3. 病院で行われる検査——重さは「5つ」で決まります
ここが、この記事の中心です。
日本呼吸器学会『成人肺炎診療ガイドライン2024』は、肺炎の重症度を判断する物差しとしてA-DROPスコアを使っています。ガイドラインはその成り立ちをこう書いています。
本ガイドラインでは,肺炎の診療にあたるすべての臨床医を対象とし,非専門医にも広く利用できることを基本理念としていることから,より簡便な予後予測法として,英国胸部学会のCURB-65スコアに準拠したA-DROPスコア(年齢,脱水,呼吸状態,意識状態,血圧)を2005年の『成人市中肺炎診療ガイドライン』にて提案した。
**「年齢,脱水,呼吸状態,意識状態,血圧」。**この5つです。
中身は、こう定められています。
A(Age):男性70歳以上,女性75歳以上
D(Dehydration):BUN 21mg/dL以上または脱水あり
R(Respiration):SpO2 90%以下(PaO2 60Torr以下)
O(Orientation):意識変容あり
P(Blood Pressure):血圧(収縮期)90mmHg以下
そして点数の区切りが、こうです。
軽症:上記5つの項目のいずれも満たさないもの
中等症:上記項目の1つまたは2つを有するもの
重症:上記項目の3つを有するもの
超重症:上記指標の4つまたは5つを有するもの。ただし,敗血症性ショックがあれば1項目のみでも超重症とする
気づいていただきたいのは、2つです
ひとつめ。この5つに、体温は入っていません。
ここから言えるのは、**「体温の数字だけでは、この5項目のどれも埋まらない」**ということです。熱があるかどうかは診察を始める合図になりますが、重さを決める物差しには入っていません。
ふたつめ。採血が要るのは「D(脱水)」だけで、しかもそれも代えがききます。
Dの定義をもう一度見てください。**「BUN 21mg/dL以上"または脱水あり"」。**血液検査の数字でも取れるし、脱水の所見でも取れる、と書かれています。
つまり5項目のうち、採血の値が必要なのはDの一部だけです。残りは——
- A(年齢):カルテにあります
- D(脱水):採血のBUN、または「脱水あり」という診察上の判断
- R(呼吸):SpO2。施設で毎日測っている、あの数字です
- O(意識):受け答えの様子
- P(血圧):血圧計で測ります
施設で暮らしている方なら、R・P・Oは、ふだんから記録されているはずのものです。
ただし正直に書いておきます。家族が道具なしで分かるのは、AとO——年齢と、「いつもと受け答えが違う」——の2つだけです。RとPには機器が要りますし、Dは医療者の判断です。「家族が5項目を埋められる」という意味ではありません。
Rは「SpO2 90%以下」。施設で測っている、あの数字です(写真はイメージです)
★ここは必ず読んでください——高齢者では、この点数はそのまま使えません
ガイドライン自身が、施設で暮らす高齢者にA-DROPを当てるときの弱点を書いています。
NHCAPは高齢者に多く,A-DROPスコアのAge(年齢)項目で1点獲得するため,A-DROPスコアの「中等症以上」は特異度が極端に低い。
**高齢の方は、そこにいるだけでAの1点が入ります。**だから「1点だから中等症、危ない」という読み方は成り立ちません。点数を家庭で数えることに意味がない理由が、これです。
さらに、この重症度評価そのものの位置づけも控えめです。ガイドラインの推奨文は**「市中肺炎の患者に対して,A-DROPスコアによる重症度評価を弱く推奨する」、エビデンスの確実性は「C」**。委員会の検討記録には、こうも残っています。
・A-DROPスコアを用いて入退院を決定した論文は存在したか?→これまでにそのような論文はなかった。
**「入退院を決定した論文はなかった」。**学会自身がそう書いています。
ただし、お願いがあります。
これは、家族が重症度を判定するための表ではありません。点数をつけて「まだ2つだから大丈夫」と判断してほしくて書いているのではありません。書いている理由は、「なぜ入院と言われたのか」「なぜ別の病院へ移るのか」が、後から分かるようにするためです。
説明を受けたその場では、頭に入りません。あとで思い出せる形にしておくことが、この記事の役目だと思っています。
Dは「BUN 21mg/dL以上または脱水あり」。飲めていないこと自体が、項目のひとつです(写真はイメージです)
4. 傷病名は「医療・介護関連肺炎」でした
