真夏の午後3時台、119番が入りました。通報したのは、70代男性の奥さんでした。
「主人が、玄関の外で動けなくなっていて……」
倒れていたのは、遠い外出先ではなく、自分の家の玄関先でした(写真はイメージです)
現場は、ある住宅の玄関先でした。屋根のない、コンクリートのアプローチ。家の敷地の中で、しかし屋外です。
到着したとき、男性は座り込んだ姿勢を保っていました。呼びかけには応じます。ただ、自分では立てない。
そして、体温を測ると——**39.6℃**でした。
この記事は、**「39.6℃という数字をどう読むか」**の一点に絞って書きます。
というのも、昨日公開した同じ持病、同じ真夏の午後——ひとりは36.8℃、ひとりは39.6℃だったという記事でも、39.6℃という同じ数字が出てきます。ただしあちらは別の方の事案で、「同じ日に運ばれた2人の体温が正反対だった」という、体温では線が引けないことを扱った回でした。
今回は同じ夏の別の事案です。別の切り口として、「40℃までいっていない」と家族が受け取ってしまう、その一言のほうを掘り下げます。
現場で見たもの
- 体温 39.6℃
- 脱水の所見(口の中の乾き、皮膚の張りの低下)
- SpO2は低めの値
- 座った姿勢は保てるが、自力では動けない
- 既往に高血圧・糖尿病
この方は、そのまま地域の病院へ搬送になりました。
現場でご家族から出た言葉が、この記事を書こうと思った理由です。
「40度まではいってないんですね」
その気持ちは、痛いほどわかります。数字が出れば、人は基準を探します。
けれど、はっきり申し上げます。**39.6℃は「まだ軽い」ではありません。**そして、熱中症の重症度分類のどこにも「40℃未満なら軽症」という線は引かれていません。
「40℃」は、軽い・重いの境界線ではありません
体温計の数字は、外の暑さと同じで「目安」でしかありません
まず、分類の中身を確認します。
日本救急医学会の『熱中症診療ガイドライン2024』は、熱中症の重症度分類(2015)についてこう説明しています。
熱中症Ⅰ度からⅢ度(2015)までの熱中症重症度分類は、現場で様子を見てよいか、あるいは医師への受診が必要か、そして入院が必要か、といった熱中症ケアのための指針を直接的に反映した重症度分類
I度・II度・III度は、「体温が何度か」ではなく「どこまでの手当てが要るか」で分けられているということです。
では最重症のIII度は何で決まるのか。同ガイドラインは、こう明記しています。
この熱中症重症度分類2015 の最重症にあたるⅢ度(2015)においては、意識障害、肝・腎障害、DIC のいずれかを満たすものと定義されている
意識障害、肝臓・腎臓の障害、DIC(血液が固まる異常)のいずれか。体温は入っていません。
つまり、体温が39℃台でも、意識障害があればIII度(入院が必要な重症)に該当しうるということです。逆に言えば、「40℃に届いていないから重症ではない」という判定の仕方は、そもそも分類のつくりとして成り立ちません。
では、40℃という数字はどこに出てくるのか
2024年のガイドラインで新しく設けられたIV度という枠です。その定義は「深部体温40.0℃以上かつGCS≦8」。
「かつ」です。40.0℃という数字は、それ単独で危険ラインとして置かれているのではなく、深い意識障害と同時に揃ったときの基準として書かれています。IV度は、III度の中でもとくに緊急性が高いものを切り出すために新設された枠であって、「ここから重症、手前は軽症」という境界線ではありません。
さらに、この40.0℃は深部体温の値です。私たちが現場で測るのも、ご家庭で測るのも、多くはわきの下や耳。同じ物差しではありません。
測ること自体は大事です。ただ、その数字で「安心」を決めないでください
同ガイドラインは、重症度の判断についてこう結んでいます。
現状では、体温、意識障害、肝・腎障害、DIC などの熱中症重症度分類の評価項目から、重症度を総合的に判断することが望まれる
**体温は、複数ある評価項目のうちの1つ。**それが学会の書き方です。
むしろ、39.6℃と「70代」は危険側の材料です
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
同じガイドラインには、病院に着く前の段階で予後を予測するスコアが紹介されています。J-ERATOスコアといいます。
J-ERATO スコアは病院前で得られるデータ(1. 呼吸数≧22、2. 意識レベル(GCS) < 15、3. SBP<100mmHg、4. HR≧100、5. 体温≧38℃、6. 年齢≧65 歳)を利用しており
読んでいただきたいのは、5番目と6番目です。
- 体温 ≧ 38℃
- 年齢 ≧ 65歳
**38℃以上であること自体が、病院前の危険因子として数えられています。**39.6℃はそれを大きく超えています。そして今回の方は70代——年齢の項目にも当てはまります。
「40℃までいっていない」は安心材料ではなく、このスコアの見方では、すでに2つ該当している状態でした。
さらに同ガイドラインは、高齢であること自体についてもこう書いています。
高齢は熱中症発症のリスクである
理由も添えられています。体温調節機能の低下という生理的な変化に加えて、**「暑熱環境時での適切な行動(水分摂取など)がとれないこと」「暑熱環境にいることを認知できないこと」**が挙げられています。
現場の実感として
ここからは資料の話ではなく、救急隊としての私の実感です。
**39℃台で立てなくなる高齢の方は、珍しくありません。**若い人が39℃の風邪をひいて「しんどいけれど動ける」のとは、まったく別の話だと思っています。
そして私たちは、現場で緊急度を測るときに「平熱より何度高いか」を数えてはいません。見ているのは、意識の状態と、脱水の徴候です。今回の方も、体温より先に「自分では立てない」ことのほうが重い情報でした。
判断の軸は、体温ではなく「意識」
環境省の『熱中症環境保健マニュアル』には、はっきりこう書かれています。
重症度を判定するときに重要な点は、意識がしっかりしているかどうかです。少しでも意識がおかしい場合には、Ⅱ度(中等症)以上と判断し病院への搬送が必要です
「意識がない」場合は、全てⅢ度(重症)に分類し、絶対に見逃さないことが重要です
そして、家庭で使える判断ポイントが3つ挙げられています。
重症度(救急搬送の必要性)を判断するポイント ・意識がしっかりしているか? ・水を自分で飲めるか? ・症状が改善したか?
