救急隊として現場に入ると、けいれんの通報では、ほぼ決まった光景に出会います。
床に横たわった人のそばで、家族が肩や腕を必死に押さえている。あるいは、丸めたタオルやスプーンの柄を、口に差し込もうとしている。
そして、こう言われます。
「舌を噛んだら大変だと思って」
けいれんは、たいてい床の上で起きます。まず見るのは、人ではなく、その周りです(写真はイメージです)
その気持ちは、痛いほどわかります。目の前で家族の体が硬直して、ガタガタと震え出す。声をかけても返事がない。何かしなければ、と思わないほうが難しい。
けれど、この2つ——「口に物を入れる」と「押さえつける」——は、国の市民向け指針が、理由まで書いたうえで「行わないでください」としている行為です。
この記事は、目の前でけいれんが始まったときに、家族が最初の数分で何をして、何をしないかだけに絞って書きます。
出典は、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会の『救急蘇生法の指針2025(市民用)』と、総務省消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)です。どちらも、誰でも読める公開資料です。
先に、3つだけ
長い記事になりますが、覚えていただきたいのは3つです。
- 口に何も入れない(物も、指も)
- 押さえつけない(周りの物をどける)
- 時刻を見る(何時何分に始まったか)
この3つだけで、家族にできることのほとんどは足りています。あとは、けいれんが止まったあとに何を見るか、という話です。
①「口に物を入れない」——指針は、理由まで書いています
『救急蘇生法の指針2025(市民用)』の「ファーストエイド」の章に、「けいれん」という項目があります。そこにこう書かれています。
舌を噛むのを防止するために、口に物を噛ませたり、口に指を入れることは避けます。歯の損傷や窒息などの原因となり、救助者が指を咬まれる危険性もあります。
(※原文には漢字にふりがなが振られています。この記事では読みやすさのため省いて引用します)
理由が3つ、はっきり挙がっています。
- 歯の損傷
- 窒息
- 救助者(助けようとした人)が指を咬まれる
けいれんの最中は、あごにも強い力が入っています。そこへ硬い物を差し込めば、歯が欠けたり折れたりします。折れた歯の破片が口の中に残れば、それこそのどに詰まる。指を入れれば、助けようとした家族のほうがけがをします。
**「舌を噛ませないため」にやったことが、歯を折り、のどを詰まらせ、助ける人を負傷させる。**これが、この一文が言っていることです。
私が現場でお伝えするのは、いつも同じです。
「口の中は、何もしなくて大丈夫です。手を離してください」
「舌を噛んで死ぬ」のではないか、という不安について
正直に書きます。この指針には、「舌を噛むことは起きない」とも「起きても軽い」とも書かれていません。書かれているのは、口に物を入れる行為のほうが害を生む、ということだけです。
ですので、この記事でも「舌を噛むことはありません」とは書きません。私が書けるのは、「口に物を入れるのは、国の指針が名指しで避けるように書いている行為です」までです。
それでも、この一点は十分に強い根拠だと思っています。やってはいけない、と国の資料が理由つきで書いていることを、家族がやらずに済むだけで、防げるけががあります。
②「押さえつけない」——骨が折れることがあります
同じ「けいれん」の項目に、もうひとつ書かれています。
けいれん中に無理に押さえつけると骨折などを起こすことがあるので行わないでください。
「骨折」です。
けいれんの最中、筋肉には本人の意思とは関係なく強い力が入っています。そこへ外から力を加えて止めようとすると、**押さえた側の力と、内側から出ている力がぶつかります。**高齢の方であればなおさらです。
そして、押さえつけても**けいれんは止まりません。**止まらない動きを止めようとして、けがだけが残る。これが「行わないでください」と書かれている理由です。
押さえるのは人ではなく、周りを片づけるのが先です(写真はイメージです)
では、代わりに何をするのか
指針は、こう書いています。
けいれんの発作中は、家具の角などに頭をぶつけてけがをしないように周囲の危険物を取り除くなど、傷病者を守ってください。
守る対象は人、動かす対象は物です。
- テーブルや椅子を、体から離す
- 食卓の上の熱い飲み物、割れる食器をどける
- ストーブや暖房器具から離す
- 眼鏡をしていれば外す
やることは「片づけ」です。地味ですが、これが指針の書いている内容そのままです。
なお、指針が書いているのは**「周囲の危険物を取り除く」**までで、「頭の下に座布団を敷く」といった具体的な手順までは書かれていません。ですのでこの記事でも、そこまでは断定しません。体を動かすより、周りをどけるほうが先、という順番だけ覚えてください。
③ 時刻を見る——「長い」という感覚は当てになりません
3つめが、いちばん忘れられます。始まった時刻を見ることです。
