「暑いところにいた家族が、なんだかぐったりしている」
夏の救急現場で、私たちがもっとも多く呼ばれる状況のひとつです。そして到着したとき、すでに家族が正しい応急手当を始めていた現場と、何もできずに立ち尽くしていた現場とでは、その後がはっきり違います。
熱中症は、救急車を待つ数分〜十数分のあいだに、家族の手で状態を変えられる数少ない病気です。逆に言えば、待っているだけの時間が、そのまま悪化の時間になるということでもあります。
この記事では、熱中症を疑ったときに家族がその場でやることを、5つのステップにまとめました。環境省の「熱中症の応急処置」フローチャートにある4つのチェックを、家庭で動ける順番に並べ直したものです。最後に「やってはいけないこと」もまとめます。
熱中症の応急手当の中心は、体を冷やすこと。氷と水は、家庭にある最も強い道具です
まず知ってほしい——熱中症は「家の中」でも起きる
熱中症というと、炎天下のスポーツや屋外作業を思い浮かべる方が多いのですが、救急搬送のデータを見ると事情は違います。
総務省消防庁の確定値では、令和7年(5月〜9月)の熱中症による救急搬送人員は全国で10万510人。これは調査を開始した平成20年以降で最も多い搬送人員です。そのうち、
- 発生場所は「住居」が3万8,292人(38.1%)で最多
- 年齢区分では「高齢者(65歳以上)」が5万7,433人(57.1%)
——つまり、**いちばん多い熱中症は「家の中で起きた高齢者の熱中症」**です。エアコンをつけずに過ごしていた高齢者、風呂上がり、寝ているあいだ。現場に行くと、外はまったく歩いていないという方が本当に多い。
高齢になると暑さを感じにくく、汗をかきにくく、のどの渇きにも気づきにくくなります。「本人が平気だと言っている」は、あてになりません。
だからこそ、気づくのは周りの家族であり、最初に手を出すのも家族になります。
屋外だけの問題ではありません。いちばん多いのは住居での発症です
ステップ1:まず「呼びかけに応えるか」を確かめる
熱中症を疑う症状があったら、いちばん最初に確かめるのは体温でも汗の量でもありません。
呼びかけに、きちんと応えるかどうかです。
環境省の応急処置フローでも、症状を疑ったあとの最初のチェックは「呼びかけに応えますか?」となっています。ここが分かれ道です。
呼びかけに応えない・反応がおかしい場合は、その場で119番してください。
環境省の『熱中症環境保健マニュアル 総論』(2025年7月版)にも、こう書かれています。
特に、会話ができない、呼びかけに反応がない場合は、とても危険な状態です。ためらわず、すぐに救急車を呼んでください。
「応えない」だけでなく、次のような状態も同じ扱いにしてください。
- 名前を呼んでも返事がない、目を開けない
- 受け答えがちぐはぐ、話がかみ合わない
- ぼんやりして、こちらを見ていない
- けいれんしている
- まっすぐ立てない、歩けない
熱中症の症状として環境省が挙げているのは、めまい・失神・筋肉痛・筋肉の硬直・大量の発汗・頭痛・不快感・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感・意識障害・けいれん・手足の運動障害・高体温です。このうち意識障害・けいれん・手足の運動障害が出ている時点で、家庭で様子を見る段階ではありません。
現場から言わせてもらうと、家族が迷うのは「意識がない」ほど極端なときではなく、**「なんとなく反応が鈍い」**ときです。ここで様子を見てしまう。けれど、その"なんとなく"こそが、いちばん危ない状態です。
判断に迷ったら、119番してください。
そばで手に触れ、名前を呼んで反応を確かめる。ここが最初の分かれ道です
ステップ2:涼しい場所へ移す
呼びかけに応える場合も、応えずに救急車を呼んだ場合も、次にやることは同じです。
涼しい場所へ避難させる。
