今日は、**「精巣捻転(せいそう・ねんてん)」**という病気の話をします。
はじめにお断りしておきます。**この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的な資料と学会の資料に書かれていることを、家庭の言葉に置き換えて説明していきます。
「おなかが痛い」で呼ばれることがあります(写真はイメージです)
そして、いつもどおりですが——**救急隊は診断をしません。**傷病名を決めるのは病院です。この記事の傷病名も、あとから分かったものとして書いています。
先に、3つだけ
- **日本小児泌尿器科学会は「発症後6~8時間以内に治療しないと大切な精巣が壊死(えし)に陥ります」と書いています。**様子を見る単位が「時間」の病気です(時間の数字は資料によって違います。あとで両方お見せします)
- **日本泌尿器科学会は「症状が正確に伝えられない年少児では、『おなかが痛い』という訴えのために見落とされることがあります」と書いています。**訴えと、痛い場所が、ずれることがあります
- **消防庁の「Q助」は、腹痛の質問のなかに陰嚢を入れていて、当てはまると「いますぐ救急車を呼びましょう」と出ます。**国の側は、おなかの痛みからそこへつながることを、すでに想定しています
1. 症状——「おなかが痛い」と言われたときに、抜けやすいもの
日本泌尿器科学会の一般向けページ「陰嚢内が痛い」に、精巣捻転はこう書かれています。
精巣捻転は、精巣がそれにつながる精索(せいさく)を軸としてねじれて血管が締め付けられるため血流が途絶し、精巣が壊死する病気です。思春期前後の青少年に多く,寝ているときに発症することが多いのが特徴です。激しい陰嚢部痛で始まり、次第に陰嚢内容が腫れてきます。
そして、そのすぐあとに、この一文が続きます。
吐き気や嘔吐(おうと)を伴うこともあり、症状が正確に伝えられない年少児では、「おなかが痛い」という訴えのために見落とされることがあります.
**「おなかが痛い」と「吐き気」。**家庭から見えるのは、たいていこの2つです。
このとき、家族の頭に浮かぶのは、胃腸炎や食あたり、便秘、あるいは虫垂炎(いわゆる盲腸)だと思います。それはおかしなことではありません。「おなかが痛い」と言われて、まず腹の中を思うのは自然なことです。
けれど、学会が「見落とされることがあります」と名指しで書いているということは、実際に見落とされてきたということでもあります。
「寝ているときに発症することが多い」と学会は書いています(写真はイメージです)
国の家庭向け資料には、どこまで書いてあるか
消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)を、私は毎回この記事の連載で確認しています。今回も全9頁を確認しました。
こども(15歳以下)のページの「おなか」の欄には、こう書かれています。
● 激しい下痢や嘔吐で水分が取れず食欲がなく意識がはっきりしない ● 激しいおなかの痛みで苦しがる ● 嘔吐が止まらない ● 便に血がまじった
精巣捻転で家庭から見える形——激しいおなかの痛みと嘔吐——は、**この欄にちゃんと当たります。**だから「119番を呼ぶ理由」としては、国の資料の範囲でまかなえます。
ただし、はっきり書いておきます。このリーフレット全9頁に、「陰嚢」「股」「睾丸」という語は一語もありません。
つまり、紙のリーフレットは「どこが痛いのか」までは書いていないということです。これは冊子の欠点ではありません。あれは「呼ぶか呼ばないか」を決めるためのもので、病名を当てるためのものではないからです。
ただし——国は別の資料で、はっきり「陰嚢」と書いています
ここは、私が最初に見落としていたところです。あとから消防庁の別の資料を確認して、書き足しました。
消防庁の**『緊急度判定プロトコル Ver.1 救急受診ガイド(家庭自己判断)』(全44頁)の「11 腹痛(大人)」**(印刷頁14)には、こう並んでいます。
1.急に痛くなった。または、強い痛みがずっと続いている。 2.腹痛のほかに、胸や背中にも痛みがある。 3.吐いたものに血が混じっている。 4.便に血が混じっている。または、便の周りに血がついている。 5.(男性のみ)陰嚢(いんのう)が腫れている。
**この1~5は、すべて赤帯です。**同じ資料の「共通の項目と緊急度の定義」(印刷頁2)で、赤はこう定義されています。
赤(緊急) ・直ちに受診 が必要です。 ・今すぐ救急車等で病院に受診して下さい。
そして**「31 腹痛(こども)」**(印刷頁36)にも、赤帯の中に入っています。
9.おまた(股の付け根、陰嚢など)が膨らんでいる。
さらに、消防庁の全国版救急受診アプリ「Q助」(Web版)の現行データも、私が直接確認しました。大人の「腹痛」の5番目の質問がこれです。
5.(男性のみ)陰嚢(いんのう)ははれていますか?(10~20代男では)陰嚢(いんのう)も痛いですか?(高齢者なら)大腿(太もも)も痛いですか?
