「入居者さんが椅子でぐったりしています。呼吸がないかもしれません」
119番の電話口から、施設職員の方の声が届いた。
「CPRを始めてもらえますか」
「……やります。やります!」
そこから、約10分間の戦いが始まった。
私は現役救命士で経験20年。この夜のことを、家族に知ってほしくて書くことにしました。
夜7時の介護施設で、静かな夜が突然変わった
夜7時、共用スペースで何が起きたか
事案は夏の夜7時頃。
ある介護施設の共用スペースで、90代の女性が椅子に座ったままぐったりしているのを、施設職員の方が見つけた。
「あれ、いつもと違う——」
その直感が、すべての始まりだった。
すぐに呼びかけたが、返事がない。胸の動きを確認しようとしたが、感じられない。
施設職員は即座に119番へ電話した。
電話口からCPR(心肺蘇生)の手順を案内してもらいながら、その場にいた職員4人でCPRを始めた。
施設にはAED(自動体外式除細動器)が設置されていた。それを取り出し、電源を入れた。
音声の指示に従って操作した。
救急隊が到着したとき、職員の方々はまだCPRを続けていた。汗だくで。でも止めずに。
「ありがとうございます。交代します」
私たちが引き継いだ。
「心肺停止(CPA)」とはどういう状態か
心肺停止(CPA)とは、心臓と呼吸が止まった状態のことです。
この状態が続くと、血液が体中に送られなくなり、脳をはじめとした臓器へのダメージが始まります。
心停止からの時間と、脳・生命への影響(カーラー救命曲線をもとに):
| 経過時間 | 脳・生命への影響 |
|---|---|
| 10〜15秒 | 意識消失 |
| 30秒〜1分 | 呼吸停止・けいれん |
| 3分 | 心停止3分で約50%死亡(カーラー救命曲線) |
| 4〜6分 | 不可逆的な脳障害が始まる |
| 6〜10分 | 生存率が急速に低下 |
| 10分以上 | 蘇生の可能性が大きく下がる |
※状況・個人差によって大きく異なります。カーラー救命曲線はCPRなし・AEDなしの場合の目安です。
CPRを開始すれば、この経過は大きく変わります。1秒でも早くCPR+AEDを。CPRなしの場合、1分遅れるごとに救命率が約7〜10%低下するとされています(AHA・JRCガイドライン)。
救急車の到着までの時間(全国平均)は、救急要請から現場到着まで約9〜10分程度とされています(総務省消防庁データ)。
つまり、救急車が到着するまでの間に何ができるか——それが、結果に大きく影響することがあるのです。
施設職員が行ったこと
この事案で、施設職員の方々がとった行動を整理します。
- 異変に気づき、すぐに呼びかけ・反応確認をした
- 119番に電話した
- 電話口の指示を聞きながら、CPRを開始した
- 施設内のAEDを取り出して使用した
- 4人でローテーションを組み、救急隊到着まで継続した
この一連の行動は、「訓練があったから」「たまたまうまくいったから」ではありません。
「助けたい」という気持ちと、「施設にAEDが置いてある」という知識と、「救急指導員の指示に従えた」という経験が重なった結果です。
「強く・速く・絶え間なく」——CPRの継続が、命をつなぐ
CPR(心肺蘇生)のやり方を知っておいてほしい
「CPRなんて自分にはできない」と思っている方も多いと思います。
でも、知識として持っているだけで、いざというときの行動が変わります。
胸骨圧迫の基本(人工呼吸なしでもOK)
人工呼吸に自信がない場合は、胸骨圧迫だけでも大丈夫です。
手順:
- 倒れている人を、かたい床に仰向けに寝かせる
- 胸の中央(胸骨の下半分あたり)に、両手を重ねて置く
- 肘を伸ばし、体重をかけて5〜6cmの深さでしっかり押す
- 1分間に100〜120回のリズムで押す(テンポの目安:「アンパンマン」のサビ)
- 絶対に止めない。疲れたら交代する
「強く・速く・絶え間なく」——これがCPRの合言葉です。
AED(自動体外式除細動器)の使い方
AEDは、電気ショックで心臓を正常なリズムに戻すための機械です。
怖くない理由:AEDは「話しかけてくる機械」です。
蓋を開けた瞬間から、音声で手順を指示してくれます。言われた通りに動くだけでいいのです。
基本の流れ:
- 電源を入れる(蓋を開けると自動で起動するものも多い)
- パッドを2枚取り出し、絵の指示通りに胸に貼る
- 「解析中」→「全員離れてください」の指示が流れる→全員が体を離す
- 「ショックボタンを押してください」の指示で押す
- すぐにCPR再開
「使っても大丈夫か判断がつかない」という心配はしなくて大丈夫です。AEDは自動で判定してくれます。電気ショックが必要でないと判断した場合は、ボタンを押しても作動しません。
