「久しぶりに会ったら、歩き方が変だった」——傷病名は「慢性硬膜下血腫」でした
家族を守る

「久しぶりに会ったら、歩き方が変だった」——傷病名は「慢性硬膜下血腫」でした

「歩き方がぎこちない」「同じことを何度も聞く」「表情が乏しくなった」——半年ぶりに実家に帰った家族が気づく、この並びは『急に進んだ認知症』ではないことがあります。傷病名は「慢性硬膜下血腫」。MSDマニュアル家庭版は「軽微な頭部外傷から数週間経ってから、症状がゆっくりと現れる」と書き、日本脳神経外科学会の資料は「高齢者に多く、発見が遅れやすい」と繰り返しています。敬老の日前後に増える形を、現役救急救命士が原文で解説します。

今日は、**「慢性硬膜下血腫(まんせい・こうまくか・けっしゅ)」**という病気の話をします。

聞き慣れない名前かもしれません。けれど、9月の敬老の日前後に、私たちが救急で呼ばれる病気として、この病気は毎年、必ず一定数、上がってきます。

呼ばれ方は、たいてい、こういう形です。

「半年ぶりに実家に帰ったら、母の歩き方がおかしいんです」 「久しぶりに会ったら、父が同じことを何度も聞くんです。認知症が急に進んだのでしょうか」 「先週まで元気だった祖母が、片手にうまく力が入らないと言っています」

離れて暮らす家族が、久しぶりに実家に帰って気づく。ご本人はもう慣れてしまっていて「歳のせい」「疲れているだけ」と言う。けれど、頭の中では、軽く打った覚えのある転倒から数週間かけて、じわじわと血がたまっている——これが慢性硬膜下血腫という病気の姿です。

高齢の女性が柔らかい表情でこちらを見ている、あたたかい肖像写真 「歳のせい」で片づけられがちな症状の内側で、じわじわ血がたまっている病気です(写真はイメージです)

順番に説明します。

なお、この記事は**特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的機関や学会が「典型的な形」として書いている内容を、救急の現場で使う順番に並べ直したものです。

先に、3つだけ

長くなるので、結論から置きます。

  1. **「久しぶりに会ったら、いつもと違う」の並びが3つそろったら、"歳のせい"ではありません。具体的には、歩き方・言葉・表情の3つのうち2つ以上に変化がある場合です。MSDマニュアル家庭版は、慢性硬膜下血腫について「軽微な頭部外傷から数週間経ってから、症状がゆっくりと現れる」と書いています。「1〜2か月以内に、軽くでも頭を打った覚えがあるか」**を思い出せるうちに、病院で相談してください
  2. **この病気は、CT一発で見つかります。そして、多くの場合、手術で改善が期待できます。日本脳神経外科学会の解説では、「頭部CTで比較的容易に診断できる」「症状のある場合は多くが手術(穿頭ドレナージ)の適応となる」という趣旨が示されています。「早く見つかれば、劇的に良くなる数少ない脳の病気」**の一つです
  3. **家庭でできる予防は"転倒予防"と"抗凝固薬・抗血小板薬を飲んでいる方の頭部打撲の記録"の2つです。**厚生労働省の高齢者向け資料は、転倒が高齢者の救急要請の主要因の一つであることを繰り返し書いています。血液サラサラの薬を飲んでいる方が軽く頭を打ったときは、"何ともなかった"で終わらせずに日付をメモしてください

以下、ひとつずつ原文で確認していきます。

1. 症状——「認知症の急な進行」と「慢性硬膜下血腫」は、どこで線が引かれるのか

私たちが呼ばれる場面、あるいはご家族が病院に連れて行こうと決めた場面は、資料に書かれている典型的な形でいうと、こう並びます。

家庭で起きているのは、こういうことです。

  • 1〜2か月以内、あるいはそれより前に、軽く頭を打ったことがある(本人が忘れていることも多い)
  • 歩き方が変わった——歩幅が狭くなる/片側の足を引きずる/方向転換のときにふらつく/同じ場所でつまずく
  • 手の使い方が変わった——箸がうまく使えない/茶碗を落とす/片手の握力が弱い
  • 言葉が変わった——同じ話を何度もする/人の名前が出てこない/会話がかみあわない/ろれつが回らない
  • 表情が変わった——ぼーっとしている時間が増える/笑顔が減った/反応が遅い
  • 失禁が始まった、あるいは失禁の回数が増えた
  • 頭痛がある(ずーんと重い、朝が強い)
  • 吐き気食欲低下
  • ひどい場合には、意識のぼんやり/けいれん/片麻痺(脳卒中に似た形)

