今日は、**「腸重積症(ちょう・じゅうせきしょう)」**という、赤ちゃんの病気の話をします。
聞き慣れない名前かもしれません。けれど厚生労働省は、この病気についてはっきりこう書いています。
腸重積症は、ロタウイルスワクチンの接種に関わらず、乳幼児がり患することのある疾患で、まれな病気ではありません。
(厚生労働省「ロタウイルスワクチンに関するQ&A」問22)
そして、この病気には家庭でいちばん見逃されやすい特徴があります。
痛がったと思ったら、けろっと治ってしまうのです。
泣いて、体を丸めて、抱いても泣きやまない。ところが数分で泣きやみ、おっぱいを飲んだり、おもちゃを触ったりする。そしてまた泣く。——この「治ったように見える時間」があるせいで、「様子を見ましょうか」になりやすい病気です。
「泣きやんだから大丈夫」が、いちばん通じない病気です(写真はイメージです)
順番に説明します。
なお、この記事は**特定のどなたかの事案の話ではありません。**公的機関や学会が「典型的な形」として書いている内容を、救急の現場で使う順番に並べ直したものです。
1. 症状——「泣いたり、けろっとしたり」
私たちが呼ばれる場面、あるいは救急外来に運び込まれる場面は、資料に書かれている典型的な形でいうと、こうなります。
対象になるのは、言葉でおなかが痛いと言えない年齢の子です。日本小児外科学会は「3か月から2歳未満のお子さんによくみられる病気です」と書いています(MSDマニュアル家庭版では「生後6カ月~3歳の小児」とされており、資料によって幅があります)。
家庭で起きているのは、こういうことです。
- 急に、火がついたように泣きだす
- 抱いてもあやしても泣きやまない。体を丸めるようにして泣く
- ところが数分でぴたっと泣きやみ、いつも通りに見える
- しばらくすると、また同じように泣きだす
- 吐く。最初は飲んだもの、繰り返すうちに吐く回数が増える
抱いてもあやしても泣きやまない時間が、数分続きます(写真はイメージです)
日本小児外科学会の説明はこうです。
もともと元気なお子さんが急に腹痛を訴える(お腹が痛いと言えないお子さんは機嫌が悪くなる)、ようになります。**腹痛(不機嫌)はあったりなかったり(間欠的と言います)するのが特徴です。**この他嘔吐もよくみられる症状です。
MSDマニュアル家庭版は、もっと具体的に時間まで書いています。
腸重積では通常、それ以外は健康な小児に腹痛と嘔吐が突然発生します。これらの症状は典型的には15~20分間続きます。最初のうちは、症状がない間は比較的健康そうに見えます。
「症状がない間は比較的健康そうに見えます」。
ここが、この病気の全部だと思っています。家族が見ている「治った時間」は、治ったのではなく、次の波までの谷なのです。
この「けろっとしている時間」が、いちばん判断を迷わせます(写真はイメージです)
そして時間が経つと、様子が変わります。
その後、虚血が起きると、痛みが持続的になり、小児が不機嫌になったり、ぐったりしたりするほか、イチゴゼリー状の便(血液と粘液が混じった暗赤色の便)が出たり、発熱がみられたりする場合もあります。
日本小児外科学会も「さらに症状が進むとやがて顔色が悪くなったり,血が混ざったねっとりした便(イチゴゼリー状と言います)を認めるようになります」と書いています。
つまり、**イチゴゼリー状の便は「早めのサイン」ではありません。**進んだあとに出てくるものです。「血便が出たら病院へ」と覚えていると、出るまで待つことになります。
もうひとつ、MSDには家族にとって怖い一文があります。
まれに、腸重積の小児に痛みがみられず、代わりに、中毒を起こしているかのように、ぐったりした様子になります。
泣かない腸重積がある、ということです。だから「ぐったりしている」は、それ単独で受診の理由になります。
2. 救急隊が現場で疑うもの
「赤ちゃんが泣きやまない」「吐いている」で呼ばれたとき、正直に言うと、現場でこの傷病名を当てられることはまずありません。救急隊は超音波検査を持っていないからです。
私たちが現場でやっているのは、「今すぐ病院に行くべきか」を外さないことだけです。頭に浮かべるのは、だいたいこのあたりになります。
- 急性胃腸炎(吐く・下痢する。この年齢でいちばん多い)
- 腸重積症(間欠的に泣く・吐く・血便)
- 鼠径ヘルニアの嵌頓(かんとん)(足の付け根が腫れて戻らない)
- 中耳炎など、おなか以外の痛み(乳児は痛い場所を言えません)
- 頭の中の問題・重い感染症(ぐったりしている場合)
現場では病名を当てるのではなく、「今すぐ病院へ行くべきか」を外さないことに集中します(写真はイメージです)
そして、腸重積症と胃腸炎はまぎらわしいのです。日本小児外科学会は、腸重積が起きる理由についてこう書いています。
リンパ組織が大きくなる原因としては風邪などのウイルス感染が指摘されております.そのために約3割の腸重積症のお子さんに感冒症状を認めます.
