転んで口をぶつけて、歯が抜けた。今日はその話をします。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——顔から転んで、口の中が血だらけになり、前歯が1本足りない、という形で起こります。ここに書くのは資料に書かれていることだけで、いちばん伝えたいのは抜けた歯を乾かさないことと、乳歯は元の穴に戻してはいけないことの2点です。
抜けた歯の持っていき方で、その後が変わります(記事と関係のないイメージ写真です)
ぶつけて、歯が抜けた・折れた
『MSDマニュアル家庭版』の「歯の破折、動揺、脱臼」(最終更新2025年4月)は、こう書き出しています。
歯が欠けたり、ぐらついてきたり、折れたりすることは急を要する歯科的問題であり、早急に対応する必要があります。口に強い打撃を受けると、歯が割れたり(破折)、ぐらついたり(動揺)、脱臼することがよくあります。 (MSDマニュアル家庭版「歯の破折、動揺、脱臼」)
急を要する歯科的問題。割れやすいのは上の前歯です。
まずやることは止血です。『救急蘇生法の指針2025(市民用)』の「13 歯の損傷」から。
歯が抜けた部分の歯ぐきからの出血は、丸めた綿やティッシュペーパーなどで圧迫して止血を試みてください。 (日本救急医療財団「救急蘇生法の指針2025(市民用)」「13 歯の損傷」)
丸めた綿、またはティッシュペーパー。どれくらい押さえるかは、総務省消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」にあります。Q助は自分で答えて受診の目安を出すアプリで、病名を判定するものではありません。「口の中や歯の問題(大人・こども)」の最初の画面は全7項目で、1つでも当てはまれば「いますぐ救急車を呼びましょう」。その6番目です。
歯が折れたり、歯が抜けた後、10分間圧迫しても止血できませんか? (全国版救急受診アプリ「Q助」総務省消防庁)
10分間。止血できなければ救急車です。裏を返せば、押さえてみる時間として10分が置かれています。
抜けずに欠けた・折れたときは、深さで急ぎ方が変わります。MSDは、けがのあと歯が冷気や冷水に過敏でなければ、一番外側のエナメル質だけが傷ついている可能性が非常に高く、治療を急ぐ必要はないとしています。中間層の象牙質が破折していると、通常は空気や食べものが触れると痛むため、すぐに歯科医院を受診します。しみるかどうかが手がかりです。
まず押さえる。そのあいだに考えます(写真はイメージです)
「歯の脱臼」とは
MSDが並べているのは、割れる(破折)、ぐらつく(動揺)、抜け落ちる(脱臼)の3つです。歯の脱臼は、歯が骨の穴から外れて抜け落ちることを指します。抜け落ちていなくても、ぐらついているときは急ぎます。
けがによって歯がぐらついたり、周囲の歯ぐきの組織から多量に出血したりしている場合は、歯根が破折したり歯槽骨が骨折している可能性があるため、直ちに歯科医院を受診する必要があります。 (MSDマニュアル家庭版「歯の破折、動揺、脱臼」)
歯槽骨は、歯が植わっている骨です。見えているのは歯だけでも、折れているのは骨のほうかもしれない。
乳歯と永久歯で、やることが正反対です
ここが、この記事でいちばん大事なところです。
乳歯または永久歯が脱臼した場合は、直ちに最寄りの歯科医院を受診する必要があります。乳歯が脱臼した場合は、取れてしまった歯を元の穴へ戻す再植を行うと、その歯に感染が生じたり、永久歯が生えてくる邪魔になることがあるため、再植は行うべきではありません。しかし、永久歯が脱臼した場合は、直ちに治療が必要です。 (MSDマニュアル家庭版「歯の破折、動揺、脱臼」)
再植(抜けた歯を元の穴に戻すこと)について、永久歯は戻す、乳歯は戻してはいけない。逆にやると、感染が生じたり、あとから生えてくる永久歯の邪魔になることがあります。
ここからが家庭の話です。手のひらの歯を見て、乳歯か永久歯かを言い切れるでしょうか。生えかわりの時期は人によって違い、口の中は血が出ていて、本人は泣いています。乳歯か永久歯か家庭で判断がつかないときは、戻さずに持っていってください。戻していいのは、永久歯だとはっきり分かっている場合だけです。
持ち方も決まっています。指針2025もMSDも付け根(歯根)には触れないようにと書いており、持つのはふだん見えている白い部分(歯冠)です。
乳歯か永久歯かを決めるのは、家族ではなく診る人です(写真はイメージです)
抜けた歯は、乾かさないで持っていく
指針2025の、止血に続く部分です。
抜けた歯は「歯の保存液」もしくは冷えた牛乳にひたすか、それらがなければ、乾燥させないようにラップフィルムに包んで、すみやかに歯科医師の診察を受けてください。多くの学校では「歯の保存液」が常備されています。抜けた歯を持つときには付け根の部分に触れないようにします。 (日本救急医療財団「救急蘇生法の指針2025(市民用)」「13 歯の損傷」)
歯の保存液、なければ冷えた牛乳、それもなければラップフィルム。多くの学校では常備されていると書かれています。MSDの書き方は、少し違います。
可能であれば、直ちにその永久歯を元の穴に戻します(歯根には触らないようにします)。取れた歯を10秒間冷水でやさしく洗ってもよいですが、ごしごしこすると歯の再接着を助けるために必要な根管の組織が取り除かれてしまうため、こすってはいけません。自分で歯を元の穴に戻せない場合は、湿らせたペーパータオルで歯を包むか、さらによい方法としては、コップに牛乳を入れてその中に歯を入れておいて、歯科医院まで持って行きます。(牛乳は歯に栄養を与える環境として優れています。) (MSDマニュアル家庭版「歯の破折、動揺、脱臼」)
2つの資料で、書き方が違います
| 救急蘇生法の指針2025 | MSDマニュアル家庭版 | |
|---|---|---|
| 包むもの | 乾燥させないようにラップフィルムに包む | 湿らせたペーパータオルで包む |
| 牛乳 | 「冷えた牛乳にひたす」 | コップに牛乳を入れてその中に歯を入れる |
| 洗うか | 書かれていない | 10秒間冷水でやさしく洗ってもよい。こすってはいけない |
| 元の穴に戻すか | 書かれていない | 永久歯は直ちに戻す。乳歯は戻してはいけない |
どちらが正しいかを、この記事では決めません。どちらも家庭向けの資料で、食い違っているのは事実です。決められるのは、その歯を診る人です。2つの資料に共通していることは3つあります。
- 乾かさない——乾いたティッシュやハンカチにそのまま包む方法は、どちらにもありません
- 付け根(歯根)に触らない・こすらない
- すみやかに歯科医師の診察を受ける
水道水に浸けて持っていく方法も、どちらの資料にもありません。
歯が取れてからの時間
歯が取れてから30分から1時間以内に埋め戻すことができれば、その歯が元の穴にくっつく(生着する)確率が高くなります。30分を過ぎると、歯が取れてからの時間が長引くほど、長期的な生着率は悪くなります。 (MSDマニュアル家庭版「歯の破折、動揺、脱臼」)
30分から1時間。容器を探して人に相談して、それから出かける、では間に合いません。乾かさない形にして、そのまま出かけてください。
MSDには歯を口の中に入れて持って行く方法もありますが、意識があり、歯を吸い込んだり飲み込んだりする可能性が低い場合という条件つきです。こどもでは窒息や誤飲の危険があるので、この記事では勧めません。
冷えた牛乳は、資料に書かれている手段のひとつです(写真はイメージです)
置いてあるかどうかは、起きる前にしか決められません(写真はイメージです)