静かに微笑む高齢女性の柔らかい表情のクローズアップ 表情が"1トーン下がった"と感じるのは、久しぶりに会う家族が最初に気づく変化です(写真はイメージです)

MSDマニュアル家庭版「硬膜下血腫」の項に、慢性のタイプについて、こう書かれています。

慢性硬膜下血腫では、症状は数週間かけて徐々に現れます。頭痛、傾眠、精神機能の変化、軽度の片麻痺などがみられます。高齢者では、比較的軽微な頭部外傷でも起こりえます。

(MSDマニュアル家庭版「硬膜下血腫」の趣旨に基づく整理)

書かれている中で、家庭がいちばん気づけるのは**「精神機能の変化」の部分です。専門用語では「認知機能の低下」「意識の変容」と呼ばれますが、家庭の目線でいうと「同じ話を繰り返す」「反応が遅い」「表情が乏しい」**のあたりです。

そして、この病気のもっとも厄介な性質は、「認知症が急に進んだ」「歳のせいで動きが鈍くなった」と誤解されやすいことにあります。

  • 認知症は月単位・年単位でゆっくり進む
  • 慢性硬膜下血腫は日単位・週単位で進む

家庭で覚えていただきたいのは、「先月まではできていたことが、今月できなくなっている」なら、認知症ではなく、この病気を疑う側という順番です。

家庭で確かめる3つのポイント

そうはいっても、家庭では毎日、認知症の進行と慢性硬膜下血腫を見分ける機会があるわけではありません。ですので、"病院に連れて行くかどうか"の目安として、3つのポイントを置きます。

  1. 時間軸——「先月・先週まではできていた」ことが「今週・今日はできない」に変わっていないか。日単位で進んでいるなら、認知症の通常の進み方ではありません
  2. 左右差——歩き方、手の使い方、顔の動きに左右で違いが出ていないか。片側の足だけ引きずる、片手だけ茶碗を落とす、顔の片側だけ動きが鈍い——左右差は"脳の中の局所"の異常のサインです
  3. 頭を打った覚え——本人あるいは同居のご家族に、1〜2か月以内に軽く頭を打った覚えがないか。玄関の段差、風呂場での転倒、ベッドから落ちた、車のドアに頭をぶつけた——本人が「大したことなかった」と忘れている場合も多いので、周囲が思い出す必要があります

**この3つのうち2つ以上が当てはまるようなら、"様子見"ではありません。**その週のうちに、かかりつけ医または脳神経外科での相談をおすすめします。ふらつきや片麻痺、意識のぼんやりが加わっているようなら、その日のうちに救急外来を受診するか、♯7119に電話して指示を仰いでください。

そして、急に意識がおかしくなった/けいれんした/片側の手足が動かないのような脳卒中に似た形に進んでいるようなら、迷わず119番の側です。慢性硬膜下血腫は、血腫が急に大きくなって脳ヘルニアに進むと、命に関わることがあります。

2. 救急隊が現場で疑うもの

「歩き方がおかしくて、返事もいつもと違うんです」という理由で私たちが呼ばれたとき、正直に言うと、この時点で傷病名を絞り込むことはできません。救急隊はCTもMRIも持っていないからです。

私たちが現場でやっているのは、「今すぐ病院に行くべきか」を外さないことだけです。頭に浮かべるのは、だいたいこのあたりになります。

  • 慢性硬膜下血腫——今日の話
  • 脳梗塞・脳出血(急性期)——別記事にまとめています
  • 一過性脳虚血発作(TIA)——別記事
  • 認知症の急性増悪(せん妄の合併)——感染症、脱水、便秘、薬の副作用が引き金
  • 正常圧水頭症——歩行障害・尿失禁・認知機能低下の3徴で、慢性硬膜下血腫と重なる部分がある
  • 脳腫瘍——ゆっくり進む症状の別の原因
  • 低血糖——特に糖尿病治療中の方
  • 薬の副作用——睡眠薬・抗うつ薬・抗コリン薬などが引き金になっていることがある

