今日は、**「壊死性筋膜炎(えしせい・きんまくえん)」**という病気の話をします。
字面が強いので、先に言っておきます。**まれな病気です。**ご家族が指を切るたび、すねをすりむくたびに心配する必要は、まったくありません。
それでも今日これを書くのは、家庭での見え方が、あまりにも軽いからです。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。この病気が家庭でどう見えるか、その典型的な形を、国の資料に書かれている症状の順番に沿って組み立てたものです。
そして、その典型的な形は、たいていこの一言から始まります。
「ちょっとすりむいただけなんです」
そして、それは事実として正しいのです。傷は浅い切り傷。血はとっくに止まっていて、絆創膏が一枚貼ってあるだけ。見た目は、どこにでもある傷です。
ところが本人は、そこに触れられるのを強く嫌がる。熱もある。前の日までは、ふつうに動いていた人です。
傷の見た目と、痛がり方が、まったく釣り合っていない。
この「釣り合わなさ」が、国の診療指針が名指ししている、いちばんの手がかりです。
きっかけは、たいてい「いつもの庭仕事」です(写真はイメージです)
順番に説明します。
1. 症状——「傷は小さいのに、痛みだけが強い」
国立健康危機管理研究機構は、この病気の初期症状を「四肢の疼痛、腫脹、発熱、血圧低下」、その後の進行を「発症後数十時間以内」と書いています。それを家庭の時間割に置き換えると、典型的にはこういう流れになります。
**1日目の午前。**庭の草むしりや外の作業で、すねや腕をどこかでこする。血がにじんだので、水で洗って、絆創膏を貼る。痛いが、その日はそれだけ。
1日目の夜。「なんだか足がだるい」。本人も家族も「作業で疲れたんだろう」と思う。
**2日目の朝。**痛くて立つのがつらい。熱を測ると37℃台後半。「傷が膿(う)んだのかな」と家族は思う。
2日目の夕方。熱は38℃台に上がり、痛みが朝よりはっきり強くなっている。触ろうとすると嫌がる。トイレに行くのに壁づたいでないと歩けない。ここで119番になります。
土のついた傷は、それだけでリスクが上がります(写真はイメージです)
この段階で救急要請になると、現場でそろいやすいのは次のような所見です。
- **傷は小さい。**絆創膏の下は、浅い切り傷。膿は出ていないことも多い
- **傷のまわりが赤く腫れている。**ただし、赤みの範囲は、痛がり方の割には狭い
- 触れられるのを、強く嫌がる。「痛い」ではなく「触らないで」と言う
- 熱がある
- 脈が速い
- 前の日と比べて、明らかに悪くなっている
最後の一行が、いちばん重要です。
**前の日までふつうに草むしりをしていた人が、翌日には歩けなくなっている。**この「速さ」が、家庭で拾える最大のサインです。
2. 救急隊が現場で疑うこと——見た目と痛みが合わない
けがの現場で、私たちが最初に見るのは傷そのものです。深さ、汚れ、出血の勢い。
ところがこの病気では、傷を見ても、痛がり方の説明がつきません。
浅い切り傷です。ふつうなら、押せば痛い、こすれば痛い、という程度のはずです。ところが本人は、布団に触れさせることさえ嫌がる。
こういうとき、現場で考えるのは大きく3つです。
| 現場で考えたこと | 家庭での言い方 |
|---|---|
| 傷そのものの感染(化膿) | 「傷が膿んだ」 |
| 皮膚の下に広がった感染(蜂窩織炎) | 「赤く腫れて、熱を持っている」 |
| もっと深いところの感染 | 見た目では、わからない |
