3. 病院で行われる検査
倒れた人が病院に着いてから、あるいは検診で引っかかってから、何が行われるか。
学校心臓検診のガイドライン(2025年改訂版)は、肥大型心筋症について、こう書いています。
2次以降の検診では,問診,聴診,12誘導心電図,心エコーを行う.
そして、こう続きます。
前出の3.1.2「1次検診で留意すべき項目」にあてはまる心電図所見がある場合は,2次検診の心エコーによって肥大型心筋症の多くが診断可能である。肥大型心筋症と診断されれば,すべて専門医に紹介されるべきである。
「心エコーによって多くが診断可能」「すべて専門医に紹介されるべき」。
心エコーは、超音波で心臓の壁の厚さや動きを見る検査です。痛みはありません。
さらに、この病気のリスクの高さを評価するために必要な検査として、同ガイドラインは次を挙げています。
(1) 家族歴の聴取(若年突然死,心筋疾患)
(2) 失神(とくに運動中),けいれん,胸痛,心停止あるいは持続性VTの既往歴
(3) 心エコー (4) ホルター心電図 (5) 運動負荷試験 (6) 心臓MRI (7) 遺伝学的検査
注目していただきたいのは、**(1)と(2)が「検査」ではなく「話を聞くこと」**だという点です。
家族に若くして突然亡くなった方がいないか。過去に運動中に失神したことがないか。——機械ではなく、家族の記憶からしか出てこない情報が、リスク評価の最初の2つに置かれています。
心電図でひっかかったあと、心エコーまで進むことが診断の入り口になります(写真はイメージです)
4. 傷病名は「肥大型心筋症」でした
ここまでの形——運動中や運動直後の失神、動悸、胸痛、息切れ。心電図の異常。心エコーでの心筋の厚み。——でついた傷病名が、肥大型心筋症です。
学校心臓検診のガイドライン(2025年改訂版)の「概念」を、そのまま引用します。
肥大型心筋症(HCM)は,著明な心筋肥大により心室内腔が狭小化し,拡張障害をきたす疾患である.非対称性中隔肥厚が特徴で,左室流出路狭窄(閉塞性肥大型心筋症)をきたす場合がある.息切れや胸痛,失神や突然死といったさまざまな症状を呈する.しばしば家族性に発症し,常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる.肥大型心筋症は若年者の心臓突然死のもっとも重要な原因であり,とくに運動中の突然死をきたす.
一文ずつ、家庭の言葉に置き換えます。
- 「著明な心筋肥大により心室内腔が狭小化し」——心臓の壁が厚くなって、血液の入る部屋が狭くなる
- 「拡張障害をきたす」——心臓が「広がって血をためる」のが苦手になる
- 「左室流出路狭窄」——血液の出口が狭くなるタイプがある
- 「しばしば家族性に発症し,常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる」——家族に起こることがある
- 「若年者の心臓突然死のもっとも重要な原因であり,とくに運動中の突然死をきたす」
最後の一文が、この記事の核心です。**「もっとも重要な原因」**と、専門学会のガイドラインが書いています。
5. 肥大型心筋症とは——「壁が厚いこと自体は、痛くない」
どのくらいの人がいるのか
数字は、母数によって見え方が変わるので、丁寧に並べます。
難病情報センターは、こう書いています。
令和5年度末の肥大型心筋症医療受給者証所持者数は、4,388人でした。しかし、これは難病認定を受けた患者さんを対象としており、心エコー(超音波)検査でスクリーニングをおこなったものでは、一般人口の1/500人において認められるとの報告もあります。
「4,388人」と「500人に1人」は、まったく違う母数の数字です。前者は難病の認定を受けた人数、後者は心エコーで調べたときに見つかる割合の報告例です。「500人に1人が難病認定を受けている」ではありません。
学齢期に限った数字は、学校心臓検診のガイドライン(2025年改訂版)にあります。
日本小児循環器学会の2005~2020年の調査では,肥大型心筋症は年間0.008%(8.1人対10万人)の発症がみられ,心筋症全体の33.3%を占める.さらに,本疾患患者の59.8%が学童期(6~18歳)に診断されている.