このなかで、慢性硬膜下血腫は"早く見つかれば治せる"代表格です。ですので、現場で「歳のせいでしょう」とは、私たちは絶対に言いません。

杖をついて歩く高齢者の後ろ姿。街の歩道で、ゆっくりと歩を進めている 歩幅・方向転換・左右差の3つが、現場で私たちがいちばん気にする所見です(写真はイメージです)

だから、現場で私たちが家族に聞くのは、病名を当てるための質問ではなく、時間と経過の質問です。

  • **いつから、どんな順番で症状が出たか。**歩き方が先か、言葉が先か、表情が先か
  • その症状は、じわじわ進んでいるか、日ごとに悪くなっているか、急に始まったか
  • **1〜2か月以内に、軽くでも頭を打った覚えはないか。**転倒、車のドア、風呂場、ベッドからの転落
  • **左右差はあるか。**歩き方、手の使い方、顔の動き
  • **意識の様子。**返事の速さ、目線の合い方、同じ話を繰り返しているか
  • **けいれんはあったか。**あれば、何秒くらいで、どんな動きだったか
  • **失禁の様子。**新しく始まったか、回数が増えたか
  • 持病(高血圧、糖尿病、心房細動、透析、悪性腫瘍、認知症、うつ病 など)
  • 服用中の薬——特にワーファリン、DOAC(直接経口抗凝固薬)、アスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールなどの血液サラサラの薬
  • お酒の量——大量飲酒歴のある方は、この病気のリスクが上がります

このうち**「1〜2か月以内の頭部打撲」と「血液サラサラの薬」の2つは、あとで病院がいちばん必要とする情報です。"転んだ覚えはないと思います"で終わらせず、周囲の方も一緒に思い出してみてください。**

もうひとつ、現場で必ず測る数字があります。

  • 血圧(高すぎ・低すぎの両方が問題になる)
  • 脈拍(心房細動があれば不整)
  • SpO2(酸素の飽和度)
  • 呼吸数
  • 意識レベル(JCS、GCSといった目盛で)
  • 血糖(低血糖の除外)
  • 瞳孔の左右差(脳ヘルニアのサイン)

この7つのうち、瞳孔の左右差、または意識レベルの急な低下が出ていれば、私たちは搬送を急ぎます。特に、片側の瞳孔がゆっくり開いてきている場合は、脳ヘルニアが始まっている可能性があるため、サイレンを鳴らして、頭部CTがすぐに撮れる病院へ最短距離で走ります。

そして、**ご家族から見て「なんかいつもと違う」と感じる場合、その感覚は当てになります。**この病気は、本人が「大丈夫、疲れているだけ」と言うことがあります。それでも、家族の「いつもと違う」のほうを、私たちは信じます。

3. 病院で行われる検査

日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会の解説資料を読み合わせると、慢性硬膜下血腫が疑われたときに病院で行われる検査は、だいたい次の順番になります。

  • 診察(意識レベル、左右差、麻痺、認知機能、瞳孔)
  • バイタル(血圧・脈拍・SpO2・呼吸数・意識レベルの記録)
  • 血液検査(貧血、血小板、凝固——特に抗凝固薬・抗血小板薬を飲んでいる方は必ず)
  • 頭部CT——この病気の"決め手"。撮影後、数分で診断がつく
  • 必要に応じてMRI(血腫の性状の確認、他の病気の除外)
  • 心電図(心房細動があれば、抗凝固薬が処方されている可能性を考える)

MSDマニュアル家庭版は「頭部CTで診断がつく」ことを明記しています。

医師が2人、CT・MRIの脳画像を並べて確認している様子 "CT一発で診断がつく"のが、この病気のいちばんの救いです(写真はイメージです)

頭部CTについて、もう少しだけ書いておきます。頭部CTというのは、X線を体の周りから何百枚と撮って、コンピューターで頭の中の輪切りの画像を作る検査です。撮影自体は数分で終わります。

撮った画像を見ると、慢性硬膜下血腫では、脳と頭蓋骨のあいだに、三日月形の"血のたまり"が写っています。新しい血は白く、古い血は黒く写るので、"何色の血がたまっているか"で、たまった血の時期の見当がつきます。慢性の場合は、白と黒が混じった、灰色に近い見え方をすることが多い、というのが定型です。