この事案の傷病名は、肺炎です。そしてガイドラインの分類では、**医療・介護関連肺炎(NHCAP)**にあたります。
聞き慣れない言葉だと思います。ガイドラインは、この分類の考え方をこう説明しています。
誤嚥性肺炎という病名は発症機序を反映した疾患概念であり,主に発症する場所によって分類したCAP,医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare-associated pneumonia:NHCAP),院内肺炎(hospital-acquired pneumonia:HAP)のそれぞれに含まれることになる
「主に発症する場所によって分類した」。
- CAP(市中肺炎)——ふだんの生活のなかで起きた肺炎
- NHCAP(医療・介護関連肺炎)——施設や、医療・介護を受けている状況で起きた肺炎
- HAP(院内肺炎)——入院中に起きた肺炎
同じ「肺炎」でも、どこで起きたかで、別の枠として扱われます。
そして『成人肺炎診療ガイドライン2024』のフローチャートでは、CAPもNHCAPも、重症度の判断にA-DROPスコアを使うと示されています(HAPはI-ROADスコア)。**重症(A-DROPスコア≧3点)/非重症(≦2点)**という線が引かれ、そこから治療の場——外来か、入院か、一般病棟か——が決まっていきます。
「入院しましょう」の一言の後ろには、この流れがあります。
ただし、施設で暮らす方の場合、A-DROPにたどり着く前にもうひとつ分岐があることも書いておきます。ガイドラインのフローチャートは、NHCAPについてまず**「患者背景のアセスメント」を置き、「反復する誤嚥性肺炎」「疾患末期や老衰と考えられる状態」に該当するかどうかを見ます。該当する場合は重症度分類ではなく、「個人の意思やQOLを考慮した治療・ケア」**の側に進む形になっています。
点数が、いちばん最初に来るわけではないということです。
「入院します」は、5つの項目のあとに出てくる言葉です(写真はイメージです)
5. 肺炎とは——どのくらいの人が、かかっているのか
ガイドラインは、日本の肺炎の規模をこう書いています。
2015年に発表された本邦の多施設共同研究の結果によると,本邦の15歳以上の市中発症肺炎(NHCAPに該当する患者を含む)の患者数は年間188万人であり,65歳以上の高齢者が患者の約7割を占め,年間74,000例が病院で死亡していると推定される。
年間188万人。患者の約7割が65歳以上。
ただしガイドラインは、この数字にすぐ続けてCOVID-19のパンデミックでこの動向が大きく変化したと書いています。2015年の推計であることを外さずに読んでください。
もうひとつ、ガイドラインが正直に書いていることを引いておきます。
誤嚥のリスクがあると誤嚥性肺炎の発症および不良な予後に関連すると同時に,肺炎から回復したとしてもさまざまな原因によって死亡するという,いわゆる老衰の側面があることがうかがえる。
**「老衰の側面」。**学会のガイドラインが、この言葉を使っています。
これは家族にとって重い一文です。けれど私は、隠さないほうがいいと思っています。「治れば元どおり」だけを前提にすると、そうならなかったときに、家族が自分を責めることになるからです。
施設で暮らすということは、医療とつながって暮らすということでもあります(写真はイメージです)
6. 避けるには——家族が先にやっておけること
肺炎そのものを家族が防ぐ方法を、私は書けません。けれど、起きたときに早く動けるようにしておくことはできます。
① 「普段のその人」を、言葉にしておく
普段どのくらい歩けるか。どのくらい食べるか。受け答えはどうか。**A-DROPのOは「意識変容あり」ですが、"いつもと違う"は、いつもを知っている人にしか分かりません。**施設の職員の方も、家族ほどには「その人の普段」を知りません。
② 持病と薬を、施設と家族の両方が持っている状態にする
お薬手帳の整えかたは家庭の常備薬とお薬手帳——救急のとき役立てる整理術に書きました。
③ 「運ばれた先が最終目的地とはかぎらない」ことを知っておく
この事案でも、転院搬送になっています。なぜ病院から病院へ移ることがあるのかはみぞおちの激痛で運ばれた病院から、また救急車に乗った——急性膵炎と「転院搬送」に、搬送先がすぐ決まらない事情は救急車は来たのに、なかなか出発しないに書きました。「たらい回し」ではありません。
「普段のその人」を知っているのは、家族です(写真はイメージです)
