八月の終わりでも、暑さは終わりません。
冷蔵庫を開けて、冷えた飲みものを取る。ひと息に飲む。しばらくするとまた渇く。また取る。——この繰り返しが一日中続いている家族が、いま家にいませんか。
「ちゃんと水分は摂らせています」。ご家族からよく聞く言葉です。熱中症の記事をこれだけ書いてきた身としては、本当にありがたい変化だと思っています。
ただ、今日はその**「摂らせている水分の中身」**の話をします。
残暑の家では、冷蔵庫の中身がそのまま「その日に飲むもの」になります(写真はイメージです)
主な出典は、国立健康危機管理研究機構(JIHS)糖尿病情報センターの「糖尿病の急性合併症のはなし」(2024年10月24日更新)と「糖尿病とは」、日本糖尿病学会編著『糖尿病治療ガイド』(2018-2019、学会サイトで公開されているもの)、環境省『熱中症環境保健マニュアル 2018』、公益社団法人 日本糖尿病協会「清涼飲料水ケトーシス ペットボトル症候群」です。どれも誰でも読める公開資料です。
先に、3つだけ
長くなるので、結論から置きます。
- **甘い飲みものを1日に何リットルも飲み続けると、血糖値が急に上がって昏睡を起こすことがあります。**国の糖尿病情報センターが「ソフトドリンクケトーシス」という名前で説明しています。俗に「ペットボトル症候群」と呼ばれているものです。
- 症状は熱中症とほとんど同じです。のどが渇く、たくさん飲む、尿が多い、だるい、吐き気、腹痛——家庭で見分ける方法はありません。だから見分けようとしないでくださいが、この記事の結論です。
- **「うちは糖尿病じゃないから関係ない」ではありません。**糖尿病情報センターは「急に高血糖の症状が現れて糖尿病が判明する方もいます」と書いています。診断がついていないことは、安全の理由になりません。
以下、ひとつずつ原文で確認していきます。
1. 国が名前をつけて注意している「ソフトドリンクケトーシス」
糖尿病情報センターの「糖尿病の急性合併症のはなし」には、こう書かれています。
一方、2型糖尿病の方でも感染症など他の重症な病気になった場合に体のインスリンが十分作用せずにケトアシドーシスになることがあります。また、清涼飲料水をたくさん飲みすぎてケトアシドーシスになることがあります。これをソフトドリンクケトーシスと呼びます。甘い飲み物を1日に何Lも飲むと、一時に大量の糖がからだの中へ入ってきてしまい、血糖値を下げる臓器である膵臓は、対応できないことがあります。そうすると、血糖値が急に上昇し、昏睡(こんすい)を起こすことがあります。甘いジュースだけでなく、スポーツドリンクなども多く糖が含まれていることがありますので、注意が必要です。
読み飛ばしてほしくない箇所が2つあります。
ひとつは「1日に何L」。コップ1杯や2杯の話ではありません。ペットボトルを何本も、というスケールの話です。
もうひとつは「スポーツドリンクなども」。ここが今日いちばんお伝えしたいところです。熱中症対策として家に置いてある飲みものが、そのまま名指しされています。
同じページの冒頭には、こうも書かれています。
一方で、感染症や脱水、治療の中断や甘いジュースの飲みすぎなどがきっかけとなって、ときに異常な高血糖をきたすことがあります。これは、適切に治療を行わなければ生命をおびやかす急性合併症です。
「生命をおびやかす」。国の資料がこう書く病気は、そう多くありません。
なお、この病態に「清涼飲料水ケトーシス」という名前をつけたのは日本の医師です。公益社団法人 日本糖尿病協会の会誌が2013年9月号でこの特集を組んでおり、そのリード文にはこうあります。
厳しい残暑が続く中、冷たいジュースや炭酸飲料を飲んで暑さをしのいでいる人も、多いのではないでしょうか。しかし、飲みすぎは危険です。清涼飲料水の多飲によって血糖値が上昇し、やがて脱水と意識障害に陥る可能性があります。
「厳しい残暑が続く中」——公的な団体が、この病気とこの時期を結びつけて書いている数少ない一文です。今日は8月25日です。
「1日に何L」は、1本ずつ数えていないと気づけない量です(写真はイメージです)
2. なぜ、飲んでも飲んでも渇きが止まらないのか
ここが、この病気のいちばん残酷なところだと思っています。
糖尿病情報センターは、糖尿病ケトアシドーシスの症状をこう書いています。
**急にのどが渇き、たくさん水を飲み、尿がたくさん出て、全身がだるくなります。**お腹が痛くなり吐き気を伴うこともあり、このような症状が出た場合には注意が必要です。
順番に読んでください。
のどが渇く → たくさん飲む → 尿がたくさん出る。
つまり、渇いて飲んだぶんが、そのまま尿として出ていきます。そして、その飲みものが甘ければ、飲むたびに血糖値がさらに上がる。渇きを止めるための行動が、渇きの原因を強くしていくという形になります。
日本糖尿病学会の『糖尿病治療ガイド』も、糖尿病ケトアシドーシスの前駆症状をこう挙げています(表20)。
激しい口渇、多飲、多尿、体重減少、はなはだしい全身倦怠感、消化器症状(悪心,嘔吐,腹痛)
**「激しい口渇」「多飲」「多尿」**が、症状のいちばん最初に並んでいます。これは病気が進んだ末期の話ではなく、入口の症状として書かれているということです。
同じ「飲む」でも、中身によってその後が変わります(写真はイメージです)
家庭で唯一、向きが違って見えるかもしれないもの
ここは慎重に書きます。断定はできません。
環境省の『熱中症環境保健マニュアル』は、脱水の図にこう注記しています。
脱水が進むと尿量が少なく、尿の色が濃くなります。