こどもの「腹痛」では、4番目がこれです。
4.おまた(股の付け根、陰嚢など)が膨らんでいますか?
**どちらも「はい」を選ぶと、同じ結果画面に飛びます。**その結果画面の中身は、こうなっています。
緊急度が高いと思われます。今すぐ119番に電話してください。 いますぐ救急車を呼びましょう
**「おなかが痛い」の中に陰嚢が入っていて、当てはまれば救急車。**これを決めているのは私ではなく、消防庁です。この記事の骨格そのものが、国の資料の中にすでに書かれていました。
なお「Q助」の質問文が**「(10~20代男では)陰嚢も痛いですか?」**と年代を名指ししているのは、この記事の話とそのまま重なります。
**紙のリーフレットには載っていないけれど、国の緊急度判定には入っている。**この落差は、知っているかどうかだけの差です。
2. 救急隊が現場で疑うこと
「子どもがおなかを痛がっている」という通報で呼ばれたとき、私たちが必ずすることがあります。
痛いところを、本人に指してもらうことです。
言葉で「おなか」と言っていても、指す場所がへその下より下に来ることがあります。中学生・高校生くらいの男の子だと、指すのをためらうことがあります。ここは資料に書いてあることではなく、私が現場で感じてきたことです。
そのうえで、聞くのはこの3つです。
- いつから痛いのか(「何時ごろ」まで聞きます)
- 急に始まったのか、だんだんなのか
- 吐いたか
**「いつから」を私たちがしつこく聞くのは、この病気に限らず、時間で扱いが変わる病気があるからです。**精巣捻転は、その代表格のひとつです。
正直に書いておくと、救急隊にできるのはそこまでです。ねじれているかどうかを、私たちが確かめる手段は現場にありません。
「いつから痛いのか」を必ず聞きます(写真はイメージです)
3. 病院で行われる検査
学会のページには、検査についてもはっきり書かれています。
診断はドップラー超音波検査という方法で精巣への血液の流れが低下していることを確認することです。
「ドップラー超音波検査」は、同じページの注釈で、こう説明されています。
超音波検査は体の中を超音波を使用して画像にする方法で、ドップラーさらに血液の流れを見えるようにしたものです。
**痛みを起こしている場所に、血が流れているかどうかを見る。**それが検査の中身です。
そして、ここが大事なところです。
下にのべる精巣上体炎や精巣垂あるいは精巣上体垂捻転などとの鑑別が必要ですが、診断が確実でない場合は緊急手術が勧められます。
**「確実でない場合は緊急手術」。**これは、かなり強い書き方です。確定を待つより、開けて確かめたほうがよいという判断が、家庭向けのページに書かれている。それだけ時間の余裕がない、ということでもあります。
日本小児泌尿器科学会も、同じ趣旨をこう書いています。
急性陰嚢症の受診時には、その原因を判別することが困難なことが少なくありません。精巣の機能を温存することが最も重要ですので、精巣(索)捻転症の疑いが少しでもあれば緊急手術の対象となります。
日本小児外科学会は、診察の中身まで書いています。
診断には診察が非常に重要です。問診に加え、陰嚢の視診、精巣挙筋反射(太ももの内側を触ると精巣が無意識に持ち上がる)の確認、陰嚢および精巣の触診を行います。
