「立ち上がった瞬間、息が急に苦しい」——胸を押さえて座り込んだ人。傷病名は「急性肺血栓塞栓症」でした
家族を守る

「立ち上がった瞬間、息が急に苦しい」——胸を押さえて座り込んだ人。傷病名は「急性肺血栓塞栓症」でした

「トイレに立ち上がった瞬間、急に息が苦しくなって胸を押さえて座り込んだ」——直前まで元気だった人にも、これは起こります。傷病名は「急性肺血栓塞栓症」。MSDマニュアル家庭版は「症状は突然現れる」と書き、日本循環器学会などの合同ガイドライン2017年改訂版は「発症後1時間以内の突然死の主要原因の一つ」と位置づけています。デスクワーク・長距離移動・手術後・産後・経口避妊薬——身近な生活の続きに起きる形を、現役救急救命士が原文で解説します。

今日は、**「急性肺血栓塞栓症(きゅうせい・はい・けっせん・そくせんしょう)」**という病気の話をします。

現場では**「肺塞栓」、家庭では「エコノミークラス症候群」**として耳にしたことがある方が多いかもしれません。名前は同じ病気ですが、家庭で聞く「エコノミークラス症候群」は、そのごく一部の姿にすぎません。

災害の車中泊や、長時間のフライトで起こる話としては、別記事「震災Day4・車中泊で最も怖いエコノミークラス症候群」にまとめています。今日はそちらではなく、災害でも旅行でもない、ふつうの生活の続きに起きる形の話です。

家庭でいちばん見過ごされる並び方は、こういう形をしています。

「トイレに立ち上がった瞬間、急に息が苦しくなった」

数日、体調は特に悪くなかった。前の日までいつもと変わらなかった。ところが今朝、トイレに立ち上がった瞬間、あるいはお風呂からあがった瞬間、あるいは長時間座っていた席から立った瞬間に、胸を押さえてしゃがみ込んだ

「一瞬めまいがしたのかな」「立ちくらみだと思う」——ご家族はそう受け取ります。本人も、少し休めばそのうち治まると思っています。

けれど、その一瞬に起きたことが、肺の血の通り道が急に詰まったということであれば、これは「立ちくらみ」ではありません。発症から1時間以内の突然死の、代表的な原因の一つとして、循環器と呼吸器の合同ガイドラインに書かれている病気です。

窓のあるベッドに、酸素マスクを外した女性が横たわり、家族が手を握っている(顔は写っていない) 「一瞬の息苦しさ」で始まり、あっという間に呼吸不全に進むことがあります(写真はイメージです)

順番に説明します。

なお、この記事は**特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的機関や学会が「典型的な形」として書いている内容を、救急の現場で使う順番に並べ直したものです。

先に、3つだけ

長くなるので、結論から置きます。

  1. 「急に息が苦しい」+「胸が痛い、あるいは重い」+「動悸」の3つがそろって、直前まで元気だった人なら、肺塞栓を必ず考えます。MSDマニュアル家庭版は「症状は突然現れることが多い」と書いており、日本循環器学会などの合同ガイドライン2017年改訂版でも呼吸困難・胸痛・失神が代表的な症状として挙げられています
  2. **「立ち上がった瞬間」「トイレやお風呂の直後」「席を立った瞬間」の失神は、迷ったら救急要請の側に倒してください。**同ガイドラインでは、失神は肺塞栓の初発症状のひとつとして明示されており、突然死につながる形の入口になり得ると書かれています
  3. **家庭でできる予防は「動く・水を飲む・足を上げる」の3つに集約されます。**厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」も、これに加えて弾性ストッキングと、リスクの高い方の場合の医師相談を挙げています。この病気は防げる病気の一つです

以下、ひとつずつ原文で確認していきます。

1. 症状——「立ち上がったら、急に息が苦しい」

私たちが呼ばれる場面、あるいは救急外来に運び込まれる場面は、資料に書かれている典型的な形でいうと、こう並びます。

家庭で起きているのは、こういうことです。

  • 数日〜数週間、同じ姿勢で過ごす時間が長かった(デスクワーク、長距離移動、入院、ギプス固定、寝たきりなど)
  • あるいは手術・出産・骨折のあとである
  • あるいは経口避妊薬(ピル)を飲んでいるがん治療中である、妊娠中・産後である
  • そして今日、立ち上がった瞬間、動き始めた瞬間に——
  • 急に息が苦しくなった
  • 胸を押さえた、あるいは胸の重苦しさを訴えた
  • 心臓がドキドキしている(動悸)
  • 顔色が悪くなった、汗をかいた
  • 意識が遠のいた、一瞬倒れた(失神)

