3. 病院で行われること——「緊急処置」と書かれています
日本泌尿器科学会のページは、処置についてこう書いています。
膀胱内に尿が多量にたまっているに尿がまったく出ない(尿閉)ときには、緊急処置として尿道からカテーテルを挿入して、膀胱にたまっている尿を排出させる必要があります。
**「緊急処置として」。**学会がこの言葉を使っています。
方法は2通りあると書かれています。
尿を完全に排出させたら、すぐにカテーテルを抜いてしまう方法(導尿といいます)と、しばらく尿道にカテーテルを挿入したままにする方法(尿道カテーテル留置といいます)があります。
そして、そこで終わりではないことも書かれています。
いずれにしても、後日泌尿器科専門医の診察を受け原因検索をすることが推奨されます。
尿が出て楽になっても、原因を調べるのはそのあと、ということです。
出してもらうと、いったんは楽になります。けれど原因はそのあとに調べます(写真はイメージです)
4. 傷病名は「急性尿閉」でした
尿がまったく出ず、下腹に尿がたまり続けている。この状態につく名前が尿閉です。急に起こったものを急性尿閉と呼びます。
ひとつ、正直に書いておきます。**「尿閉」という言葉は、市販薬の添付文書には出てきません。**添付文書に書かれているのは「排尿困難」という言葉です。これは後半で効いてきます。
5. 急性尿閉とは——原因のほとんどは、ひとつです
同じ学会のページが、原因を明確に書いています。
膀胱の出口より外側の前立腺、尿道に尿の流れをさまたげる状況があれば尿閉の原因となりますが、ほとんどの場合の原因は前立腺肥大症です。したがって、尿閉が出現するのは原則として男性に多いということになります。肥大した前立腺が膀胱の出口をふさいでしまうことが原因の大部分です。前立腺が大きい人の方が尿閉になりやすい傾向があります。
「ほとんどの場合の原因は前立腺肥大症」「原則として男性に多い」。
ただし、**女性に起こらないわけではありません。**同じページはこう続けます。
膀胱の働きを調整している神経が障害されて尿閉になる場合としては、直腸がんや子宮がんの手術の後の状態があります。したがって、このような時には、男性も女性も尿閉になることがあります。
膀胱をコントロールする神経の障害(神経因性膀胱)でも起こる、ということです。
★そして、誘因が名指しされています
この記事でいちばん伝えたいのが、ここです。同じページの一文です。
長時間の座位、飲酒、時には咳止め薬、感冒薬、精神安定剤、不整脈のくすりなどが誘因になることがあります。
**「咳止め薬、感冒薬」。**学会のページに、はっきり書かれています。
長時間座っていること、お酒、そして薬。どれも、特別なことではありません。
学会は誘因として「咳止め薬、感冒薬」を挙げています(写真はイメージです)
6. 避けるには——箱に書いてある「排尿困難」の3文字
ここからが、緑内障の記事と対になる話です。
まず、国が「市販薬でも起こる」と書いています
厚生労働省に『重篤副作用疾患別対応マニュアル』という資料群があり、そのなかに**「尿閉・排尿困難」という1冊**があります。患者・家族向けのページに、こう書かれています。
膀胱収縮力と尿道の閉まり具合のバランスがくずれて、おしっこが膀胱に充満していて出したい気がするのに、おしっこができない尿閉や、おしっこが出づらい排尿困難が医薬品によって引き起こされる場合があります。主に抗ムスカリン様作用を有する薬物を含む、過活動膀胱治療薬、胃腸薬、下痢止め薬、抗精神病薬・抗うつ薬、抗不整脈薬などでみられ、総合感冒薬のような市販の医薬品でもみられることがあります。
**「総合感冒薬のような市販の医薬品でもみられることがあります」。**学会だけでなく、国の資料にも書かれています。
そして、そのすぐあとに受診の指示があります。
何らかのお薬を服用していて、次のような症状がみられた場合には、放置せずに医師・薬剤師に連絡してください。なお、尿閉の場合には迅速な病院への受診が必要となります。
**「迅速な病院への受診が必要」。**国の資料の言葉です。
ただし、同じページの冒頭には、こうも書かれています。
ここでご紹介している副作用は、まれなもので、必ず起こるというものではありません。ただ、副作用は気づかずに放置していると重くなり健康に影響を及ぼすことがあるので、早めに「気づいて」対処することが大切です。