理由は単純で、目の前で家族がけいれんしている数分は、体感で何倍にも伸びるからです。「5分くらい続きました」と言われた発作が、記録上は1分足らずだったことは珍しくありません。逆もあります。
東京都てんかん支援拠点病院(国立精神・神経医療研究センター病院が運営)のページには、こう書かれています。
ほとんどのてんかん発作は2~3分以内に収まり、特に症状を残しません。
2〜3分。体感では、とても長い2〜3分です。
だからこそ、時計を見てください。スマートフォンの時刻でも、壁の時計でもかまいません。「何時何分に始まったか」がわかっていれば、そのあとの判断も、救急隊への説明も、病院での診察も、すべてが変わります。
「長かった」ではなく「何時何分から」。これだけで伝わり方が変わります(写真はイメージです)
「5分」という数字について(限定つきでお伝えします)
けいれんの話には、よく「5分」という数字が出てきます。これがどこから来た数字なのか、正確にお伝えします。
日本小児神経学会の『小児てんかん重積状態・けいれん重積状態治療ガイドライン2023』は、国際抗てんかん連盟(ILAE)が2015年に提唱した定義を採用しています。そこでは、けいれんを伴う発作について、
- t1時間=5分:「これはこの時間を超えると発作が自然停止しにくくなると考えられ、いい換えれば治療を開始あるいは考慮するタイミング」
- t2時間=30分:「長期的な後遺症を残しうる」時間
とされています。同ガイドラインの解説にも、こうあります。
けいれん性発作はその多くが5分未満で自然に停止し、10分以上持続すると自然に停止する可能性が低くなる
ただし、**ここは限定を必ず添えなければいけません。このガイドラインは、冒頭で治療対象を「生後1か月から18歳未満」と明記し、「小児と成人のSEでは原因疾患が異なることもあり、その治療方法も異なるため成人は対象外とした」**と書いています。
つまり、この「5分」を、そのまま大人や高齢者に当てはめる根拠を、私はこのガイドラインからは取れません。
では家庭ではどうすればいいのか。答えは、次の章の消防庁の書き方のほうにあります。国の家庭向け資料は、「何分」で線を引いていないのです。
119番を呼ぶ線引き——消防庁は「分」で書いていません
総務省消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)には、「ためらわず救急車を呼んでほしい症状」の一覧があります。
このリーフレットは、高齢者・おとな(15歳以上)・こども(15歳以下)の3ページに分かれていて、そのすべてに「けいれん」という独立した欄があります。
おとなのページの「けいれん」欄:
● けいれんが止まらない ● けいれんが止まっても、意識がもどらない
こどものページの「けいれん」欄:
● けいれんが止まらない ● けいれんが止まっても、意識がもどらない
高齢者のページの「けいれん」欄:
● けいれんが止まらない
お気づきのとおり、**高齢者のページには「けいれんが止まっても、意識がもどらない」がありません。**おとな・こどものページにはあります。なぜ差があるのか、**リーフレットには説明が書かれていません。**わからないことは、わからないままお伝えします。
そのうえで申し上げると、同じ高齢者のページの冒頭には、こう書かれています。
高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。
私は、高齢の親のけいれんが止まったのに意識が戻らない場面で、「高齢者のページに書いていないから」という理由で待つことはしません。
数字ではなく、状態で決める
そして『救急蘇生法の指針2025(市民用)』も、こう書いています。
けいれんがすぐにおさまらない場合やけいれん発作を繰り返す場合には、119番通報してください。
**「すぐにおさまらない」「繰り返す」。**ここにも分数はありません。
家庭で使う判断としては、これで十分だと私は思っています。ストップウォッチを構えて5分を数える必要はありません。
- 止まらない
- 止まったのに、意識が戻らない
- いったん止まって、また始まる
このどれかなら、119番です。時計は「呼ぶかどうか」を決めるためではなく、呼んだあと、救急隊と医師に伝えるために見てください。
119番では「けいれんしている」と、その言葉のまま伝えてかまいません(写真はイメージです)
横向きの姿勢は、吐いたものがのどに詰まるのを防ぐためのものです(写真はイメージです)
初めてのけいれんは、「何が起きたのか」を調べる必要がある出来事です(写真はイメージです)
処方されている頓用薬は、使い方を先に確認しておく——指針にそう書かれています(写真はイメージです)
落ち着いてから、覚えているうちに書いておく。それが診察室で効きます(写真はイメージです)
終わったあとに残るのは、「あのとき何をしたか」ではなく「何を見ていたか」です(写真はイメージです)
何ごともなく、いつもの暮らしに戻れること。そのための備えです(写真はイメージです)

