今日は、「胃腸炎だろう」と決めきれなかった話をします。吐いて、下して、動けなくなった——それだけならよくある話ですが、今回はその前に頭痛があったことが引っかかりました。
この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。候補は複数あり、最後まで一つに決まりませんでした。
頭痛で目が覚め、そのあと動けなくなりました(写真はイメージです)
先に、3つだけ
- 「吐いた・下した」だけを見ず、何が先に起きたかという「順番」が、見分ける手がかりになります
- 脈が遅いことには、複数の説明があります。その場の情報だけで一つに決めることはできません
- 消防庁のQ助は、頭痛から入っても、吐き気から入っても、下痢から入っても、同じ判定に行き着く設計になっています
1. 傷病名——候補は、最後まで一つに決まりませんでした
通報は息子さんからでした。深夜、頭痛で目を覚ました70代前半の女性が、トイレで何度も嘔吐・下痢をして動けなくなったといいます。
着いたときの様子です。意識は清明(会話も受け答えもはっきり)で麻痺やけいれんはなし。訴えは嘔気と頭が重い感じで、頭痛そのものは治まっていました。呼吸20回/分・正常、脈拍58回、搬送中は55回(ゆっくり)、血圧159/98、体温35.5℃、SpO2 99%、瞳孔は正常。嘔吐物・便に血液の混入はなく、高血圧と糖尿病の持病がありました。
「胃腸炎でしょう」と言いたくなる所見ですが、頭痛が先にあったことが、それだけでは片づけられない理由でした。
MSD家庭版「吐き気と嘔吐」の、原因ごとの特徴を並べた表です。
胃腸炎——嘔吐と下痢/腹痛がほとんどまたはまったくない(嘔吐時を除く)/まれに発熱または血便/腹部の診察では正常 脳出血——突然でしばしば重度の頭痛/混乱 (MSD家庭版「成人の吐き気と嘔吐」表「吐き気と嘔吐の主な原因と特徴」)
脳出血も、吐き気を起こす原因として同じ表に並びます。「頭痛の概要」の別の表では、逆側からこう書かれています。
脳内出血(脳内部への出血)——突然始まる/頭部の両側に起こる/吐き気や、ときに嘔吐を伴う (MSDマニュアル家庭版「頭痛の概要」表「頭痛の主な原因と特徴」)
「嘔吐から見た表」にも「頭痛から見た表」にも、互いの症状が出てきます。片方だけを見ると、もう片方の可能性を見落とします。
トイレに立った先で、動けなくなりました(写真はイメージです)
2. 症状のサイン——「頭痛が先」だったこと、そして治まっていたこと
今回の経過を順番に並べると、こうなります。
頭痛で目が覚める → トイレへ向かう → 嘔吐と下痢を繰り返す → 動けなくなる → 到着時には頭痛は治まり、嘔気と頭重感だけが残っている。
「吐いて下した」だけを見れば胃腸炎に見えます。しかし「頭痛が最初に起きた症状だった」という順番は、胃腸炎の典型像とは違います。厚生労働省の「ノロウイルスに関するQ&A」はこう説明しています。
潜伏期間(感染から発症までの時間)は24~48時間で、主な症状は吐き気、嘔吐、下痢、腹痛であり、発熱は軽度です。 (厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」)
主な症状として並ぶのは吐き気・嘔吐・下痢・腹痛で、頭痛はこの4つには入っていません。MSD家庭版「ノロウイルス胃腸炎」には「また発熱、頭痛、全身の痛みもみられることがあります」ともありますが、これは嘔吐・下痢と並んでみられる頭痛であり、それだけが先に起きて他の症状が治まった後まで居残る、という順番の説明ではありません。
脈が遅かったことについて
もう一つ気になったのが脈の遅さです。「脳の圧が上がった徴候では」という考えも浮かびますが、MSDプロ版「脳ヘルニア」の記載は「そういう場合もある」という一般論です。
頭蓋内圧が十分に上昇すると,その原因にかかわらず,クッシング反射をはじめとする自律神経系の異常が生じるようになる。クッシング反射としては,脈圧増大を伴う収縮期高血圧,不規則な呼吸,徐脈などがみられる。 (MSDプロフェッショナル版「脳ヘルニア」)
この反射は血圧・呼吸・脈の三つが揃って現れるとされ、今回は呼吸も意識も瞳孔も普段どおりでした。もう一つの説明が、MSD家庭版「失神」にある迷走神経の働きです。
強い感情(特に血を見たとき)や痛みが迷走神経を活性化させることがありますが、迷走神経が活性化すると、血管が広がり、心臓に戻る血流量が減少し、心拍数が低下します。 (MSD家庭版「失神」)
嘔吐や下痢を名指ししたものではありませんが、心拍数が下がる仕組みは共通します。一つの所見に、複数の説明が成り立ちます。
一つの所見にも、複数の説明が成り立つことがあります(写真はイメージです)
3. 受診の判断——Q助は、頭痛からも、吐き気からも、同じ答えに行き着きます
消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」は症状の入口を複数用意し、今回はどの入口から入っても同じ結論でした。「頭痛」の設問には「1. 強い吐き気はありますか? 〔または〕吐きましたか?」、「吐き気・吐いた」の設問には「7. 強い頭痛を伴っていますか?」、「下痢」の設問には「1. ひどい脱力感があり、動けないですか?」——いずれも→いますぐ救急車です(消防庁Q助ロジック)。どこから入っても、同じ結論に行き着く設計です。
一方、消防庁リーフレット『救急車を上手に使いましょう』高齢者ページの「頭」の欄にあるのは「突然の激しい頭痛」「突然の高熱」「急にふらつき、立っていられない」の3つです。到着時には頭痛は治まっており、「今」の症状だけを見れば、どれにも当てはまりません。その前に何があったかという経過が、見分けの手がかりになります。
Q助は、頭痛からでも吐き気からでも同じ結論に行き着きます(写真はイメージです)
4. 家族へ——「順番」と、脈と体温を記録してください
「吐いた」「下した」という結果だけでなく、それより前に何があったかを伝えてください。頭痛は治まっていても、先にあったという事実は消えません。「いつから吐いているか」だけでなく「その前に何がありましたか」も伝えてください。
脈と体温は、数字で記録してください。「なんとなく脈が遅い」ではなく、今回のように脈58回から55回、体温35.5℃と数字にすることが、複数の可能性を検討する助けになります。
「動けないけれど、意識ははっきりしている」——ここで119番をためらう家族は少なくありません。迷う段階なら♯7119という選択肢があります。突然の激しい頭痛はくも膜下出血の記事に、頭痛が軽くても脳の血管の病気はあり得ることは高齢者の脳内出血の記事に、吐いて下した腹部症状の見分け方は食中毒の記事に書きました。
何が先に起きたか。数字は何だったか。書き残すことが手がかりになります(写真はイメージです)
この記事で書かなかったこと
- 最終的な診断名と、その後の経過——候補は複数のまま搬送しました
- 脈が遅い理由の断定——クッシング反射も迷走神経反射も「そういう場合がある」という一般的な記載です
- 低血糖・低体温症の断定——糖尿病の持病と35.5℃という体温はありましたが、意識は清明で断定できる材料はありませんでした
「治まったから大丈夫」ではなく、「先に何があったか」を伝えてください(写真はイメージです)

