その日の出動指令は、119番通報ではなかった。

病院からの、救急車の要請だった。

「急性膵炎の疑い。当院では管理が難しいので、中央の病院まで搬送をお願いしたい」

向かう先が、すでに病院。そこから、また別の病院へ運ぶ。転院搬送と呼ばれる出動だ。

一般の方にはあまり知られていないと思う。だが現場では、決して珍しいことではない。そしてこの日運んだ50代の女性は、その朝まで、自分の症状を「食あたり」だと思っていた。


処置室で見たもの

到着したのは、地域の中規模な病院だった。案内された処置室で、その方はストレッチャーの上に横向きに、上体を前へ折るようにして丸くなっていた。腕にはすでに点滴が2本。

意識はJCS 0——清明。質問にも答えられる。ただ、会話が途切れる。痛みで、言葉が続かないのだ。

「朝から……みぞおちが、痛くて。背中まで、抜けるみたいに」

額に汗が浮いている。暑いからではない。冷汗だ。脈は速く、血圧はふだんより低め。仰向けに寝かせようとすると顔をゆがめた。体をまっすぐ伸ばせないのだ。

明るい病院の待合室 救急車が病院に向かい、そこからまた別の病院へ走る。「転院搬送」は、救急のなかで確かな役割を持っている

搬送前、医師から申し送りを受けた。血液検査で膵臓の酵素の値が大きく上がっていること。CTを撮ったこと。重症化する可能性があること。そして——「集中治療ができる病院で診てもらったほうがいい」

誤解のないように書いておきたい。この病院は、診察を放り出したわけではない。むしろだ。検査をして、診断をつけて、点滴を始めたうえで「この先、自分たちの設備では足りなくなるかもしれない」と判断した。患者さんを守るための判断だった。


搬送中の20分

急性膵炎の痛みは、揺れに響く。段差を越えるたびに、息を詰めるのが分かった。だから救急車はゆっくり走った。「速く着くこと」より「揺らさないこと」が優先される搬送も、現場にはある。

その道中、ご本人がこう言った。

「昨日の夜、食べたものが悪かったのかと思って、胃薬を飲んだんです」

——この言葉を、覚えておいてほしい。

到着すると、医師と看護師がすでに入口で待っていた。申し送りは1分もかからない。必要な情報が、前の病院から届いていたからだ。

幹線道路を走行する救急車 転院搬送は「たらい回し」ではない。診断がつき、必要な医療が決まったうえで、それができる場所へ運ぶ


急性膵炎とは——膵臓が、自分を消化してしまう病気

膵臓は、胃の後ろにある細長い臓器で、食べたものを分解する消化酵素をつくっている。たんぱく質も脂肪も分解できる強力な液体なので、ふだんは膵臓の中では働かない形で作られ、腸に届いてから活性化する。

その仕組みが壊れるとどうなるか。日本膵臓学会は、こう説明している。

膵臓で作られる消化酵素が膵臓の中で活性化し、膵臓そのものや周りの臓器や内臓の脂肪を溶かす病気です

体の内側で、消化液による「やけど」が起きているようなものだ。そして範囲が広がれば、全身に影響が出る

原因として最も多いのは、アルコール胆石の2つ。『急性膵炎診療ガイドライン2021』は「男性ではアルコール性膵炎が多く,女性では胆石性膵炎が多い」としており、2016年の全国調査では男性のアルコール性が42.8%、女性の胆石性が**37.7%**を占めた。

つまり、「お酒を飲まないから膵炎にはならない」は成り立たない。さらに原因がはっきりしない特発性が、女性では24.8%。4人に1人は、思い当たる原因がない。

木のテーブルに置かれたビールのジョッキ アルコールは主要な原因のひとつ。ただし女性で最も多いのは胆石性で、飲まない人にも起こる


「食あたり」と、決定的に違うサイン

冒頭の言葉に戻る。「食べたものが悪かったのかと思って、胃薬を飲んだ」

そう思ってしまうのは無理もない。痛む場所がみぞおちで、吐き気や嘔吐も出るからだ。同じ全国調査でも初発症状は腹痛が92.1%。ほぼ全例に出るからこそ、「よくある腹痛」に紛れてしまう。

そのうえで、見分ける手がかりがある。

① 背中まで痛みが抜ける

膵臓は背中側に近い位置にある。そのためガイドラインは、腹痛以外で頻度の高い症状として**「背部への放散痛」**を挙げている。「お腹と背中が突き抜けるように痛い」——胃薬でどうにかする不調では、まず出てこない訴え方だ。