そして、**血腫が大きいと、脳が押されて反対側にずれている(正中偏位)**という所見が出ます。この押されている量が大きいほど、症状が強く、手術の対象になります。

手術について、少しだけ書きます。慢性硬膜下血腫の代表的な手術は、「穿頭(せんとう)ドレナージ」と呼ばれるもので、頭蓋骨に小さな穴(1〜2cm程度)を開けて、たまった血を吸い出す手術です。全身麻酔ではなく局所麻酔で行われることが多く、手術時間は30分〜1時間程度が一般的な目安です。

この手術のあと、症状は劇的に改善することが多い、というのが、この病気のいちばんの救いです。

4. 傷病名は「慢性硬膜下血腫」でした

検査でこの形が見つかったとき、つく傷病名が**「慢性硬膜下血腫」**です。

呼び方について、ひとことだけ整理します。

  • 「慢性硬膜下血腫」(CSDH: chronic subdural hematoma):頭を打ってから3週間〜数か月かけて、脳と硬膜のあいだにゆっくり血がたまる形。今日の話
  • 「急性硬膜下血腫」(ASDH):頭を打ったその瞬間に、脳と硬膜のあいだに急に血がたまる形。交通事故や高所転落のあとに多く、重症
  • 「亜急性硬膜下血腫」:急性と慢性のあいだ。数日〜3週間くらい
  • 「硬膜外血腫」(EDH):頭蓋骨と硬膜のあいだの出血。急性硬膜下血腫と並んで、緊急手術になることが多い(別記事
  • 家庭で「頭の中の出血」と聞いたとき、"いつ打ったか"と"どのくらいのスピードで進んでいるか"で、扱いがまったく違うことを、まず頭の隅に置いてください

そして、ここからがこの記事でいちばん伝えたいところです。慢性硬膜下血腫は、"見つけて、手術で治せる"数少ない脳の病気です。急性の脳出血や脳梗塞と比べたときの、この病気の"救い"の部分です。

治療の柱:

  • 穿頭ドレナージ手術(局所麻酔で、頭蓋骨に小さな穴を開けて、たまった血を吸い出す)
  • 手術後のドレーン留置(数日間、残った血を排出する管を入れておく)
  • 抗凝固薬・抗血小板薬の一時中止と再開の判断(原疾患のリスクと出血のリスクを天秤にかける)
  • 再発の見張り(手術後も、約1〜2割で再発するとされる。頭部CTでのフォローが行われる)
  • てんかん発作の予防と治療(発作を起こした場合、抗てんかん薬が使われる)

青い術衣を着た4人の外科医が、手術灯の下で処置に集中している 代表的な手術は"穿頭ドレナージ"。局所麻酔で、頭蓋骨に小さな穴を開けて、たまった血を吸い出します(写真はイメージです)

予後:

日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会の資料には、原因・年齢・血腫の大きさ・術前の意識レベル別の予後が示されています。ここでは総論だけ整理します(数字は資料に基づく整理です)。

慢性硬膜下血腫は、手術によって症状の改善が期待できる疾患である。ただし、術前の意識レベルが低い症例、両側性の症例、原因疾患(悪性腫瘍・肝硬変・透析など)がある症例、抗凝固薬・抗血小板薬を服用している症例では、再発率が高くなる傾向が指摘されている。

(日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会の一般向け解説の趣旨に基づく整理。正確な原文は各学会のホームページをご確認ください)

具体的な再発率・手術後の予後の単一の数字は、症例の背景で大きく幅が出るため、本文では書きませんでした。ただ、**「早く見つかった人ほど、良くなりやすい」**ことは、複数の資料が共通して書いています。

病院の廊下。ベンチと診察室のドアが並び、静かな空気が漂っている "手術で症状が良くなる"数少ない脳の病気のひとつです(写真はイメージです)

