「朝、見にいったら様子がおかしくて」——最後に無事だったのは前の晩。傷病名は「脳梗塞の疑い」でした

「朝、見にいったら様子がおかしくて」——最後に無事だったのは前の晩。傷病名は「脳梗塞の疑い」でした

介護施設の朝の見回りで、90代の女性の様子がおかしいことに職員が気づきました。右の手足に力が入らず、声も出ません。最後に普段どおりだったのは、前の晩でした。脳梗塞の治療には時間の制限があり、その起点は「発見した時刻」ではなく「最後に無事だった時刻」です。日本脳卒中学会の指針は、この2つをはっきり区別しています。現役救急救命士が実際の事案から解説します。

今日は、時刻の話をします。傷病名でいうと脳梗塞——その疑いです。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、あくまで現場で疑ったものです。

朝の光が入る和風の廊下 静かな朝でした(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  1. 脳梗塞の治療の時間は、「見つけた時刻」からではなく「最後に無事だった時刻」から数えます
  2. だから家族や職員が伝えるべきなのは、発症・発見・最後に無事だった時刻の3つです
  3. 消防庁の冊子には、時刻を伝えるよう書かれていません。書いているのは学会と救急蘇生法の指針です

1. 傷病名——疑われたのは「脳梗塞」でした

介護施設の朝。7時20分ごろ、職員が様子を見にいくと、90代の女性の右の手足に力が入っていませんでした。

呼びかけても声が出ません。うなずきもありません。目は開きますが、意思の疎通ができません。仰向けのまま、立つこともできませんでした。

既往に認知症、そして心臓の持病。県の脳卒中の判断項目に当てはめ、三次救急のある病院へ向かいました。重症度は「準緊急」です。

けれど、いちばん重かったのはここでした

最後に普段どおりだったのは、前の晩の20時ごろ。

つまり、発見までに11時間が経っていました。

朝の窓辺 最後に元気だったのは、前の晩でした(写真はイメージです)

2. 症状のサイン

日本脳卒中学会が監修した一般向けの資料には、脳卒中の症状が5つ挙がっています。いずれも「突然」です。

  • 片方の手足・顔半分のマヒ・しびれ
  • ろれつが回らない、言葉が出ない、他人の言うことが理解できない
  • 力はあるのに立てない、歩けない、フラフラする
  • 片方の目が見えない、物が二つに見える、視野の半分が欠ける
  • 経験したことのない激しい頭痛

この事案は1つめと2つめが当てはまりました。

「頭が痛い」とは限りません

『救急蘇生法の指針2025』に、こんな一文があります。

強い頭痛を伴わない場合には、深刻な事態であることに気づきにくく受診が遅れがちです。

脳卒中=激しい頭痛、というイメージが受診を遅らせる。この事案でも、頭痛の訴えはありませんでした。

声が出ないことを、どう受け取るか

日本脳卒中協会は、意識の状態についてこう書いています。

軽い場合は、なんとなくぼんやりしている、という印象ですが、重症の場合は、強く呼びかけたり、つねったりしても、目を閉じたままで反応がありません。

「なんとなくぼんやり」も、この範囲です。

置き時計 治療の時間は、ここから数えます(写真はイメージです)

3. 避けるには・受診の判断

時間の起点は「見つけた時刻」ではありません

ここが、いちばん伝えたいところです。日本脳卒中学会の『静注血栓溶解(rt-PA)療法 適正治療指針』は、発症時刻の定義をこう書いています。

患者自身,あるいは症状出現時に目撃した人が報告した時刻」、あるいはこうした情報が得られない場合では「患者が無症状であることが最後に確認された時刻(最終健常確認時刻)」であり、発見された時刻ではない。