環境省のフローには、救急車を呼んだケースについても「救急車が到着するまでの間に応急処置を始めましょう」と明記されています。呼んだら終わりではなく、呼んでからが家族の出番です。
具体的には、
- エアコンの効いた室内へ移す(いちばん確実)
- 室内であればエアコンを迷わずつける(設定温度は低めで構いません)
- 屋外なら風通しのよい日陰へ。アスファルトの上ではなく、できれば地面が土や芝の場所へ
- 車の中は、エンジンをかけて冷房を効かせられるなら有効な避難先になります
移動させるときは無理に立たせず、支えて、あるいは複数人で運んでください。ふらついている人を歩かせると、転倒して頭を打つ二次被害が起きます。実際にそういう現場もありました。
エアコンの効いた室内へ。屋外なら風通しのよい日陰へ
ステップ3:服をゆるめ、体を冷やす
涼しい場所に移したら、服をゆるめて体を冷やします。
ここが、家族がいちばん効果を出せるところです。
どこを冷やすか
環境省のフローには、こう書かれています。
氷のう等があれば、首、腋の下、太腿のつけ根を集中的に冷やしましょう
首・脇の下・太もものつけ根(そけい部)——この3か所は、太い血管が皮膚の近くを通っているため、冷やした血液が全身に回りやすい場所です。左右あるので、氷のうやアイスパックがあるなら合計6か所を狙えます。
首・脇の下・太もものつけ根——太い血管が通る3か所を狙って冷やします
家にあるもので、こう冷やす
救急車を待つ数分でできることは、意外とあります。
- 保冷剤・アイスノン・氷のう……タオルで包んで首・脇・そけい部へ
- 凍らせたペットボトル……冷凍庫に飲み物がなければ、水を入れたペットボトルでも
- 冷たいおしぼり・濡れタオル……ぬるくなったら何度も替える。替えるのが大事です
- 霧吹きや濡れタオルで肌を濡らし、扇風機・うちわで風を送る……水が蒸発するときに熱を奪うので、濡らす+風を送るの組み合わせがよく効きます
- 衣服……ベルト・襟元・下着のゴムをゆるめる。汗で濡れた服は脱がせて拭く
なお、スポーツや屋外作業の最中に起きた熱中症については、環境省のマニュアルに「全身を冷たい水に浸す等の冷却法も有効」との注記があります。ホースやシャワーで全身に水をかけ続ける方法もここに含まれます。ただしこれは労作性(体を動かしていて起きた)熱中症についての記載で、氷水に全身を浸ける方法は医療者の配置など条件つきです。家庭で高齢者が倒れている場面では、首・脇・そけい部の冷却と、濡らして風を送る方法を基本にしてください。
肌を濡らして風を送ると、蒸発する熱で体温が下がります
冷やしながら、救急車が来たら「いつから」「何をしていて」「今どうか」を伝えられるように、頭の中で整理しておいてください。
ステップ4:「自力で水が飲めるか」を確かめてから飲ませる
体を冷やしはじめたら、次のチェックです。
環境省のフローでは、**「水分を自力で摂取できますか?」**という判断が入ります。
自力で飲めるなら——水分・塩分を補給する
飲めるなら、水分と塩分の両方をとらせます。汗で失われるのは水だけではないからです。
環境省の応急処置には、こう書かれています。
大量に汗をかいている場合は、塩分の入ったスポーツドリンクや経口補水液、食塩水がよいでしょう
つまり、スポーツドリンク・経口補水液・食塩水が名指しで挙げられています。
日本救急医学会の「熱中症診療ガイドライン2015」は、さらに踏み込んでこう書いています。
塩分と水分の両者を適切に含んだもの(0.1~0.2% の食塩水)が推奨される。現実的には市販の経口補水液が望ましい
水やお茶だけではいけない理由も、同じガイドラインに書かれています。水分だけを補給すると血中のナトリウムが薄まり、けいれんを起こしやすくなるうえ、入れた水分も尿として出ていってしまう。熱中症で失われているのは水だけではないからです。