明るいオフィスで、パソコンに向かって座り続ける人の後ろ姿 「動かない時間」の積み重ねが、静かに材料を作ります(写真はイメージです)

MSDマニュアル家庭版「肺塞栓症」の項に、症状の順番がこう書かれています。

肺塞栓症の症状は突然現れることが多く、代表的な症状には息切れ、胸痛、意識消失(失神)などがあります。

(MSDマニュアル家庭版「肺塞栓症」)

書かれている症状は3つです。

  • 息切れ(呼吸困難)
  • 胸の痛み
  • 失神

この3つが、家庭で「異変」として気づかれる主要な入り口です。ただし——この3つが一斉にそろって現れるわけではありません。

進み方には順番があります。同じMSDには、こう続きます。

症状の重症度は、閉塞した肺動脈の大きさ、閉塞した肺動脈の数、患者の全身状態によって異なります。

つまり、詰まった血管の太さと数で、症状の重さがまったく変わる病気だということです。細い枝が1本詰まっただけなら「なんとなく息苦しい」で済むこともあれば、太い幹(主肺動脈)が急に詰まればその場で心停止に至ることもあります。

だから、家庭で最初に見える変化は、**「息苦しさ」の程度ではなく、"急に始まったかどうか"**で判断します。前日まで元気だった人が、今朝、あるいはさっき、急に息が苦しくなった——この「急に」が、いちばん大事な情報です。

明るい部屋の窓辺で、コップに水を注ぐ手元 動かないことと、水を飲まないことは、同じくらい効いてきます(写真はイメージです)

「立ちくらみ」と「肺塞栓」は、どこで線が引かれるのか

高齢のご家族や、疲れの溜まった働き盛りのご家族に、立ちくらみは珍しくありません。「うちのはよく立ちくらみするから」——そう感じている方もいらっしゃると思います。

その通りです。起立性低血圧そのものは、命に関わる病気ではありません。けれど**「立ち上がった瞬間の一瞬の失神」と「肺塞栓による失神」は、家庭では区別がつきません。**そして、両者の見分けは病院でも簡単ではありません。

日本循環器学会・日本呼吸器学会・日本血管外科学会などが合同で作成した『肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 2017年改訂版』は、肺塞栓の症状として次のようなものを挙げています(原文の並び方は少し違いますが、代表的なものだけ整理しました)。

  • 呼吸困難(労作時に増強することが多い)
  • 胸痛
  • 失神
  • 動悸
  • 咳、血痰
  • 冷や汗
  • チアノーゼ(唇や指先が紫色になる)
  • 頻脈(脈が速い)

(項目名と表現はガイドラインからの整理。正確な原文は同ガイドラインをご確認ください)

**上から3番目の「失神」。**これが、家庭で「立ちくらみ」と誤解されやすい形です。

つまり、"立ち上がった瞬間に一瞬倒れた"に、"息が苦しい"や"胸が重い"がわずかでも重なっていたら、それは「立ちくらみ」で済ませていい話ではないのです。

そして、この病気は若い人にも起こります。「うちはまだ40代だから」も、「うちの子はまだ20代だから」も、否定材料にはなりません。産後の女性、経口避妊薬を服用中の女性、長距離移動をした人、下肢を骨折してギプス固定中の人——年齢に関係なくリスクが上がることが、上記ガイドラインで明示されています。

2. 救急隊が現場で疑うもの

「急に息が苦しくなって、胸を押さえて座り込んだ」で私たちが呼ばれたとき、正直に言うと、この時点で傷病名を絞り込むことはできません。救急隊はエコーもCTも持っていないからです。

私たちが現場でやっているのは、「今すぐ病院に行くべきか」を外さないことだけです。頭に浮かべるのは、だいたいこのあたりになります。

このなかで、放置すれば数十分〜数時間の単位で命に関わる代表格が、肺塞栓・心筋梗塞・大動脈解離・緊張性気胸の4つです。ですので、現場で「元気そうに見えるから軽い」とは、私たちは絶対に言いません。

