「痛くない」「熱もない」——それでも腸は止まります。傷病名は「腸閉塞(イレウス)」でした

「痛くない」「熱もない」——それでも腸は止まります。傷病名は「腸閉塞(イレウス)」でした

重症・入院となった搬送事案の初診時傷病名は「腸閉塞」でした。腸閉塞には詰まって起きるものと、腸が動かなくなって起きるものがあり、後者(麻痺性イレウス)は厚生労働省が「医薬品の副作用」として一冊のマニュアルにしています。その原文には「排便、排ガスの停止」「腹部の圧痛や打痛はなく、また発熱は認められないことが多い」と書かれています。一方で消防庁のアプリ「Q助」は、全274の設問で「排ガス」を一度も聞きません。現役救急救命士が一次資料の原文で解説します。

今日は、腸が止まる話をします。傷病名でいうと腸閉塞(イレウス)です。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。ただし手元に残っているのは重症・入院となったことと、初診時の傷病名が「腸閉塞」だったことだけです。ご本人の年齢や状況は一切書きません。そこから先は、公的な資料で確かめられることだけを書きます。

静かな日本家屋の室内 「便が出ない」は、便秘とはかぎりません(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  • 腸閉塞には「詰まる」ものと「動かなくなる」ものがあります。後者は痛みも熱もないことが多いと国の資料に書かれています
  • 家族が見られるいちばんの手がかりは、便ではなく「ガス」です
  • 消防庁のアプリ「Q助」は、「排ガス」を一度も聞きません

1. 傷病名——「腸閉塞(イレウス)」でした

腸閉塞は、おおまかに2つに分かれます。物理的に詰まるもの(機械的イレウス)と、詰まってはいないのに腸が動かなくなるもの(麻痺性イレウス)です。

後者について、厚生労働省は『重篤副作用疾患別対応マニュアル 麻痺性イレウス』という一冊を出しています。つまり薬で起きることがあるという位置づけです。

腸管の動きが鈍くなる「麻痺性イレウス」は、医薬品の服用によって引き起こされる場合があります。 鼻炎薬、あへん系鎮痛薬、免疫抑制剤、抗精神病薬、鎮痙薬、頻尿・尿失禁治療薬、抗がん薬、α-グルコシダーゼ阻害薬(糖尿病治療薬)などの医薬品でみられることがある (厚生労働省『重篤副作用疾患別対応マニュアル 麻痺性イレウス』A.患者の皆様へ)

鼻炎薬が先頭に来ていることに目を留めてください。処方薬だけの話ではありません。

「痛くない」「熱もない」

同じマニュアルの「麻痺性イレウスとは?」には、家庭向けにとても大事な一文があります。

主な症状として、「お腹がはる」、「著しい便秘」、「腹痛」、「吐き気」、「おう吐」があり、排便、排ガスの停止、腸内のガスの増加などが認められますが、腹部の圧痛や打痛はなく、また発熱は認められないことが多いとされています。麻痺性イレウスは、徐々に症状が現れるため、上記のような病状に気づきにくく、注意が必要です。 (同)

押しても痛くない。熱も出ない。しかもゆっくり進む。——「まだ様子を見ていい」と判断しやすい条件が、そろってしまいます。

おくすり手帳とピルケース 「便秘の薬」だけでなく、飲んでいる薬全部が手がかりになります(写真はイメージです)


2. 症状のサイン——見るのは便ではなく「ガス」

厚労省のマニュアルは「排便、排ガスの停止」と、便とガスを並べて書いています。国立がん研究センターの『がん情報サービス』は、もっと踏み込みます。

排便や排ガスが全くない場合は、腸閉塞の前触れの可能性があります。すぐに担当医に相談しましょう。 (国立がん研究センター がん情報サービス「大腸がん 療養」手術後の日常生活)

「前触れ」——詰まりきってからではなく、その手前のサインとして挙げられています。

便は、食べていなければ出ません。だから「何日出ていないか」は、食欲が落ちている人ほどあてになりません。ガスは、食べていなくても出ます。家族が道具なしで確かめられて、「食べていないから」が効かない指標は、これだけです。

乱れた布団 張りは、横になっているときのほうが本人に分かります(写真はイメージです)

