今日は、「転院搬送(てんいん・はんそう)」の話をします。病院から、別の病院へ運ぶ出動のことです。
この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。
向かった先が、すでに病院でした(写真はイメージです)
先に、3つだけ
- 病院にいても、救急車を呼ぶことがあります。この事案では、点滴まで入っている状態からの要請でした
- 国は消防の救急車で転院搬送する条件を「緊急に処置が必要」と「要請元医療機関での治療が困難」の2つと定めています
- 行き先は、救急車を呼ぶ前に決まっています。「たらい回し」とは、まったく別のものです
1. 傷病名——「尿閉」でした
90代の女性。糖尿病の持病があり、ふだん通っている病院にいました。
主訴は下腹部の痛みと張り。ずっと続いていました。私たちが着いたとき、意識ははっきりしていて、受け答えもしっかりしています。呼吸も脈も血圧も、大きく外れた数字ではありませんでした。体温は37.2℃。お腹の音(腸の動く音)も、ふつうに聞こえました。
右腕には、すでに点滴が入っていました。その病院で入れられたものです。
つまり、病院にいて、処置も始まっている。それでも救急車が呼ばれました。理由は——「処置困難」。
搬送先は、救命救急センターのある大きな病院。ご家族が同乗されました。
病院がつけた傷病名は「尿閉」。そして傷病程度は「重症」でした。
尿閉そのものについては、別に1本書いています。→「おしっこが出ないだけです」——傷病名は「急性尿閉」でした
病院にいても、そこでできないことがあります(写真はイメージです)
2. 症状のサイン
この事案で、家族から見えていたものはこうです。
- 下腹が張って、痛みが続いている
- 意識ははっきりしていて、会話もできる
- 熱は、少し高い程度
- 見た目には「そこまで悪そうに見えない」
ここが、この事案のむずかしいところです。数字も見た目も、そこまで悪くない。それでも傷病程度は「重症」でした。消防庁の定義はこうです。
(2) 重症(長期入院):傷病程度が3週間以上の入院加療を必要とするもの
見た目の重さではなく、そのあと何週間の入院がいったかで決まるラベルです。現場で見えるものと、ずれることがあります。
3. 避けるには・受診の判断——「処置困難」とは何か
国は、条件を2つだけ書いています
消防庁と厚生労働省は、転院搬送についての通知を出しています(令和7年6月30日改訂/消防救第217号・医政発0630第6号)。その別紙に、こう書かれています。
1 消防機関が救急業務として行う転院搬送は、原則として以下のイ及びロの条件を満たす傷病者について、転院搬送を要請する医療機関(以下「要請元医療機関」という。)の医師によって、医療機関が所有する患者等搬送車、民間の患者等搬送事業者、公共交通機関等、他の搬送手段が活用できないと判断される場合に実施するものとする。 イ 緊急性 緊急に処置が必要であること。 ロ 専門医療等の必要性 高度医療が必要な傷病者、特殊疾患等に対する専門医療が必要な傷病者等、要請元医療機関での治療が困難であること。
「要請元医療機関での治療が困難であること」。——これが、家族に「処置困難」という短い言葉で伝わる部分です。
病院が悪いわけでも、手を抜いたわけでもありません。その病院の設備・体制で、そのとき必要な処置ができない。だから、できる場所へ運ぶ。国が定めた条件の2つ目そのものです。
「たらい回し」ではありません
同じ別紙には、こうもあります。
イ 要請元医療機関が、あらかじめ転院する医療機関を決定し、受入れの了解を得ておくこと。
行き先は、救急車を呼ぶ前に決まっています。受け入れの了解も取れています。搬送先が決まらずに時間が過ぎる話とは、まったく別のものです。→救急車は来たのに、なかなか出発しない
さらに、書面も出ます。
ハ 要請元医療機関が、消防機関に対し、転院の理由、搬送を依頼する理由、担当医師名、患者の状態、処置内容等を示した転院搬送依頼書を提出すること。
転院の理由も、担当医の名前も、紙に書かれています。
「転院搬送依頼書」という書面が出ます(写真はイメージです)
珍しい出動ではありません
消防庁『令和7年版 救急救助の現況』によれば、令和6年中の転院搬送の出動は58万1,928件。救急出動全体の7.5%です。前年より4.6%増えています。同じ資料は「転院搬送」の構成比は減少しているが、出動件数は増加しているとも書いています。めずらしい出動ではありません。
行き先は、もう決まっています(写真はイメージです)
聞いてよいことが、紙に書いてあります(写真はイメージです)
「なぜ移すんですか」と聞いてよいのです(写真はイメージです)