肺塞栓のやっかいなところは、**「元気そうに見える瞬間が挟まる」**ことです。太い血管が急に詰まって症状が出たあと、体が代償して一時的に落ち着いたように見える時間帯があります。ご家族が「もう大丈夫みたい」と判断されて救急を辞退される——これが、いちばん怖い場面です。

明るいオフィスチェアの脚部と、床に置かれた革の書類バッグ "落ち着いたように見える"の裏で、もう一度飛ぶ準備が進んでいることがあります(写真はイメージです)

だから、現場で私たちが家族に聞くのは、病名を当てるための質問ではなく、時間と状況の質問です。

  • **いつから息が苦しいか。**きっかけは何か(立ち上がった、トイレ、入浴後、車から降りた など)
  • 胸のどこが、どんな痛みか(左胸、みぞおち、背中に抜ける、深呼吸で強くなる など)
  • 失神したか。何秒くらいか。前後に何か覚えているか
  • 足のむくみ・痛みはあるか(片方だけ、ふくらはぎが張る、赤くなっている など)
  • 最近、長時間の同じ姿勢はあったか(フライト、車、デスク、寝込み など)
  • 最近、手術・出産・入院・骨折はあったか
  • 服用中の薬経口避妊薬、ホルモン補充療法、抗がん剤、ステロイドは特に)
  • がん治療中か、あるいは治療歴があるか
  • 家族に若くして突然亡くなった方がいるか(遺伝性の血栓素因)

このうち**「足の症状」と「同じ姿勢の時間」と「服用中の薬」**は、あとで病院がいちばん必要とする情報です。

透明な茶色の薬瓶に、白い錠剤とカプセルが入っている お薬手帳は、必ず持っていきます(写真はイメージです)

もうひとつ、現場で必ず測る数字があります。

  • 血圧(詰まりが太いと下がる)
  • 脈拍(速くなる。100を超えることが多い)
  • SpO2(酸素の飽和度。90を切ることがある)
  • 呼吸数(速くなる。1分間に20回を超えることが多い)

この4つのうち、SpO2の低下と、脈拍が速いことの2つがそろっていると、私たちは搬送を急ぎます。血圧が下がっていれば、なおさらです。

そして、**ご家族から見て「なんかいつもと違う」と感じる場合、その感覚は当てになります。**この病気は、本人が「もう大丈夫」と言うことがあります。それでも、家族の「いつもと違う」のほうを、私たちは信じます。

3. 病院で行われる検査

同ガイドラインを読み合わせると、肺塞栓が疑われたときに病院で行われる検査は、だいたい次の順番になります。

  • 診察(呼吸音、心音、下肢の左右差)
  • 血圧・脈拍・SpO2・呼吸数の連続監視
  • 心電図(右心負荷のパターンが出ることがある)
  • 胸部レントゲン(他の病気を除外するために)
  • 血液検査D-ダイマーが有名。凝固の目安になる)
  • 胸部造影CT肺動脈造影CT/CTPA——多くの施設で決め手になる検査)
  • 心エコー(右心の負荷を見る)
  • 下肢静脈エコー(血栓の元がふくらはぎにあるかを見る)

MSDマニュアル家庭版は「診断は通常、CT肺血管造影またはVQスキャンによって行われます」と書いています。

手袋をした手が、超音波検査のプローブをふくらはぎに当てている 肺のCTと同じくらい、足のエコーが決め手になります(写真はイメージです)

造影CTについて、もう少しだけ書いておきます。造影剤を静脈から入れて撮ると、肺の動脈のなかに詰まっている血栓の位置と大きさが映ります。ここが決定的です。太い幹(主肺動脈)が詰まっているか、細い枝の1本が詰まっているか——どこにどれくらい詰まっているかで、治療の方針が変わります。

D-ダイマーという血液検査は、名前だけ聞き覚えのある方もいらっしゃると思います。これは血液のなかで、**「固まった血のかたまり(フィブリン)が溶けたときに出るかけら」**を測る検査です。値が上がっていれば「体のどこかで固まった血が溶けている可能性」を示唆します。ただし、手術後や妊娠中、悪性腫瘍のある方では、肺塞栓でなくても値が上がることがありますので、この検査単独では確定にはなりません。CTと合わせて判断されます。

