救急車は来たのに、なかなか出発しない——あの「動かない12分間」に、何が起きているのか

救急車は来たのに、なかなか出発しない——あの「動かない12分間」に、何が起きているのか

救急車に乗せたのに、なかなか発車しない。あの時間、救急隊は搬送先の病院を電話で探しています。消防庁『令和7年版 救急救助の現況』によれば、搬送された676万9,172人のうち77.0%は1回の照会で受入先が決まり、4回以上かかったのは5.7%。そして平均44.6分のうち12.2分が「車に乗せてから発車するまで」です。現役救急救命士が、あの時間の中身と、家族にできることを解説します。

ある夏の日の夜でした。通報してきたのは、同居しているご家族です。

「母が、わき腹が痛いと言って……もう1時間くらい、ずっとです」

私たちが到着し、観察をして、担架で救急車に乗せるところまでは、いつもどおりでした。

問題は、そのあとです。救急車は、しばらく動きませんでした。

壁掛け時計 救急車に乗せてから発車するまで——全国平均で12.2分あります(写真はイメージです)

窓の外で、ご家族が何度もこちらを見ていました。「早く連れて行ってくれないのか」——そう思われていたと思います。

そのあいだ、私は無線と電話で、搬送先の病院を探していました。

この記事では、実際の事案をもとに、救急車が動かない時間に何が起きているのかという話と、その時間を短くするために家族ができることをお伝えします。

事案の経過——夏の夜、80代女性

時刻:夏の日の夜 場所:自宅 通報者:同居のご家族 主訴:わき腹(側腹部)の痛みが続いている

到着したとき、その方は布団の上で横になっておられました。

意識ははっきりしています。会話もできます。ただ、痛みは続いていて、体の向きを変えても楽になりません。「もう1時間くらい、ずっと同じところが痛い」とご本人が言われました。

畳の居間と座卓 救急隊が到着してからも、現場での時間はしばらく続きます(写真はイメージです)

観察を進めるなかで、私たちは心電図も記録しました。**そこに、ふだんとは違う所見がありました。**心臓の電気の伝わり方に関する異常です。

ここで、困ったことが起きます。

その心電図が「もともとそうだったのか」「今日からそうなったのか」が、私たちには分からない。

ご家族に伺っても、「そういえば、健診で何か言われていたような……」というところまでで、はっきりしません。前に撮った心電図の記録も、手元にはありませんでした。

日本家屋の廊下 「もともとか、今日からか」——この一点が分からないだけで、判断の幅が広がります(写真はイメージです)

お腹の痛みがある。そして、心電図にも所見がある。

**この事案は、「どの科で診てもらうか」が一つに決まりませんでした。**そして、受入先の医療機関が決まるまでに、5件の照会を要しました。

「たらい回し」ではなく、「受入照会」です

まず、言葉の話をさせてください。

こういう場面は、しばしば「たらい回し」と呼ばれます。私たちは、この言葉を使いません。国の統計にも、この言葉はありません。

総務省消防庁の『令和7年版 救急救助の現況』が使っている言葉は、**「医療機関等への受入照会回数」**です。定義も、はっきり書かれています。

医療機関等への受入照会回数とは、傷病者の受入先医療機関等が決定するまでの受入先医療機関等への選定を目的とした電話連絡回数をいう。

つまり、受入先を決めるためにかけた電話の本数です。5件の照会というのは、5か所に電話をかけた、ということです。

「たらい回し」という言葉は、患者が病院から病院へ回されているような響きがありますが、実際に起きているのは救急車が現場に停まったまま、隊員が電話をかけているという状態です。まったく別のことなので、この記事では公的資料の用語で書きます。

数字で見ると——77.0%は、1回の電話で決まっています

同じ資料に、令和6年中の実績が載っています(第49表・第50表)。

救急車で搬送された676万9,172人のうち、受入照会の回数は次のとおりでした。

照会回数 割合
1回で決定 77.0%
2〜3回 17.3%
4回以上 5.7%

**8割近くは、1回の電話で受入先が決まっています。**ここは、まず知っておいていただきたいところです。救急車が長く停まっている場面は、全体から見れば多数派ではありません。

今回の事案のような5回は、全体の1.3%(9万1,141人)にあたります。

病院の待合の椅子 電話の向こう側でも、受ける・受けられないの判断が動いています(写真はイメージです)

