昨日の記事では、草むらに入った数日後の高熱と発疹を書きました。刺された覚えがない、という形の病気でした。
今日は、それとよく似ていて、しかしまったく別の場所で起こる話をします。
心当たりが、ないんです。
そう言われる病気です。しかも今日のものは、心当たりがないのが当然なのです。なぜなら——
原因は、ひとつではないからです。
食べただけでは、何も起きません。運動しただけでも、何も起きません。その二つが組み合わさったときにだけ、起こります。
だから本人も家族も、「お昼に食べたパン」を疑いません。昨日も一昨日も、同じパンを食べて、なんともなかったからです。
同じものを食べても、何もない日と、ある日があります(写真はイメージです)
1. 症状——「お昼は、なんともなかったんです」
はじめにお断りしておきます。**これは特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的資料に書かれている典型的な症状の並び方を、家庭や学校で見える形に置き直したものです。
典型的には、こういう順番で進みます。
昼食。ふだんどおりです。
パン、うどん、パスタ。あるいはエビの入ったおかず。いつも食べているもので、これまで一度も問題が起きたことはありません。実際、この時点では何も起きません。ここが肝心なところです。
5時間目、体育。
長距離走でも、ドッジボールでも、体育祭の練習でも構いません。走り始めて数分から十数分。
最初に出るのは、たいてい皮膚です。
「なんかかゆい」。首や、脇の下や、おなかに、赤いふくらみが出てきます。じんましんです。ここで多くの場合、本人は先生に言いません。走っていて暑いから、と本人も周りも思うからです。
次に、のどです。
「のどが変」「声が出しにくい」。せき込みが止まらなくなります。ここでようやく、周りが気づきます。
そして、立っていられなくなります。
しゃがみ込む。顔色が悪い。ぐったりする。ここまで、走り始めてから十数分から30分ほどのことがあります。
日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』の解説用スライドには、こういう一文があります。
致死的反応において呼吸停止または心停止までの中央値は、薬物5分、ハチ15分、食物30分との報告がある。蘇生に成功しても重篤な低酸素脳症を残すことがある。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論7 症状」)
中央値30分。半分は、それより早いという意味です。
いつもと同じ昼食です。この時点では、まだ何も起きません(写真はイメージです)
2. 救急隊が現場で考えていること
9月です。体育の授業中に生徒が倒れたという通報を受けたとき、まず頭に浮かぶのは何か。
正直に書きます。熱中症です。
9月はまだ暑い。運動中である。倒れている。この三つが揃えば、熱中症を疑わないほうがおかしい。実際、熱中症はこの季節、繰り返し呼ばれる原因のひとつです。
そして厄介なことに、**初期の見た目が似ています。**気分が悪い、力が入らない、顔色が悪い、しゃがみ込む。ここまでは、どちらでも起こります。
では、何を見て分けるのか。
ひとつめは、皮膚です。
赤いふくらみ——じんましんが出ていれば、それは熱中症では説明できません。体育の後の発赤や汗疹と紛らわしいのですが、境界のはっきりした、盛り上がった赤みが広い範囲に出ているなら、アレルギー反応を強く疑います。
ふたつめは、のどと呼吸です。
声がかすれる。犬が吠えるようなせき。ゼーゼーする。息がしにくい。**熱中症で声はかすれません。**ここは決定的な分かれ目です。
ただし、ここには落とし穴があります。**ゼーゼーは、ぜん息発作でも起こります。**もともとぜん息を持っている生徒なら、周りは「いつもの発作」と受け取ります。気管支喘息発作は秋口に増えるので、季節的にもつじつまが合ってしまう。
このことは、国の資料自身が注意書きにしています。日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』の緊急時対応フローには、呼吸器の症状として「ぜーぜーする呼吸」が挙げられ、そこにこう括弧書きされています。
ぜーぜーする呼吸(ぜん息発作と区別できない場合を含む)
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.24 緊急時の対応)
**区別できない場合を含む。**つまり、区別がつかなくても、この項目に当てはめてよい、と国の資料が書いているのです。
みっつめは、直前に何を食べたかです。
だから私たちは、必ず聞きます。「今日、お昼は何を食べましたか」。
倒れている生徒に聞くのではありません。周りにいる先生や友達に聞きます。そして多くの場合、返ってくる答えは同じです。