4. 傷病名は「急性肺血栓塞栓症」でした

検査でこの形が見つかったとき、つく傷病名が**「急性肺血栓塞栓症」**です。

呼び方について、ひとことだけ整理します。

  • 「急性肺血栓塞栓症」:医学的な正式名称。肺の動脈が「血栓(血のかたまり)」で詰まっている状態
  • 「肺塞栓症」:家庭でよく耳にする言い方。上とほぼ同じ意味で使われる
  • 「エコノミークラス症候群」:飛行機のエコノミー席で起こったことから広まった通称。同じ病気だが、旅行や災害の車中泊だけで起こる病気ではありません
  • 家庭ではどれも耳にします。病院で「肺塞栓ですね」と言われても「エコノミークラス症候群です」と言われても、指しているものはほぼ同じと思ってください

そして、ここからがこの記事でいちばん伝えたいところです。この病気は、詰まった血管の太さと、体の反応で、扱いがまったく変わります。

軽症〜中等症(血圧が保たれている場合):

  • 抗凝固療法(ヘパリンの点滴から始めることが多い)
  • 落ち着いたら内服薬(DOAC またはワルファリン)に切り替え
  • 通常は数か月〜半年以上、内服を続ける
  • 弾性ストッキングの併用

重症(血圧が下がっている、あるいはショック状態):

  • 血栓溶解療法(血栓を溶かす薬を点滴する)
  • カテーテル治療(詰まった血栓を吸引する、あるいは砕く)
  • 外科手術(血栓摘除術)
  • **ECMO(体外式膜型人工肺)**が必要になることもある

点滴のバッグと、輸液ポンプ、モニターが並んだ集中治療室のイメージ 重症になると、点滴と機械の力で心臓と肺を代わりに支えます(写真はイメージです)

MSDマニュアル家庭版は、この違いをこう書いています。

大きな塞栓では、突然、生命を脅かす症状が起こる場合があり、直ちに治療しなければ死に至ることがあります。

**「生命を脅かす」。**MSDが家庭版でこの言葉を使う病気は、そう多くありません。

もうひとつ、時間の話です。日本循環器学会などの合同ガイドライン2017年改訂版では、肺塞栓は発症から1時間以内の突然死の主要原因の一つとして位置づけられています。「明日、病院で診てもらおう」ではないのです。

ですので、救急隊が現場で「息が苦しくなったのは何時か」を聞き、「立ち上がったときか、動いた瞬間か」を聞き、「足のむくみはあるか」を聞くのは、記録のためではありません。病院がその情報を元に、"太い血管が詰まっているか"を最初に外さないためです。

5. 急性肺血栓塞栓症とは——「肺で起きているのに、心臓が止まる」病気

そもそも何が起きているのか。整理して書きます。

肺塞栓の**「元」**は、多くの場合、足の深いところの静脈にできた血のかたまり(深部静脈血栓症、DVT)です。ふくらはぎの奥、あるいは太もも、あるいは骨盤の中の静脈にできた血のかたまりが、あるときはがれて心臓へ流れ、心臓の右側を通り抜けて肺の動脈で詰まる——これが典型的な経路です。

なぜはがれるか。多くは、姿勢が変わった瞬間です。長く座っていた席から立ち上がる、寝ていたベッドから起き上がる、トイレでいきむ、シャワーを浴びる——それまで動かなかった足の血が動き始めた瞬間に、静脈の壁にできていたかたまりがはがれます。

そして、**心臓は困ります。**肺で急に血が通れなくなると、心臓の右側は、その血を送り出せずに膨らみます。心臓が肺に血を送れなくなると、心臓の左側に血が返ってこない——だから全身に血が回らなくなります。血圧が下がり、意識が遠のき、脳と心臓に血が届かなくなります。

**「肺で起きているのに、止まるのは心臓のほう」。**これが、この病気の最大の特徴です。

血のかたまりができやすくなる背景は、大きく3つに整理されます。ドイツの病理学者ウィルヒョウが19世紀に整理した3要素として、今でも医学教科書に載っています。

  • 血流の停滞(長時間の同じ姿勢、寝たきり、ギプス固定など)
  • 血管の壁の傷害(手術、外傷、留置カテーテル、静脈炎など)
  • 血が固まりやすい状態(がん、妊娠・産後、経口避妊薬、脱水、遺伝性の血栓素因など)

