「どこが痛いか、本人に聞けませんでした」——手がかりは3日続いた熱だけ。傷病名は「腎盂腎炎」でした

「どこが痛いか、本人に聞けませんでした」——手がかりは3日続いた熱だけ。傷病名は「腎盂腎炎」でした

入院中の50代男性が、3日続く熱だけを手がかりに、より高度な病院へ搬送された事案です。ご本人とは言葉のやりとりができず、主訴はありませんでした。厚生労働省『介護現場における感染対策の手引き 第3版』は「膀胱炎では…発熱はありません」と書き、尿道カテーテルの長期留置を尿路感染症の原因として名指ししています。そして消防庁のアプリ「Q助」は、症状を選ぶ前に8つの質問を全員に投げてきます。その8つには、本人の言葉がひとつも要りません。現役救急救命士が一次資料の原文で解説します。

今日は、本人が症状を言えないときの話をします。傷病名でいうと腎盂腎炎(じんうじんえん)——尿路感染症が腎臓まで及んだ状態の疑いです。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、あくまで現場で疑ったものです。

古い日本家屋の廊下 「どこが痛いですか」——この質問が使えない現場が、確かにあります(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  • 膀胱炎では熱は出ません。熱が出た時点で、膀胱までの話ではない可能性があります
  • 尿道カテーテルが入っている人では、熱が最初のサインになることがあります
  • 「いつもと違う」は、消防庁の冊子の"おとな"のページにも書いてあります

1. 傷病名——疑われたのは「腎盂腎炎」でした

呼ばれたのは、入院中の病院からでした。より高度な治療ができる病院へ運ぶための要請です。

50代の男性。熱が3日続いていました。検査で尿路感染症と腎機能の低下が疑われ、うちでは診きれない、という判断です。左の前腕には点滴のルート。そして、尿道にカテーテル(尿を出すための細い管)が入っていました。

目は開いていて、こちらを見ています。顔色も悪くない。頭痛・胸痛・腹痛の訴えもない。

ただ、主訴がありませんでした。ご本人と言葉のやりとりができる状態ではなかったからです。

「膀胱炎では、発熱はありません」

厚生労働省老健局の『介護現場における感染対策の手引き 第3版』(令和5年9月)に、こうあります。

感染する場所によって、膀胱炎と腎盂腎炎に分けられます。膀胱炎では、(中略)尿が濁るといった症状がありますが、発熱はありません。(中略)腎盂腎炎では、腎臓の部分の痛みと発熱があります。 (厚生労働省『介護現場における感染対策の手引き 第3版』16.尿路感染症)

膀胱炎の症状として挙げられているのは、排尿痛・残尿感・頻尿・尿の濁りです。

膀胱炎では熱は出ない。「熱がある尿の感染」は、もう膀胱までの話ではない可能性がある、ということです。

原因も同じ手引きが名指しします。「尿道カテーテルの長期留置等が原因となることもある」「チューブ類は、感染のリスクが高い」(同 p.28)。管が入っていること自体が、リスクとして挙げられている。年齢の話ではありません。

ベッドのそばの椅子 管が入っている、というだけで見るべきところが増えます(写真はイメージです)


2. 症状のサイン——「出ていない」のと「言えない」のは、別のことです

手引きは「腎盂腎炎では、腎臓の部分の痛みと発熱があります」と書いています。では今回、痛みはなかったのか。

わかりません。確かめる方法がなかったからです。記録に残るのは「訴えなし」。ただしその4文字は、本当に無いのか、伝わっていないだけなのか、区別がついていません。

高齢の方の「症状が出にくさ」は80代の事案に書きました。ただ今回の方は50代。年齢では説明がつきません。

では、何を見るのか

同じ手引きが答えを持っています。介護の現場向けですが、家族がそのまま使えます

普段の反応と違う」、「今日は笑顔がみられない」、「なんだか元気がない」等の日常の中の変化を早期に把握することが大切です。(同 p.28)

次のページには、認められたら直ちに看護職員や医師に報告する症状が一覧で並びます。意識レベルの低下・発熱・嘔吐・腹痛と同じ並びに、「いつもと比べて活気がない」が入っています(p.29)。尿路感染症については「尿の混濁等に注意」とも(p.31)。活気も尿の濁りも、本人が言えなくても、そばにいる人には見えます。