「いつもと同じです」。
その答えこそが、今日の傷病名にたどり着く入口になります。
運動中に倒れたとき、まず疑われるのは熱中症です(写真はイメージです)
3. 病院で確かめること
搬送先で行われるのは、まずアナフィラキシーかどうかの判断です。これは検査で決まるのではなく、症状の組み合わせで決まります。
『アナフィラキシーガイドライン2022』の診断基準は、二つの基準のどちらかを満たせば「アナフィラキシーである可能性が非常に高い」としています。ひとつめは、
皮膚、粘膜、またはその両方の症状(全身性の蕁麻疹、瘙痒または紅潮、口唇・舌・口蓋垂の腫脹など)が急速に(数分~数時間で)発症した場合。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論1 定義と診断基準」)
これに加えて、気道・呼吸の重い症状か、血圧低下・失神などの循環の症状か、重い消化器症状のいずれかがあること。
問題はふたつめです。
典型的な皮膚症状を伴わなくても、当該患者にとって既知のアレルゲンまたはアレルゲンの可能性がきわめて高いものに曝露された後、血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状が急速に(数分~数時間で)発症した場合。
(同上)
**皮膚症状がなくても、アナフィラキシーと診断される道筋がある。**これは後でもう一度出てきます。今日の記事のいちばん大事な部分です。
原因の特定は、その場ではできません。血液検査で特定の食物に対する抗体を調べたり、後日あらためて負荷試験を行ったりします。救急の場で「小麦です」と分かることは、まずありません。
そして、たとえ原因食物が分かっても、それだけでは説明がつかない。なぜなら本人は、その食物を何度も食べていて、これまで一度も症状が出ていないからです。
ここで、「運動」という条件が加わります。
4. 傷病名は「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」でした
長い名前です。医療現場ではFDEIA(Food-Dependent Exercise-Induced Anaphylaxis)と略されます。
日本学校保健会のガイドラインは、こう定義しています。
特定の食物を食べた後に運動することによってアナフィラキシーが誘発される病型です。
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.30)
そして、この病気を理解するうえで決定的な一文が続きます。
原因食物の摂取と運動の組み合わせで発症するため、食べただけ、運動しただけでは症状は起きません。
(同上)
同じガイドラインの別の箇所では、さらに踏み込んで書かれています。
運動と原因食物の組み合わせにより、はじめて症状が誘発され、運動だけや食事だけでは症状は誘発されません。
(同 p.46「運動(体育・部活動等)」欄の読み方)
食べただけでは起きない。運動しただけでも起きない。
だから、気づかれません。同じガイドラインは、そのことも書いています。
何度も同じ症状を繰り返しながら原因の食物の診断が難しい例も見られます。
(同 p.30)
**何度も繰り返しながら、それでも原因が分からない。**この一文が、この病気のすべてを言い当てています。
「同じものを食べているのに」が、この病気の特徴です(写真はイメージです)
5. 食物依存性運動誘発アナフィラキシーとは
なぜ、組み合わさると起こるのか
『アナフィラキシーガイドライン2022』の解説用スライドは、機序をこう説明しています。
発症機序はIgE依存性の即時型アレルギーであり、運動により腸管透過性が亢進してアレルゲンの吸収が促進され、その誘発閾値の低下と誘発された症状の重篤化を来す。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論5 誘因」)
平たく言えば、運動すると、腸から食べ物の成分が体の中に入りやすくなるということです。
ふだん、その人の体は「これくらいの量なら反応しない」という線を持っています。運動は、その線を下げてしまう。だから、いつもと同じ量を食べても、いつもは越えなかった線を越える。
食べ物の量が変わったのではなく、線のほうが動いたのです。
原因になりやすい食べ物
複数の資料が、同じ二つを挙げています。
原因食物は小麦製品、甲殻類、果物が多い。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論5 誘因」)
原因食物としては小麦、甲殻類が多く
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.30)