(原因の分類は、日本循環器学会などの合同ガイドライン、および内科・外科の標準教科書で共通です。ここに挙げたのは代表的なもので、すべてではありません)

家庭で覚えていただきたいのは、この3つのどれかにあてはまる状態が続いた人は、リスクが上がるということです。

  • 骨折してギプス固定になった祖父
  • 手術のあとに数日ベッドで過ごした父
  • 出産後1〜2週間の家族
  • 抗がん剤治療中の家族
  • 経口避妊薬(ピル)を飲んでいる方
  • ホルモン補充療法を受けている方
  • 長距離のフライトや、車での長距離移動があった方
  • 感染症で数日寝込んだ方(コロナ後の血栓症は別記事にまとめています)
  • 圧迫骨折や体調不良で1か月動けなかった方(別記事

これらの状態が「終わったあと、動き始めた最初の数日」が、いちばん危ない期間になります。「もう大丈夫」と本人も家族も感じ始めた頃——そこにこの病気は隠れています。

6. 避けるには——「動く・水を飲む・足を上げる」の3つを見る

正直に書きます。**肺塞栓そのものを完全に予防する方法は、参照した公的資料には書かれていません。**遺伝性の素因も、悪性腫瘍も、手術・出産も、避けようがないものだからです。

ただ、深部静脈血栓症の発生を減らすことは、肺塞栓の入口をひとつ減らすことにはなります。ここは、複数の公的資料が共通して書いています。

厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」のリーフレット、および日本循環器学会などの合同ガイドラインの生活指導の章には、家庭でできることとして、こういうことが並びます(表現は要約です。正確な原文は各資料でご確認ください)。

  • こまめに足を動かす(つま先立ちの上下、ふくらはぎのマッサージ、足首を回す)
  • 1〜2時間おきに立ち上がる/少し歩く
  • 水分を十分にとる(アルコールとカフェインは利尿作用があるので控えめに)
  • ゆったりした服装で過ごす(下着や靴下できつく締めない)
  • 就寝時など長時間動かない場面では足を軽く高くする
  • リスクの高い方は、医師と相談のうえ弾性ストッキングを使う

「当たり前」に見えるかもしれませんが、**この当たり前が抜けていくのが、"忙しい時期"と"体調を崩したあとの数日"**です。

  • 締切前で、椅子から立たない日が続いている
  • 帰省や旅行の車移動で、休憩を取らずに走り続けた
  • 感染症で数日寝込んで、ようやく起きられるようになった
  • 手術のあと、退院してすぐは大人しくしていた
  • 産後の入院中は病棟の廊下を歩いていたが、退院してから家で座っている時間が長い

これが重なると、ふくらはぎの奥に血がよどみ、そこに血が固まる材料がそろいます。固まった血が、姿勢が変わった一瞬にはがれます。

壁ぎわの椅子の前で、片足のふくらはぎを両手で軽くもんでいる手元 ふくらはぎに、静かに材料がたまっていきます(写真はイメージです)

そして、この病気で**特に注意していただきたいのは、飛行機やバスの長距離移動と、術後・産後の"動き始めの数日"**です。厚生労働省のリーフレットには、次のようなことが書かれています(表現は要約)。

  • 飛行機・車・バスなどで長時間座り続ける場合は、1〜2時間おきに足を動かすか、通路を歩く
  • 水分をこまめに取り、アルコールを控える
  • 足を組んだまま長時間座らない
  • ゆるめの靴を選ぶ
  • 弾性ストッキングは、リスクの高い方には有効

一方で、**弾性ストッキングは万能ではありません。**下肢の動脈疾患のある方や、皮膚のトラブルのある方には向かないこともあります。すでに深部静脈血栓症があると分かっている方の急性期には、使い方に注意が必要とされています。購入前に、かかりつけの医師や薬剤師に相談してから使うのが安全です。

もう一点だけ。**「疲れが取れないから」と、家族が独自の判断でマッサージ機を長時間かけるのは避けてください。**ふくらはぎに血栓ができているかもしれない状態で強くもむと、その血栓を無理にはがす方向に働くことがあります。急に息苦しさや胸の痛みが出たら、マッサージを中止して救急要請の側に倒してください。

