病院実習で、20代の患者さんに点滴のためのルートを取らせていただく機会がありました。事前に了承を得て、看護師さんの指導のもとで行いました。
腕には、血管の線がはっきり見えていました。まっすぐで、私は「これは外さないだろう」と思いました。針を刺した直後、その線が見えなくなりました。血管そのものが消えたわけではありません。さっきまで見えていた目印を、私が見失ったということです。

写真はAI生成のイメージです。実際の患者さんや施設、処置の様子を再現したものではありません。
看護師さんの声かけで交代した
患者さんは少し緊張されているように私には見えました。看護師さんは、その方に声をかけながら、私の処置も見てくれていました。私は目印を見失ったあと、ルートを取ることができませんでした。難しさを感じていたときに、看護師さんが交代を申し出てくれました。私はお願いし、看護師さんに交代して無事にルートを確保できました。
どうして見えなくなったのかは、この体験だけでは分かりません。患者さんが緊張しているように見えたことと、血管の線が見えなくなったことは、私がその場で見た別々の出来事です。年齢や痛みへの感じ方を理由にすることはできません。あとで振り返っても、私が確かに言えるのは「見えていた線を見失い、自分では確保できなかった」というところまでです。

私の目が腕に向いているとき、看護師さんは患者さんにも声をかけていた
私にとって印象的だったのは、看護師さんがルートを取れたことだけではありません。私が腕を見て処置に集中している間も、看護師さんは患者さんに声をかけていました。処置をする側は、手元が見えなくなったことや、次にどうするかに気を取られます。受ける側からは、何が起きているかや、次に誰が何をするかが同じように分かるとは限りません。
たとえば、説明の途中で役割が変わるとき、スタッフ同士には交代の意味が通じます。それでも、処置を受ける人が同じことを理解しているとは限りません。落ち着いて話せる声の大きさで、これから何をするかを短く伝え、相手が言葉を返せる間を置く。これは当時のやりとりをそのまま再現したものではなく、声をかけながら見守る姿を見て、私が次に意識したいと思ったことです。
処置の前だけでなく、途中で状況が変わったときにも、患者さんに伝えることがある。

交代をお願いするのも、自分の役割だった
目印が見えた時点では、私はルートを取れると思っていました。その見通しが変わったあとも、最初の手応えに頼ることはできません。見えているつもりで話を進めず、自分が分かっていることと、いま分からなくなったことを指導者に伝える。交代が必要なら、自分で抱え込まずにお願いする。この経験から、私はそこも自分の役割だと考えるようになりました。
交代は、処置を受ける方にとっては、担当者が変わってもケアが続くための引き継ぎです。何が済んで、何が済んでいないかが次の人に分かること、そして患者さんにも誰が対応するかが伝わること。実習で自分ができたかどうかを振り返るときも、手技の成否だけで終わらせず、この二つを見直したいと思います。
「できそう」と思った最初の判断は、難しいと分かった時点で更新する。




