「AEDの前に、胸を拭いてください」——引き上げられたあとに起きること。傷病名は「溺水」でした

「AEDの前に、胸を拭いてください」——引き上げられたあとに起きること。傷病名は「溺水」でした

水から引き上げられた60代の男性は、心臓が止まっていました。AEDは「ショックは不要です」と言い、それでも胸骨圧迫を続けるうちに、心臓は動き出しました。『救急蘇生法の指針2025』は、濡れた胸へのAEDについて「電極パッドを貼り付ける部位を乾いた布やタオルで拭いてから」と書き、心拍が戻ったあとも「電極パッドは胸から剝がさず、電源も入れたままに」と明記しています。傷病名は「溺水」。現役救急救命士が原文で解説します。

今日は、「溺水(できすい)」——水におぼれて心臓が止まった人に、そばにいる人が何をするか、という話をします。

きっかけになったのは、60代の男性が水難で心肺停止になり、搬送中に自己心拍が再開したという事案です。私が書けるのはここまでです。場所も、季節も、その方が何をしていたかも書きません。書けるのは、経過のかたちと、その裏づけになる公的資料の中身だけです。

夜明けの静かな水面と対岸 水面は、たいてい静かに見えます(写真はイメージです)

そして、いつもどおりですが——救急隊は診断をしません。

この記事は、**水の事故そのものを減らす話ではありません。**統計と予防(誰が亡くなっているのか、ライフジャケットは誰のためのものか、溺れている人はなぜ静かなのか)は、水の事故で亡くなる人のうち、子どもは1割もいないにまとめてあります。この記事が扱うのは、その先——引き上げられたあとの時間です。

先に、3つだけ

  1. 溺れた人にAEDを使うときは、電極パッドを貼る場所を拭いてください。濡れたままだと効果が十分に出ません。ただし背中や床は濡れたままでかまいません
  2. **AEDが「ショックは不要です」と言っても、心肺蘇生をやめないでください。**それは「心肺蘇生が不要」という意味ではありません
  3. 心臓は、動き出すことがあります。そしてもう一度止まることもあります。だからパッドは剝がさず、電源も切らないでください

1. 症状——引き上げられた人は、どう見えるか

水から引き上げられた直後の人を、家族や周りの人がどう見るか。現場でいちばん多いのは、**「息をしているように見えた」「けいれんしていた」**の2つです。

どちらも、心臓が止まっているときに起こります。

『救急蘇生法の指針2025(市民用)』は、呼吸についてこう書いています。

突然の心停止の直後にはしゃくりあげるような途切れ途切れの呼吸がみられることも少なくありません。これは「死戦期呼吸」と呼ばれるものであり、「普段どおりの呼吸」ではありません。ただちに胸骨圧迫を開始してください。

反応の確認については、こうです。

突然の心停止が起こった直後には引きつるような動き(けいれん)が起こることもあります。この場合は呼びかけに反応しているわけではないので、「反応なし」と判断してください。

**「息をしている」「動いている」——そのどちらも、止まっている証拠にはなりません。**死戦期呼吸の見分け方はその呼吸、本当に呼吸ですか?に詳しく書きました。

そして指針は、迷う人の背中をこう押します。

判断に迷い、心停止かどうか自信をもてない状況では、胸骨圧迫を行うことで何らかの害を及ぼすのではないかと心配になるかもしれませんが、心停止でない傷病者に胸骨圧迫を行ったことで重大な障害が生じたという報告はありません。そのような害の可能性を恐れずに、ただちに胸骨圧迫を開始してください。

木の桟橋に置かれた赤と白の救命浮環 引き上げるところまでが救助ではありません。そのあとに、いちばん大事な数分があります(写真はイメージです)

2. 救急隊が現場で疑うこと

溺水の心停止で、私たちが現場に向かいながら考えているのは、**「どれくらいの時間、呼吸が止まっていたか」**です。

理由は、溺れて心臓が止まるのが、多くの場合呼吸ができなくなった結果だからです。だから溺水の心肺蘇生は、ほかの心停止と扱いが少し違います。指針2025の冒頭に、こう書かれています。

