「ニトロを2錠のんでも、楽になりませんでした」——90代女性の胸の苦しさ。傷病名は「狭心症の疑い」でした

「ニトロを2錠のんでも、楽になりませんでした」——90代女性の胸の苦しさ。傷病名は「狭心症の疑い」でした

安静にしていたのに胸が苦しくなり、1時間たっても変わらない。手元のニトロの舌下錠を2錠つかっても楽にならず、家族が119番しました。現場の心電図には変化があり、救命救急センターへ。ところが結果は入院不要——国の分類では「軽症」です。消防庁は「軽症の中には早期に病院での治療が必要だったものや、通院による治療が必要だったものも含まれる」と明記し、「救急搬送の必要性が低かった」と数える4項目のうち2つ目に「脳卒中や急性冠症候群の疑いがなかった」を置いています。傷病名は「狭心症の疑い」。現役救急救命士が実際の事案から解説します。

今日は、「狭心症の疑い」という傷病名の話をします。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。傷病名を決めるのは病院です。

夜、明かりのついた和室 安静にしていたときに始まった胸の苦しさでした(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  1. 楽にならないこと自体が、呼ぶ理由になります。この事案では、手元のニトロの舌下錠を2錠つかっても変わりませんでした
  2. 結果は「軽症」でした。入院せずに帰宅しています。でもそれは「呼ばなくてよかった」という意味ではありません
  3. 消防庁は「軽症」を入院がいるかどうかだけで区切っていて、そのことを自分で注意書きしています

1. 傷病名——「狭心症の疑い」でした

90代の女性。持病は高血圧で、かかりつけに通っていました。

安静にしていたときに、胸の苦しさと動悸が始まりました。1時間ほど様子を見ましたが、変わりません。手元にあったニトロの舌下錠を2錠つかっても、楽になりませんでした。同居の家族が119番しています。

私たちが着いたとき、意識はありましたが受け答えが少しあいまいで、自分では歩けず横になっていました。酸素の値は94%。両方のすねにむくみがありました。

現場で12誘導心電図をとると、波形に変化がありました。救命救急センターへ搬送しています。

そして——入院はせず、その日のうちに帰宅されました。病院がつけた傷病名は「狭心症の疑い」「疑い」のままです。

なお、国の統計では「○○の疑い」は全てその傷病名により分類すると決められています(消防庁『救急救助の現況』)。疑いのままでも、狭心症として数えられます。

暗い居間のソファとスタンドライト 動いていたわけではありませんでした(写真はイメージです)

2. 症状のサイン

この事案で、家族から見えていたものを並べます。

  • 安静にしていたのに、胸が苦しくなった
  • 動悸があった
  • 1時間たっても変わらなかった
  • ニトロの舌下錠を2錠つかっても、楽にならなかった
  • 自分では歩けなくなっていた
  • 受け答えが、いつもよりあいまいだった

このうち最後の2つは、本人からは言えません。そばにいる人にしか分からない変化です。

消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』の「胸や背中」の欄には、こう並んでいます。

● 突然の激痛 ● 急な息切れ、呼吸困難 ● 胸の中央が締め付けられるような、または圧迫されるような痛みが2~3分続く

「激痛」ではありませんでした。この事案の主訴は「胸苦しさ」と「動悸」です。冊子の言葉どおりでなくても、呼んでよい——それを次に書きます。

茶色の小さな薬瓶 「使ったのに変わらない」は、それ自体が情報です(写真はイメージです)

3. 避けるには・受診の判断

「軽症」は、入院がいらなかったという意味だけです

消防庁は、傷病程度をこう定義しています。

(4) 軽症(外来診療):傷病程度が入院加療を必要としないもの

そして、同じページに自分で注意書きを付けています。

なお、傷病程度は入院加療の必要程度を基準に区分しているため、軽症の中には早期に病院での治療が必要だったものや、通院による治療が必要だったものも含まれる。

「軽症」は、あとから病院がつけたラベルです。呼んだ時点の判断が正しかったかどうかとは、別のものさしです。

国は「必要性が低かった」を4つで数えています

消防庁は、軽症のうち「救急搬送の必要性が低かった」にあたる人の割合も出しています。その条件が、この4つです。

①接触時、見た目に緊急性がなかった、②脳卒中や急性冠症候群の疑いがなかった、③医師引継ぎまでにバイタルサイン・心電図の異常がなかった、④救急隊が応急処置を行わなかった