一方、いま見たとおり、高血糖による脱水では尿がたくさん出ます。同じ「脱水している」状態でも、家庭で目に見える向きが逆になる、ということです。
だから「トイレが近い=高血糖」と決めつけてよい、という意味ではまったくありません。前立腺の病気でも、利尿薬でも、単に水をたくさん飲んだだけでもトイレは近くなります。
お伝えしたいのはこうです。——**暑さで水分が足りていないはずなのに、トイレの回数だけがやたら増えている。夜中に何度も起きている。それなのに、渇きも、だるさも消えない。**この組み合わせが数日続いているなら、「水が足りないだけ」という説明では足りていません。医療機関にかかる理由になります。
夜中に何度も起きているかどうかは、同居していないと気づきにくい変化です(写真はイメージです)
3. 「体重が減った」は、良い知らせではないことがあります
学会の前駆症状のリストに、ひとつだけ毛色の違う項目が入っていました。体重減少です。
夏に食欲が落ちて体重が減ると、多くの方は「夏バテだね」で済ませます。実際そのほうが多いと思います。ただ、糖として摂ったエネルギーが尿に流れ出てしまい、体は脂肪を分解し始める——糖尿病情報センターはケトアシドーシスの仕組みをこう説明しています。
糖をエネルギー源として利用できないため、からだはエネルギー不足になってしまいます。そのため、かわりに脂肪がエネルギー源として分解されて、使われてしまう緊急事態です。
**「緊急事態」**という語が使われています。
甘い飲みものを大量に飲んでいて、それなのに体重が減っている。この2つが同時に起きているときは、夏バテの一言で片づけないでください。
同じ時間に測る習慣があると、家族が最初に気づける数字になります(写真はイメージです)
このブログでは、高齢の家族の食欲不振を扱った記事も書きました。「食べられない」は、暑さのせいにできてしまうぶん、いちばん見過ごされやすいサインです。
4. 若い人と、高齢の人で、出かたが違います
学会の鑑別表(表20)を読んでいて、家庭にとって大事だと思ったのは、同じ「異常な高血糖」でも2つの型があり、年齢がはっきり分かれていることでした。
糖尿病ケトアシドーシスのほうは、誘因に「清涼飲料水の多飲」が挙げられ、発症年齢は「若年者(30歳以下)が多い」とされています。前駆症状は、さきほどの激しい口渇・多飲・多尿・体重減少・強い倦怠感・吐き気や腹痛です。
もうひとつの高浸透圧高血糖状態は、発症年齢が「高齢者が多い」。糖尿病情報センターは、こちらの誘因を「肺炎や尿路感染症などの感染症、嘔吐・下痢による脱水、手術などのストレス」「ステロイド薬や利尿薬などの薬を使用した時」と書いています。
そして、高齢の方について家族が知っておくべきなのは、この一行だと思います。学会の表に書かれている前駆症状です。
明確かつ特異的なものに乏しい.倦怠感,頭痛,消化器症状
「明確かつ特異的なものに乏しい」。——だるい、頭が痛い、気持ちが悪い。それだけです。八月の終わりの高齢者に、これ以上ありふれた症状はありません。
学会は、この状態を「著しい高血糖と高度な脱水」「発症まで数日の期間がある」とも書いています。ある日突然ではなく、数日かけて進みます。つまり、気づける時間はあるということでもあります。
「なんとなく元気がない」が数日続いているかどうかは、家族にしか分かりません(写真はイメージです)
高齢のご家族については、盆休みの帰省で確認したい5つのチェックもあわせて読んでいただけると、見るポイントがつながると思います。
5. 熱中症と見分けようとしないでください
ここまで読んで、「じゃあ熱中症とどう見分ければいいのか」と思われたはずです。
**見分けなくて構いません。**というより、家庭で見分ける方法はありません。それが今日いちばんお伝えしたいことです。
理由は3つあります。
**ひとつめ。症状が重なりすぎています。**のどの渇き、だるさ、吐き気、腹痛、意識がはっきりしない——このリストは、そのまま熱中症の症状のリストでもあります。
**ふたつめ。両方が同時に起きることがあります。**環境省の『熱中症環境保健マニュアル』には、こう書かれています。
さらに知っておきたいことは、心臓疾患、糖尿病、精神神経疾患、広範囲の皮膚疾患等も「体温調節が下手になっている」状態であるということです。
糖尿病があると熱中症になりやすい、と環境省が明記しています。同マニュアルの「どのような人がなりやすいか」にも「脱水状態にある人」「病気の人、体調の悪い人」が並びます。高血糖で脱水している人は、熱中症にもなりやすい。どちらか一方だと決めつけること自体が危険です。
**みっつめ。血糖値は家庭では測れません。**学会も「高血糖性の昏睡時の臨床症状は低血糖症と著しく異なるが、確診には血糖値の測定が必要である」と書いています。医療者ですら、測らずには決めていません。
なお、逆方向の間違い——熱中症だと思ったら別の病気だった——は、この夏このブログで何度か書いてきました。停電した夜の頭痛と吐き気(一酸化炭素中毒)もそうですし、「手足に力が入らない」もそうでした。夏の不調を全部「暑さ」で説明しようとすると、こういう取りこぼしが起きます。
飲めなくなった脱水を戻すのは、口からではなく点滴の仕事です(写真はイメージです)
「何を飲むか」は、冷蔵庫に何を入れておくかで、ほとんど決まってしまいます(写真はイメージです)
本人が説明できなくなる前提で、メモを1枚つくっておくのが確実です(写真はイメージです)
「最近、やたらのどが渇くって言ってない?」——その一言が入口になります(写真はイメージです)