意外なのは、「重症のほうが1回で決まりやすい」ことです

同じ資料の第50表は、傷病程度別の内訳を載せています。1回で決まった割合だけを並べると、こうなります。

傷病程度 1回で決定した割合
重症 81.9%
死亡 79.2%
中等症 78.6%
軽症 74.7%

**いちばん1回で決まりにくいのは、軽症です。**重症のほうが、むしろ1回で決まっています。

「重い人ほど受け入れてもらえない」というイメージをお持ちの方は多いと思います。統計上は、逆です。命に関わる状態がはっきりしているほど、行き先は早く決まっている。

逆に言えば——**「軽そうに見えるけれど、何が起きているか分からない」という状態が、いちばん時間がかかる。**今回の事案が、まさにそれでした。

44.6分の内訳——「動かない12.2分」の正体

もうひとつ、あまり知られていない数字があります。

同じ資料によれば、令和6年中の病院収容所要時間(119番通報の入電から、病院で医師に引き継ぐまで)は、全国平均で約44.6分です。

この44.6分が、何に使われているのか。消防庁は、それを6つに分けて公表しています(第38図)。

区間 全国平均
入電〜現場到着 9.8分
現場到着〜傷病者に接触 1.3分
接触〜救急車に収容 6.8分
救急車に収容〜現場を出発 12.2分
現場を出発〜病院到着 12.2分
病院到着〜医師に引き継ぎ 2.4分

「救急車に乗せてから、現場を出発するまで」が12.2分。

ここが、ご家族から見て「なぜ動かないのか」と見える時間です。全体の4分の1以上を占めていて、病院まで走っている時間(12.2分)と、まったく同じ長さがあります。

救急車の中で私たちが何もしていないわけではありません。この12.2分のあいだに、観察の続き、必要な処置、そして受入先を決めるための電話が動いています。

ひとつ正確に書いておきます。消防庁はこの区分に「照会をしている時間」というラベルを付けていません。「車内収容〜現発の12.2分=病院を探している時間」と統計が言っているわけではない、ということです。ここから先は、現場にいる者としての説明だと受け取ってください。

スマートフォンを手に持つ 止まっている救急車の中で、いちばん動いているのは電話です(写真はイメージです)

ここでも、軽症のほうが長くかかっています

同じ資料の第40図は、この「車内収容〜現発」を傷病程度別にも出しています。

傷病程度 車内収容〜現場を出発
死亡 4.8分
重症 8.5分
中等症 11.6分
軽症 13.5分

先ほどの照会回数とまったく同じ向きです。**重い人ほど短く、軽症ほど長い。**軽症は重症の1.5倍以上の時間、現場に停まっています。

別々の表から、同じことが読み取れる——ここは、それなりに確かな傾向だと考えていいと思います。

都市部と地方で、時間の使われかたが逆になります

同じ第38図は、消防本部の規模別にも内訳を出しています。ここが、とても面白いところです。

管轄人口5万人未満 管轄人口70万人以上
救急車に収容〜現場を出発 7.8分 14.5分
現場を出発〜病院到着 18.7分 10.7分
合計(病院収容所要時間) 46.3分 48.5分

人口の少ない地域では「病院までの距離」が長く、人口の多い地域では「行き先が決まるまで」が長い。

同じ「44.6分」でも、中身がまるで違います。人口の多い地域では、病院までの距離ではなく、車に乗せてから出発するまでのところに時間が寄っている——統計から読めるのは、ここまでです。

なお、病院収容所要時間の全国平均は、平成16年の30.0分から令和3年の47.2分まで延び続け、そこから令和4年45.6分、令和6年44.6分と、直近は短くなってきています。

断られるとき、何と言われているのか

「なぜ受け入れてもらえないのか」。これも、消防庁が毎年調べて公表しています。**「救急搬送における医療機関の受入れ状況等実態調査」**です。

令和6年中、重症以上の傷病者について、受入れに至らなかった理由の内訳はこうでした(23万1,633件)。

理由 割合
処置困難 35.7%
手術中、患者対応中 20.3%
理由不明・その他 19.0%
ベッド満床 18.1%
専門外 4.8%
医師不在 1.5%
初診(かかりつけ医なし) 0.6%

