足の付け根のふくらみが、戻らなくなったとき——傷病名は「鼠径ヘルニア」。記録に残っているのは、それだけです

足の付け根のふくらみが、戻らなくなったとき——傷病名は「鼠径ヘルニア」。記録に残っているのは、それだけです

記録に残っていたのは、傷病名が「鼠径ヘルニア」だったことと、重症と判断されて入院になったこと。年齢も経過もわかりません。それでも「足の付け根のふくらみが戻らなくなったとき」は、受診の分かれ目です。MSDマニュアル家庭版と日本ヘルニア学会は、戻る・戻らないの境目を具体的に書いています。現役救急救命士が一次資料の原文で解説します。

今日は、鼠径(そけい)ヘルニアの話をします。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。場所や日付は書きません。今回、病院でついた診断名は「鼠径ヘルニア」でした。わからないことは、わからないまま書きます。

朝の光が差し込む静かな部屋 気づいてから、受診までの時間があります(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  • 足の付け根のふくらみは、押すと戻ることも、戻らなくなることもあります。戻らないときが受診のサインです
  • 「戻ったから治った」わけではありません。通り道は、自然にはふさがりません
  • 戻らない・痛みが続く・吐き気がある——このどれかがあれば急ぐ段階です

1. 傷病名——記録にあるのは「鼠径ヘルニア」と「入院」だけです

この事案の記録に残っているのは、傷病名が「鼠径ヘルニア」だったこと、重症と判断され入院になったこと、運んだ先が地域の基幹病院だったこと、この3つだけです。年齢も性別も経過も、私たちの手元にはわかりません。わからないことを、わかっているかのように書くことはしません。

「鼠径ヘルニア」に馴染みがなくても、「脱腸」なら聞いたことがあると思います。

鼠径部ヘルニアは “脱腸”とも呼ばれ、下腹部の足の付け根あたりがポッコリ膨らむ病気です。 (日本ヘルニア学会「成人の鼠径部(そけいぶ)ヘルニア」)

このあと何が起きて「重症」「入院」になったのかは、記録にありません。想像で埋めず、「鼠径ヘルニアとは何か」「どこからが受診のサインか」を一次資料から積み上げて書きます。


2. 鼠径ヘルニアとは——おなかの中のものが、弱くなったところから出てくる

MSDマニュアル家庭版は、鼠径ヘルニアをこう定義しています。

鼠径ヘルニアとは、太ももの付け根(鼠径部)にある腹壁の開口部から、腸などの腹部臓器の一部が突出した状態のことをいいます。 (MSDマニュアル家庭版「鼠径ヘルニア」)

おなかの筋肉には、生まれつき薄く弱い場所があります。立ち仕事や咳、便秘でいきむことでおなかの中の圧力がかかると、腸の一部がそこから押し出されてきます。日本ヘルニア学会は、「飛び出した内臓がおなかの中に戻ると表面上は平らになり治ったように見えますが、飛び出した部分には腹膜の通り道ができてしまい自然に治ることはありません」と書いています(日本ヘルニア学会「成人の鼠径部ヘルニア」)。

洗面所のタオル掛けと植物 着替えやお風呂のときに気づくことがあります(写真はイメージです)

立っていると大きく、横になると小さくなる

MSDは、鼠径ヘルニアの典型的な症状をこう書いています。

鼠径ヘルニアでは通常、鼠径部または陰嚢に痛みのない膨らみができます。この膨らみは、腸管が重力で前後に移動するため、立っているときに大きくなり、横になっているときに小さくなることがあります。 (同)

日本ヘルニア学会も、「立って活動を行った後の夕方は大きくなり、静かに横になっていた後や朝起きた時には膨らみが小さくわかりにくくなります」と同じ性質を書いています(日本ヘルニア学会)。ここまでは「いつもの状態」です。


3. 受診の判断——戻らないふくらみ・痛み・吐き気、Q助と消防庁リーフ

「戻る」と「戻らない」の境目

MSDは、ふくらみが戻らなくなったとき(嵌頓)に何が起きるかを書いています。

ときには腸管の一部が陰嚢にはまりこみ戻らなくなることもあり(嵌頓)、さらに不快感や痛みが起こることもあります。この場合、腸管のその部分に血液が供給されなくなることがあります(絞扼)。血流を断たれた腸管は、数時間以内に壊死(壊疽)することがあります。 (MSDマニュアル家庭版「鼠径ヘルニア」)

押して戻すことを「還納」といいます。MSDは、この境目をこう書いています。

嵌頓ヘルニアの場合、通常はより痛みが強く、膨らみを還納することはできません。 (MSDマニュアル家庭版「腹壁ヘルニア」)

押すと戻るなら急ぎません。戻らない、痛みが続く、吐き気や嘔吐がある——ここからは急ぐサインです。

Q助と消防庁リーフは、何を聞いているか

消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」の腹痛の設問に、こういう項目があります。

8.鼠径部(足の付け根)にしこりを触れますか?