**患者さんの約6割が、6〜18歳のあいだに診断されている。**学校で見つかる病気だ、ということです。
家族の病気でもあります
難病情報センターは、遺伝についてこう書いています。
家族性の発症が約半数に認められます。前述したサルコメア遺伝子の変異が主因であることが知られています。多くは常染色体性顕性遺伝(優性遺伝)の形式で遺伝し、遺伝カウンセリングを受けることが推奨されます。
MSDマニュアル家庭版は、確率まで書いています。
この病気は50%の確率で子どもに遺伝することから、この病気を遺伝により受け継いでいることが判明した人は、家族計画を立てる際に遺伝カウンセリングを受けることが望ましいでしょう。この遺伝性疾患をもつ人の第1度近親者(兄弟姉妹または子)は、心臓の評価を(遺伝子検査や定期的な心エコー検査で)受けるようにしてください。
「兄弟姉妹または子は、心臓の評価を受けるように」。
家族のだれかにこの病気が見つかったら、それは家族全員に関わる情報になります。難病情報センターのFAQも同じことを書いています。
肥大型心筋症は突然死などのリスクがあるため、肥大型心筋症患者の血縁者は症状がなくても肥大型心筋症がないか心エコー検査などでスクリーニング検査を受けることが推奨されます。
**「症状がなくても」。**ここが大事なところです。
経過は、多くの場合おだやかです
怖い話ばかりを並べたくないので、経過についても原文を引きます。難病情報センターです。
一般に病気の経過は良好で、無症状のまま経過することもありますが、症状の有無にかかわらず危険な不整脈や、心機能の進行性の低下が認められることがあり、定期的に専門医のもとで経過観察を受けることが重要です。死因として、若年者では突然死、特に運動中の突然死が多く、壮年~高齢者では心不全や心房細動の合併に伴って心臓内に生じた血栓による塞栓症による死亡が主となります。
**「一般に病気の経過は良好」から始まっています。そのうえで、「症状の有無にかかわらず」定期的な経過観察を、**と書かれています。
日本循環器学会の『心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)』も、突然死について冷静な書き方をしています。
突然死は肥大型心筋症関連死の約40%を占めると報告されており,最も重大な死因の1つである.肥大型心筋症に伴う突然死の発現頻度は1%/年あるいはそれ未満といわれ,突然死の危険性が高い患者は多くないが,一部に高リスク患者が存在している.
「突然死の危険性が高い患者は多くないが,一部に高リスク患者が存在している」。
だから、リスクを評価するという手順が要るわけです。同ガイドラインは、その危険因子を5つ挙げています。
1)肥大型心筋症に伴う突然死の家族歴,2)原因不明の失神,3)著明な左室肥大(≧30mm),4)ホルター心電図による非持続性心室頻拍,5)運動中の血圧異常反応
ここでも、**1番目が「家族歴」、2番目が「原因不明の失神」**です。
学校で見つかることが多い病気です。検診の紙は、その入口になります(写真はイメージです)
6. 避けるには——検診の紙と、運動の範囲と、家族の心臓
① 検診の問診票を、家族の記憶で埋める
学校心臓検診は、1973年に必須項目になり、1995年から小・中・高校の1年生全員に心電図検査が義務づけられています。ガイドラインはこう書いています。
1次検診では,対象となる児童生徒全員に行われる心電図検査に,心臓検診調査票(既往歴・家族歴などに関する問診)と学校医の診察所見が加味されたうえで判定されるのが一般的である。
心電図だけで判定されているのではありません。調査票の既往歴・家族歴が一緒に見られています。
つまり——あの紙を、家族が正確に書けるかどうかが、判定の一部になっているということです。
「運動中に一度だけ気を失ったことがある」「おじが40代で突然亡くなっている」。**思い出せるなら、書いてください。**それは検診をする側が「かならず抽出する」と決めている情報そのものです。
② 運動の範囲は、必ず主治医と決める
診断がついた場合の運動については、資料がはっきり書いています。難病情報センターのFAQです。
競技スポーツは、症状や左室流出路圧較差の有無に関わらず、一部の軽いスポーツ(ビリヤード,ボーリング,ゴルフなど)を除き禁止していただきます。失神の既往や突然死の家族歴などリスクの高い場合は殊に厳重に注意する必要があります。
学校心臓検診のガイドライン(2025年改訂版)も、管理指導区分の考え方の先頭にこう置いています。
(1) 突然死のほとんどは運動中であるため,運動制限を行う.