小麦と、甲殻類。
学校の昼食で言えば、パン、うどん、パスタ、お好み焼き、そしてエビやカニの入ったおかず。**特別なものではありません。**むしろ、いちばんありふれたものです。
だからこそ、疑われないのです。
どれくらい、まれなのか
数字は正直に書きます。まれです。
このような症状を経験する頻度は2012年と2013年の横浜市での調査では小学校で21,000人に1人、中学生で6,000人に1人程度とまれです。
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.30)
同じ調査は『アナフィラキシーガイドライン2022』の解説用スライドにも引かれていて、こちらは割合で書かれています。
横浜市における2012年の調査によれば**学童における有症率は0.0047%で中学生生徒における有症率は0.018%**とされる。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論5 誘因」)
21,000人に1人と0.0047%、6,000人に1人と0.018%。同じ調査の、同じ数字を、分数と百分率で書き分けているだけです。
ここで押さえておきたいことが二つあります。
**ひとつ。小学生から中学生になると、およそ3倍以上に増えます。**理由は資料に書かれていないので、ここでは断定しません。ただ、数字はそう動いています。
**ふたつ。6,000人に1人は、学校の規模で考えると「いない」ではありません。**中学校が1校500人規模だとすれば、12校に1人。市内の中学校を全部合わせれば、何人かはいる計算になります。**そして、その多くはまだ診断されていません。**なぜなら、初めての発作が起きるまで、誰も気づかないからです。
なお、アナフィラキシー全体で見ると、数字はもっと大きくなります。
日本では、アナフィラキシーの既往を有する児童生徒の割合は、**小学生0.6%、中学生0.4%、高校生0.3%**である。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論3 疫学」/文部科学省平成25年度学校生活における健康管理に関する調査事業報告書より)
小学生の0.6%は、約167人に1人。学年に1人か2人はいる、ということです。
亡くなる人は、多くありません。それでも書く理由
『アナフィラキシーガイドライン2022』には、厚生労働省の人口動態統計から作られた表があります(p.5 表4「アナフィラキシーショックによる死亡数」)。2001年から2020年までの20年分です。
- 総数——1,161人(20年合計)
- 医薬品——452人
- ハチ刺傷——371人
- 詳細不明——280人
- 食物——49人
- 血清——9人
**食物によるアナフィラキシーショックの死亡は、20年で49人。**年平均にすると、2〜3人です。年によっては0人の年もあります。
正直に言えば、**少ない数字です。**医薬品の452人、ハチ刺傷の371人と比べれば、桁が違います。
それでも書くのは、この病気が「起きる確率は低いが、起きたときは分単位」という形をしているからです。呼吸停止・心停止までの中央値は、食物では30分でした。そして、その30分のあいだに何をするかは、そこにいた人にしか決められません。
なお、この表の区分は「ハチ刺傷/食物/医薬品/血清/詳細不明」の5つで、食物依存性運動誘発アナフィラキシーだけを切り出した死亡数は、この表からは出せません。「FDEIAで年に何人」という数字は、この記事には書けませんでした。
2時間か、4時間か——資料が自分で説明しています
「食べてからどれくらいの間の運動が危ないのか」。ここは資料によって数字が違います。そして、違う理由まで書いてあります。
『アナフィラキシーガイドライン2022』の解説用スライドは、こうです。
原因食物摂取から2時間以内の運動で発症することが多いが、最大4時間を経過して発症したとする報告もある。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論5 誘因」)
一方、学校のガイドラインは、実際の運用としてこう指示しています。
運動をする予定があれば、原因食物を4時間以内に摂取しないようにし、逆に原因食物を食べる場合には食べてから4時間は運動しなければ問題ありません。
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.46)
そして、その脚注に、こうあります。
多くの場合は原因食物の摂取後、2時間以内の運動で発症するとされていますが、確実に症状を起こさない間隔ということでここでは4時間としています。
(同 脚注)
