傷病名は「嘔吐症」、そして入院——記録に残っていたのは、それだけでした。家に残るのは、吐いたあとの片づけです

傷病名は「嘔吐症」、そして入院——記録に残っていたのは、それだけでした。家に残るのは、吐いたあとの片づけです

今回、記録に残っていたのは傷病名が「嘔吐症」だったことと、入院になったことだけでした。年齢も経過もわかりません。それでも家族には、その日からやることがあります——吐いたものの片づけと、うつさないための消毒です。厚生労働省のノロウイルスQ&Aは、次亜塩素酸ナトリウムの濃度まで数字で書いています。現役救急救命士が一次資料の原文で解説します。

今日は、「嘔吐症」という傷病名そのものと、吐いたあとの後始末の話をします。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。場所や日付は書きません。今回は病院でついた診断名が「嘔吐症」でした。わからないことは、わからないまま書きます。

静かな洗面所の一角 片づける人にも、うつることがあります(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  • 「嘔吐症」は、原因の病名が決まる前に使われる名前です
  • 吐き続けることそのものが、体から水分と電解質を奪っていきます
  • 片づけを終えるまでが対応です。吐いたものには、時間が経ってもウイルスが残っています

1. 傷病名——「嘔吐症」とはどういう診断名か

この事案について記録に残っているのは、傷病名が「嘔吐症」だったこと、そして入院になったことだけです。年齢も性別も経過も、私たちの手元にはわかりません。わからないことを、わかっているかのように書くことはしません。

「嘔吐症」は一つの病気の名前のように聞こえますが、『MSDマニュアル家庭版』「胃腸炎の概要」はこう説明しています。

胃腸炎の原因は明らかではない場合が多く、よく調べる必要があります。 (MSDマニュアル家庭版「胃腸炎の概要」)

つまり「嘔吐症」は症状の名前であって、原因を特定した病名ではありません。ウイルス性、食べもの、それ以外の消化器の病気——どれもあり得ます。原因が何であったかは、この記録には残っていません。


2. 症状のサイン——吐き続けるとき、何が起きているか

「吐いた」という一つの言葉の裏で、体の中では水分と電解質が失われ続けています。『MSDマニュアル家庭版』の同じページ、「胃腸炎の合併症」の項です。

重度の嘔吐や下痢は、著しい水分の喪失(脱水)につながる可能性があります。脱水の症状は、筋力低下、排尿頻度の減少、口腔乾燥などで、乳児の場合は泣いても涙が出ないことがあります。過度の嘔吐や下痢は、血中カリウム濃度の低下(低カリウム血症)や脱水などの電解質の異常を引き起こす可能性があり、これが原因で低血圧や心拍数の上昇が生じることがあります。……重症例では、体液量の減少(循環血液量減少性ショック)や腎不全が起こる可能性があります。 (MSDマニュアル家庭版「胃腸炎の概要」、中略部はナトリウム濃度の低下に関する記述)

光が差し込む木の床 「吐いた」の先に、体の中で起きていることがあります(写真はイメージです)

筋力が落ちる、尿の回数が減る、口の中が渇く——どれも家族が横で気づける変化です。「吐き続けている」こと自体が、体から水と電解質を奪い続けています。


3. 受診の判断——Q助と消防庁リーフ

消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」には、「吐き気・吐いた」という入口があります。最初の設問は7項目あり、そのうちの一つがこれです。

強い吐き気ですか? 〔または〕 吐くのが2日以上も続いていますか? (消防庁Q助ロジック「吐き気・吐いた」)

残る6項目は、血が混じる、強いおなかの痛み、おなかが張る、胸や背中の痛み、頭・胸・腹への外傷、強い頭痛——どれか一つでもいますぐ救急車です。どれにも当てはまらなければ、次の画面で10項目をたずねます。尿の量が減ったか、皮膚や唇が乾いていないか、のどがとても渇くか、立ちくらみはあったか、発熱はあるか、最近外食や生ものを食べたか——どれか一つでも当てはまり、かつ「高齢者(65歳以上)」または「歩くことができない状態」なら、やはりいますぐ救急車。そうでなければ2時間をめやすです。血も強い痛みもなくても、この組み合わせだけで結論が変わります。