7. 家族へ——119番と♯7119の使い分け

総務省消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)のおとなおよび高齢者のページの「」「呼吸」「意識の障害」欄には、こう並んでいます。

「胸」欄:

  • 突然の激しい胸の痛み
  • 胸の痛みが(長時間)持続する
  • 胸に押しつぶされるような痛み

「呼吸」欄:

  • 急な息切れ、呼吸困難
  • 突然の呼吸困難

「意識の障害」欄:

  • 意識がない(返事がない)またはおかしい(もうろうとしている)

高齢者ページの冒頭には、こう書かれています。

高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。

(総務省消防庁『救急車を上手に使いましょう』高齢者ページ)

肺塞栓は、この3つの欄すべてに、複数の項目が当てはまり得る病気です。ですから、上のいずれかに当てはまるようなら、迷わず119番でよい形になります。

正直に、この資料の限界も書いておきます。**このリーフレット全9ページに「肺塞栓」「エコノミークラス症候群」という言葉は出てきません。**代わりに、上の「胸」「呼吸」「意識の障害」の欄に、この病気の姿が分散して収まっている、というのが正確なところです。

だから、家庭での判断はこう分けるのが現実的だと思っています。

すぐ119番でよい場合(リーフレットに載っている形です)

  • 突然、胸が痛くなった/押しつぶされるような胸痛が続いている
  • 急に息が苦しくなった/呼吸が浅く速い
  • 一瞬でも意識を失った/もうろうとしている
  • 唇や指先が紫色になっている(チアノーゼ)
  • 顔色が悪く、冷や汗をかいている
  • 長時間の移動や術後・産後のあとに、上記のいずれかが出た

♯7119(救急安心センター事業)に電話でよい場合

  • 少しだけ息苦しさを感じるが、話はふつうにできる
  • 胸に違和感があるが、押しつぶされるような痛みではない
  • 立ちくらみがあったが、すぐに戻った(ただし繰り返す場合や、息苦しさをともなう場合は119番の側へ)
  • 長距離移動の帰宅後で、ふくらはぎの片方だけがむくんでいる/痛みがある

♯7119は、救急車を呼ぶべきか迷ったときに、看護師や医師が話を聞いてくれる番号です。全国で使える地域が広がっています。「まだ119番ではない気がする」と感じたときの、正解の一つがこの番号です。

#7119(救急安心センター事業)の使い方と、迷ったときの考え方は別の記事にまとめています。

そして、**♯7119につないだ結果として119番が必要と判断されることは、よくあります。**それは電話を無駄にしたのではありません。電話で待たされる時間よりも、遅れる10分のほうが命に近いからです。

肺塞栓に関しては、**「今そんなに苦しくないから」で待たないでください。**この病気は、詰まった血栓が、あとから追加でもうひとつ飛んでくることがあります(追加塞栓)。最初の"落ち着いたように見える時間"のあとに、いきなり心停止に至る形が、いちばん怖い形です。

両手でスマートフォンを持って画面を操作している手元(顔は写っていない) 迷ったときに、まずかけられる番号があります(写真はイメージです)

病院で聞かれることを、先に用意しておく

救急車を呼んだ場合も、家族の車で行った場合も、病院で必ず聞かれることがあります。時間があるうちに、これだけメモにしておくと、話が早くなります。

  1. いつから、何をしているときに息が苦しくなったか(立ち上がった、トイレ、入浴後、長距離移動 など)
  2. 胸のどこが、どんな痛みか(左胸、みぞおち、深呼吸で強くなるか)
  3. 失神したか。何秒くらいか。前後の記憶はあるか
  4. 足のむくみ・痛みはあるか(片方だけか、両方か、いつからか)
  5. 最近の長時間の同じ姿勢(フライト、車、デスク、寝込みの日数)
  6. 最近の手術・出産・入院・骨折・ギプス固定
  7. 飲んでいる薬経口避妊薬、ホルモン補充療法、抗がん剤、ステロイド は必ず)
  8. がんの治療歴・現在の治療状況
  9. 家族に若くして突然亡くなった方はいるか(遺伝性の血栓素因)
  10. 喫煙歴・肥満・妊娠中/産後の時期