とくに、小児の心停止や、窒息や溺水による心停止などでは、人工呼吸を組み合わせた心肺蘇生を行うことが強く望まれます。

ただし、同じ文章はこう続きます。

人工呼吸を躊躇する状況でも、胸骨圧迫だけは勇気をもって行ってください。

この2つはセットです。「人工呼吸ができないなら何もしない」ではありません。

引き上げる前に、やってはいけないこと

現場でもうひとつ気にしているのが、助けに行った人が二人目の要救助者にならないかです。指針2025は、はっきり書いています。

溺れている人を救助しようとして救助者が死亡する事故を防ぐために、救助は消防隊やライフセーバーなどの専門家に任せるのが原則です。

そのうえで、市民ができることを順番に挙げています。

溺れている人を見つけたら、ただちに119番(海上では118番)通報をします。水面に浮いて助けを求めている場合には、つかまって浮くことができそうな物を投げ入れてください。さらにロープがあれば投げ渡し、岸に引き寄せてください。溺れている人の体が水没したら、水没した場所がわかるように目印を覚えておきます。そして、救助の専門家が到着したらその目印を伝えます。

**「目印を覚えておく」。**これは、実際に現場でいちばん助かる情報です。

例外も書かれています。

浅いプールなど救助者の安全が確保できる環境であれば、救助の専門家の到着を待たずに水没した人を引き上げます。水の流れがあるところや、水底が見えなかったり水深がわからない場合は水に入らないでください。水から引き上げたら、一次救命処置の手順に従って反応や呼吸を確認してください。

霧のかかった水辺の遠景 「水底が見えない」「水深がわからない」なら、入らない。国の指針がそう書いています(写真はイメージです)

3. 病院で行われる検査——の前に、現場でAEDに起きること

この事案でいちばん書いておきたいのが、ここです。

AEDは、濡れた胸には効きにくい。

指針2025の「注意をはらうべき状況」に、こう書かれています。

傷病者が汗をかいていたり、水泳や入浴で胸が濡れていると、電極パッドがしっかりと貼り付かないだけでなく、電気が体表の水を伝わって流れてしまうために、AEDの効果が十分に発揮されません。電極パッドを貼り付ける部位を乾いた布やタオルで拭いてから電極パッドを貼り付けてください。

そして、続く一文が実用的です。

背中や床は濡れたままでも問題ありません。

**拭くのは、パッドを貼る場所だけ。**体を乾かす必要も、床を拭く必要もありません。溺れた人を前にして「全身を拭かなきゃ」と時間を使ってしまうと、その分だけ胸骨圧迫が止まります。**貼る場所だけ、さっと拭く。**それだけです。

「ショックは不要です」と言われたら

この事案では、AEDが電気ショックを流す対象にはなりませんでした。**なぜそうだったのかは、ここには書けません。**救急隊は診断をしませんし、「溺水だからこうなる」と言い切れる公的な資料も、今回は見つけられませんでした。

ただ、その場面で何をするかだけは、はっきり決まっています。AEDはこう言います。「ショックは不要です」。

指針2025は、この場面について、わざわざ一項目を割いています。

AEDの音声メッセージが「ショックは不要です」の場合は、その後に続く音声メッセージに従って、ただちに胸骨圧迫から心肺蘇生を再開します。「ショックは不要です」は、心肺蘇生が不要だという意味ではありません。AEDの電源は切らずに、胸骨圧迫を始めてください。

「心肺蘇生が不要だという意味ではありません」。

わざわざこう書かれているということは、そう誤解されてきたということです。実際、現場で「ショック不要って出たので、やめました」と言われることがあります。あそこでやめないでほしい——これが、私がこの記事を書いている理由のひとつです。

白いシーツの上に置かれた酸素マスクと機器 病院に着いてからは、呼吸と酸素を支える治療が中心になります(写真はイメージです)

4. 傷病名は「溺水」でした

水に入ったことで呼吸ができなくなり、心臓が止まる。この経過につく傷病名が、溺水です。

そしてこの事案では、搬送の途中で、心臓が動き出しました。これを自己心拍再開と呼びます。

心臓が動き出したあとに何をするかも、指針2025は市民向けに書いています。

傷病者に普段どおりの呼吸が戻ったり、目的のある仕草が認められた場合は、心肺蘇生をいったん中断して様子をみてください。再び心臓が停止してAEDが必要になることもありますので、救急隊員と交代するまでAEDの電極パッドは傷病者の胸から剝がさず、電源も入れたままにしておいてください。