**2時間が「多い」、4時間が「安全側」。**資料が自分で食い違いの理由を説明してくれている、めずらしく親切な例です。
家庭で覚えておくなら、4時間のほうです。安全側だからです。
そして、この4時間という数字を、学校の時間割に当てはめてみてください。
給食が12時半。5時間目の体育が13時50分。差は、1時間20分です。
昼休みに校庭で走り回るなら、差はもっと縮まります。学校の時間割は、構造的に「食べてから2時間以内の運動」になっています。
運動だけが引き金ではありません
ここも大事なところです。
運動以外でも、NSAIDs内服、疲労、アルコール飲料や入浴などで誘発される。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論5 誘因」)
NSAIDsは、解熱鎮痛薬の一群です。市販のかぜ薬や痛み止めにも含まれています。
つまり、「運動していないから大丈夫」ではありません。頭痛薬を飲んだ日、疲れがたまっている日、食後すぐにお風呂に入った日にも起こりうる。なお、資料が名指ししているのはこの4つ(NSAIDs内服・疲労・アルコール飲料・入浴)です。「寝不足」「月経」は、日本の一次資料に見当たりませんでしたので、ここでは挙げません。学校のガイドラインが、アナフィラキシー全般についてこう書いているのも同じ趣旨です。
アナフィラキシーの誘因や悪化要因として「運動」は重要です。
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.46)
運動を禁止する病気ではありません
誤解されやすいので、はっきり書いておきます。
原因食物を摂取しなければ運動は可能である(必ずしも運動を全面禁止にする必要はない)。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論5 誘因」)
学校のガイドラインも同じです。
単に食物アレルギーだけの場合には、原則として運動を制限する必要はありませんが、運動誘発アナフィラキシーや食物依存性運動誘発アナフィラキシーと診断された場合には管理が必要です。
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.46)
**体育を休ませる病気ではなく、食べる時間をずらす病気です。**ここを取り違えると、子どもから運動を取り上げてしまいます。
給食から5時間目の体育まで、1時間半ほどしかありません(写真はイメージです)
6. いちばん危ないのは、じんましんではありません
ここからが、今日いちばん伝えたいことです。
多くの人は、アレルギーの怖さをじんましんで測ろうとします。「たくさん出ているから重い」「あまり出ていないから軽い」。
それは、逆になることがあります。
『アナフィラキシーガイドライン2022』の解説用スライドは、定義の項でこう書いています。
重症のアナフィラキシーは、致死的になり得る気道・呼吸・循環器症状により特徴づけられるが、典型的な皮膚症状や循環性ショックを伴わない場合もある。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「総論1 定義と診断基準」)
典型的な皮膚症状を伴わない場合もある。
じんましんが出ていないアナフィラキシーが、ある。しかもそれは、軽いという意味ではありません。診断基準のふたつめが、まさにそのために用意されています。
エピペンを打つ判断に、皮膚は入っていません
これを裏づける、はっきりした証拠があります。
日本小児アレルギー学会が定めた「一般向けエピペン®の適応」です。これは、医療者ではない人——本人、家族、学校の先生——が、エピペンを打つかどうかを判断するための基準です。
エピペン®が処方されている患者でアナフィラキシーショックを疑う場合、下記の症状が一つでもあれば使用すべきである。
(日本小児アレルギー学会「一般向けエピペン®の適応」/『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド 表20)
そして挙げられている症状が、13個あります。そのまま書き写します。
消化器の症状
- 繰り返し吐き続ける
- 持続する強い(我慢できない)腹痛
呼吸器の症状
- のどや胸が締めつけられる
- 声がかすれる
- 犬が吠えるような咳
- 持続する強い咳込み
- ゼーゼーする呼吸
- 息がしにくい
全身の症状
- 唇や爪が青白い
- 脈を触れにくい・不規則
- 意識がもうろうとしている
- ぐったりしている
- 尿や便を漏らす
お気づきでしょうか。
13個のうち、**皮膚の症状はひとつもありません。**じんましんも、赤みも、かゆみも、腫れも、入っていない。
学会が、家庭と学校に向けて「これが一つでもあれば打て」と示したリストから、皮膚が丸ごと外されているのです。