「自分で飲めるか」は、家族がその場で確認できる、いちばん実用的なサインです
今回の男性は、呼びかけに応じ、座った姿勢を保っていました。それでも自力では動けず、39.6℃の高体温と脱水がありました。「意識がある」ことは、軽いことの証明にはなりません。
体温が平熱でも熱中症は起こります。そのことは買い物中に「手足に力が入らない」と訴えた70代男性の話に書きました。**あの方は36.6℃、今回の方は39.6℃。同じ熱中症です。**数字の幅がこれだけあるということが、体温で判断できない何よりの証拠です。
「玄関先」は、統計のうえでは"住居"です
ここは、多くの人が誤解しているところだと思います。
総務省消防庁が公表している令和7年(5月〜9月)の熱中症搬送データでは、発生場所の内訳はこうなっています。
住居が最も多く38,292 人(38.1%)、次いで道路19,773 人(19.7%)、公衆(屋外)12,175 人(12.1%)、仕事場① 10,559 人(10.5%)の順となっています
そして、この統計の**「住居」の定義**が、資料の末尾にはっきり書かれています。
住 居(敷地内全ての場所を含む)
玄関先・庭・駐車スペース——「家の外」でも、敷地の中なら統計上は「住居」です
つまり、庭も、玄関先も、駐車スペースも「住居」に入ります。
「熱中症で運ばれる人のいちばん多い場所は住居」と聞くと、多くの方はエアコンのない部屋で倒れている姿を思い浮かべると思います。でも実際には、今回のように敷地内の屋外で倒れているケースも、この38.1%の中に含まれているのです。
- ゴミを出しに行った
- 郵便物を取りに行った
- 庭の水やりに出た
- 車を動かしに出た
**「ちょっとそこまで」は、家の中と同じ安全圏ではありません。**今回の方も、遠出をしていたわけではありませんでした。
持病がある人は、どう考えればいいか
この方には高血圧と糖尿病の既往がありました。
日本救急医学会のガイドラインには、こう書かれています。
いくつかの基礎疾患や薬剤も熱中症のリスクとなる可能性がある。糖尿病・高血圧症・心血管疾患・呼吸器疾患は熱波時の入院数増加や死亡率増加と関連があることが報告されている
ただし、同じ段落には続きがあります。
しかし、これらの研究は熱波により原疾患が悪化したことを反映しているだけの可能性もある
**「持病があると熱中症になりやすい」と単純に言い切れるほど、根拠は固まっていません。**ここは正確にお伝えしておきます。
持病の管理と、夏の過ごし方は、別々の話ではありません
薬についても、同ガイドラインは降圧薬・利尿薬・向精神薬などを検討対象として挙げていますが、根拠として引用されているのは海外(オーストラリアの退役軍人)のデータベース研究です。日本人を対象にしたものではありません。
そして、ここは絶対に間違えないでください。
夏だからといって、自分の判断で薬を減らしたり止めたりしないでください。
心配なことがあれば、必ず処方している医師に相談してください。この記事は、薬を調整するための情報ではありません。
一方で、環境省のマニュアルには、こういう記述もあります。
循環器系に基礎疾患がある、または疾患はなくとも機能的に低下している高齢者は、熱中症にかかりやすくなります
**持病のある高齢のご家族がいる場合、夏は「暑さに弱い前提」で見守る。**そのくらいの構えでちょうどいい、というのが私の実感です。
首・わきの下・太もものつけ根。太い血管が通っているところを冷やします
「涼しい場所へ移す」が、家族にできる最初で最大の処置です
「暑くない?」と聞くより、「いま何か飲もう」と誘うほうが確実です
その日の夕方も、暑さは残ります。声をかけるのは、日が落ちてからでも遅くありません