② 体をまっすぐ保てない

慶應義塾大学病院の医療健康情報サイト(KOMPAS)は、この痛みをこう説明している。

この痛みは激烈で、通常は体をまっすぐに保つことができず、上体を前屈みにしてうずくまるような姿勢になります

この事案の方も、まさにその姿勢だった。「横になって休む」ができない腹痛は、それだけで普通ではない。

③ 痛みが続き、しかも強さは重さと一致しない

食あたりの腹痛には波がある。急性膵炎の痛みは持続する。数時間たっても引かず、市販薬でも変わらない。

そして、いちばん誤解されやすいのがここだ。急性膵炎については**「腹痛の程度と膵炎の重症度とは相関しない」とする記載がある(厚生労働省の旧・難治性疾患克服研究事業の研究班資料)。「さっきより楽になったから、たぶん軽い」は成り立たない。**

なお、BBQや生肉のあとの腹痛は別の記事で扱った。下腹部の痛みと下痢・血便が主役の食中毒と、みぞおちの持続痛と背部痛が主役の膵炎は、同じ「腹痛」でも別の話だ。

ソファで毛布にくるまり、体を丸めて横になっている人 「胃薬を飲んで、一晩様子を見る」——その一晩に、静かに進むものがある


なぜ、病院から病院へ運ぶのか

急性膵炎が怖いのは、軽症で始まっても、経過中に重症化する点にある。ガイドラインは、はっきりこう書いている。

入院時に軽症と判定されても,後に重症化する例があり,繰り返し重症度判定を行う

しかも重症度判定は、入院時・24時間以内・24〜48時間の3回行うことが「強い推奨」とされている。発症後3日間は重症化の可能性があるためだ。一度の診察で決まる話ではなく、繰り返し見張るべき病気なのである。

そして重症と判定されれば、必要になるのは集中治療だ。ガイドラインが示す診療の要点集(Pancreatitis Bundles 2021)には、こんな項目がある。

重症急性膵炎では,診断後3時間以内に,適切な施設への転送を検討する。

3時間以内。「様子を見てから考える」ではなく、転送を検討すること自体が、治療の一部として定められている。ICU管理や血液浄化、内視鏡治療、外科手術ができる施設でなければ対応しきれないからだ。

これは急性膵炎に限った話ではない。厚生労働省は、二次救急の役割をこう明記している。

自施設では対応困難な救急患者については、必要な救命処置を行った後、速やかに、救命救急医療を担う医療機関等へ紹介する。

最初の病院がやったのは、まさにこれだった。検査をして、診断をつけて、その先に必要な医療のレベルを見極め、決められたとおりに次へ渡した。医療の敗北ではなく、設計どおりに機能している証拠だ。

そして、この出動は珍しいものではない。総務省消防庁「令和7年版 救急・救助の現況」によれば、令和6年中の救急自動車の出動件数771万8,380件(過去最多)のうち、転院搬送は58万1,928件、全体の7.5%。事故種別では急病、一般負傷に次ぐ3番目で、交通事故(5.1%)よりも多い。街で見かける救急車の13台に1台が、患者さんを病院から病院へ運んでいる計算になる。

ただし、どんな場合でも出るわけではない。消防機関が救急業務として行う条件は、①緊急に処置が必要 ②高度医療や専門医療が必要で、要請元の病院では治療が困難 ③病院の搬送車や民間救急など他の手段が使えない——この3つをすべて満たすときとされている。今回の事案は、①と②にまっすぐ当てはまっていた。

だから「たらい回し」とは、まったく別のものだ。搬送先が決まらずに時間が過ぎるのは、大動脈破裂の事案で書いたような、受け入れ先が見つからない状況を指す。転院搬送は逆で、行き先も、そこで何をするかも、すでに決まっている

「え、この病院じゃダメなんですか」と聞きたくなる気持ちは分かる。だがそれは、より良い医療が用意されたという意味だ。


入院になる。それも、短くないことがある

ガイドラインは**「急性膵炎と診断した場合は入院治療を行う」**としている。通院で様子を見る病気ではない。初期治療の柱は、絶食・十分な初期輸液・十分な除痛の3つ。膵臓は「食べる」と消化酵素を出してしまうため、食事を止めて休ませること自体が治療になる

入院期間の目安は、日本膵臓学会の一般向けページにこうある。

軽症であれば1週間程度で軽快することもありますが、重症では数週間から数か月、合併症の有無や合併症の程度によってはそれ以上かかることもあります

命に関わる病気であることも、正直に書いておきたい。2016年の全国調査では、急性膵炎全体の致命率は1.8%重症例では6.1%。ただしこれは大幅に改善した結果でもある。1982〜86年の調査で重症例の致命率は30%、1998年でも21%だった。集中治療の体制が整って、ここまで下がってきた。