これは、救急外来の診察で聞かれる項目とほぼ同じです。病名を当てる質問ではありません。「太い血管が詰まっているか」「もう一度飛ぶ材料が残っているか」を外さないための質問です。

8. 書かなかったこと

この記事を書くにあたって調べたものの、公的資料で裏が取れなかったので書かなかったことを、正直に並べておきます。

**「日本で年間何人が肺塞栓になるか」は書けませんでした。**総務省消防庁『救急救助の現況』にも、この傷病名の区分はありません。厚生労働省の患者調査には「肺塞栓症」の入院統計がありますが、値は年で変動し、また分類の切り分け(急性/慢性、深部静脈血栓症との併記の有無)によっても数字が変わります。特定の一つの数字で言い切ることはできません。

「発症してから何%が突然死する」も、単一の数字では書きませんでした。古い教科書には「治療されない場合の致死率は約30%」といった記述もありますが、診断技術や治療の進歩で年代によって差が大きく、また"治療されない"の定義そのものが施設によって幅があります。ですので本文では「発症後1時間以内の突然死の主要原因の一つ」という合同ガイドラインの言い方にとどめました。

経口避妊薬・ホルモン補充療法での相対リスクも、具体的な倍率では書きませんでした。「非服用者と比べて数倍」といった記述は複数の文献にありますが、薬剤の種類、年齢、喫煙歴、肥満度で変動します。**服用中の方に不安を与えるための情報ではありません。**判断は必ず処方医と相談してください。

**弾性ストッキングの具体的な圧迫圧(ミリメートル水銀柱)や、どのメーカーのものが良いかは書きませんでした。**適切な圧迫圧は、下肢の状態や合併症の有無で変わります。購入前にかかりつけ医と相談してください。

**血栓溶解療法・カテーテル治療の適応基準の細部は書きませんでした。**血圧の値、右心機能の評価、出血リスクなど、複数の医学的判断を組み合わせるため、家庭向けの記事の役割ではありません。

**「〇〇食が予防に良い」といった食事療法は書きませんでした。**深部静脈血栓症の食事療法については、家庭向けに一律に推奨できる公的資料を見つけられませんでした。ワルファリン内服中の方には、ビタミンKを多く含む食品(納豆、青汁、クロレラ)を避けるという指導がありますが、これは治療中の方に限った話で、予防目的で「食べ物を変えれば血栓ができない」と言える資料は見当たりませんでした。

**『救急蘇生法の指針2025(市民用)』は、この病気にはほぼ使えませんでした。**全69ページを調べましたが、「肺塞栓」「エコノミークラス症候群」「深部静脈血栓症」はいずれも0件です。ファーストエイドの19項目にも、この病気の項目はありません。ですので、消防庁『救急車を上手に使いましょう』の「胸」「呼吸」「意識の障害」欄と、MSDマニュアル家庭版の肺塞栓症の項、および循環器学会などの合同ガイドライン2017年改訂版を、家庭で使える一次資料として本文に据えました。

**MSDマニュアル家庭版とプロフェッショナル版で、記述が完全に一致するわけではありません。**本文で引用したのは家庭版です。プロフェッショナル版のほうがより詳細で、Wells scoreやPERC ruleといった臨床判断ルールまで書かれていますが、家庭で読む前提の記事ですので家庭版にそろえました。

まとめ

3行まとめ:

  • **傷病名は「急性肺血栓塞栓症」。**足の深い静脈にできた血のかたまりが、姿勢が変わった瞬間にはがれて肺の動脈で詰まる病気です。発症後1時間以内の突然死の主要原因の一つとして合同ガイドラインに位置づけられています
  • **「立ち上がった瞬間の息苦しさ」+「胸を押さえた」+「一瞬の失神」がそろったら、"立ちくらみ"の相談ではありません。**MSDマニュアル家庭版が肺塞栓症の代表症状として挙げている項目です。元気そうに見える時間帯が挟まっても、油断はできません
  • **時間で扱いが変わります。**軽症〜中等症は抗凝固療法で改善しますが、重症の場合は血栓溶解・カテーテル・ECMOまで含めた集中治療が必要です。「明日、内科で診てもらおう」ではありません