痛み方でも分かれます

厚労省マニュアルの医療者向けの章に、こうあります。

一般に、麻痺性、閉塞性、絞扼性の順に、症状及び検査所見が激烈であるとされている。 (同 医療関係者向け「4.判別が必要な疾患と判別方法」)

いちばん激しい絞扼性は腸に血が通わなくなるタイプで、緊急手術の対象です(コロナ罹患中の腹部症状の記事に書きました)。


3. 受診の判断——Q助は「ガス」を一度も聞きません

消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」の設問を全274画面調べました。「イレウス」「腸閉塞」「排ガス」「おなら」——この4語は1件も出てきません。

公的な資料が2つとも「排ガスの停止」を挙げているのに、国の受診判断ツールは一度も聞きません。ガスが出ていないことは、自分から言わないと伝わりません。

では、Q助は何を聞くのか

代わりに、「張り」は聞きます。「吐き気・吐いた」を選ぶと、4番目にこれが出ます。

4.おなかがパンパンに張っていますか?

これを選ぶと、結果は「いますぐ救急車を呼びましょう」です。単独で、それだけで救急車になります。

「便秘」を選んだ場合も、2画面目の「吐きましたか? 〔または〕 おなかの張りが強いですか?」に当てはまり、次の画面で65歳以上なら、やはり「いますぐ救急車」です。

「便が出ない」だけでは進みません。「吐いた」か「張っている」が加わったところで、一気に救急車側へ振れます。

病院の静かな廊下 「張っている」は、自分で言葉にできるサインです(写真はイメージです)


4. 家族へ

① 何年も前の手術が、原因になります

日本消化器外科学会の市民向けページには、こうあります。

腸閉塞の原因は過去に受けた手術が原因となるものが多く,それ以外には腫瘍による浸潤によって起こる場合があります. (日本消化器外科学会「市民のみなさま」大腸の病気)

問題は「いつまで」です。国立がん研究センター東病院が、年数を書いています。

術後半年から2年後くらいの間に起こることが多いですが、何年も経過してから生じる場合もあります。 (国立がん研究センター東病院 大腸外科「大腸がんの手術について」)

ところがQ助が手術について聞くのは「最近、おなかの手術やけがを経験していますか?」だけです。何十年も前の開腹手術は、どこでも聞かれません。だからこちらから言ってください。「昔、お腹を切っています」の一言です。

② 飲んでいる薬を、全部見せてください

厚労省のマニュアルは、受診時にこう求めています。

受診する際には、服用した医薬品の種類と量、服用からどのくらいたっているのか、症状の種類、程度などを医師に知らせてください。 (同 A.患者の皆様へ)

おくすり手帳がいちばん早いです。市販の鼻炎薬や痛み止めも含めて——マニュアルの筆頭が鼻炎薬でしたから、「病院の薬ではないので」と省かないでください。

③ 伝えるのは、この3つです

  • 「ガスが出ていません」——何日前からか
  • 「お腹が張っています」——便の回数より、こちらが伝わります
  • 「昔、お腹の手術をしています」——何年前でも

迷う段階なら♯7119もあります。呼んだあと「軽症だった」となっても、それは呼ばなくてよかったという意味ではありません

障子に映る木の影 「ガスは出ていますか」——聞かれなくても、言ってください(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • 「嘔吐物が便のようなにおいになる」——よく言われますが、公的機関・学会の一般向け資料では確認できませんでした
  • 「開腹手術をした人は一生リスクが残る」——書けるのは「何年も経過してから生じる場合もあります」までです
  • 腸閉塞の救急搬送の件数——消防庁『救急救助の現況』に集計がありません

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まとめ

  • 腸閉塞には詰まるもの動かなくなるものがあり、後者(麻痺性イレウス)を厚労省は医薬品の副作用として扱い、「腹部の圧痛や打痛はなく、また発熱は認められないことが多い」「徐々に症状が現れるため…気づきにくく」と書いています
  • 家族が見るのは便よりガス。がん情報サービスは「排便や排ガスが全くない場合は、腸閉塞の前触れ」としています
  • Q助に「排ガス」は0件。代わりに「おなかがパンパンに張っていますか?」が単独で「いますぐ救急車」になります
  • 何年も前の手術も原因になります。Q助は「最近」しか聞きません

手つかずの食卓 食べていなければ便は出ません。でもガスは出ます(写真はイメージです)

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参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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