
日本骨代謝学会・日本骨粗鬆症学会が合同で定めた**原発性骨粗鬆症の診断基準(2012年度改訂版)**には、注記としてこう書かれています。
形態椎体骨折のうち,3分の2は無症候性である
画像で見つかる背骨の骨折の3分の2は、症状が出ていない。
さらに、痛みが出るタイプであっても、日本整形外科学会のパンフレットは痛み方の特徴をこう書いています。
痛みの特徴は、寝起き動作や立ち上がり動作時に痛みが悪化しますが、じっと安静に寝ていると痛みを感じません
ここに、家族が見誤るしくみがあります。
**寝ているときは痛くない。**だから、親が横になっているのを見ても「休んでいるだけ」に見える。本人も「寝ていれば平気」と言う。ところが起き上がろうとすると痛い。だから、だんだん起き上がらなくなる。
そして繰り返し折れると、体つきが変わります。
いくつもの場所に多発性に椎体骨折が生じると背中が丸くなり(円背)、身長が低くなります。
背中が丸くなった、身長が縮んだ——久しぶりに会った親にこの変化を感じたら、それは加齢の見た目の問題ではなく、すでに骨折が起きたあとの姿かもしれない、ということです。
3〜4週で治るはずのものが、1か月たっても治っていない
ここが、今回の事案でいちばんお伝えしたい点です。
日本整形外科学会は、骨粗鬆症による軽度の圧迫骨折の治療について、こう書いています。
骨粗鬆症による軽度の骨折(圧迫骨折)の場合は、簡易コルセットなどの外固定をし、前屈(お辞儀する動作)を禁じ、比較的安静にします。安静にすることで、3~4週ほどでほとんどが治ります。
3〜4週ほどでほとんどが治る。
裏を返せば、こうなります。
1か月たっても痛みが変わらない、あるいは動けなくなっているなら、それは「経過が順調ではない」ということです。
同学会は、こうも書いています。
圧迫骨折が高度であったり、骨折部の不安定性強かったり、脊柱管(脊髄部)がすれたり骨片で圧迫を受けていたりしている場合や、いつまでも疼痛が残るものには、手術が必要になることがあります。
「いつまでも疼痛が残るものには、手術が必要になることがあります」。今回の方は、まさにこの経過をたどっていました。診断は圧迫骨折に加えてすべり症であり、入院となっています。
背骨の圧迫骨折はレントゲンで確定します。「安静に」と言われた期間には、終わりがあります
家族の側からすると、こういう受け止め方になりがちです。
「先生に安静にしてくださいと言われた」 →「だから痛がるのは仕方がない」 →「まだ痛いけど、そういうものなんだろう」
この「そういうものなんだろう」が、1か月続いてしまう。
**受診したときに聞いておくべきことは、ひとつです。「どのくらいで痛みが軽くなるはずですか。その予定より長引いたら、いつ受診すればいいですか」。**期限を切っておけば、「様子見」が無期限に延びることはありません。
「安静第一」は、半分しか正しくない
ここで、厚生労働省が公開している資料を紹介させてください。
厚生労働省の「生活機能低下予防マニュアル」および関連資料は、動かないことで起こる**生活不活発病(廃用症候群)**について、はっきりとこう書いています。
安静には害もある
そして、こうも書かれています。
「病気の時は安静第一」「年だから無理をしない」などの思い込みを変えることが大事
同資料は、「動かない」→動けなくなる→ますます動かない、という悪循環を図で示し、**「特に高齢者では起りやすい。高齢者ほど早く働きかけることが必要」としています。きっかけは病気に限らず、「捻挫などの軽いケガ」**でも起こるとされています。
では、どうすればよいのか。同マニュアルの答えは明確です。
本当に必要な安静だけにとどめる
局所は安静にしながら全身の活動性は保つようにする
さらに、医師への聞き方まで書かれています。
病気の際には「安静度」の指導だけではなく、「どれだけ動くべきか」(「活動度」)の指導を医師と連携をとって行う
「安静にしてください」の次に聞くべきは、「どこまで動いていいですか」です
つまり、圧迫骨折で「安静に」と言われたとき、家族が確認すべきは**「どの動きが禁止で、どの動きはしていいのか」**なのです。背骨は安静にしていても、手足や全身の活動まで止める必要があるとは限りません。
なお、動かない状態が続いたときに起こることとして、厚生労働省の資料には、関節の拘縮、筋力の低下、褥瘡(床ずれ)、静脈血栓症から肺塞栓症、起立性低血圧、食欲不振や便秘、うつ状態や知的活動の低下などが挙げられています。
「痛いから動かない」が、別の病気を連れてくる、ということです。
家族が見るのは「痛みの訴え」ではなく、動きと様子
今回の方には、認知症がありました。意識レベルはJCS 1-2、会話がかみ合わないことがある状態です。
認知症のある方の痛みについて、国立長寿医療研究センターは、痛みを訴えることが難しい人の痛みに気づく視点として、息づかい・声・表情・しぐさ・声かけへの反応の5点を挙げています(同センターの医師による解説として公開されているものです)。
また、認知症の行動・心理症状(BPSD)の診療ガイドラインでは、症状の背景に身体的な原因がないかを確認する項目として、感染症、脱水、各種の痛み、便秘などが明記されています。「様子がおかしい」の裏に痛みが隠れていることがある、という考え方は、医療側でも標準的な確認事項になっています。
「痛い?」と聞くより、「どれだけ動いているか」を見るほうが確かなことがあります
ここからは、私たちが現場で家族から聞いて役に立っている情報です(医学的な基準ではなく、現場の実感としてお読みください)。
- 起き上がるとき、声が出ていないか
- トイレや食卓まで、自分で行けているか
- 寝ている時間が、前より明らかに長くないか
- 表情が硬くないか、呼びかけへの反応が変わっていないか
今回の通報も、本人が「痛い、救急車を呼んでくれ」と言ったわけではありません。息子さんが「動けなくなっている」ことに気づいて119番した、という流れでした。
私たち救急隊が現場で頼りにしているのも、この種の情報です。「昨日までは自分でトイレに行っていました」「今朝は起き上がれませんでした」——普段を知っている人にしか出せない情報が、いちばん役に立ちます。
動く量が減ると、食べる量も変わってきます
痛みの強さではなく、「できていたことができない」で判断してください
寝ているときは痛くない。だから「休んでいるだけ」に見えてしまいます
「痛い?」ではなく「今日はどれくらい歩いた?」と聞いてみてください