**「診察が非常に重要」。**画像より先に、見て、触る。だからこそ、"そこを見せる"ところまで行かないと始まりません。
4. 傷病名は「精巣捻転」でした
ここまでの形——夜中から明け方にかけて始まった強い痛み、吐き気、そして「おなかが痛い」という訴え——が重なったとき、病院でついた傷病名が「精巣捻転」だった、という形があります。
**急性陰嚢症(きゅうせい・いんのうしょう)**という言葉も、あわせて覚えておくと役に立ちます。学会のページは、こう始まります。
陰嚢(いんのう)内が痛む病気には、精巣捻転(せいそうねんてん)、精巣上体炎(せいそうじょうたいえん)(別称:副睾丸炎:(ふくこうがんえん))、精巣垂(せいそうすい)や精巣上体垂(せいそうじょうたいすい)などの捻転、および精巣炎などがあります。これらはいずれも比較的急速に発症するために急性陰嚢症と呼ばれます。また、そけいヘルニア(脱腸)を陰嚢の症状とあやまる場合も時にはあります。
「急に、そこが痛くなる」ものをまとめた呼び名です。中身は複数あって、そのうち時間の勝負になるのが精巣捻転、という構造になっています。
「布団から出てこない」の中身が痛みのことがあります(写真はイメージです)
5. 精巣捻転とは——「ねじれて、血が止まる」
もう一度、学会の原文に戻ります。
精巣がそれにつながる精索(せいさく)を軸としてねじれて血管が締め付けられるため血流が途絶し、精巣が壊死する病気です。
「精索」は、同じページの注釈でこう説明されています。
精巣とお腹の中をつなぐ細長い構造物で、血管、精子をはこぶ精管を含む
**血管の通り道がねじれる。**だから血が止まる。だから時間で決まる。ここまでは、体のどこで起きても同じ理屈です。
日本小児泌尿器科学会は、同じことをこう書いています。
精巣に血液を供給する血管が突然“雑巾を絞るように”にねじれてしまい、精巣に血液が流れなくなってしまう状態です
いつ、誰に起きるか
日本小児泌尿器科学会
出生前後から新生児期にもおこりますが、多くは思春期に発症します。夜間睡眠中に突然発症することが多く、陰嚢だけではなく下腹部の痛みや吐き気などをともなうことが特徴です。右側より左側に多く、冬場に発症することが多いともされます。
日本小児外科学会
精巣捻転症は新生児と思春期に発症のピークがあり
山は2つ——新生児期と思春期です。この記事は思春期のほうの話ですが、赤ちゃんにも起こることは書いておきます。
そして**「夜間睡眠中に突然発症することが多く」「陰嚢だけではなく下腹部の痛みや吐き気などをともなうことが特徴です」**。夜中に始まって、下腹が痛くて、吐く。これが、この病気の"顔"です。
なお「冬場に発症することが多いともされます」は、学会自身が**「ともされます」**という伝聞の書き方をしているので、季節の話としては使いません。
日本小児外科学会は、急性陰嚢症の中での位置づけも書いています。
急性陰嚢症の20~30%を占める精巣捻転症は精巣(睾丸)が回転したために精巣に行く血管・精管(精子を運ぶ管)が突然捻れる病気で,早急に捻れを戻さないと,精巣は壊死に陥ってしまいます.