「再び心臓が停止して」。

戻ったら終わり、ではありません。もう一度止まることがある、と国の指針が書いています。だからパッドは剝がさない。電源も切らない。

呼吸が戻った人の姿勢についても、書かれています。

反応はないが普段どおりの呼吸をしている傷病者に対しては、横向きに寝た姿勢(回復体位)にして、喉の奥の空気の通り道が狭まったり、吐物で詰まったりすることを予防します。

回復体位にした場合には、傷病者の呼吸の変化に気づくのが遅れないように、救急隊が到着するまでの間、観察を続けます。普段どおりの呼吸かどうか判断に迷うときは、ただちに傷病者を仰向け(仰臥位)に戻して観察しなおします。

溺れた人は水を吐くことがあります。**横向きにして、見ていてください。**そして迷ったら仰向けに戻す——ここまでが一続きの手順です。

薄暗い病室のベッドとモニターの灯り 心臓が戻っても、そこからが治療の始まりです(写真はイメージです)

5. 溺水とは——「上がったあと」に起こることがあります

MSDマニュアル家庭版「溺水」は、水に入った量と時間の関係を、こう説明しています。

大量の水が肺に入ると、直ちに溺水します。少量の水でも、特にその水が細菌、藻類、砂、泥、化学物質、吐いたものなどで汚染されている場合は、肺が損傷することがあり、この病態は水中から出て数時間経過して初めて現れます。

「水中から出て数時間経過して初めて現れます」。

引き上げられて、話ができて、歩けている。それでも数時間あとに悪くなることがある、と書かれています。同ページは、この病態が**「二次性溺水」**と呼ばれることがあるとしています。

もうひとつ、水から上がったあとに起こるものも挙げられています。

声帯れん縮は、水中から出た後に初めて起こることがあります。その場合、通常は数分以内に起こります。水が肺に入るわけではないため、この病態は乾性溺水と呼ばれることがあります。

**だから、溺れかけた人は「元気そうでも」受診してください。**これは救急隊としての実感でもあります。

冷たい水のこと

冷たい水には、悪い面とよい面の両方があると書かれています。

筋肉が冷やされると泳ぐのが困難になり、危険なほど体温が低下し(低体温症)、判断能力が損なわれることがあります。しかし、水が冷たいと酸素不足の悪影響から組織が保護されます。

つまり、冷たい水でおぼれた人は、時間が経っていても助かる可能性があるということです。現場で私たちが手を止めない理由のひとつが、これです。低体温そのものの見方は「さっきまで、あんなに寒がっていたのに」——傷病名は「低体温症」でしたにまとめました。

壁の時計に日ざしが差している 「上がったあと」の数時間も、見ていてほしい時間です(写真はイメージです)

6. 避けるには——手順を1回だけ、頭に入れておく

予防そのものは前の記事に譲ります。ここでは、引き上げたあとの手順だけを置いておきます。

① 助けに行く前に119番(海上では118番)

② 浮くものを投げる。ロープがあれば投げ渡す

③ 沈んだら、場所の目印を覚える——専門家に伝えるため

④ 引き上げたら、反応と呼吸を確認する——引きつる動きは「反応なし」、しゃくりあげる呼吸は「普段どおりの呼吸ではない」

⑤ 胸骨圧迫を始める——人工呼吸ができる人はセットで。できなければ胸骨圧迫だけでも

⑥ AEDが来たら、パッドを貼る場所だけ拭いてから貼る——背中と床は濡れたままでよい

⑦ 「ショックは不要です」でも、やめない

⑧ 呼吸が戻ったら回復体位にして、パッドは剝がさず電源も入れたまま観察を続ける

この⑥と⑧が、溺水のときだけ余分に必要になる知識です。ほかの心停止の記事には出てきません。

手を動かして覚えたい方には、救命講習が近道です。時間と到達目標は「3時間も、何をやるんですか」——救命講習のゴールにまとめました。

病室のベッドが並ぶ静かな空間 「元気そうに見えても受診」は、溺れかけた人にあてはまります(写真はイメージです)