5. 慢性硬膜下血腫とは——「打撲から3週間の"空白の時間"に、じわじわ血がたまる」病気

そもそも何が起きているのか。整理して書きます。

脳は、「硬膜(こうまく)」「くも膜」「軟膜」という3層の膜に包まれています。このうち、いちばん外側の硬膜は、頭蓋骨の内側にぴったり張り付いた、丈夫な膜です。

慢性硬膜下血腫は、この硬膜と、その下のくも膜のあいだに、じわじわと血がたまっていく病気です。

原因のほとんどは、軽微な頭部外傷です。日本脳神経外科学会の解説では、次のような経路が説明されています。

  • 高齢になると、脳が少しずつ縮む(脳萎縮
  • 脳が縮むと、脳の表面と硬膜のあいだにすき間ができる
  • そのすき間には、**細い橋のように渡る静脈(架橋静脈)**が通っている
  • 軽く頭を打ったときに、この静脈が引き伸ばされて小さく破れる
  • 破れた場所から、じわじわと血がしみ出て、3週間〜数か月かけて血腫を作る
  • 血腫は、外側から**新しい薄い膜(外膜)**に包まれ、その膜の血管からさらに出血して、ゆっくり大きくなる

(原因の分類と経過は、日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会の一般向け解説で共通する内容です)

つまり、打撲したときには"何ともなかった"のに、忘れたころに症状が出てくる——これが、この病気の性質です。

そして、この病気になりやすい人には、はっきりした顔ぶれがあります。

  • 高齢者(脳萎縮が進んでいるため、すき間が大きい)
  • 男性(女性の2〜3倍多いとされる)
  • 大量飲酒歴のある方(脳萎縮+転倒リスクの両方が高い)
  • 抗凝固薬・抗血小板薬を服用中の方——ワーファリン、DOAC、アスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールなど
  • 透析中の方(血が止まりにくい)
  • 肝硬変の方(血液を固める成分が低下している)
  • てんかんで抗てんかん薬を服用中の方(転倒リスク)
  • 認知症の方(転倒リスクと、症状の見過ごしの両方)

家庭で覚えていただきたいのは、**「血液サラサラの薬を飲んでいる高齢者が、軽く頭を打ったとき」**は、この病気の入口に立っている、という一点です。

**"何ともなかった"で終わらせず、日付を、お薬手帳の余白でも冷蔵庫のカレンダーでも構わないので、記録してください。**その1行が、1〜2か月後の診断を早めます。

6. 避けるには——転倒予防と、抗凝固薬服用者の頭部打撲の記録

正直に書きます。**慢性硬膜下血腫そのものを完全に予防する方法は、参照した公的資料には書かれていません。**ただし、入口を減らすことは、複数の公的資料が共通して書いています。

厚生労働省の高齢者向け資料および日本脳神経外傷学会の解説を読み合わせると、家庭でできることとして、こういうことが並びます(表現は要約です。正確な原文は各資料でご確認ください)。

転倒を減らす:

  • 玄関・浴室・階段の段差に手すりをつける
  • 床の敷物の端は、めくれないよう固定するかテープで留める
  • 夜間のトイレへの動線に、足元灯を置く
  • 室内で靴下だけで歩かない(滑り止めスリッパ、または裸足)
  • 睡眠薬・抗不安薬を飲んでいる方は、夜間の動作でふらつきやすいので、動線を短くする
  • 視力・聴力・履物を年に1回は見直す(メガネの度、補聴器、靴のかかとのすり減り)

血液サラサラの薬を飲んでいる方の頭部打撲の記録:

  • 軽く頭を打ったときも、日付・場所・打った場所・打ち方をメモする
  • お薬手帳の余白に書いておくと、次の受診で自然に医師の目に入る
  • 打ってすぐは症状がなくても、1〜2か月後にじわじわ症状が出ることがあるので、"覚えている"こと自体が武器になる

高齢者の手が杖の上にそっと置かれている、静かなクローズアップ "軽く打った覚え"を1〜2か月後まで持っておくのが、家族にできる予防のいちばんの柱です(写真はイメージです)

離れて暮らす家族ができること:

  • 数か月に1度は、実家に電話するか、直接会いに行く——歩き方、話し方、表情の3つを、意識的に見る
  • お盆や年末年始、敬老の日は、久しぶりに帰るタイミングとして貴重です。"変わったこと"を持ち帰ってメモしておく
  • かかりつけ医の連絡先服用中の薬のリスト近くの脳神経外科を、家族が知っておく
  • 抗凝固薬・抗血小板薬を親御さんが飲んでいる場合転倒歴・頭部打撲歴は、次の受診で必ず主治医に伝えるよう本人にお願いしておく

「離れて暮らしていても、季節に一度、久しぶりに会う時間があるかどうか」——これは、この病気にかぎらず、高齢者の医療全般で効いてきます。

高齢の男女が屋外で話しながらスマートフォンをのぞき込んでいる 久しぶりに会って、"歩き方・話し方・表情"の3つを見るだけで気づけます(写真はイメージです)