この事案は、②にも③にも当てはまりません。急性冠症候群の疑いがあり、心電図に変化があったからです。

つまり結果が「軽症」でも、国の数え方でも「必要性が低かった」側には入りません。

なお消防庁は、この数え方について「機械的な簡易フローチャートに基づく概数であることに留意が必要である」とも注記しています。数字はそのまま人の判断の評価にはならない、ということです。

暗い部屋のランプ 「軽症」は、あとからつくラベルです(写真はイメージです)

4. 家族へ

① 「安静にしていたか、動いていたか」を覚えておく

胸の症状で最初に聞かれるのがここです。この事案は安静時でした。テレビを見ていた、座っていた——それで十分です。

② 「使ったのに変わらない」をそのまま伝える

処方されている薬を使ったなら、使ったことと、それで楽になったかどうかを伝えてください。変わらなかったという事実が、そのまま情報になります。

⚠️ ただし、これは「何錠まで使ってよい」という話ではありません。使い方は処方した医師・薬剤師の指示のとおりにしてください。この記事では、そこには踏み込みません。

③ 結果が「軽症」でも、呼んだ判断を責めない

この事案は入院せずに帰宅しました。それでも、心電図には変化があり、救命救急センターで診てもらう必要がありました。

帰宅できたことは、良い結果です。呼んだから確かめられた、という順番でもあります。

迷ったときの窓口は、消防庁のリーフレットに書かれています。

※ 判断に迷った時は、電話相談窓口にご相談ください。子ども医療電話相談(主に休日・夜間)は♯8000 、119番通報の相談は♯7119をご利用いただけます。

♯7119の使い方は別の記事にまとめました。

障子と行灯のある夜の和室 そばにいる人にしか分からない変化があります(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • 血圧の左右差——この事案では両腕で測っていますが、差はごくわずかで、異常と呼べる幅ではありませんでした。家庭向けに「何mmHg以上なら異常か」を示せる一次資料を確認できなかったので、扱いません
  • ニトロの舌下錠を何錠まで、何分あけて使うか——添付文書を自分で確認できていないので書きません。処方した医師・薬剤師の指示が優先です
  • 心電図の所見の意味——家庭で判断に使えるものではありません
  • むくみの意味づけ——原因を特定できる情報がないので、事実として書くにとどめました

関連する記事

まとめ

  • 安静時の胸の苦しさと動悸が1時間続き、ニトロの舌下錠を2錠つかっても楽にならず、家族が119番しました
  • 現場の心電図に変化があり、救命救急センターへ。結果は入院なしの帰宅=「軽症」
  • 消防庁は「軽症の中には早期に病院での治療が必要だったものや、通院による治療が必要だったものも含まれる」と自分で注記しています
  • 「必要性が低かった」を数える4項目の②は「脳卒中や急性冠症候群の疑いがなかった」この事案は当てはまりません
  • 家族が覚えておくのは「安静時か、動いていたか」「薬を使って変わったか」の2つです

朝の光が差すソファ 帰宅できたことは、良い結果です(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

  • お薬手帳ケース(マグネット付・冷蔵庫に貼れる)どの薬を、いつ使ったかは、胸の症状でいちばん早く聞かれることのひとつです。冷蔵庫など、家族全員が場所を知っている所に
  • 上腕式の家庭用血圧計 — 高血圧で通院している方は、ふだんの値を知っておくと、変化に気づけます。学会は上腕にカフを巻くタイプをすすめています
  • 家族の症状記録ノート「何時から」「安静時か、動いていたか」「薬を使って変わったか」——この3つが書いてあれば、そのまま伝わります

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

関連記事

「熱は38度台です」と言われて——肺炎の重さは、熱では決まりません。傷病名は「医療・介護関連肺炎」でした
事案から学ぶ

「熱は38度台です」と言われて——肺炎の重さは、熱では決まりません。傷病名は「医療・介護関連肺炎」でした

続きを読む →
「やり方を、覚えていません」と言っていい——家の寝床で心臓が止まっていた。傷病名は「心肺停止」でした
事案から学ぶ

「やり方を、覚えていません」と言っていい——家の寝床で心臓が止まっていた。傷病名は「心肺停止」でした

続きを読む →
「AEDの前に、胸を拭いてください」——引き上げられたあとに起きること。傷病名は「溺水」でした
事案から学ぶ

「AEDの前に、胸を拭いてください」——引き上げられたあとに起きること。傷病名は「溺水」でした

続きを読む →

記事内容に誤りを発見された場合はこちらからご連絡ください(訂正依頼を選択してください)

🚑

救急のリアル 編集部

現役救命士(匿名)|救急歴20年以上

患者さんとご家族のプライバシーを守るため匿名で運営しています。 内容の正確性については、現役救命士として責任をもってお伝えします。

このブログについて →