時間の数字は、資料によって違います
ここは正直に、両方を並べます。数字が割れているものを、片方だけ書くわけにはいかないからです。
日本泌尿器科学会(一般向け「陰嚢内が痛い」)
6~12時間以内に血液の流れを回復しないと精巣は壊死(えし)しますので、発症早期の診断治療が重要で医師や患者がこの疾患を念頭におくことが重要です。
日本小児泌尿器科学会(一般向け「小児の急性陰嚢症」)
ねじれの程度にもよりますが、発症後6~8時間以内に治療しないと大切な精巣が壊死(組織が死んでしまう状態)に陥ります。
日本小児外科学会(一般向け「急性陰嚢症」)
精巣捻転症であれば症状が出てから6~8時間以内(ゴールデンタイム)に捻転を解除すれば精巣を温存できることが多いとされ、精巣捻転症の診断あるいは否定できない場合は早急な治療が必要となります。
**「6~12時間」と「6~8時間」。**どちらが正しいかを私が決めることはできません。**ただ、家庭で持っておく目安としては、短いほう——6時間——で考えておいたほうが安全です。**長いほうを覚えていると、間に合わなくなる側に転びます。
そして、日本泌尿器科学会の一文には、こう書かれています。**「医師や患者がこの疾患を念頭におくことが重要です」。**学会が、医師と並べて患者側の"知っているかどうか"を書いているのは、めずらしいことだと思います。
なお、「壊死」も注釈があります。
体のなかで組織に血液が通わなくなり死ぬこと
★痛みが一度おさまることがあります
これがいちばん危ない形だと思うので、独立させて書きます。
MSDマニュアル家庭版「精巣捻転」(最終更新2023年8月)には、症状としてこう書かれています。
激しい痛みが精巣に突然起こります。その後すぐに腫れが起きます。痛みは腹部から発しているように感じられ、吐き気と嘔吐を伴います。ときに発熱がみられます。頻尿になることもあります。ときに痛みが断続的に生じ、自然に消失することもありますが、一般には遅れて再発します。
**「痛みは腹部から発しているように感じられ」。**日本の学会が書いていた「おなかが痛い」と、同じことを別の言い方で書いています。
そして、「自然に消失することもありますが、一般には遅れて再発します」。
痛みが引いたことは、治ったことではありません。朝までに一度おさまって、また来る。そのあいだも時間は進んでいます。「おさまったから様子を見る」が、いちばん時間を失う形です。
治療
治療は、ねじれた精索を戻して血液の流れを回復させて精巣を陰嚢内に固定することで、緊急手術として行われます。時間が経過して精巣がすでに壊死に陥っている場合は、精巣を摘出します。残った健康な側の精巣も今後ねじれないように同時に固定する場合も多いです。
「ねじれを戻して、固定する」。そして間に合わなければ取る。この2つの分かれ目が、6~12時間という数字の意味です。
まぎらわしいもの
同じページには、鑑別すべきものも書かれています。家庭で見分けろという話ではありません。「痛みの原因はひとつではない」ということを知っておくためのものです。
- 精巣上体炎(副睾丸炎):「精巣の横にある精巣上体(副睾丸)に炎症がおこって腫れること」。成人では「尿道や前立腺の細菌感染が精管を伝わって、精巣上体まで及んだ時に発症」し、「痛みと発熱を伴い急激に発症することが多いのが特徴」
- 精巣垂捻転・精巣上体垂捻転:「精巣や精巣上体にある2,3mmの突起がねじれて痛みの原因となります。これらは精巣捻転とは違って手術の必要はありません」
- 精巣炎:「流行耳下腺炎(りゅうこうせいじかせんえん:いわゆる"おたふく風邪")に伴って起こるものが代表的です.思春期以降の流行性耳下腺炎の約20%に合併し、耳下腺炎発症の3~5日目に痛みを伴って精巣が腫れてきます」
そして、こういう一文もあります。
陰嚢内の痛みのないシコリは精巣の癌であることがありますので、放置せず泌尿器科に受診することが必要です。
**痛くないほうにも、受診の理由がある。**これは今回の本題ではありませんが、同じページに書いてあることなので、そのまま置いておきます。
決めるのは病院です(写真はイメージです)
「朝まで様子を見る」が、そのまま時間になります(写真はイメージです)
♯8000は「主に休日・夜間」——夜中に始まったときのための番号です(写真はイメージです)
「確実でない場合は緊急手術が勧められます」と学会は書いています(写真はイメージです)
学校を休んだ日の「おなかが痛い」に、これが混じっていることがあります(写真はイメージです)
「おなかが痛い」と言われたら、指してもらってください(写真はイメージです)