「処置困難」の定義も、同じ調査に書かれています。

傷病者の症状に対処する設備、資器材がない場合。手術スタッフ不足、人手不足、傷病者の症状から手に負えない場合

つまり、いちばん多い理由は**「その病院では対処できない」**であって、受け入れる気がない、ということではありません。2番目の「手術中、患者対応中」に至っては、その病院が別の誰かを助けている最中だということです。

なお、照会が11回以上に及んだ事案だけを見ると、「ベッド満床」の割合が18.1%から**26.2%**に上がり、「手術中、患者対応中」は逆に下がります。長引くときは、理由の質が変わっていきます。

搬送先は、救急隊が好きに決めているわけではありません

もうひとつ、知っておいていただきたい仕組みがあります。

消防法第35条の5は、都道府県に対してこう定めています。

都道府県は、(略)傷病者の搬送及び傷病者の受入れの実施に関する基準(以下この章において「実施基準」という。)を定めなければならない。

この実施基準の中には、「医療機関を分類する基準」「その区分に該当する医療機関の名称」「消防機関が傷病者の搬送を行おうとする医療機関を選定するための基準」などが含まれます(同条第2項)。

そして、消防法第35条の7

消防機関は、傷病者の搬送に当たつては、実施基準を遵守しなければならない。 医療機関は、傷病者の受入れに当たつては、実施基準を尊重するよう努めるものとする。

読み比べていただくと分かります。**消防側は「遵守しなければならない」、医療機関側は「尊重するよう努める」。**義務の重さが違います。

私たちは、この基準にしたがって順番に電話をかけています。近い順にかけているわけでも、行き当たりばったりでもありません。

家族ができる3つのこと

ここからが本題です。あの12分間を短くできる情報を持っているのは、多くの場合ご家族です。

① 「もともとか、今日からか」が分かる材料を出す

今回の事案でいちばん効いたのは、これでした。心電図に所見があっても、「前からそうだった」と分かれば、話はまったく変わります。

何を用意すればいいかは、消防庁のリーフレット「救急車を上手に使いましょう」に、そのまま書かれています。

救急車を呼んだら、こんな物を用意しておくと便利です。 ・マイナ保険証または資格確認書 ・診察券 ・お金 ・靴 ・普段飲んでいる薬(おくすり手帳)

そして、救急隊に伝えることも書かれています。

救急車が来たら、こんなことを伝えてください。 ・事故や具合が悪くなった状況 ・救急隊が到着するまでの変化 ・行った応急手当の内容 ・具合の悪い方の情報(持病、かかりつけの病院やクリニック、普段飲んでいる薬、医師の指示等)

欄外には、こう添えられています。

持病、かかりつけの病院やクリニックなどは、日頃からメモにまとめておくと便利です。

これに加えて、今回のような事案では過去の検査結果のコピー(特に心電図)が非常に強い材料になります。「覚えて伝える」より、そのまま持ってくるほうが確実です。私たちが読みます。

かかりつけ医については、搬送先の選定基準を解説した国の検討会報告書にも、こう書かれています。

かかりつけ医療機関がある場合には、状況に応じてそれを考慮して選定することが必要であり

ただし正直に付け加えると、**「かかりつけ医があると照会回数が減る」という統計は、どこにもありません。**あくまで、選定のときに考慮される要素のひとつ、というところまでです。

メモ帳とペン 記憶をたどるより、紙をそのまま渡していただくほうが速いです(写真はイメージです)

② 「いつもと何が違うか」を、一言で言えるようにしておく

これは書類では出てきません。ご家族の頭の中にしかない情報です。

  • 「ふだんは自分でトイレに行きます。今日は行けていません」
  • 「昨日までは普通に食べていました」
  • 「この痛がりかたは、見たことがありません」

こういう一言が、「軽症に見えるけれど、何かがおかしい」を裏づける材料になります。前の章で見たとおり、いちばん行き先が決まりにくいのは「軽そうに見えて、何が起きているか分からない」状態です。ここを埋められるのは、普段を知っている人だけです。