一方で、『心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)』は、こうも書いています。
症状がなく,突然死のリスクが認められない場合は,健康的な生活を維持するための適度な運動を行うことが望ましい。
**「まったく動くな」ではありません。**競技的な運動は制限したうえで、適度な運動は望ましい、という書かれ方です。**どこまでが「適度」かは、その人のリスク評価によって変わります。**だから、範囲は必ず主治医と決めてください。ここだけは、インターネットの記事で決められることではありません。
③ 家族の心臓を、いちど調べる
前の章で引いたとおりです。血縁者は、症状がなくても心エコーなどのスクリーニングが勧められています。
これは「不安を煽るため」ではなく、見つかれば運動の範囲を決められるからです。診断がついている人と、ついていない人。同じ体で運動しても、後者だけは誰も止められません。
「少し休む」で戻らないときは、その日のうちに受診してください(写真はイメージです)
7. 家族へ——目の前で倒れたときの手順
ここからは、診断の話ではなく、その瞬間に何をするかです。指針2025の順番どおりに書きます。
① 反応をみる
肩をやさしくたたきながら、大声で呼びかけます。**引きつるような動きがあっても「反応なし」**です。迷ったら「なし」で進んでください。
② 119番通報とAEDの手配を、同時に頼む
一人でやろうとしないでください。**「あなたは119番」「あなたはAED」**と、人を指して頼みます。119番で聞かれることは119番通報、電話に出た瞬間に聞かれる7つのことにまとめました。全部答えられなくても救急車は出ます。
③ 呼吸をみる
10秒以内で、胸と腹の動きを見ます。しゃくりあげるような途切れ途切れの呼吸は「普段どおりの呼吸」ではありません。
④ 胸骨圧迫を始める
傷病者の胸が約5cm沈み込むように強く、速く、絶え間なく圧迫します。圧迫のテンポは1分間に100~120回です。
小児では胸の厚さの約1/3沈み込む程度、と書かれています。
⑤ AEDが来たら、電源を入れて音声に従う
ここでひとつだけ、覚えて帰っていただきたいことがあります。
AEDの音声メッセージが「ショックは不要です」の場合は、その後に続く音声メッセージに従って、ただちに胸骨圧迫から心肺蘇生を再開します。「ショックは不要です」は、心肺蘇生が不要だという意味ではありません。
**「ショック不要」=「もう大丈夫」ではありません。**押し続けてください。
数字で見る、市民の手の重さ
指針2025は、市民向けにこう書いています。
市民が心肺蘇生を実施しなかった場合、1か月後の社会復帰率は3.7%であったのに比べ、実施した場合は10.4%と約3倍でした。とくに、市民が救急隊の到着までに電気ショックを行った場合の社会復帰率は44.4%で、これは救急隊が到着してから電気ショックを実施した場合の17.7%を大きく上回っています。ただし、市民が電気ショックを行ったのは、市民が倒れるところを目撃した心停止傷病者約28,000人のうち約1,450件と、5%あまりにすぎませんでした。
**5%あまり。**AEDは置かれているのに、使われていません。その理由と、家族にできる準備はAEDは、必要な場所にあるのに使われていないと街中でAEDを見つける3つの場所に書きました。
そして、時間についてはこうです。
わが国では、119番通報をしてから救急車が現場に到着するまでにかかる時間は全国平均で約9.8分(2024年)であり、市民による一次救命処置が救命のために大変重要な役割を果たします。
**約9.8分。**この記事でお伝えしたいのは、その9.8分を、そばにいる人が埋められるということです。実際に施設の職員4人がつないだ場面を夜7時の介護施設で心臓が止まったに書きました。
診断は病院の仕事です。家族の仕事は、気づくことと、伝えることです(写真はイメージです)