AEDは音声で全ての手順を教えてくれる。貼り方は絵でわかる
介護施設を選ぶとき、家族に確認してほしいこと
ご両親や祖父母が介護施設に入居している方、または今後の入居を検討している方へ、ひとつお伝えしたいことがあります。
「施設にAEDはありますか?職員はCPRの訓練を受けていますか?」
この質問を、見学のときに一度聞いてみてください。
施設によって、緊急時の体制は大きく異なります。AEDの設置場所を職員全員が把握しているか、定期的な訓練をしているか——これは施設選びの重要な基準のひとつです。
「そんなことを聞いていいの?」と思わなくて大丈夫です。
真剣に施設を選んでいる家族からの質問として、誠実な施設なら必ず答えてくれます。
「もしものとき」に動けるかどうかは、知っているかどうかで変わる
在宅介護中の家族へ
ご自宅で高齢の方と同居している方も、この記事を読んでほしいと思います。
高齢になると、食事中・入浴中・就寝中など、日常生活のなかで突然心臓が止まることがあります。
「まさか自分の家でそんなことが」——でも、その「まさか」に備えておくことが、守ることにつながります。
地域の消防署では、市民向けのCPR・AED講習を定期的に開催しています(多くは無料・1〜2時間)。
「いつか受けよう」と思っていても、なかなか動けないのが現実です。でも、「家族でまず1人が受ける」という最初の一歩が、いざというとき全員の行動を変えます。
消防署の講習は、事前申し込みが必要な場合が多いので、お住まいの消防署に電話で問い合わせてみてください。
搬送後について
この90代の女性は、救急車で専門の病院へ搬送されました。
詳細については、プライバシー保護のためお伝えすることができません。
ただ、私がこの事案から感じたのは——施設職員の方々が「すぐ動いた」という事実が、結果に影響したということです。
到着したとき、CPRが続いていた。AEDが使われていた。
その事実は、私たちが引き継ぐための土台になっていました。
「救急隊が来るまで待てばいい」ではない。
到着するまでの間に、できることがある。
その事実を、この記事を読んでくれたあなたに知ってほしかったのです。
救急車が到着するまでの間、命をつなぐのはそこにいる人たちだ
まとめ
- 心停止から3分が分岐点。CPRを始めれば救命率の低下を大きく抑えられる
- CPR(胸骨圧迫)は人工呼吸なしでもOK。「強く・速く・絶え間なく」
- AEDは音声指示に従うだけ。使うか使わないかの判断はAED自身がする
- 施設のAED設置場所と訓練体制を、今日確認してほしい
- 消防署のCPR講習に、家族で一人から参加してみてほしい
「その場にいた4人が動いた」——それがすべてでした。
あなたが「動ける人」になるために、まず知識を持つこと。それが今日できる最初の一歩です。
「もしものとき」の備えを、保険の面からも
突然の心停止や重篤な病気は、長期入院・介護につながることがあります。
家族が「その場で動ける」ことと同じくらい、経済的な備えも大切です。
入院・介護への備えについて、この機会に一度確認してみてはいかがでしょうか。
参考文献・出典
この記事は、以下の公的情報をもとに作成しています。
- カーラー救命曲線(Cara G, 1974):心停止からの経過時間と救命率の関係を示すグラフ。日本の救急医療教育で標準的に使用されています
- 日本蘇生協議会(JRC)蘇生ガイドライン 2020 (CPRなしの場合の救命率低下:1分あたり約7〜10%低下)
- American Heart Association(AHA)CPR & ECC Guidelines
- 総務省消防庁 救急・救助の現況
- 総務省消防庁「救急車利用リーフレット」
- 厚生労働省「健康・予防について」
医療情報の正確性について:本記事の情報は執筆時点(2026年7月)の公的情報に基づきますが、医療判断は必ず医師にご相談ください。記事内容の誤りを発見された場合は、お問い合わせよりお知らせください。
※プライバシー保護のため、実際の事案を元に個人が特定できる情報を一部改変しています。
免責事項:この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為・医療診断の代替となるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、すぐに119番に通報してください。
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