7. 家族へ——119番と♯7119の使い分け

総務省消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)の高齢者のページの「しびれ」「意識の障害」「外傷」欄には、こう並んでいます。

「しびれ」欄:

  • 顔・腕・足が突然、しびれる
  • 突然、力が入らない
  • 話しにくい・言葉が出ない

「意識の障害」欄:

  • 意識がない(返事がない)またはおかしい(もうろうとしている)

「外傷」欄:

  • 頭を打った後、意識がおかしい

慢性硬膜下血腫は、この3つの欄すべてに、複数の項目が当てはまり得る病気です。ですから、上のいずれかに当てはまるようなら、迷わず119番でよい形になります。

高齢者ページの冒頭には、こう書かれています。

高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。

(総務省消防庁『救急車を上手に使いましょう』高齢者ページ)

正直に、この資料の限界も書いておきます。**このリーフレット全9ページに「硬膜下血腫」という言葉は出てきません。**代わりに、上の「しびれ」「意識の障害」「外傷」の欄に、この病気の姿が分散して収まっている、というのが正確なところです。

だから、家庭での判断はこう分けるのが現実的だと思っています。

すぐ119番でよい場合(リーフレットに載っている形です)

  • 急に意識がおかしくなった/もうろうとしている/うとうとして起こしにくい
  • 急に片側の手足が動かない/力が入らない
  • 話しにくい/言葉が出ない
  • けいれんが起きた(数分続く、あるいは止まっても意識が戻らない)
  • 激しい頭痛と嘔吐
  • 頭を打った後、いつもと違う状態が続いている

♯7119(救急安心センター事業)に電話でよい場合

  • 歩き方や話し方が「なんとなくおかしい」が、会話はふつうにできる
  • 半年ぶりに会ったら、以前より動作が鈍い気がする
  • 手のふるえや、片手の握力の低下がある
  • 頭痛が続いているが、我慢できる程度

♯7119は、救急車を呼ぶべきか迷ったときに、看護師や医師が話を聞いてくれる番号です。全国で使える地域が広がっています。「まだ119番ではない気がする」と感じたときの、正解の一つがこの番号です。

#7119(救急安心センター事業)の使い方と、迷ったときの考え方は別の記事にまとめています。

そして、**♯7119につないだ結果として119番が必要と判断されることは、よくあります。**それは電話を無駄にしたのではありません。電話で待たされる時間よりも、遅れる10分のほうが命に近いからです。

外の光が差し込む部屋で、高齢の男女が向き合ってスマートフォンを見ている 迷ったときに、まずかけられる番号があります(写真はイメージです)

「119ではない」が「かかりつけ医でもない」ときの、間の選択肢

慢性硬膜下血腫は、"今すぐ命に関わる"形ではないことのほうが多い病気です。ですが、"1週間放っておいてよい"病気でもありません。

この、間の選択肢として、次のような順番があります。

  1. お薬手帳を持って、かかりつけ医に電話——「先月の受診のときと比べて、歩き方が変です」と伝えるだけで、次の一手が決まります
  2. かかりつけ医がいない場合♯7119に電話——症状の並びを聞いてもらい、脳神経外科への受診の緊急度を判断してもらえます
  3. 近くの脳神経外科・脳神経内科を受診——頭部CTが撮れる医療機関が、この病気ではいちばん早く診断がつきます
  4. 上の3つがすべて閉まっている時間帯(夜間・休日)で、新しい症状が加わっている場合——救急外来を受診するか、119番

「かかりつけ医」「♯7119」「脳神経外科」「救急外来」の4つを、家族が知っているかどうかが、この病気ではとくに効いてきます。

病院で聞かれることを、先に用意しておく

救急車を呼んだ場合も、家族の車で行った場合も、病院で必ず聞かれることがあります。時間があるうちに、これだけメモにしておくと、話が早くなります。

  1. いつから、どんな順番で症状が出たか(歩き方→言葉→表情、といった順番)
  2. その症状は、どのくらいのスピードで進んでいるか(日単位、週単位、月単位)
  3. 1〜2か月以内に、軽くでも頭を打った覚え(本人・同居家族・介護スタッフに確認)
  4. 左右差の有無(歩き方、手の使い方、顔の動き)
  5. 意識の様子(返事の速さ、同じ質問を繰り返しているか、うとうとが混じるか)
  6. 失禁の有無・頻度の変化
  7. 持病と服用中の薬ワーファリン・DOAC・アスピリン・クロピドグレル・シロスタゾールなどの血液サラサラの薬は必ず。お薬手帳を持参)
  8. お酒の量
  9. もの忘れの様子(以前からあったか、最近始まったか)
  10. かかりつけ医・かかりつけ薬局の連絡先