7. 家族へ——手を止めない理由は、数字にもあります

指針2025は、市民の手がどれだけ結果を変えるかを、こう書いています。

市民が心肺蘇生を実施しなかった場合、1か月後の社会復帰率は3.7%であったのに比べ、実施した場合は10.4%と約3倍でした。とくに、市民が救急隊の到着までに電気ショックを行った場合の社会復帰率は44.4%で、これは救急隊が到着してから電気ショックを実施した場合の17.7%を大きく上回っています。ただし、市民が電気ショックを行ったのは、市民が倒れるところを目撃した心停止傷病者約28,000人のうち約1,450件と、5%あまりにすぎませんでした。

そして、時間についてはこうです。

わが国では、119番通報をしてから救急車が現場に到着するまでにかかる時間は全国平均で約9.8分(2024年)であり、市民による一次救命処置が救命のために大変重要な役割を果たします。

**約9.8分。**その9.8分を、そばにいる人が埋められます。AEDが置かれているのに使われない理由はAEDは、必要な場所にあるのに使われていないに、探し方は街中でAEDを見つける3つの場所に書きました。実際に人の手でつないだ場面は夜7時の介護施設で心臓が止まったに書いています。

そして指針2025は、続けることについて、こう書いています。

心肺蘇生とAEDの手順は、救急隊員と交代するまで何度でも繰り返してください。効果がなさそうに思えても、あきらめずに続けることが大切です。

「効果がなさそうに思えても」。

冒頭の事案で心臓が動き出したのは、搬送の途中でした。その時点まで、誰の目にも「効果がなさそう」に見えていたはずです。

119番で聞かれることは119番通報、電話に出た瞬間に聞かれる7つのことにまとめました。全部答えられなくても救急車は出ます。

重ねられた両手のクローズアップ 効果がなさそうに思えても、続けてください(写真はイメージです)

8. 書かなかったこと

正確さのために、確認できなかったので書かなかったことを挙げます。

  • この事案の場所・季節・状況——匿名化のため書いていません。書けるのは「60代男性・水難による心肺停止・搬送中に自己心拍再開」までです
  • 水を吐かせる・背中を叩く——今回参照した国の市民向け指針に、そうした手順の記載はありません
  • 「◯分たつと助からない」——今回の一次資料に、この形の記述はありません
  • 「溺水」という区分の救急統計——消防庁『令和7年版 救急・救助の現況』に「溺水」という語は出てきません。集計されているのは**「水難」**で、令和6年中の出動が4,787件、搬送人員が1,832人です。水難と溺水は同じものではないので、この記事では傷病名の話として扱っていません
  • 自己心拍再開後の生存率・社会復帰率——溺水に限った数字は確認できていません。本文の3.7%/10.4%/44.4%は心停止全体の数字です
  • なぜこの事案でAEDのショック適応にならなかったのか——救急隊は診断をしません。心電図の波形の話は書いていません

まとめ

溺れた人の心臓が止まったとき、ほかの心停止と違うのは2つだけです。

  1. AEDのパッドを貼る場所を、乾いた布やタオルで拭いてから貼る(背中と床は濡れたままでよい)
  2. 人工呼吸ができる人は、胸骨圧迫と組み合わせる(できない人は胸骨圧迫だけでよい)

あとは、ほかの心停止と同じです。

  • 引きつる動きは**「反応なし」**
  • しゃくりあげる呼吸は**「普段どおりの呼吸」ではない**
  • 「ショックは不要です」は「心肺蘇生が不要」ではない
  • 効果がなさそうに思えても、続ける

そして、心臓は動き出すことがあります。

  • 呼吸が戻ったら回復体位にして、観察を続ける
  • パッドは剝がさない。電源も切らない——再び止まることがあるから
  • 元気そうに見えても、数時間あとに悪くなることがあるので必ず受診する

引き上げたところで、救助は終わりません。そこからの数分と、そのあとの数時間が、この病気のいちばん大事なところです。

この記事が、その数分を埋める助けになればと願っています。

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本記事は一般的な情報提供であり、医療診断に代わるものではありません。実際の症状については必ず医療機関にご相談ください。

※プライバシー保護のため、実際の事案を元に、年齢(10歳幅)・発生日時・発生場所など、個人が特定できる情報を改変または省略しています。

参考

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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