**「まれなもので、必ず起こるというものではありません」。**この一文を外して読まないでください。かぜ薬を飲んだら尿が出なくなる、という話ではありません。
気づくための6つの言い方
同じマニュアルは、初期症状をこう並べています。
「おしっこがしたいのに出ない」、「おしっこの勢いが弱い」、「おしっこをしている間に何度もとぎれる」、「おしっこが出るまでに時間がかかる」、「おしっこ出すときにお腹に力を入れる必要がある」、「おしっこをしたあとにまだ残っている感じがある」などがみられ、これらの症状が急に強く自覚されたり、持続したりする。
そして、時間の幅についても書かれています。
原因と考えられる医薬品を服用してから数時間以内に発症することもありますし、数ヵ月後に発症することもあります。糖尿病などがあり、排尿筋の収縮力が低下している場合には発症しやすくなります。とくに、前立腺肥大を合併している男性では起こりやすいので、留意が必要です。
**「数時間以内」から「数ヵ月後」まで。**飲んですぐとはかぎりません。
もうひとつ、見落としを防ぐ一文があります。
また、症状なく進行する場合もあるので
痛くないから大丈夫、ではないということです。
そのうえで、箱の字の話です
市販のかぜ薬の添付文書に何を書くかは、**国が定めています。**医薬品医療機器総合機構(PMDA)に掲載されている厚生労働省通知『かぜ薬等の添付文書等に記載する使用上の注意について』(令和8年8月25日 一部改正)です。
その「相談すること」の欄に、こう書かれています。
(7)次の症状のある人.高熱,むくみ1),排尿困難2)
〔…2)は,抗ヒスタミン剤を含有する製剤に記載すること.〕
そして同じ欄の次の項目が、緑内障です。
(8)次の診断を受けた人.甲状腺機能障害,糖尿病,心臓病,高血圧,肝臓病,腎臓病,胃・十二指腸潰瘍,緑内障7),…
「排尿困難」と「緑内障」は、同じ薬の、同じ欄に並んでいます。そしてどちらも注記が抗ヒスタミン剤です。目と、膀胱。別の臓器に、同じ薬が効いてしまうという話です。
鼻炎薬では、もう一段強い書き方になります
さらに強い記載もあります。鼻炎用内服薬の欄です。ここは「相談すること」ではなく、**「してはいけないこと」**です。
1.次の人は服用しないこと
(3)次の症状のある人.前立腺肥大による排尿困難
〔プソイドエフェドリン塩酸塩又はプソイドエフェドリン硫酸塩を含有する製剤に記載すること.〕
**「服用しないこと」。**緑内障が「相談すること」だったのに対して、前立腺肥大による排尿困難は、この成分では服用しないことの側に置かれています。
飲んだあとに出なくなったときも、書かれています
もうひとつ。飲んだあとの副作用の欄にも、同じ言葉があります。
2.服用後,次の症状があらわれた場合は副作用の可能性があるので,直ちに服用を中止し,この文書を持って医師,薬剤師又は登録販売者に相談すること
泌尿器 排尿困難4),頻尿5),排尿痛5),血尿5),残尿感5)
〔4)は,抗ヒスタミン剤を含有する製剤に…〕
「直ちに服用を中止し、この文書を持って相談すること」。
**飲んだあとに出にくくなったら、そこでやめて相談する。**これが国の定めた書き方です。
箱の小さい字に、ここまでのことがたたまれています(写真はイメージです)
ただし、勝手にやめないでください
大事な注意です。ここで書いているのは市販薬の話であって、**医師に処方されている薬を自分の判断でやめる話ではありません。**処方薬の自己中断で何が起きるかは「薬をやめる」も「いつも通り飲む」も、具合の悪い日に決めないでくださいに書きました。
そして、**「市販薬を飲んだから尿閉になる」わけでもありません。学会が書いているのは「誘因になることがあります」であり、PMDAが定めているのは「相談すること」「服用しないこと」**という、飲む前の手順です。誰にでも起こる、という話ではありません。
では家族は何をすればいいか。
① 前立腺肥大症を指摘されている人がいるなら、家族もそれを知っておく
本人しか知らないと、市販薬を選ぶときに誰も止められません。
② 市販のかぜ薬・鼻炎薬を買うとき、薬剤師さんに一言いう
「前立腺が大きいと言われています」。この一言で、選ぶ薬が変わります。「相談すること」の欄は、そのためにあります。
③ お薬手帳に書いておく
整理のしかたは家庭の常備薬とお薬手帳——救急のとき役立てる整理術にまとめました。
買うときの一言が、いちばん効きます(写真はイメージです)