**3割はかぜ症状を伴っている。**つまり「かぜをひいていたから、そのせいだろう」という説明は、腸重積を否定する材料になりません。むしろ背景として重なります。
だから、現場で私たちが家族に聞くのは、病名を当てるための質問ではなく、時間と回数の質問です。
- いつから泣きだしたか(何時ごろか)
- 泣いている時間と、泣きやんでいる時間は、それぞれどれくらいか
- 何回吐いたか。吐いたものの色は
- 最後のおむつはいつか。便の色は
- ぐったりしている時間はあるか
便の色は、家族しか知り得ない情報です(写真はイメージです)
このうち**「いつから」**は、あとで病院がいちばん必要とする情報です。理由は次の章に出てきます。
3. 病院で行われる検査
日本小児外科学会が挙げている診断方法は、3つです。
お腹をよく触ると外からお腹の中にソーセージのようなかたまりを触ったり,超音波検査で腸重積を起こした部分を映し出したり,レントゲン検査で診断をします.
MSDマニュアル家庭版も「超音波検査を行って、診断を確定します」としています。
診断の入口は、痛みのない超音波検査です(写真はイメージです)
**超音波検査(エコー)です。**採血でも、レントゲンだけでもなく、おなかにゼリーを塗って当てる検査で分かる。痛くありませんし、時間もかかりません。
ここは、家族が病院に行くことをためらう理由をひとつ減らしてくれる事実だと思っています。「大げさな検査になるのでは」と心配する必要は、少なくとも診断の入口についてはありません。
4. 傷病名は「腸重積症」でした
検査でこの形が見つかったとき、つく傷病名が**「腸重積症」**です。
そして、ここからがこの記事でいちばん伝えたいところです。この病気は、時間で治療法が変わります。
日本小児外科学会の記述です。
この病気にかかったと思われる時間から**24時間以内であれば、8割は造影剤(レントゲンに写る物質)や空気を肛門から注入して圧を加えることにより腸重積を元の状態(これを整復といいます)にすることが出来ます.**しかし,2割前後のお子さんは圧をかけても整復ができなかったり、腸管が傷ついたりするため手術により整復することになります。重責した腸の組織に血液が流れない状態が長く続いた場合は腸を切り取らなければならないこともあります。
読み方を整理します。
- **「かかったと思われる時間から24時間以内」**が基準です。病院に着いた時間ではなく、最初に泣きだした時間から数えます
- その範囲なら、8割はおなかを切らずに、空気や造影剤を肛門から入れて押し戻せる
- 遅れると、手術になり、さらに遅れると腸を切り取ることがある
数えはじめるのは、病院に着いた時刻ではなく、最初に泣きだした時刻です(写真はイメージです)
だから、救急隊が現場で「いつから泣きだしましたか」と繰り返し聞くのです。あの質問は、記録のためではありません。治療法が変わる分かれ目の数字を取りに行っています。
「何時ごろだったか、はっきりしない」と言われることは、当然あります。それでも構いません。**「お昼寝から起きたあと」「夕飯の前」でも十分です。**思い出せる範囲で結構ですので、伝えてください。
なぜ時間で変わるのか。MSDマニュアル家庭版が理由を書いています。
