真夏のある午後、私たちは同じような通報を2件続けて受けました。
どちらも60代の男性。どちらもパーキンソン病という持病がありました。そして、どちらも真夏の午後、外で動けなくなっていました。
玄関の石段。ここでうずくまっているところを、家族が見つけました(写真はイメージです)
けれど、測った体温はまったく違いました。
ひとりは36.8℃。もうひとりは39.6℃。
この記事では、この2件の事案をもとに、持病があると暑さへの体の反応そのものが変わること、そして体温だけでは判断できないことをお伝えします。
事案1——駅の待合室で嘔吐した60代男性
時刻:真夏の午後(13時台) 場所:駅構内 通報者:駅員と居合わせた人 既往歴:パーキンソン病
この方は、自宅から駅まで自転車で移動していました。その途中から汗が止まらなくなり、気分が悪くなり、吐き気が出てきたそうです。
駅にたどり着き、待合室で嘔吐しました。
移動の途中で、すでに始まっていました
観察した内容:
- 意識:JCS 1-1(見当識は保たれているが、ややはっきりしない)
- 脈拍:69回/分
- 血圧:171/100 → 172/105 mmHg
- SpO2:97〜98%
- 体温:36.8℃
体温は、平熱の範囲でした。
それでも、真夏の屋外を移動したあとの発汗・気分不良・嘔吐という経過です。搬送となり、軽症で経過しました。
事案2——自宅の玄関の階段でうずくまっていた60代男性
時刻:真夏の午後(15時台) 場所:自宅・玄関前の階段(屋外) 通報者:家族 既往歴:パーキンソン病
こちらの方は、屋外の階段でしゃがみ込んでいるところを家族が発見しました。
「少し休んでいるだけ」に見える姿勢が、いちばん見分けにくい
観察した内容:
- 意識:JCS 1-3 → 1-1(会話がかみ合わない状態から、やや改善)
- 脈拍:83 → 80回/分
- 血圧:179/80 → 180/72 mmHg
- SpO2:93% → 97%
- 体温:39.6℃
搬送し、こちらも診断は熱中症。処置を受けて軽症で帰宅となりました。
同じ日、同じ持病、同じ真夏の午後。それでも体温は36.8℃と39.6℃で、まったく違いました。
体温は、判断の入口にならない
家庭で熱中症を疑うとき、多くの方がまず体温計を出します。
けれど、この2件が示しているのは、体温では線を引けないということです。事案1の方の体温は36.8℃。もしご家族が「熱がないから大丈夫」と判断していたら、そのまま様子を見ることになっていたはずです。
36.8℃。この数字だけを見て「大丈夫」と判断してはいけない例でした
環境省と日本救急医学会が示している熱中症の重症度分類(I度・II度・III度)にも、「何℃以上ならII度」といった体温の数値の線引きはありません。判断の軸は、体温ではなく意識と症状です。
そもそも環境省の熱中症環境保健マニュアルは、熱中症をこう定義しています。
高温環境下に長期間いたとき、あるいはいた後の体調不良はすべて熱中症の可能性があります。
体温が上がっているかどうかは、定義に入っていません。
さらに同マニュアルは、熱中症の病態のひとつである熱疲労について、こう説明しています。
これが、高度の脱水と循環不全により生じる熱疲労[heat exhaustion]です。体温は正常もしくは少し上昇しますが、40℃を超えることはありません。
体温が正常のこともある病態が、熱中症の中核にあるということです。
私たちが現場で見ているのも、体温計の数字ではありません。呼びかけへの応じ方、話のかみ合い方、自分で水が飲めるかどうかです。事案2の方は、到着時に会話がかみ合わない状態(JCS 1-3)でした。これは体温の39.6℃より重い情報です。
持病があると、暑さへの体の反応が変わる
では、なぜこの2人だったのか。
パーキンソン病は、国の指定難病です。難病情報センターは、この病気の症状をこう説明しています。
振戦(ふるえ)、動作緩慢、筋強剛(筋固縮)、姿勢保持障害(ころびやすいこと)が主な運動症状です
そして、運動症状以外にも症状があることが明記されています。
運動症状のほかには、便秘や頻尿、発汗、易疲労性(疲れやすいこと)、嗅覚の低下、起立性低血圧(立ちくらみ)、気分が晴れない(うつ)、興味が薄れたり意欲が低下する(アパシー)などの症状も起こることがあり、非運動症状と呼んでいます
医療者向けの概要では、より具体的にこう書かれています。
自律神経障害(便秘、頻尿、発汗異常、起立性低血圧)