ノートと鉛筆 「いつもと何が違うか」は、書き留めておくと伝えやすくなります(写真はイメージです)


3. 受診の判断——Q助は、症状を選ぶ前に8つ聞いてきます

消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」は、症状を選ぶと緊急度の目安が出ます(使い方は♯7119の記事へ)。書きたいのは中身の構造です。

症状を選ぶ画面の前に、質問が2段階あります。まず「はじめに必ず確認する症状」——呼吸・脈・水没・体の冷たさの4つ。当てはまらなければ「各症状へ進む前に」が4つ続きます。

①(いつもどおり)ふつうにしゃべれていますか? 声は出せていますか? ②ハアハアしますか(ハアハアしていますか)? 息は苦しい(苦しそう)ですか? ③顔色、唇、耳の色が悪いですか? 冷や汗をかいていますか? ④しっかりと受け答えが出来ますか?

この8つ、ひとつも本人の説明を必要としていません。そばにいる人が見ればわかることだけで書かれています。

①の「いつもどおり」という括弧書きも大事です。基準はその人のいつもで、そこが変わったかを見ます。

④で「いいえ」を選ぶと

症状の選択画面を飛ばして「意識がおかしい」へ直行します。そこにある「10.発熱(38℃以上)はありますか?」を選べば、結果は「いますぐ救急車を呼びましょう」。次の画面には「9.いつもと違った様子ですか?」も正式な選択肢として並びます。

スマートフォンを持つ手 Q助の8つの質問は、すべて「見ればわかること」で書かれています(写真はイメージです)


4. 家族へ

① 冊子で拾えるのは、たった一行です

消防庁の冊子『救急車を上手に使いましょう』(令和7年12月発行)の全9ページに、「尿」「排尿」「感染」「カテーテル」「発熱」という語は1件も出てきません。一覧にあるのは「突然の高熱」——3日続いた熱は「突然」ではありません。拾えるのは、リストの外の一行だけです。

◎その他、いつもと違う場合、様子がおかしい場合

高齢者のページ限定だと思われがちですが、"おとな"のページにも同じ欄があり、見出しは「重大な病気やけがの可能性があります!」。言葉で訴えられない人は、高齢者だけではありません。

② 管が入っている人は、熱が最初のサインになることがあります

尿道カテーテル、胃ろう、点滴のルート。管が入っているというだけで、感染の入り口がひとつ増えます。そして膀胱炎では熱は出ない。「熱だけだから様子を見る」の"だけ"が、この人たちでは成立しにくいのです。

③ 伝えるのは「いつから」と「いつもと何が違うか」

ご本人から症状が聞けないことは、珍しくありません。頼りになるのは、そばにいた人の言葉です。

  • 「3日前からです」——いつからか
  • 「いつもならこの時間は起きているのに、今日は反応が鈍いです」——いつもと何が違うか

病名を当てる必要はありません。普段を知る人にしか言えない後者に、価値があります。呼んだあと「軽症だった」となっても、それは呼ばなくてよかったという意味ではありません

窓辺のカーテン 「いつもと違う」は、いつもを知っている人にしか言えません(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • この方の最終的な診断名と、その後の経過——書けるのは現場で疑ったところまでです
  • 「意思疎通が難しい人は症状が出にくい」——裏づける一般向けの一次資料がありません。説明できるのはカテーテルまでです
  • カテーテル留置中に熱が出る頻度——公的な数字がありません

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まとめ

  • 膀胱炎では熱は出ません。厚労省の手引きは「膀胱炎では…発熱はありません」「腎盂腎炎では…痛みと発熱があります」と書き分け、尿道カテーテルの長期留置を原因として名指しします
  • 「訴えがない」は「症状がない」ではありません。Q助が症状を選ぶ前に投げる8つの質問に、本人の言葉はひとつも要りません

水の入ったグラス 同じ手引きは、尿路感染症の予防として「水分をたくさんとりましょう」とも書いています(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

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参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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