「発見された時刻ではない。」——はっきり否定されています。

同じ指針は、今回のような場面もそのまま書いています。

「倒れていたところを発見された」場合、家族などの第三者により無症状であったことが最後に確認された最後の時刻が発症時刻となる。

この事案でいえば、起点は発見した7時20分ではなく、前夜20時。つまり治療の時計は、見つけた時点ですでに11時間進んでいたことになります。

なぜ時間が問題になるのか

血栓を溶かす薬には、時間の条件があります。

静注血栓溶解療法は、発症から4.5 時間以内に治療可能な虚血性脳血管障害患者に対して行う

『救急蘇生法の指針2025』は、現実のほうも書いています。

実際にこれらの治療を受けられる人の割合は5~20%にすぎません。

間に合う人のほうが、ずっと少ない。だから時刻が分かっているかどうかが効いてきます。

伝えるのは、3つの時刻です

日本脳卒中学会が監修した一般向け資料に、そのまま使える形が載っています。

1. 発症した(本人の症状が出現した)時刻 2. 発見した(周りの人が症状を見つけた)時刻 3. 最後に無事(何事も普段どおり)だった時刻

3つ目が、いちばん忘れられます。けれど医療側が必要としているのは、多くの場合これです。

なお、専門用語では「最終健常確認時刻」といいます。覚えなくて大丈夫です。「最後に普段どおりだったのは、ゆうべの8時です」と言えれば伝わります。

申し送りのノート 「最後に見たのはいつか」が、そのまま情報になります(写真はイメージです)

4. 家族へ

① 冊子には、時刻のことが書かれていません

調べていて、気になったことがあります。消防庁の冊子『救急車を上手に使いましょう』には「救急車が来たら、こんなことを伝えてください」という欄があります。そこに並ぶのは、状況・変化・応急手当・持病と薬の4つ。全9ページを通して、「いつから」「時刻」に当たる言葉は1つもありません。

時刻を伝えるよう書いているのは、『救急蘇生法の指針2025』のほうです。

救急隊が到着したら、症状が出現した時刻を伝えることが大切です。

資料によって書いてあることが違います。聞かれなくても自分から言ってください。

② 「何時何分から」と言えるのが、脳卒中の特徴です

日本脳卒中協会は、脳卒中の症状の共通点をこう書いています。

大部分が症状の始まりを、「何時何分から」というように特定できます。

突然だから、時刻が言える。逆にいえば、「いつからか分からない」こと自体が伝えるべき情報になります。「分かりません」も、りっぱな答えです。迷う段階なら♯7119もあります。

③ 心臓の不整脈が関係することがあります

この方には心臓の持病がありました。日本脳卒中協会は、心房細動という不整脈についてこう書いています。

心原性脳塞栓症の原因の3/4は心房細動

さらに、「心房細動患者の半数は無症状」とも書いています。動悸がないから大丈夫、ではないということです。脈のリズムを一度診てもらうことは、脳梗塞の予防そのものになります。

寝具の上に置かれた手 「ゆうべは普通でした」——それが手がかりになります(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • この方の最終的な診断名と、治療が受けられたかどうか——私たちが書けるのは現場で疑ったところまでです
  • 「時刻が分からなくても治療できる場合がある」——画像検査による例外は指針にありますが、一般向けの資料には書かれておらず、指針自身も慎重な扱いをしています。安心材料として書くべきではないと判断しました
  • 「認知症があると脳卒中に気づかれにくい」——そう言えそうに思えますが、脳卒中に限ってこれを書いた一般向けの一次資料が見つかりませんでした
  • 施設で起きた脳卒中の件数——発生場所と病気を掛け合わせた統計は公表されていません

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まとめ

  • 脳梗塞の治療の時間は、「見つけた時刻」ではなく「最後に無事だった時刻」から数えます。学会の指針は「発見された時刻ではない」とはっきり書いています
  • この事案は発見7時20分・最後に普段どおりだったのは前夜20時で、11時間が経っていました
  • 伝えるのは発症・発見・最後に無事だった時刻の3つ3つ目がいちばん忘れられます
  • 消防庁の冊子には時刻の記述がありません。聞かれなくても自分から言ってください
  • 脳卒中=激しい頭痛とは限りません。指針は「強い頭痛を伴わない場合には…受診が遅れがち」と書いています

窓辺の光 「ゆうべの8時です」——それで十分です(写真はイメージです)

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参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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救急のリアル 編集部

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