コロナ罹患中の腹部症状を軽視しない——絞扼性イレウスと血栓リスク

コロナ罹患中の腹部症状を軽視しない——絞扼性イレウスと血栓リスク

コロナ治療中の80代男性の腹痛が「絞扼性イレウス」だった実例。深夜の転院搬送となった経緯と、コロナ罹患中に腹部症状が出たときに家族が知っておくべき血栓リスク・受診の目安を現役救急救命士が解説します。

ある夏の深夜、地域の病院から救急要請が入りました。

コロナウイルス感染症で治療中の80代男性。夕方から続く腹痛が引かず、腹部の触診で「腸の音が異常に高い」と担当医が判断。絞扼性イレウス(こうやくせいイレウス)の疑いがあり、地域の中規模病院では緊急対応が難しい——大学附属病院への転院搬送が必要になったのです。

意識は清明、自力歩行もできる状態でした。それでも、絞扼性イレウスは時間との勝負になる疾患です。

夜間の薄暗い病院廊下 コロナ治療中の腹痛は、単なる胃腸炎とは限りません

この記事では、コロナ罹患中の腹部症状がなぜ危険なのか、絞扼性イレウスと血栓症の関係、そして家族が知っておくべき受診の判断ポイントを、実例をもとにお伝えします。

絞扼性イレウスとは

イレウス(腸閉塞)は、腸の内容物が何らかの原因で流れなくなる状態です。イレウスには大きく2種類あります。

単純性イレウス:腸の内容物が詰まっているだけで、腸への血流は保たれている状態。多くは保存的治療(絶食・点滴・鼻から管を入れて減圧)で改善します。

絞扼性イレウス:腸がねじれたり締めつけられたりして、腸への血流が途絶えている状態。放置すると腸が壊死し、腹膜炎・敗血症・多臓器不全に進行します。発症から6〜8時間以内の緊急手術が原則とされ、時間との戦いになります(日本消化器外科学会)。

人体の胴体解剖模型(内臓と血管) 絞扼性イレウスは「意識清明でも緊急手術対象」になる怖い病気です

外見上は「お腹が痛い」だけに見えても、腸が壊死し始めていれば数時間で命に関わる状態に急変します。

コロナ罹患中の血栓リスク

新型コロナウイルス感染症は「呼吸器の病気」というイメージが強いですが、実際には全身の血管に炎症を起こす病気でもあります。

特に注目されているのが血栓症のリスクです。コロナ感染により血液が固まりやすくなり、脳梗塞・心筋梗塞・肺塞栓・**腸管虚血(腸への血流障害)**などが報告されています(厚生労働省 新型コロナウイルス感染症診療の手引き)。

血管の走行を描いた解剖図 コロナ感染は血管の内側に炎症を起こし、血栓ができやすい状態を作ります

腸を養う血管に血栓ができれば、腸への血流が途絶えます。これは腸管虚血、進行すれば腸管壊死につながります。今回の事案では「絞扼性イレウス疑い」でしたが、コロナ罹患中の腹痛は血栓による腸管虚血の可能性も含めて考える必要があるということです。

事案の経過——深夜の転院搬送

時刻:夏の深夜0時台
場所:地域の中規模病院(受診中)
患者:80代男性
既往歴コロナ感染症治療中、高血圧、脂質異常症

夕方から腹痛を訴えて地域の病院を受診した男性。担当医の触診では腹雑音あり・腸雑音亢進(腸が過剰に動いている異常な音)。腹部レントゲンやCTなどの検査から絞扼性イレウスの疑いがあり、緊急手術対応が可能な高次医療機関への転院が必要と判断されました。

現場(病院)到着時のバイタルは以下の通りです。

  • 意識:JCS 0(清明) / GCS 15
  • 呼吸:18回/分
  • 脈拍:80回/分
  • 血圧:112/66 mmHg
  • SpO2:97%
  • 体温:36.7℃
  • 心電図:Sinus(正常洞調律)

救急車の車内と資機材 意識清明でも「病院から病院への救急搬送」が必要な場面があります

「意識も呼吸もしっかりしていて、なぜ救急車?」——家族の方はそう感じるかもしれません。しかし、腹部の中で進行している病態は、外から見た様子とは別次元にあります。

病院から病院への「転院搬送」という救急のかたち

一般の方には馴染みが薄いかもしれませんが、救急車の使い方には**「転院搬送」**という形があります。

一次医療機関(診療所や中規模病院)で検査した結果、より高次の治療(緊急手術・集中治療・特殊検査)が必要と判断された場合、患者を病院から病院へ移送するための救急要請です。

夜間の救急外来入口を示すEMERGENCYサイン 病院→病院の転院搬送は、救急車の重要な役割の1つです

転院搬送では、多くの場合看護師や医師が同乗します。搬送中も点滴やモニタリングを継続でき、受け入れ先の病院にも診療情報がスムーズに引き継がれます。

一般市民が「救急車=119番して自宅から病院へ」というイメージを持ちがちですが、救急車の運用の一定割合は病院間搬送が占めています。地域の救急医療体制を支える見えない仕組みの1つです。

