救急の現場から届いた事案です。初診時はアナフィラキシーが疑われ、最終的な診断は脳梗塞でした。
救急救命士として現場に立っていると、名前が決まる前に動かなければならない場面に、何度も出会います。病院で最後に付く名前と、最初に疑った名前が違うことは、珍しくありません。それでも現場では、名前が決まるのを待てない。だからこの記事を書いています。
先に、いちばん大事なことを書きます。この記事は、アドレナリン(エピペンやネフィー)を打つかどうかを迷うための材料ではありません。アナフィラキシーは、治療が数分遅れるだけで命にかかわります。「脳梗塞かもしれないから、打つ前に確かめよう」「救急車より先に見分けよう」——この記事をそう読まないでください。疑ったら、見分けようとせずに動く。見分けるのは、医療機関の仕事です。
どちらの道かを家の中で決める必要はありません(イメージ写真です)
分かっているのは、3つだけです
この事案について、私が受け取った情報は次の3つだけです。
- 初診時には、アナフィラキシーが疑われた
- 最終的な診断は、脳梗塞だった
- 意識の低下・血圧の低下・ふらつきがあった
これ以外は分かっていません。年齢も、性別も、いつどこで起きたのかも、どれくらいの時間が経っていたのかも、記録がありません。分からないことは書きません。この記事は、ここから先は一次資料だけで組み立てます。
そのうえで、この記事は見分け方の話ではなく、見分けようとしないための話です。アナフィラキシーを疑う症状があるとき、『救急蘇生法の指針2025(市民用)』はこう書いています。
このような場合には、アドレナリンという薬の一刻も早い使用が望まれます。 (救急蘇生法の指針2025 市民用)
一刻も早い使用。ここに「ただし脳梗塞でないことを確かめてから」という条件は付いていません。家庭で立ち止まる時間は、用意されていません。
アナフィラキシーとは/脳梗塞とは
アナフィラキシー
指針2025は、アナフィラキシーをこう説明しています。
アナフィラキシーとは、原因となる物質(アレルゲン)が体内に入ることで短い時間で全身に引き起こされる重篤なアレルギー反応をいいます。アレルゲンとしては、鶏卵、乳製品、小麦、木の実(くるみ、カシューナッツなど)、落花生、甲殻類、ソバなどの食品、ハチなどの昆虫の毒、薬などが知られています。アレルゲンとなる食べ物の摂取後に運動を行うことで生じる場合もあります。赤い発疹が全身に現れて腫れたり、気道(空気の通り道)が狭くなって息苦しくなったり、血圧が低下して意識がもうろうとなったりします。命にかかわることもありますので、このような症状のどれかが起きた場合はただちに119番通報します。 (救急蘇生法の指針2025 市民用「アナフィラキシー」)
「このような症状のどれかが起きた場合は」です。全部そろう必要はありません。
『MSDマニュアル家庭版』も、速さを書いています。
アナフィラキシー反応は急速に進行して1~2分以内に、突然倒れ、呼吸が止まり、けいれんを起こし、意識を失うことがあり、重度の反応は、直ちに緊急の治療をしないと死に至る可能性があります。 (MSDマニュアル家庭版「アナフィラキシー反応」)
食品、昆虫の毒、薬。アレルゲンとして挙げられているものです(イメージ写真です)
脳梗塞
MSDマニュアル家庭版「虚血性脳卒中」から。
虚血性脳卒中は、脳に血液を供給する動脈が閉塞して起こるのが典型的で、最も多いのは片方の内頸動脈の分枝の閉塞です。その結果、脳細胞に供給される血液が足りなくなります。血液の供給が4.5時間途絶えると、大半の脳細胞が死んでしまいます。 (MSDマニュアル家庭版「虚血性脳卒中」)
閉塞(へいそく)は、詰まることです。4.5時間という数字が出てきます。指針2025の脳卒中の項はこうです。
脳梗塞や脳出血では、手足(多くは左右どちらか)に力が入らない、しびれる、ろれつがまわらない、顔がゆがんでいる、物が見えにくい、めまいがするなどの症状が急に現れます。 (救急蘇生法の指針2025 市民用「脳卒中」)
どちらも、急ぎます。片方は数分、片方は時間単位。待っていい側は、ありません。
どちらも、時間で決まります(イメージ写真です)
なぜ、重なって見えるのか
ここが、この記事の芯です。この事案で分かっている症状は、意識の低下・血圧の低下・ふらつきでした。さっきのアナフィラキシーの説明と見比べてください。「血圧が低下して意識がもうろうとなったり」——そのまま書いてあります。
MSDはさらに、こう書いています。
アナフィラキシー反応の初期症状は不安感で、次いでチクチクした感じと、めまいが起こります。 (MSDマニュアル家庭版「アナフィラキシー反応」)
MSDは続けて、血圧が下がって失神することがあると書き、その他の症状にも、めまいを挙げています。めまい。失神。血圧が下がる。突然倒れる。そして脳卒中の側にも、「しびれる」「めまいがする」「急に現れます」が並んでいます。言葉は違っても、家族が見ている景色は、そう違いません。
つまり、この事案で分かっている3つの症状は、どれもアナフィラキシー側の資料に書いてある言葉でした。それでも最終的な診断は脳梗塞でした。症状の重なりは、どちらかを当てるための材料にならない——事案が示しているのは、そのことです。
国の道具も、見分けさせません
総務省消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」は、自分で答えて受診の目安を出すアプリで、病名を判定するものではありません。大人の症状選択に「めまい・ふらつき」という入口があります。
最初の画面は全12項目で、1つでも当てはまれば「いますぐ救急車を呼びましょう」。12項目すべてが同じ結論です。
急に手足の力が抜けた感じ 〔または〕 手足の動きにくさがありますか? (全国版救急受診アプリ「Q助」総務省消防庁)
2番目の項目です。そして12番目。
めまいやふらつきが起こったのは突然ですか? (全国版救急受診アプリ「Q助」総務省消防庁)
1番目は「動けませんか? 〔または〕 歩行や移動ができませんか?」です。ふらついて歩けない、急に突然だった。それだけで、もう「いますぐ救急車」の側です。病名を当ててから呼ぶ作りには、なっていません。
名前が決まるのは、ここから先です(イメージ写真です)
決めるのは、診る人です(イメージ写真です)