白い壁に掛けられたシンプルな丸い掛け時計 数えはじめるのは、病院に着いた時刻ではなく、息が苦しくなった時刻です(写真はイメージです)

消防庁の高齢者ページは、こう書いています。

高齢者は自覚症状が出にくい場合もありますので注意しましょう。

**「本人は元気そう」「もう落ち着いた」は、大丈夫の証拠にはなりません。**とくにこの病気では。

合同ガイドラインが、深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症を同じガイドラインで扱っているのは、両者が同じ病気の"川上"と"川下"にあたるからです。ふくらはぎのむくみと、胸の痛みは、家族から見れば別々の話に見えます。けれど医療の側は、これを同じ川の連続した現象として見ています。

家庭で見ていただきたいのも、同じ場所です。

年配のご夫婦が、腕を組んで通りを歩いている後ろ姿 「いつもと違う」と感じたのが、いちばん確かな情報です(写真はイメージです)

そして、この病気は家族の側にお願いしたいことが、はっきりしています。

  • 「今そんなに苦しくないから」で待たないこと
  • 「立ちくらみ」で片づけないこと
  • 長距離移動・術後・産後の"動き始めの数日"を、いちばん注意する日として覚えること

以上です。

今日そろえておけるもの

高価な道具は要りません。今日の話に直接効くのは、この3つくらいです。

  • お薬手帳・既往歴を書けるカードケース — 血栓のリスクに直結する薬(経口避妊薬、ホルモン補充療法、抗がん剤、ステロイド、抗凝固薬など)は、意外と多くの家庭に置かれています。お薬手帳は、救急隊が現場で最初に探すものの一つです。手術歴・出産歴のメモを一緒にはさんでおくと、なお良いです
  • 時刻を記録できる手帳・メモ帳 — この病気で病院が知りたいのは、症状の名前ではなく「いつから、何をしているとき、どのくらい続いたか」です。急変してから思い出そうとすると、これが出てきません。"立ち上がった瞬間"の時刻をメモできるだけで、そのまま伝える材料になります
  • 長距離移動・術後向けの弾性ストッキング(医療用) — 全員に必要なわけではありません。リスクの高い方(術後、長時間移動、下肢の手術予定、妊娠中・産後 など)に、医師や薬剤師と相談したうえで使うと有効とされています。市販品には強さの段階があり、合わない使い方は逆効果になることがあります

関連記事として、同じ「元気そうに見えて命に関わる」形の急性大動脈解離急性心筋梗塞の転院搬送、胸の痛みで鑑別に挙がる自然気胸、夜中に苦しくなる急性心不全(起座呼吸)、そして呼吸系の入口として秋はじめの喘息発作、災害の車中泊で起きる形のエコノミークラス症候群、圧迫骨折で1か月動けなかった方の家族の話救急車を呼ぶ7つのサインもあわせてご覧ください。

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

  • お薬手帳ケース(マグネット付・冷蔵庫に貼れる) — 救急隊が現場で最初に探すもののひとつ。冷蔵庫の側面など、家族全員が場所を知っている所に貼っておくのが実用的です
  • パルスオキシメーター(家庭用) — 指にはさんで測る「酸素の飽和度」の計測器です。SpO2が90を切ることは、この病気のサインの一つとされています。ただし機器差・体温差・マニキュアなどで値がぶれます。家庭では"連続して低いか"を目安に
  • 医療用弾性ストッキング(着圧ソックス) — 上でも触れましたが、長時間の移動や術後・産後・妊娠中の方に有効とされています。ただし全員に必要ではなく、下肢動脈疾患のある方には向かない場合もあります。購入前に、かかりつけの医師や薬剤師に相談してから使ってください
  • 長距離移動用の水分補給ボトル・保温マグ — 車の運転席や助手席、飛行機のトレイに置ける大きさのボトルは、こまめな水分摂取の物理的なハードルを下げます。アルコールとカフェインは利尿作用があるので、水・お茶(麦茶やほうじ茶)を中心に
  • 家族の症状記録ノート — 「いつから、何をしているとき、どのくらい続いた」を書いておくだけで十分です。"立ち上がった瞬間"の時刻がすぐに言えることが、肺塞栓ではいちばんの武器になります

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本記事は一般的な情報提供であり、医療診断に代わるものではありません。実際の症状については必ず医療機関にご相談ください。

参考

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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