7. 家族へ——「朝まで様子を見る」をしないでほしい理由
尿閉は、夜に起こると厄介です。**痛みで動けない、けれど「おしっこが出ないだけ」だから救急車を呼んでいいのか分からない。**そう言われることが、実際にあります。
判断の材料を置いておきます。
- 学会は、この状態への対応を**「緊急処置として」**と書いています
- 処置そのものは、カテーテルで尿を出すことです。出れば、その場で楽になります
- 我慢して溜め続けることで良くなる方向はありません
呼ぶかどうかで迷ったときの全体像は救急車を呼ぶべき7つのサインに、迷ったときの相談先は#7119(救急安心センター)の使い方に書きました。かかりつけ医と救急外来の使い分けはかかりつけ医と救急外来、どっちに行く?にまとめています。
119番で最初に聞かれることは119番通報、電話に出た瞬間に聞かれる7つのことにあります。全部答えられなくても救急車は出ます。
そして、救急車が来ても運ばれないことがあるのも事実です。その場合に家族が何をするかは救急車を呼んだのに搬送されなかったに書きました。
なお、わき腹の激痛でのたうち回るのは、尿閉ではなく尿管結石のことがあります。そちらは「わき腹が、急に痛い」——傷病名は「尿管結石」でしたに書きました。尿閉は下腹、結石はわき腹から背中、というのが大まかな違いです。
「おしっこが出ない」は、言い出しにくい症状でもあります(写真はイメージです)
8. 書かなかったこと
正確さのために、確認できなかったので書かなかったことを挙げます。
- 急性尿閉の患者数・救急搬送数——公的な集計を確認できていません
- 前立腺肥大症の人が何%で尿閉になるか——今回の資料では確認できていません
- 「市販薬を飲むと尿閉になる」という因果——学会の記述は**「誘因になることがあります」、厚生労働省の記述は「まれなもので、必ず起こるというものではありません」**であり、どちらも断定ではありません
- どの製品が該当するか——PMDAが定めているのは成分ごとの記載事項であって、製品名の話ではありません。この記事に商品名は出していません
- 温める・お腹を押すなどの家庭での対処——今回参照した公的資料に、そうした手順の記載はありません。押すことをすすめる記述も見つかりませんでした
- 秋に増えるかどうか——季節性を示す公的な統計は確認できていません
まとめ
尿がまったく出ず、下腹が張って苦しいとき。
それは「おしっこが出ないだけ」ではありません
- 尿は作られていて、膀胱にたまり続けています
- 学会は処置を**「緊急処置として」**と書いています
- 処置はカテーテルで出すこと。出れば、その場で楽になります
原因
- ほとんどが前立腺肥大症——だから男性に多い
- ただし神経の障害(手術後など)では男女とも起こります
- 誘因として学会が挙げているのは**「長時間の座位、飲酒、時には咳止め薬、感冒薬、精神安定剤、不整脈のくすり」**
ただし
- 国の資料は同時に**「まれなもので、必ず起こるというものではありません」**と書いています
- 発症までは**「数時間以内」から「数ヵ月後」**まで幅があります
- 「症状なく進行する場合もある」——痛くないから大丈夫、ではありません
箱に書いてある3文字
- かぜ薬の**「相談すること」に排尿困難**(抗ヒスタミン剤を含む製剤)
- 鼻炎薬の**「してはいけないこと」に前立腺肥大による排尿困難**(プソイドエフェドリンを含む製剤)
- 飲んだあとに出にくくなったら**「直ちに服用を中止し、この文書を持って相談すること」**
家族ができること
- 前立腺肥大症を指摘されているなら、家族もそれを知っておく
- 市販薬を買うとき、薬剤師さんに一言いう
- お薬手帳に書いておく
市販のかぜ薬の箱には、小さな字で、たくさんのことが書いてあります。
**「緑内障」の3文字が目のためにあるように、「排尿困難」の4文字は、この話のためにあります。**同じ欄に、並んで書かれています。
読む機会は、たぶん一生に何回もありません。それでも、家族の誰かが前立腺肥大症を指摘されているなら、その欄だけは一度見ておいてほしいと思っています。
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本記事は一般的な情報提供であり、医療診断に代わるものではありません。実際の症状については必ず医療機関にご相談ください。
参考