——だからこそ、その体制がある施設へ運ぶことに意味がある。

病室の窓辺に伸びる点滴のライン 絶食と輸液が治療の柱になる。「点滴だけ」に見えて、これが急性膵炎の初期治療の本体だ


受診の目安と、119番のサイン

すぐに受診してほしい腹痛

  • みぞおちの痛みが、数時間たっても引かない
  • 背中まで痛みが抜ける
  • 体をまっすぐ保てず、前かがみでうずくまってしまう
  • 市販の胃薬を飲んでも変わらない、または悪化する
  • 強い吐き気・嘔吐、発熱を伴う

迷わず119番してほしいサイン

  • 冷汗をかいている、顔色が悪い
  • 意識がもうろうとしている、受け答えがおかしい
  • 呼吸が速い、苦しそう
  • 動けないほどの激痛、お腹が板のように硬い

冷汗と顔面蒼白は、体の中で重大なことが起きているサインだ。痛みの強さだけでなく、その人の全身がどう見えるかを見てほしい。

迷うときは**#7119(救急安心センター事業)**に相談できる。ただし消防庁によれば実施地域は限られているため、使える地域かどうかは平時に確認しておいてほしい。判断軸は救急車を呼ぶべき7つのサインにもまとめている。


再発を防ぐ——退院してからが本番

最も大切な予防は、原因を取り除くことだ。

**アルコールが原因なら、飲酒をやめる。**日本膵臓学会は「膵炎後の飲酒は避けた方が安全です」としている。胆石が原因なら、胆のうの手術が検討される。石が残っていれば、また詰まるからだ。

もうひとつ。同学会は「ごく稀に初期の膵がん原因で急性膵炎が起きることがあるため、膵炎が軽快した後も画像検査などを定期的に行うことがあります」とも書いている。隠れていた膵がんが、急性膵炎という形で最初に現れることがあるという意味だ(逆に「急性膵炎になると膵がんになる」わけではなく、ガイドラインは膵がんの危険因子とはしていない)。

だから、退院後の外来を自己判断で終わりにしないでほしい。

「もう治ったから、少しくらいなら」——この一杯が、次の救急車を呼ぶことになる。


まとめ——この事案から持ち帰ってほしい5つ

  1. みぞおちの持続する痛み+背中へ抜ける痛み+まっすぐ保てない姿勢。そろったら、胃薬ではなく受診
  2. 痛みが少し楽になっても、軽いとは限らない。腹痛の程度と重症度は相関しない
  3. 入院時に軽症でも、後から重症化する。48時間かけて繰り返し重症度を判定するよう定められている病気
  4. 二大原因はアルコールと胆石。女性でいちばん多いのは胆石性で、お酒を飲まない人にも起こる
  5. 転院搬送は「たらい回し」ではない。重症膵炎では「診断後3時間以内に転送を検討する」とガイドラインに書かれている

この方が最初の病院で「急性膵炎の疑い」と診断されたのは、受診したからだ。胃薬を飲んでもう一晩様子を見ていたら、話は違っていたかもしれない。

**痛みは、体からの通信だ。**通信が止まらないなら、受け取るべき内容がまだ残っているということだ。


「もしものとき」の備えを

急性膵炎は、入院が前提の病気です。軽症でも一定期間の絶食・点滴管理が必要になり、重症化すれば集中治療室での管理となって、入院が長期化することがあります

働き盛りの世代が突然、数週間仕事を離れることになれば、治療費だけでなく収入への影響も出てきます。入院日数に応じて給付される医療保険や、働けない期間を支える就労不能保険は、こうした「予測できない長期入院」と相性の良い備えです。この機会に一度、ご家庭の保険を確認しておくことをおすすめします。


参考文献・出典

医療情報の正確性について:本記事の情報は執筆時点(2026年7月)の公的情報に基づきます。急性膵炎の成因・致命率の数値は調査年によって差があり、本記事は原則として『急性膵炎診療ガイドライン2021』に収載された2016年の全国調査の数値を採用しました(2011年までの全国調査は厚生労働省難治性膵疾患調査研究班、2016年調査は日本膵臓学会が主導しています)。転院搬送の割合は令和6年中の実績(7.5%)で、平成28年の通知にある「全救急出動件数の1割弱」という表現とは年次が異なります。なお、「重症急性膵炎」は現在の指定難病には含まれていません(膵炎関連の指定難病は遺伝性膵炎のみ)。医療判断は必ず医師にご相談ください。記事内容の誤りを発見された場合は、お問い合わせよりお知らせください。


※プライバシー保護のため、本記事はhiroの現場経験をもとに一般的な教育目的で作成しています。記事中の記述はLevel 2匿名化処理を行っており、特定の個人・地域・医療機関を指すものではありません。現場で繰り返し経験する事案の傾向を、一般化した形で記述しています。


免責事項:この記事の情報は一般的な救急・予防知識の情報提供を目的としており、医療行為・医療診断の代替となるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、すぐに119番に通報してください。