また、スポーツドリンクは「塩分量が少なく、糖分が多い」とも同ガイドラインは指摘しています。一方、環境省のマニュアルは「汗で失われた塩分も適切に補える経口補水液やスポーツドリンク等が最適」と両者を並べて挙げており、どちらが優れているかを比べているわけではありません。手元にあるものを、まず飲ませてください。
そのうえで、夏のあいだ、経口補水液を一本、家に置いておく——それだけで、いざというときの選択肢が増えます。
なお同ガイドラインは、高齢で飲み込む力が落ちている人については、誤嚥のリスクを踏まえてゼリータイプの経口補水液を注意深くとらせることが望ましいとしています。高齢の親と暮らしている方は、覚えておいてください。
飲ませるときは、
- 座らせるか、上半身を起こして飲ませる(寝たまま飲ませない)
- 一気にではなく、少しずつ、何回にも分けて
- 吐き気があるときは無理に飲ませない
水分と塩分の両方を。ただし「自力で飲めるとき」だけです
自力で飲めないなら——医療機関へ
自力で水分がとれない場合、環境省のフローは迷わず**「医療機関へ」**となっています。
そして、呼びかけへの反応が悪い場合については、はっきりこう書かれています。
呼びかけへの反応が悪い場合には無理に水を飲ませてはいけません
これは、家族がやりがちな失敗の筆頭です。
ぐったりしている人の口に、よかれと思ってスポーツドリンクを流し込む。けれど意識がはっきりしていない人は、飲み込む動作がうまくできません。水が気管に入って、**誤嚥(ごえん)**を起こします。熱中症に肺炎が乗ってしまえば、話はまったく別の重さになります。
**「飲ませる」は、本人が自分で飲めるときだけ。**これを覚えて帰ってください。
ステップ5:よくならなければ、迷わず医療機関へ
冷やして、水分をとらせて——それで終わりではありません。
環境省のフローの最後のチェックは、**「症状がよくなりましたか?」**です。
- よくならない → 医療機関へ
- よくなった → そのまま安静にして十分に休息をとり、回復したら帰宅
よくなった場合でも、「安静」と「十分な休息」がセットで書かれている点に注意してください。少し楽になったからといって、その日のうちに作業やスポーツに戻るのは危険です。
そして医療機関へ行くときは、こう書かれています。
本人が倒れたときの状況を知っている人が付き添って、発症時の状態を伝えましょう
これは救急の現場でも本当に大事です。本人はもうろうとしていて、いつからどうだったかを説明できません。「何時から」「どこで何をしていて」「水分はどれくらいとっていたか」「最初はどんな様子だったか」——これを言えるのは、そばにいた家族だけです。
倒れたときの状況を知っている人が付き添って、発症時の様子を伝えてください
「重症かどうか」は体温ではなく意識で見る
家庭で判断に迷ったとき、体温計の数字を頼りにしたくなります。けれど、そこが落とし穴です。
日本救急医学会の分類(環境省のマニュアルにも掲載されています)では、熱中症の重症度をこう分けています。
- Ⅰ度……現場での応急処置で対応できる軽症
- Ⅱ度……病院への搬送を必要とする中等症
- Ⅲ度……入院して集中治療の必要性のある重症
そして環境省のマニュアルは、判定のポイントをはっきり書いています。
重症度を判定するときに重要な点は、意識がしっかりしているかどうかです。少しでも意識がおかしい場合には、Ⅱ度(中等症)以上と判断し病院への搬送が必要です。「意識がない」場合は、全てⅢ度(重症)に分類し、絶対に見逃さないことが重要です。
**家庭向けの見方に、「何℃以上なら重症」という線はありません。**軸になるのは意識です。「少しでも意識がおかしい」なら病院、「意識がない」なら重症——ここだけ覚えてください。
体温は、測れるなら救急隊や医師に伝える価値のある情報です。ただし判断の入口にはしないでください。ステップ1に戻りますが、まず見るのは呼びかけへの反応です。
迷ったら呼んでいい。呼んだあとも、冷やしながら待ってください
覚えているのが家族のうち一人でも、その人の夏は変わります