この設問だけ担当科が「外科・救急科」に変わります(他は多くが「内科(消化器科)・救急科」)。「はい」なら、65歳以上歩けない状態いますぐ救急車、そうでなければ2時間をめやすに受診の判定です。

便秘の設問にも、こういう項目があります。

足の付け根やおなかに、こぶのようなものが出ていますか?

こちらは年齢や歩行を問わず、選んだ時点で「いますぐ救急車を呼びましょう」です。ふくらみそのものが、Q助では緊急側の目印です。

消防庁のリーフレット「救急車を上手に使いましょう」にも「おなか」の欄がありますが、「しこり」「ふくらみ」という言葉は、全9ページのどこにも出てきません。おとな向けは「突然の激しい腹痛」「激しい腹痛が持続する」「血を吐く」「便に血が混ざる」「または、真っ黒い便が出る」の4項目、高齢者向けは「突然の激しい腹痛」「血を吐く」の2項目です。高齢者向けには、痛みの持続と便の血に関する項目がありません。記録に年齢がないため、どちらを目安にするかは本人の年齢によって変わります。

白く静かな廊下 目安のどちらに当てはまるかは、年齢で変わります(写真はイメージです)


4. 家族へ——気づいたら早めに相談、押し込まない、救急車を呼ぶ目安

① 「そのうち戻るだろう」と様子を見すぎない

日本ヘルニア学会は、危険な状態になる前の受診を勧めています。

このような危険な状況になる前に鼠径部(そけいぶ)ヘルニアかなと思ったら医師の診察を受けてください。膨らむと同時に異和感や痛みがある場合は早めに医療機関を受診しましょう。 (日本ヘルニア学会「成人の鼠径部ヘルニア」)

「そのうち引っ込むはず」と様子を見すぎないこと。気づいた時点が相談のタイミングです。

木のテーブルの上の砂時計 気づいた日と、押すと戻るかどうかを覚えておいてください(写真はイメージです)

② 押し込む・帯で圧迫する、はおすすめできません

日本ヘルニア学会は、「脱腸帯という体の表面から圧迫するベルトがありますが、これは抑えているだけで治療にならないばかりか、状況によっては飛び出した内臓を傷つける場合もありお勧めできません」と書いています(同)。戻らないふくらみを自己判断で無理に押し込むこともおすすめしません。それ自体が相談の理由になります。

③ 救急車を呼ぶ目安

一次資料を重ねると、次のときは救急車です。

  • ふくらみが戻らない
  • 強い痛みが続く、または悪化していく
  • 吐き気や嘔吐がある
  • 高齢の方、または歩くことができない状態

これらが1つでもあれば、Q助でも「いますぐ救急車を呼びましょう」の判定です。迷う段階なら#7119の記事もあります。似た「お腹でつかえる」病気には腸閉塞の記事便秘からの腸閉塞の記事、赤ちゃんの「痛がったり治ったり」には腸重積症の記事もあります。

浴室に差し込む光 迷ったら、まず相談先に連絡する。それも受診の一歩です(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • 年齢・性別・症状の経過——記録にあるのは、傷病名と入院という結果だけです
  • 手術の方法や入院日数——人によって違い、一般化できる数字ではありません
  • 嵌頓だったのか、絞扼だったのか——記録には書かれていません

まとめ

  • 鼠径ヘルニアは「下腹部の足の付け根あたりがポッコリ膨らむ病気」(日本ヘルニア学会)。通り道は自然に治ることはありません
  • 立っていると大きく、横になると小さくなるのが「いつもの状態」です
  • 戻らなくなる(嵌頓)と血が止まる(絞扼)は別の段階。還納できなくなるのが境目です
  • Q助は「鼠径部(足の付け根)にしこりを触れますか」「こぶのようなものが出ていますか」のどちらでも緊急側の判定に倒れます
  • 危険な状況になる前に」受診を。脱腸帯などで押さえるのはお勧めできません(日本ヘルニア学会)

夕方の窓辺から見える空 戻らない、に気づいたときが、相談のタイミングです(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

  • 体調記録ノート・症状メモ — ふくらみに気づいた日、押すと戻るかどうか、痛みの有無を書いておくと、受診のときに伝えやすくなります
  • お薬手帳ケース — 便秘薬や咳止めなど、おなかの圧力に関わる薬をまとめておけます
  • 家庭の医学書 — 気になる症状から、まず自分で調べられる一冊を

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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