正常な状態に戻らない場合、はまり込んだ腸の一部が腸を閉塞するため、患部への血流が遮断されます(虚血と呼ばれます)。**血流が2~3時間以上止まると、血流を遮断された腸は死んでいきます(壊疽[えそ])。**腸の一部が死ぬと小さな穴(穿孔[せんこう])が生じやすくなり、細菌が腹腔に入り込んで、腹腔内で重篤な感染症(腹膜炎)が起こります。
日本小児外科学会も「治療が遅れると重積した部分の腸の血液の流れが悪くなって腸管が腐ったり、腐った腸から菌が全身に入り込んでしまうことがあり,早期に診断し治療する必要があります」と書いています。
痛みが「持続的」に変わったときは、谷がなくなったということです。
5. 腸重積症とは
そもそも何が起きているのか。日本小児外科学会の説明です。
腸重積症は,口側の腸管が肛門側の腸管に入り込むことによって腸が閉塞状態となる病気です.典型的な腸重積症は小腸の終りの腸である回腸が大腸に入り込むために生じます.
MSDマニュアル家庭版は、たとえを使っています。
腸重積は、**スライドさせて伸ばす望遠鏡のように、腸の一部が別の部分の中にすべり込む病気です。**はまり込んだ腸の一部は腸を閉塞させ、血流を遮断します。
昔の望遠鏡や、ラップの芯を想像してください。**筒が、自分自身の中に入り込む。**入り込んだところで腸の中身が通れなくなり、同時にその部分に走っている血管も一緒に折り込まれるので、血が流れなくなります。
**だから「詰まった」だけの病気ではなく、「血が止まった」病気なのです。**時間が効いてくる理由はここにあります。
原因については、学会がこう書いています。
原因としては腸に分布しているリンパ組織が腫れて大きくなり,この部分から大腸に入っていくと考えられておりますが,**ごくまれ(全体の3~4%)**には小腸のできものがあることや,メッケル憩室という生まれつき腸管の一部が袋状に残った場合にはこれらの部分から腸重積がおきます.
MSDマニュアル家庭版は「ほとんどの場合、原因は不明です」としたうえで、約25%ではポリープやメッケル憩室などが引き金になるとしています。資料によって割合の見方が違うので、ここは「多くは、はっきりした原因がない」と理解しておくのが安全です。
どのくらい起きるのか。国立健康危機管理研究機構(旧・国立感染症研究所)が公開しているサーベイランスの報告では、全国9道県の協力医療施設で調べた1歳未満の入院例として、こう報告されています。
人口当たりの1歳未満の発症率はワクチン導入前が10万人・年当たり92.2例,導入後が83.4例となっている。
(IASR Vol.40 p213-215:2019年12月号「腸重積症サーベイランスのアップデート」。1歳未満・9道県に限った調査であり、全国の発生数ではありません)
同じ報告には、治療の結果も書かれています。ワクチン導入後の期間では「報告例の92.9%が非観血的整復で治療をされ、観血的整復例は54例または5.8%」「96.1%の症例が合併症を認めず回復しており、死亡例の報告は無かった」。導入前の期間では3例(0.1%)の死亡報告がありました。
**きちんと間に合えば、ほとんどはおなかを切らずに治り、回復します。**この病気で家族に持って帰っていただきたいのは、怖さよりもむしろこちらです。
「熱」も進行後の症状のひとつとして挙げられています(写真はイメージです)
迷ったときに、まずかけられる番号があります(写真はイメージです)
「いつもと違う」と感じたのが、いちばん確かな情報です(写真はイメージです)