発汗異常。
人の体は、汗をかいて、その汗が蒸発するときに熱を奪うことで体温を下げています。その汗のかき方が普通と違うということが、この病気の症状として挙げられているのです。
同じ暑さの中にいても、体の反応は人によって違います
あわせて起立性低血圧——立ち上がったときに血圧が下がる——も挙げられています。暑い場所では血管が広がるため、もともと血圧の調節が不安定な人にとって、夏の屋外は条件が重なる場所になります。
なお、私が確認した範囲では、日本の公的資料に「パーキンソン病の人は熱中症になりやすい」と直接書いた記述は見つかりませんでした。ですからここでは、そう断定はしません。お伝えしたいのは、発汗異常と起立性低血圧という症状が公的に認められている以上、暑さへの体の反応が人と同じとは限らない、という事実です。
「すぐに涼しいところへ」が、できないことがある
もうひとつ、この病気には見落とされやすい側面があります。
熱中症の予防でよく言われるのは「暑いと感じたら、すぐに涼しい場所へ移動する」です。当たり前のことに聞こえます。
しかし、難病情報センターの説明には、こうあります。
動作緩慢は動きが遅くなることで、同時に細かい動作がしにくくなります。最初の一歩が踏み出しにくくなる「すくみ」が起こることもあります。
姿勢保持障害はバランスが悪くなり転倒しやすくなることです
最初の一歩が踏み出しにくい。バランスが悪く、転びやすい。
ここから先は、公的資料に書かれていることではなく、現場に出ている私自身の受け止めとしてお読みください。「暑い、まずい」と本人が気づいたときに、その場からすぐに移動するという行動そのものに、時間がかかることがある——そう感じています。
事案1の方は自転車で移動中に不調が始まり、駅まで行ってから嘔吐しました。事案2の方は玄関の階段でしゃがみ込んでいました。どちらも、「涼しい場所まであと少し」で止まっているのです。

少なくとも、これを本人の油断として片づけてよい話ではないと思っています。
家族が見るのは、体温ではなく「行動の変化」
では、家族は何を見ればよいのか。
体温計の数字ではありません。行動の変化です。
- いつもの外出から、帰ってこない/帰りが遅い
- 玄関先や廊下で、座り込んでいる時間がある
- 話しかけたときの返事が、いつもとかみ合わない
- 水分を自分で口に運べているか
とくに最後の「自分で飲めるか」は、応急手当をするかどうかの分かれ目になります。
環境省の熱中症の対処では、水分・塩分の補給は**「自力で水分が摂れるか」**を確認したうえで行うこととされています。返事があいまいな人、意識がはっきりしない人に、無理に飲ませてはいけません。
飲ませてよいのは、自分で口に運べる人だけです
夏のあいだ、薬のことで自己判断しない
持病のある方の夏について、ひとつだけお願いがあります。
暑いから、食欲がないから、という理由で、飲んでいる薬を自分の判断でやめたり減らしたりしないでください。
パーキンソン病の治療薬のひとつ(レボドパ・カルビドパ配合剤)の患者向医薬品ガイドには、はっきりとこう書かれています。
この薬は、体調がよくなったと自己判断して使用を中止したり、量を加減したりすると病気が悪化することがあります。指示どおりに飲み続けることが重要です。
そして同じガイドは、重大な副作用として悪性症候群を挙げ、その自覚症状をこう列挙しています。
高熱、汗をかく、ぼーっとする、手足のふるえ、体のこわばり、話しづらい、よだれが出る、飲み込みにくい、脈が速くなる、呼吸数が増える、血圧が上昇する
お気づきでしょうか。高熱・汗をかく・ぼーっとする——これは、夏に家族が「熱中症かな」と考える症状とほとんど同じです。
だからこそ、暑い時期に薬を自己判断で中止・減量することは避けてください。そして、高熱やぼんやりした様子が出たときに「暑さのせいだ」と決めつけず、服薬の状況もあわせて医療者に伝えてください。夏の体調の変化と薬の関係は、家族や本人が独自に判断できるものではありません。
夏バテと薬の調整は、必ずかかりつけ医に相談してください
夏に向けて気になることがあれば、暑くなる前に、かかりつけの先生に「夏はどう過ごせばいいか」を聞いておく。これがいちばん確実です。持病のある方にとって、夏は毎年やってくる、予定された負荷です。
救急車を待っているあいだこそ、冷やす時間です
「暑い日は出かけないで」より、「何時に出て、何時に帰る」を決めておくほうが実効的です