これは、救急外来の診察で聞かれる項目とほぼ同じです。病名を当てる質問ではありません。「今すぐ頭部CTを撮るべきか」を外さないための質問です。

青いカバーの手帳の上に、聴診器がそっと置かれている "1〜2か月以内に頭を打った覚え"をお薬手帳の余白にメモしておくのが、この病気ではいちばんの武器になります(写真はイメージです)

8. 書かなかったこと

この記事を書くにあたって調べたものの、公的資料で裏が取れなかったので書かなかったことを、正直に並べておきます。

「日本で年間何人が慢性硬膜下血腫になるか」は、単一の数字では書きませんでした。日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会の資料には「高齢者に多い」「近年の高齢化で増加傾向」という趣旨が示されていますが、成人を含めた全体の年間発生数を示す一つの決定的な数字は、参照した資料の範囲では見つけられませんでした。

**再発率・術後成績の具体的な数字は、単一の値では書きませんでした。**症例の背景(術前の意識レベル、両側性、原因疾患、抗凝固薬の有無)で大きくばらつきます。ここに一つの数字を書くと、当てはまらないケースの読者に誤解を与える可能性があります。

個別の抗凝固薬・抗血小板薬の再開時期の目安は書きませんでした。ワーファリン、DOAC、アスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールなどは、それぞれ再開の判断基準が違い原疾患(心房細動、機械弁、冠動脈ステント、脳梗塞後 など)のリスクとも天秤にかける必要があります。これは主治医と脳神経外科医の相談事項です。

**「認知症の急性増悪」と「慢性硬膜下血腫」の見分けの詳細な鑑別基準は書きませんでした。**両者は臨床的に重なる部分があり、**画像検査(頭部CT)**で線を引くのがいちばん現実的です。家庭では「1〜2か月以内の頭を打った覚え」を思い出せるかどうか、が入口の材料になります。

**穿頭ドレナージ以外の手術方法(開頭手術、内視鏡手術、中硬膜動脈塞栓術など)は詳しく書きませんでした。**症例の状態と施設によって選ばれる方法が変わるためです。標準的な形として、局所麻酔での穿頭ドレナージが多い、というところまでにとどめました。

**MSDマニュアル家庭版とプロフェッショナル版で、記述が完全に一致するわけではありません。**本文で引用したのは家庭版です。プロフェッショナル版のほうがより詳細ですが、家庭で読む前提の記事ですので家庭版にそろえました。

**『救急蘇生法の指針2025(市民用)』は、この病気にはほぼ使えませんでした。**全69ページを調べましたが、「慢性硬膜下血腫」の項はありません。ファーストエイドの19項目にも、この病気の項目はありません。ですので、消防庁『救急車を上手に使いましょう』の「しびれ」「意識の障害」「外傷」欄と、MSDマニュアル家庭版の硬膜下血腫の項、および日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会の一般向け解説を、家庭で使える一次資料として本文に据えました。

まとめ

3行まとめ:

  • **傷病名は「慢性硬膜下血腫」。**軽く頭を打ってから3週間〜数か月かけて、脳と硬膜のあいだにじわじわ血がたまる病気です。歩き方・言葉・表情の3つに変化がそろい、日単位・週単位で進んでいるなら、"歳のせい"ではなく、この病気を疑う側です
  • **家族が久しぶりに会って気づく形が、この病気のいちばん多い入口です。MSDマニュアル家庭版は「軽微な頭部外傷から数週間経ってから、症状がゆっくりと現れる」と書き、「1〜2か月以内に頭を打った覚え」**を思い出せるかが診断への近道になります
  • この病気は、CT一発で見つかり、多くの場合、手術(穿頭ドレナージ)で改善が期待できます。"早く見つかれば劇的に良くなる"数少ない脳の病気の一つです。血液サラサラの薬を飲んでいる方が軽く頭を打ったときは、"何ともなかった"で終わらせず、日付を必ず記録してください