コロナ罹患中の腹部症状——家族が知っておきたい3つのサイン

コロナ治療中に腹部症状が出たとき、家族はどこで判断すればよいでしょうか。「様子見でよい腹痛」と「すぐ受診すべき腹痛」の見分け方を整理します。

車いすの高齢者に家族が付き添う コロナ罹患中の家族の変化は、身近な人だからこそ気づけます

サイン1:痛みの強さが増している
時間経過とともに痛みが軽くなるなら経過観察も選択肢ですが、痛みが強くなっていくときは危険です。特に「じっとしていても痛い」「体位を変えると悪化する」のは要注意です。

サイン2:吐き気・嘔吐が続く
腸閉塞(イレウス)の代表的な症状の1つです。数時間続く嘔吐は脱水を招き、状態を悪化させます。

サイン3:お腹が張って硬くなっている
腹部膨満と腹壁の緊張(触ると板のように硬い)は、腹膜炎への進行を疑うサインです。

この3つのうち1つでも該当したら、コロナ治療中であっても迷わず医療機関に相談することをお勧めします。

意識清明でも「緊急手術対象」の疾患を知る

今回の事案で最も重要なポイントは、**「意識清明で会話もできるのに、緊急手術対象の病気だった」**という事実です。

一般の方は「意識がしっかりしていれば急がなくていい」と考えがちですが、腹部の疾患は意識レベルと連動しません。腸管虚血・絞扼性イレウス・急性膵炎・胆嚢炎・虫垂炎の穿孔——いずれも意識清明で発症・進行することが多い疾患です。

壁掛け時計の文字盤 絞扼性イレウスは発症から6〜8時間が勝負とされます

「話せている=軽症」ではありません。
救急救命士の現場感覚として、腹痛で駆けつけた際に「意識清明・自力歩行可能」でも、その後の医療機関で緊急手術になる事案は少なくありません。

家族ができる備えと119番の判断

コロナ罹患中の家族がいるご家庭では、**「腹部症状が出たら早めに医療機関に電話相談する」**ことを事前に決めておくことをお勧めします。

  • かかりつけ医の連絡先を家族全員が把握
  • コロナ療養中の連絡窓口(自治体・保健所)を確認
  • 症状が急変したら 迷わず119番

テーブルに置かれたスマートフォン コロナ療養中の急変は、家族が第一発見者になります

119番の際は以下を伝えてください。

  1. コロナ感染症の治療中であること(隊員側の感染防護準備につながります)
  2. いつから、どんな症状か(時系列)
  3. 意識・呼吸・会話の状態
  4. 既往歴・服薬中の薬

コロナ療養中の急変は救急隊にとっても対応が難しいケースです。通報時に情報を正確に伝えることが、迅速な処置と適切な搬送先の選定につながります

まとめ——コロナ×腹痛のリスクを家庭内で共有する

今回の事案から見えてきたのは、**「コロナ罹患中の腹部症状は、単純な胃腸炎ではなく血栓リスクの可能性を含む」**ということです。

自宅で並んで座る高齢のご夫婦 事前の話し合いが、いざというときの判断を早めます

3行まとめ:

  • コロナ罹患中は「呼吸器症状」だけでなく血栓リスク(脳・心・肺・腸)に注意。腹部症状も腸管虚血の可能性を含めて考える
  • 絞扼性イレウスは発症から6〜8時間の緊急手術が原則。意識清明・自力歩行可能でも緊急対応が必要な疾患は存在する
  • コロナ療養中の家族の腹部症状は「痛みの増強・嘔吐持続・腹部膨満」の3サインで受診判断。迷ったら119番で「コロナ治療中」と明示

家族の観察と早期の相談が、命を守る第一歩です。

窓から朝日が差し込む 「話せているから大丈夫」ではありません。腹部の疾患は特に、外見と病態が乖離します


本記事の事案は、複数事例を組み合わせ、年齢・状況等を改変しています。特定の個人・医療機関を示すものではありません。医学的な判断・治療については、必ず医療機関にご相談ください。

参考

  • 日本消化器外科学会「消化器外科ガイドライン」
  • 厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」
  • 国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症の疫学」
  • 日本救急医学会「救急診療指針」

緊急手術や転院搬送になると、入院は一度では終わらないことがあります。「思っていたより長引いた」ときに家計が揺れないか——その視点で、いまの備えを見直しておくのは無駄になりません。

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

関連記事

「痛いのは、指だけです」——交通事故で運ばれた60代男性の、いちばん危なかった数字は血圧196/128でした
事案から学ぶ

「痛いのは、指だけです」——交通事故で運ばれた60代男性の、いちばん危なかった数字は血圧196/128でした

続きを読む →
「酸素、つけなくて大丈夫なんですか」——心筋梗塞の疑いで運ばれる父に、救急車が酸素を使わなかった理由
事案から学ぶ

「酸素、つけなくて大丈夫なんですか」——心筋梗塞の疑いで運ばれる父に、救急車が酸素を使わなかった理由

続きを読む →
毛布を三枚かけても「寒い」と震えていた80代の父——高熱の前に来る“ガタガタ”は、体温の話ではありません
事案から学ぶ

毛布を三枚かけても「寒い」と震えていた80代の父——高熱の前に来る“ガタガタ”は、体温の話ではありません

続きを読む →

記事内容に誤りを発見された場合はこちらからご連絡ください(訂正依頼を選択してください)

🚑

救急のリアル 編集部

現役救命士(匿名)|救急歴20年以上

患者さんとご家族のプライバシーを守るため匿名で運営しています。 内容の正確性については、現役救命士として責任をもってお伝えします。

このブログについて →