この3つは、**現場では区別がつきません。**だから病院に運びます。救急隊が現場で診断をつけることはありません。私たちがやるのは、「区別がつかない」と判断して、区別がつく場所へ運ぶことです。
そして、この系統でいちばん気にするのは**「時間」**です。
日本の届出基準(医師が国に報告するときの決まり)には、この系統の病気について、こう書かれています。
日常生活を営む状態から24時間以内に多臓器不全が完結する程度の進行を示す。 (厚生労働省「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(感染症法に基づく医師の届出のお願い)」臨床的特徴)
「多臓器不全が完結する」というのは、臓器が次々に働かなくなり切ってしまう、という意味です。それが1日で起こりうると、国の基準が書いている。
だから、この系統を疑ったときは、様子を見る時間がありません。
この病気で家庭が見るのは、痛みの強さそのものより「昨日と比べてどうか」です(写真はイメージです)
3. 病院で行われること
病院では、おおむね次のようなことが行われます(実際の検査の並びは、病院や状態によって変わります)。
- **採血。**炎症の強さ、腎臓や肝臓の働き、血が固まる力を調べます
- **画像検査。**皮膚の下、筋肉を包む膜(筋膜)のあたりに、何が起きているかを見ます
- **傷の部分を実際に開いて確かめる。**画像だけでは決められないことがあるためです
そして、抗菌薬(細菌をやっつける薬)の点滴が、すぐに始まります。
治療についての国の説明は、こうです。
適切な抗菌薬の迅速な投与、必要に応じて緊急手術による広範囲の病巣(びょうそう)の除去、集中治療室での全身状態の管理などを行います。 (厚生労働省「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)」)
ペニシリン系抗菌薬と呼ばれる抗菌薬が第一選択肢であり、使用される抗菌薬自体は一般的に使用されるものです。しかし、抗菌薬による治療のみでは改善が困難な場合が多く、緊急手術による広範囲の壊死(えし)した病巣(びょうそう)の除去や集中治療室での全身状態の管理を要する場合があります。 (同 Q&A Q4)
ここが、ふつうの「傷の化膿」と決定的に違うところです。
**薬だけでは足りないことがあり、手術で悪くなった組織を取り除く必要が出てくる。**しかもそれは、急ぎます。
抗菌薬の点滴は始まりますが、それだけでは足りないことがあります(写真はイメージです)
4. 傷病名は「壊死性筋膜炎」でした
ここまでの形でついた傷病名が、**壊死性筋膜炎(えしせい・きんまくえん)**です。
原因菌としていちばん問題になるのが、溶血性レンサ球菌(ようけつせい・レンサきゅうきん)。いわゆる**溶連菌(ようれんきん)**の仲間です。
この菌が全身に回って、血圧が下がり、臓器が次々にやられていく状態になると、「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(げきしょうがた・ようけつせいレンサきゅうきんかんせんしょう)」という名前がつきます。英語の頭文字をとってSTSSとも呼ばれます。報道で「人食いバクテリア」と呼ばれることがあるのは、この病気のことです。
つまり、
- 壊死性筋膜炎= 足なら足の、その場所で起きていること
- 劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)= それが全身に及んだ状態
この2つは、別の病気ではなく、同じ流れの手前と先です。国の届出基準でも、STSSの届出要件のなかに「軟部組織炎(壊死性筋膜炎を含む)」が挙げられています。
5. 壊死性筋膜炎とは?