これは、皮膚症状が重要でないという意味ではありません。皮膚は、打つか打たないかを決める材料にならない、という意味です。
見るのは、おなかと、のどと、全身です。
- おなか——吐き続ける、我慢できない腹痛
- のど——締めつけられる、声がかすれる、犬が吠えるような咳、ゼーゼー、息がしにくい
- 全身——唇や爪が青白い、脈が触れにくい、もうろう、ぐったり、失禁
そして学校のガイドラインは、この13項目を「緊急性が高いアレルギー症状」として同じ形で載せたうえで、判断にかける時間まで指定しています。
緊急性が高いアレルギー症状があるか、5分以内に判断
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.24 緊急時の対応)
**5分以内。**迷っている時間として、それだけしかありません。
エピペンを打つ判断の13項目に、皮膚症状はひとつも入っていません(写真はイメージです)
7. 消防庁のリーフレットに、「アレルギー」は一度も出てきません
総務省消防庁が発行している『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)というリーフレットがあります。全9ページ。「こんなときにはすぐに119番!!」として、高齢者・おとな・こどもの3ページに、体の部位ごとの症状が並んでいます。
このリーフレット全9ページを、語で検索してみました。
- 「アレルギー」——0件
- 「アナフィラキシー」——0件
一度も出てきません。
では、皮膚の症状はどうか。「じんましん」は2か所にあります。ただし、それがどこにあるかが重要です。
こども(15歳以下)のページにしか、ありません。
高齢者のページ(2ページ目)とおとなのページ(3ページ目)の欄を並べると、こうです。
顔/頭/胸や背中/おなか/手足・/意識の障害/けいれん/けが・やけど/吐き気/飲み込み/事故
「じんましん」という欄そのものが、ありません。
一方、こどものページ(4ページ目)には「じんましん」という欄が独立して立っています。そして、その欄に書かれている項目は、ただ一つです。
● 虫に刺されて 全身にじんましんが出て、顔色が悪くなった
(総務省消防庁『救急車を上手に使いましょう』令和7年12月発行/こども(15歳以下)ページ「じんましん」欄)
虫に刺されて。
きっかけとして書かれているのは、虫だけです。食べ物は、書かれていません。
念のため申し添えると、これは消防庁の資料が不十分だという話ではありません。1枚のリーフレットに書ける量には限りがあり、優先順位をつけた結果であることは明らかです。ハチ刺されによるアナフィラキシーは実際に多く、ハチに刺されたときの初動は書く価値のある項目です。理由は資料に書かれていないので、ここでは推測しません。
ただし、家庭が知っておくべき事実として、これは押さえておいてください。
「食べたあとに運動して倒れた」という形は、国のいちばん配られている紙には載っていません。
そして、高校生になった時点で、**その子が参照するページは「おとな」に変わります。**そこには、じんましんの欄そのものがありません。
参考までに、同じリーフレットの8ページ目には、救急車を呼ぶ必要のない例として「蚊に刺されてかゆい」が挙げられています。虫刺されは、このリーフレットの中で両方向に登場するわけです。呼ぶべき側にも、呼ばなくてよい側にも。
食べ物は、どちらにも出てきません。
だから、この記事を書いています。
国のリーフレットに「アレルギー」は9ページ中0件です(写真はイメージです)
8. その場で、いちばんやってはいけないこと
ここは、救急の現場で最も重い一節です。
倒れた生徒がいる。意識はある。まだ話せる。では、保健室に連れて行きましょう。
肩を貸して、立たせて、歩かせる。
これが、いちばん危険です。
日本学校保健会のガイドラインの緊急時対応フローには、感嘆符つきで、こう書かれています。
○その場で安静にする 立たせたり、歩かせたりしない! ○その場で救急隊を待つ
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.24 緊急時の対応)
立たせたり、歩かせたりしない。その場で救急隊を待つ。
国の資料が感嘆符をつけている箇所は、そう多くありません。
なぜ、立たせてはいけないのか
『アナフィラキシーガイドライン2022』の解説用スライドが、理由を明確に書いています。
アナフィラキシー発症時には体位変換をきっかけに急変する可能性があるため(empty vena cava / empty ventricle syndrome)、急に座ったり立ち上がったりする動作を行わない。
原則として、立位でなく仰臥位にする。