一方、消防庁リーフレット『救急車を上手に使いましょう』はもっと絞り込まれています。文字の座標を確認すると、おとな・高齢者どちらのページも、「吐き気」の欄にある項目は1つだけでした。

冷や汗を伴うような強い吐き気 (総務省消防庁「救急車を上手に使いましょう」おとな・高齢者ページ「吐き気」欄)

リーフレットのこの1行だけを見ると、ほかは様子を見てよいように読めてしまいます。紙とアプリで、聞かれることの細かさが違います。

開け放たれた窓と光 吐いたあとは、速やかに片づけて換気することが勧められています(写真はイメージです)


4. 家族へ——吐いたあとの後始末と、うつさないために

今回は入院になりましたが、家庭に残された吐いたものは、誰かが片づけなければなりません。この片づけ自体が次の感染源になり得ます。厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」は処理方法を数字入りで示しています。

使い捨てのガウン(エプロン)、マスクと手袋を着用し汚物中のウイルスが飛び散らないように、ふん便、吐ぶつをペーパータオル等……で静かに拭き取ります。拭き取った後は、次亜塩素酸ナトリウム※(塩素濃度約200 ppm)……で浸すように床を拭き取り、その後水拭きをします。 (厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q20)

ゴミ袋に入れるときは、別の数字です。

……ビニール袋に廃棄物が充分に浸る量の次亜塩素酸ナトリウム※(塩素濃度約1,000 ppm)……を入れることが望ましい。 (厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q20)

床は約200ppm、ゴミ袋は約1,000ppm。場面で濃度が違い、自己判断で決めてよい部分ではありません。家庭用の次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系漂白剤でも代用できます(使用上の注意は確認、Q20)。リネン類は「下洗いしたリネン類の消毒は85℃・1分間以上の熱水洗濯が適しています」(Q21)、食器も同じ約200ppmで消毒後、洗剤で掃除します(Q22)。

12日以上前にノロウイルスに汚染されたカーペットを通じて、感染が起きた事例も知られており、時間が経っても、患者の吐ぶつ、ふん便やそれらにより汚染された床や手袋などには、感染力のあるウイルスが残っている可能性があります。 (厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q20)

片づけを後回しにしても、ウイルスは自然に消えません。乾燥すると空気中に舞いやすくなるため、速やかに処理し換気することも勧められています。ドアノブなどの消毒も有効ですが、次亜塩素酸ナトリウムには金属を腐食させる性質があり、消毒後の拭き取りが必要です(Q23)。

使い捨て手袋 使い捨ての手袋とペーパータオルは、吐いた本人より先に、片づける人を守る道具です(写真はイメージです)

使い捨ての手袋とマスク、ペーパータオル、濃度を守った次亜塩素酸ナトリウム。この3つで手順のほとんどをまかなえます。避難所の感染対策はこちらの記事に、受診の判断に迷ったときの見分け方はこちらの記事に、食べたものが原因かもしれないときは食中毒の記事に書きました。119番を呼ぶか迷うなら♯7119という選択肢もあります。

バケツとモップ 片づけを終えて、ようやく一区切りです(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • 年齢・性別・症状の経過・バイタル——記録にあるのは「嘔吐症」という傷病名と、入院になったことだけです。想像で埋めていません
  • 入院になった具体的な理由——脱水や電解質異常の重症化は2章に書きましたが、この事案が当てはまったかは記録にありません
  • 原因の特定——ウイルス性か、食べものが原因か、それ以外かはわかりません

まとめ

  • 「嘔吐症」は原因を特定した病名ではなく、症状につけられた名前です
  • MSD家庭版は、重度の嘔吐が脱水・低カリウム血症、重症例では循環血液量減少性ショックや腎不全につながり得ると説明しています
  • Q助は、血や痛みがなくても、尿の量・口の渇き・立ちくらみなど10項目をたずねます。消防庁リーフレットの「吐き気」欄は、おとな・高齢者どちらのページも1項目だけです
  • 厚労省のノロウイルスQ&Aは、床の消毒は約200ppm、ゴミ袋に入れるときは約1,000ppmと、場面ごとに濃度を分けて指定しています
  • 吐いたものは、時間が経ってもウイルスが残っている可能性があります

干された洗濯物 リネン類は85℃・1分間以上の熱水洗濯が適している、と書かれています(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

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参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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