倒れなかったけれど、様子が変だったとき
心臓が止まっていないなら、119番かどうかで迷う場面も出てきます。
運動中・運動直後に気を失ったなら、意識が戻っていても、その日のうちに受診してください。「戻ったから大丈夫」で済ませないでください。失神そのものの見方は60代男性、居間で「数秒だけ」失神したに書きました。
なお、「朝起きられない」タイプの不調と、「運動中に倒れた」は、まったく別の扱いになります。そこは「朝、起きられない」は怠けではありませんに整理しました。
また、運動中に倒れる原因は心臓だけではありません。食べたあとに運動して起きるアレルギーもあります(食物依存性運動誘発アナフィラキシー)。呼ぶかどうかで迷ったときの全体の判断軸は救急車を呼ぶべき7つのサインにまとめています。
血縁者は、症状がなくても心エコーなどの検査が勧められています(写真はイメージです)
8. 書かなかったこと
正確さのために、確認できなかったので書かなかったことを挙げます。
- 「学校で亡くなった子の何人が肥大型心筋症だったか」——日本スポーツ振興センターの『学校等の管理下の災害[令和7年版]』には、令和6年度の死亡見舞金42件のうち突然死14件(うち心臓系8件)という数字はありますが、原因疾患名の内訳は公表されていません。心臓系突然死=心筋症、とは読み替えられません
- 「学校心臓検診で突然死が減った」——ガイドラインの原文は「貢献の可能性が考えられた」「大きく貢献していると思われる」で、因果を断定していません。2005年のAED一般解禁の寄与も併記されています
- 「心電図では肥大型心筋症を見逃す」——2025年のガイドラインにその趣旨の記載はありません。むしろ「2次検診の心エコーによって肥大型心筋症の多くが診断可能である」と書かれています
- 「学校心臓検診は1次・2次・3次の3段階」——2025年のガイドラインに「3次検診」という語はありません。「1次検診」と「2次以降の検診」です
- 「◯分ごとに救命率が◯%下がる」——今回参照した一次資料に、この形の記述はありません
- 心筋症診療ガイドラインの2025年版——日本循環器学会のガイドライン一覧で存在を確認できなかったため、2018年改訂版から引用しています
まとめ
運動中・運動直後に気を失ったら、それは体力の問題ではないかもしれません。
家庭で拾う4つ(学校心臓検診のガイドラインが「かならず抽出する」と書いている項目)
- 動悸
- 呼吸困難(息切れ)
- 胸痛
- 運動時の失神
プラス、家族歴——肥大型心筋症の人がいるか、若くして突然亡くなった血縁者がいるか。
目の前で倒れたら
- 引きつるような動きは「反応なし」——迷ったら「なし」で進む
- 119番とAEDを、人を指して頼む
- しゃくりあげる呼吸は「普段どおりの呼吸」ではない
- 胸骨圧迫を始める(約5cm・1分間に100〜120回/小児は胸の厚さの約1/3)
- 「ショックは不要です」は「心肺蘇生が不要」ではない
診断がついたら
- 運動の範囲は主治医と決める(競技スポーツは原則禁止。ただし「まったく動くな」ではありません)
- 血縁者は、症状がなくても心エコーなどの検査を
- 経過は「一般に良好」。だからこそ定期的な経過観察を
最後に、この記事でいちばん伝えたかった一文を、もう一度置いておきます。
学校内での心停止の80%以上が運動中に生じています。(『救急蘇生法の指針2025 市民用』)
**運動の場には、人がいます。**倒れるところを、だれかが見ています。それは、いちばん助かる可能性が高い倒れ方でもあります。
そばにいた人が動けるかどうかで、結果が変わります。この記事が、その一歩になればと願っています。
あわせて読みたい
運動を止めることが目的ではありません。安全に続けるために、範囲を決めるのが目的です(写真はイメージです)
本記事は一般的な情報提供であり、医療診断に代わるものではありません。実際の症状については必ず医療機関にご相談ください。
参考