(日本アレルギー学会『アナフィラキシーガイドライン2022』解説用スライド「治療1 初期対応」)
そして、そのしくみ。
血管内に血液量が維持されていない病態で、急激に患者を立位や坐位にすると心室内や大静脈内に十分に血液が充満していない"Empty(空)"の状態に陥る(empty vena cava / empty ventricle syndrome)。こうした状態でアドレナリンを投与しても、心臓は空打ちとなり、薬効が十分に得られないだけでなく、心拍出量の低下や心室細動など不整脈の誘発をもたらす可能性がある。
(同「治療1 初期対応」)
心臓が空打ちになる。
アナフィラキシーでは、血管から水分が外に漏れ出し、血管の中を流れる血液の量が減ります。横になっていれば、それでも心臓には血が戻ってくる。ところが立たせると、血液は重力で下半身に落ち、心臓に戻る血が足りなくなる。
ポンプは動いているのに、汲み上げるものがない。
だから、症状が軽く見えても、意識があっても、**立たせてはいけません。**そして、こうも書かれています。
明らかな血圧低下が認められない状態でもアナフィラキシー発症の際には仰臥位かトレンデレンブルグ体位とすることが望ましい。
(同「治療1 初期対応」)
明らかな血圧低下が認められない状態でも、です。
ただし、体位には例外があります
全員を仰向けにすればいい、という話ではありません。
呼吸困難がある場合には座位、妊娠している場合には左側を下にして半仰臥位、意識消失状態の場合は回復体位にする。
(同「治療1 初期対応」)
学校のガイドラインも、同じ内容を3パターンで図示しています。
- ぐったり、意識もうろうの場合
- 吐き気、おう吐がある場合
- 呼吸が苦しくあお向けになれない場合
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.24「安静を保つ体位」)
同じページには、それぞれ何をするかまで書かれています。
ぐったり、意識もうろうの場合——血圧が低下している可能性があるため、あお向けで足を15~30㎝高くする
吐き気、おう吐がある場合——おう吐物による窒息を防ぐため、体と顔を横に向ける
呼吸が苦しくあお向けになれない場合——呼吸を楽にするため、上半身を起こし後によりかからせる
(日本学校保健会『学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン〈令和元年度改訂〉』p.22「安静を保つ体位」/東京都「食物アレルギー緊急時対応マニュアル」を一部改変して引用)
**息が苦しくて横になれない人を、無理に寝かせない。**これは覚えておいてください。
そして同じページの本文が、「なぜ動かしてはいけないのか」を、家庭の言葉で書いています。
**ショック状態から急な体位変換(抱き起こしたり、おんぶしたり、起き上がったり)は、心停止を誘発する可能性が報告されています。**ショックまたはそれに準ずる状態の時は体位変換をしないで、その場から移動させず安静を保ち対応することが重要です。
(同 p.22)
抱き起こす。おんぶする。自分で起き上がる。——助けようとする人が、まず反射的にやることばかりです。
では、保健室に運んでよいのはどういうときか。同じページに、条件が書かれています。
緊急性の高いアレルギー症状がない場合のみ、保健室または安静にできる場所に移動して、経過をみます。
(同 p.22)
**「緊急性の高い症状がない場合のみ」。**先ほどの13項目が一つでもあれば、その場から動かしません。
なお、『救急蘇生法の指針2025(市民用)』は、ファーストエイド全般の体位について、こう書いています。
救急隊が到着するまでは、傷病者に反応があれば、本人が望む姿勢にして安静を保ちます。
(一般財団法人日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会 監修『改訂7版 救急蘇生法の指針2025(市民用)』p.46「傷病者の体位」)
**本人が望む姿勢。これがファーストエイドの原則です。ただし指針2025のアナフィラキシーの項(p.47〜48)には、体位についての個別の記載はありません。「立たせない」は、アレルギー学会と学校保健会のガイドラインに書かれていることです。**出典が違うので、区別して覚えてください。
家庭と学校で覚える形にまとめるなら、こうなります。
寝かせる。動かさない。歩かせない。息が苦しがるなら、上体を起こす。
保健室まで歩かせる——それが、いちばん危険な選択になることがあります(写真はイメージです)
エピペンを打っても、119番通報は必要です(写真はイメージです)
管理の中心は「食べない」ではなく「運動と離す」です(写真はイメージです)
エピペンを打った時刻を伝えられるのは、そばにいた人だけです(写真はイメージです)