7. 家族へ——数字を聞いたら、5つに当てはめてみてください
病院や施設から電話で説明を受けるとき、たいていの家族は**メモを取れません。**動揺しているし、専門用語が続くからです。
だから、聞き返す言葉を1つだけ持っておいてください。
「酸素はいくつでしたか」
A-DROPのRはSpO2 90%以下です。この1つは、電話で聞けます。そして、そのままメモに残せます。
余裕があれば、血圧と受け答えの様子も聞いておいてください。
**繰り返しますが、これは家族が重症度を判定するためではありません。**次に医師と話すときに、同じ物差しの上で話せるようにするためです。
呼ぶかどうかで迷う場面の全体像は救急車を呼ぶべき7つのサインに、119番で聞かれることは119番通報、電話に出た瞬間に聞かれる7つのことにまとめました。全部答えられなくても救急車は出ます。
そして、肺炎から敗血症に進むことがあります。その入口の見方は毛布を三枚かけても「寒い」と震えていた80代の父に書きました。A-DROPの但し書きにも、**「敗血症性ショックがあれば1項目のみでも超重症」**とあります。
説明を受けたその場では、たいてい頭に入りません(写真はイメージです)
8. 書かなかったこと
正確さのために、確認できなかったので書かなかったことを挙げます。
- この事案の原因菌・経過・転帰——救急隊は診断をしません。書けるのは「施設入居中の方の急性肺炎で、低酸素があり、転院搬送になった」までです
- A-DROPで家族が重症度を判定する方法——A-DROPは医師が使う物差しです。この記事は「なぜその判断になったのかを後から理解するため」に紹介しています
- NHCAPに該当する条件の一覧——ガイドラインには詳細な定義がありますが、今回は「主に発症する場所によって分類した」という原文の範囲にとどめました
- 肺炎の死亡数の最新値——本文の「年間74,000例」は2015年発表の研究に基づく推計で、ガイドライン自身がCOVID-19で動向が変化したと書いています。人口動態統計の死亡数とは別の数字です
- 肺炎球菌ワクチンの効果——今回は一次資料にあたっていないので書いていません
- 施設の看取りや、治療をどこまで行うかの話——制度と気持ちの両方が関わる話で、今回の資料では扱えませんでした
まとめ
肺炎の重さは、熱では決まりません。
病院が使う物差し(A-DROPスコア)
|
項目 |
内容 |
| A |
年齢 |
男性70歳以上、女性75歳以上 |
| D |
脱水 |
BUN 21mg/dL以上または脱水あり |
| R |
呼吸 |
SpO2 90%以下 |
| O |
意識 |
意識変容あり |
| P |
血圧 |
収縮期 90mmHg以下 |
- 軽症=どれも当てはまらない/中等症=1〜2つ/重症=3つ/超重症=4〜5つ
- 敗血症性ショックがあれば、1項目でも超重症
- 体温は入っていません
- ただし高齢者はAで自動的に1点入るため、「中等症以上」は特異度が極端に低い(ガイドライン自身の記載)
- 採血が要るのはDだけ。しかも「脱水あり」でも代えられます
家族が持っておく言葉
- 「酸素はいくつでしたか」——Rの項目そのものです
- 「普段のその人」を言えること——Oの「いつもと違う」は、家族にしか分かりません
そして
- 施設で起きた肺炎はNHCAP(医療・介護関連肺炎)——発症した場所による分類です
- 運ばれた先が最終目的地とはかぎりません。転院搬送は「たらい回し」ではありません
「熱は38度台です」と電話で言われたとき、家族が知りたいのは**「それは重いのか」**の一点だと思います。
**その答えは、熱の数字の中にはありません。**5つの項目のほうにあります。そしてその多くは、施設がふだんから測っている数字です。
だから家族がやることは、点数を数えることではなく、「酸素はいくつでしたか」と聞き返すことだと思っています。
この記事が、説明を受けたあとに思い出せる形として、少しでも役に立てばと願っています。
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ここから先は、病院の仕事です(写真はイメージです)
本記事は一般的な情報提供であり、医療診断に代わるものではありません。実際の症状については必ず医療機関にご相談ください。
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参考