高齢の方の手元 「この人のいつも」を知っているのは、家族だけです(写真はイメージです)

③ 救急車が動かないあいだ、そばで待っていて構いません

「邪魔になるのでは」と気にされる方が多いのですが、その場を離れないでいただけると助かります。

電話をかけている最中に、病院から追加で聞かれることがあります。「いつからか」「前に同じことがあったか」「その薬はいつから飲んでいるか」——そのたびに、答えられる人がすぐそばにいるかどうかで、進みかたが変わります。

そして、これもお伝えしておきます。**動かない救急車の中で、患者さんが放っておかれていることはありません。**観察は続いていますし、必要な処置も進んでいます。止まっているのは車体だけです。

暗い部屋と隣室の明かり 外から見ると止まって見える時間にも、中では手が動いています(写真はイメージです)

「呼ばなければよかった」と思わないでください

この事案のあと、ご家族が私にこう言われました。

「こんなに時間がかかるなら、自分の車で連れて行ったほうが早かったんでしょうか」

答えは、はっきり「いいえ」です。

自家用車で病院に向かった場合、**行った先で受け入れられなければ、また自分で次を探すことになります。そして、その移動中に何かあっても、運転している人には何もできません。私たちが電話をかけている12分は、「受け入れると決まった病院に、一度で着くための12分」**です。

搬送先が決まらずに時間が過ぎることと、行き先も処置も決まっている病院から病院への転院搬送は、まったく別のものです。同じ「救急車が病院に向かう」でも、中身が違います。

手を握る手元 待つ時間は長く感じます。それでも、待つ価値のある時間です(写真はイメージです)

呼ぶかどうかで迷った段階の話は救急車を呼ぶ判断、実は「呼ばない理由」のほうが多いに、通報したときに何を聞かれるかは119番通報、電話に出た瞬間に聞かれる7つのこと——現役救急救命士が教える「伝え方の型」にまとめています。

まとめ——覚えて帰っていただきたいこと

  • 救急車が現場でなかなか動かない時間には、搬送先を決めるための電話が含まれます。国の統計での呼び名は「医療機関等への受入照会」です(ただし統計はこの区分に「照会中」というラベルを付けてはいません)
  • **搬送された人の77.0%は、1回の照会で受入先が決まっています。**4回以上は5.7%。長く停まる場面は、多数派ではありません
  • 1回で決まりにくいのは、重症ではなく軽症です(重症81.9%に対し軽症74.7%)。「軽そうに見えるが、何が起きているか分からない」がいちばん時間を要します
  • 病院収容所要時間の全国平均44.6分のうち、12.2分が「救急車に乗せてから発車するまで」。病院まで走る時間と同じ長さです
  • 人口の多い地域ほど「行き先が決まるまで」が長く(70万人以上で14.5分)、人口の少ない地域ほど「病院までの距離」が長い(5万人未満で18.7分)
  • 受け入れに至らない理由でいちばん多いのは**「処置困難」35.7%(重症以上・令和6年)。次が「手術中、患者対応中」20.3%**。受け入れる気がない、という話ではありません
  • 搬送先は救急隊が好きに決めているのではなく、消防法第35条の5にもとづき都道府県が定めた「実施基準」に沿って選んでいます
  • 家族にできることは3つ。お薬手帳など「もともと」が分かる材料を出す/「いつもと何が違うか」を一言で言う/その場を離れずに待つ

あの時間は、待たされている時間ではありません。 一度で正しい行き先に着くために、使われている時間です。

大切なご家族を守るために、この記事が少しでもお役に立てばと願っています。

朝の光とカーテン 次の朝を、いつもどおりに迎えるために(写真はイメージです)

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参考文献


※プライバシー保護のため、実際の事案を元に、年齢(10歳幅)・発生日時(季節・時間帯のみ)・発生場所など、個人が特定できる情報を改変しています。また、複数の事案に共通する経過を組み合わせて再構成しています。

※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、医療行為・医療診断・治療の指示ではありません。症状がある場合や心配なことがあれば、必ず医療機関を受診してください。

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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