ここからは、この病気そのものの説明です。専門用語は使わずに書きます。
筋膜は、筋肉を包んでいる膜です
皮膚の下には、脂肪があり、その下に筋肉を包んでいる膜があります。これが**筋膜(きんまく)**です。鶏肉を料理するときに見える、あの薄い膜だと思ってください。
この膜に沿って、感染が広がっていくのが壊死性筋膜炎です。
皮膚の壊死性感染症は蜂窩織炎の重症型で、壊死性蜂窩織炎と壊死性筋膜炎がこのカテゴリーに含まれます。これらの感染症では、感染部位の皮膚と軟部組織が壊死を起こします。 (MSDマニュアル家庭版「皮膚の壊死性感染症」)
「壊死(えし)」というのは、組織が死んでしまうことです。
家庭でいちばん困るのは「表面が、そう見えないこと」
この病気の何がやっかいなのか。MSDマニュアル家庭版に、一行で書いてあります。
壊死性筋膜炎: 筋肉を覆う結合組織(筋膜)が感染します。急な悪寒、発熱、重度の痛みと圧痛が感染部位にみられます。感染症が重症化するまでは皮膚は正常に見えることがあります。 (MSDマニュアル家庭版「レンサ球菌感染症」)
「感染症が重症化するまでは皮膚は正常に見えることがあります」。
これが、家庭で見逃される理由のすべてです。
私たちは、けがの重さを見た目で測ります。赤い、腫れている、膿んでいる。ところがこの病気は、悪いことが起きているのが皮膚より深いところなので、表面には、まだそこまで出てこない。
庭やベランダに出るときの、ほんの数分。そこでできた傷が入口になることがあります(写真はイメージです)
では、何が先に来るのか——「痛み」です
医療者向けの国の診療指針には、こう書かれています。
患者の自覚症状としての疼痛が局所の感染徴候に12~24時間先行するとされ、初診時には明確な感染巣がはっきりしない例もしばしば遭遇する。 (国立健康危機管理研究機構 国際感染症センター「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の診療指針」)
痛みのほうが、見た目より半日から1日、先に来る。
これは医療者向けの資料に書かれていることですが、家庭にとっても意味は同じです。「見た目がまだ大したことないから大丈夫」という判断が、この病気では通じない。
同じ指針は、鑑別(見分け)に役立つ所見として「臨床所見に合わない疼痛」を挙げています。**見えているものと、痛がり方が合わない。**これが手がかりだ、と国の指針が名指ししています。
初期症状は、国がはっきり書いています
重篤な基礎疾患を持っていないにもかかわらず突然発症する例が多く、四肢の疼痛、腫脹、発熱、血圧低下が初期症状である。発症後数十時間以内には軟部組織壊死や多臓器不全へ進展し、死に至ることがある。 (国立健康危機管理研究機構「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)」2025年9月25日更新)
家庭の言葉に置き換えます。
| 資料の言葉 | 家庭で見える形 |
|---|---|
| 四肢の疼痛 | 手や足が痛い |
| 腫脹 | 腫れている |
| 発熱 | 熱が出た |
| 血圧低下 | ぐったりする、立ちくらみ、脈が速い |
| 発症後数十時間以内に進展 | 昨日と今日で、はっきり違う |
「四肢」というのは、手と足のことです。この病気は、のどではなく、手足の痛みで始まることが多い。
どれくらい、まれで、どれくらい重いのか
数字を、出典と時点をつけて置いておきます。
- 致命率は30〜40%。(国立健康危機管理研究機構「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)」2025年9月25日更新)
- 2024年の報告数は1,888件(速報値)で、1999年に統計を取り始めて以降、最多。(厚生労働省「劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)」)
- 患者の年齢中央値は73歳。「高齢者に多かった」と国の資料が書いています(2024年5月20日現在の集計)
- 亡くなった方のうち、78.4%が発病から3日以内に、47.0%が発病した日か、その翌日に亡くなっていました(同上、発症日と死亡日がわかる1,402例について)
最後の行を、もう一度読んでください。
亡くなった方のおよそ半分は、発病した日か、その次の日です。
「数日様子を見て、良くならなければ病院へ」という、私たちがふだんやっている判断が、この病気に対してだけは間に合わないということです。
一方で、公平のために書いておきます。2026年は、去年より少ないペースです。2026年第33週(8月10〜16日)時点の累積報告数は841例で、前年同じ週の948例を下回っています(国立健康危機管理研究機構「感染症週報」)。「今まさに急増している」わけではありません。
そして、めったに起きません。日本の人口を考えれば、年に1,000〜2,000例というのは、きわめてまれです。
国の診療指針も、そう書いたうえで、こう続けています。
稀な感染症ではあるが、誰にでも起こりうることに留意が必要である。
怖がる必要はありません。知っておく必要があるだけです。
傷の痛みに「熱」が加わったら、それは傷だけの話ではなくなっています(写真はイメージです)
消毒より、まず流水。指針が「もっとも重要」と書いているのはそちらです(写真はイメージです)
「傷が小さいから」でためらわないでください(写真はイメージです)
「昨日の夜はどうでしたか」——その答えを持っているのは、同じ家にいる人だけです(写真はイメージです)
「一昨日、庭で切ったんです」——その一言が、いちばん速い道になります(写真はイメージです)