壁に掛けられたシンプルな丸い時計 数えはじめるのは、症状が出た時刻ではなく、"軽く頭を打った覚え"のあった時期です(写真はイメージです)

消防庁の高齢者ページは、こう書いています。

高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。

**「本人は元気そう」「もう少し様子を見れば戻る」は、大丈夫の証拠にはなりません。**とくにこの病気では。

日本脳神経外科学会の解説が、「早期発見と手術で症状の改善が期待できる」ことを繰り返し強調しているのは、この病気が"見つかれば治せる"数少ない脳の病気の一つだからです。認知症の急な進行と、慢性硬膜下血腫は、症状の並び方が似ています。けれど取り返せる幅は、まったく違います。

家族の側から見ていただきたいのも、同じ場所です。

新幹線のホームに停まる白い車両。旅立ちの気配が漂う駅の風景 久しぶりに実家に帰るタイミングは、家族しかできない"見つける"仕事の始まりです(写真はイメージです)

そして、この病気は家族の側にお願いしたいことが、はっきりしています。

  • 「久しぶりに会って、歩き方・話し方・表情の3つに変化」を軽く見ないこと
  • 「1〜2か月以内に、軽くでも頭を打った覚え」を思い出す努力をすること
  • 「血液サラサラの薬を飲んでいる」なら、頭部打撲の日付を必ずメモに残すこと

以上です。

今日そろえておけるもの

高価な道具は要りません。今日の話に直接効くのは、この3つくらいです。

  • お薬手帳・ワクチン接種歴を書けるカードケース — この病気に直結する情報(ワーファリン、DOAC、アスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールなどの血液サラサラの薬)は、意外と多くの家庭に散らばっています。お薬手帳は、救急隊が現場で最初に探すものの一つです。頭部打撲の日付も、お薬手帳の余白に書き足しておくと、次の受診で自然に医師の目に入ります
  • 冷蔵庫に貼れるカレンダー・ホワイトボード — 「先月転んだ日」「かかりつけ医の電話番号」「近くの脳神経外科」を、家族全員が場所を知っている所に貼っておくのが実用的です。離れて暮らす家族が帰省したときに、そのまま確認できます
  • 時刻を記録できる手帳・メモ帳 — この病気で病院が知りたいのは、症状の名前ではなく「いつから、どんな順番で、どのくらい続いたか」です。急変してから思い出そうとすると、これが出てきません。"歩き方が変わった週"と"言葉が変わった週"と"表情が変わった週"がすぐに言えることが、慢性硬膜下血腫ではいちばんの武器になります

関連記事として、同じ頭部打撲から始まる急性硬膜外血腫高齢者の頭部打撲後の遅発性リスク、家族が変化に気づいた脳出血の後遺症尿失禁が最初のサインだったTIA脳卒中まとめ、そして救急車を呼ぶ7つのサイン#7119の使い方もあわせてご覧ください。

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

  • お薬手帳ケース(マグネット付・冷蔵庫に貼れる) — 救急隊が現場で最初に探すもののひとつ。冷蔵庫の側面など、家族全員が場所を知っている所に貼っておくのが実用的です。血液サラサラの薬を飲んでいる方の頭部打撲の日付も、ここに書き込んでおくと、次の受診で自然に医師の目に入ります
  • 高齢者向け 段差解消スロープ・室内用手すり — 玄関・浴室・階段の段差は、高齢者の転倒がいちばん起きる場所です。両面テープで貼るだけの簡易スロープや、賃貸でも設置できる突っ張り式の手すりが、選べる範囲を広げます
  • 足元灯(人感センサー・充電式) — 夜間のトイレへの動線は、高齢者の転倒の代表的な場面です。人感センサー式なら、スイッチを探さずに足元だけ照らせます
  • 家族の症状記録ノート — 「いつから、何をしているとき、どのくらい続いた」を書いておくだけで十分です。"歩き方が変わった週"と"言葉が変わった週"と"表情が変わった週"がすぐに言えることが、慢性硬膜下血腫では最強の武器になります

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本記事は一般的な情報提供であり、医療診断に代わるものではありません。実際の症状については必ず医療機関にご相談ください。

参考

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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