傷病名は「肺炎」でした——救急隊が聞いているのは、処置のためだけではありません。運ぶ先を決めるための情報でもあります

傷病名は「肺炎」でした——救急隊が聞いているのは、処置のためだけではありません。運ぶ先を決めるための情報でもあります

前夜から熱が続き、寝室で動けなくなっていた70代後半の男性。持病も飲んでいる薬も分からないまま、病院への問い合わせは5回、現場で33分かかりました。消防庁は、救急隊が集める情報は搬送する病院の決定にも使われ、気が動転しているご家族にはお伝えいただくことが困難な場合もあると書いています。マイナ救急は令和7年10月1日から全国で実施されています。現役救急救命士が一次資料の原文で解説します。

今日は、救急隊が集めている情報の話をします。傷病名は肺炎でした。明日、10月1日は、ある仕組みが全国で始まってちょうど1年になる日です。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、病院で付いたものです。

網入りガラスの窓辺とベッドの端 前夜からの熱で、動けなくなっていました(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  • 救急隊が集めているのは、処置のための情報だけではありません。「どの病院に運ぶか」を決める材料にもなります
  • 動転して説明できないのは、めずらしいことではありません
  • マイナ救急は、その場面に備えた仕組みです。ただし、スマホのマイナ保険証は意識不明のときには使えません

1. 傷病名——「肺炎」でした。ただしその場では、誰にも分かりませんでした

70代後半の男性。前夜から熱が続き、寝室で動けなくなっていました。通報は「37.4℃の熱がある」という内容でした。

着いたときの様子です。

  • ベッドに仰向け。意識は JCS 3(意思疎通が困難な状態)
  • 左の肺で、湿った音
  • SpO2(血液中の酸素)90%。酸素を毎分5リットル投与して95%
  • 体温 38.9℃、脈 110回、血圧 111/62

主訴(いちばんつらいこと)も、ご本人からは聞けませんでした。

報告書には、こう書いています。

家族が興奮しており、詳細な情報を聴取できないため現病及び既往症については不明である

病院への問い合わせは5回。現場に着いてから出発するまで33分かかりました。

結果は入院、傷病名は肺炎。重症度は「軽症」と記録されていますが、入院になっています。「軽症」の文字だけでは、軽く見られない例です。

白い錠剤の入ったシート 何の薬を飲んでいるか。その場では分かりませんでした(写真はイメージです)


2. 症状のサイン——聞き出せなかった「もう一つの情報」

高齢の方の肺炎について、『MSDマニュアル家庭版』にはこう書かれています。

高齢者では、突然の錯乱が、肺炎を示す唯一の徴候である場合があります。 (MSDマニュアル家庭版「肺炎の概要」)

救急隊が集めているのは、処置の情報だけではありません

私たちは、かかりつけの病院や飲んでいる薬などを聞き取ります。その理由を、消防庁はこう書いています。

これらの情報は、搬送する病院の決定や救急車内での処置、病院到着後にすぐに治療を始めるための準備などに役立てられており、ご本人の命を守るために欠かせない情報となっております。 (総務省消防庁「あなたの命を守る『マイナ救急』」)

処置のためだけではなく、搬送する病院の決定にも使われています。5回の問い合わせに「不明」が影響したかどうかは、記録から分かりません。ただ、聞けなかった情報が、行き先探しの材料にもなるという構造は、消防庁の文章のとおりです。

消防庁は続けて、こう書いています。

一方で、病気やけがで苦しむご本人や、気が動転しているご家族の方から、これらの情報を正確にお伝えいただくことは、場合によっては困難なこともあります。 (同)

国の側が「気が動転しているご家族」と書いています。動転して説明できないのは、責められることではありません。そこに備える仕組みがマイナ救急です。

革の上に置かれた財布 マイナ保険証は、いまどこにありますか(写真はイメージです)


3. 受診の判断——「受け答えができない」は、すぐ呼ぶ側です

消防庁の全国版救急受診アプリ「Q助」は、症状を選ぶ前に、こう聞きます。

(いつもどおり)ふつうにしゃべれていますか? 声は出せていますか?

「いいえ」なら、その先の質問なしに「いますぐ救急車を呼びましょう」です。

途中の質問をはさんで「しっかりと受け答えが出来ますか?」とも聞き、「いいえ」なら「意識がおかしい」の画面へ進みます。その16項目のひとつが「10.発熱(38℃以上)はありますか?」で、当てはまればいますぐ救急車です。今回の男性は38.9℃でした。どれも、そばにいる人が答えられる質問です。

画面の消えたスマートフォン Q助はスマートフォンからも使えます(写真はイメージです)


4. 家族へ——マイナ救急は「動転するときのための仕組み」です

① マイナ救急とは、何をするのか

流れは、119番通報で指令員がマイナ保険証の準備を依頼→本人の同意→顔と写真で本人確認→専用の読み取り機で閲覧→搬送先の選定や処置に活用です。暗証番号の入力は原則不要とされています。

意識がないときについては、こうです。

傷病者が意識不明で同意取得が困難な場合は、傷病者の生命や身体を保護する必要があれば、同意なしに医療情報を閲覧することがあります。

令和7年10月1日から全国で実施されています。令和8年度の実施体制は712本部(約99%の消防本部)、5417隊(約97%の救急隊)です。

見られる情報は、過去5年分の受診歴・薬剤情報・手術情報など、特定健診情報、そして直近の情報を迅速に確認するための過去3か月分の要約版(救急用サマリー)です。

消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』には、活用事例が載っています。

痛みにより会話が困難であり、情報を聴取することができない状況であったが、マイナ救急により受診歴を確認することができ、円滑な搬送先医療機関の選定に繋がった。 (総務省消防庁「救急車を上手に使いましょう」8ページ)

② スマホのマイナ保険証は、意識がないときには使えません

令和8年4月から、スマホのマイナ保険証でもマイナ救急ができます。ただし、本人の生体認証か暗証番号の入力が要るため、消防庁はこう書いています。

傷病者本人による操作が前提となるため、意識不明時等はマイナ救急を実施することはできません。

カードのマイナ保険証があれば、意識不明時であってもマイナ救急を実施することができます

そのため、カードを持ち歩くよう呼びかけています。

意識不明までいかなくても、本人が操作できなければ、スマホの方法は使えません。カードが、すぐ取り出せる場所にあるか。一度、確認してみてください。

使うには、マイナンバーカードを持ち、健康保険証としての利用登録が済んでいる必要があります。この記事は制度を勧めるものではありません。

③ カードがなくても、できること

リーフレットには、用意しておくと便利な物も載っています。

・マイナ保険証または資格確認書 ・診察券 ・お金 ・靴 ・普段飲んでいる薬(おくすり手帳)

欄外には「持病、かかりつけの病院やクリニックなどは、日頃からメモにまとめておくと便利です。」ともあります。動転しているとき、頭で思い出す必要はありません。紙に書いたものを、渡せばいいのです。

熱が出ない肺炎は誤嚥性肺炎の記事に、病院が肺炎の重さを見る5項目は施設の高齢者の肺炎の記事に書きました。搬送先が決まるまでの仕組みは受入照会の記事に、119番で聞かれる順番は通報の記事に、お薬手帳の整理は常備薬とお薬手帳の記事にあります。

日本の家の玄関にそろえられた靴 靴も、用意しておくものに挙げられています(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • 家族と救急隊、病院とのやりとりの詳細
  • この事案でマイナ救急が使われたかどうか——記録にありません。使えば問い合わせが減る、と言える数字も持っていません
  • マイナ保険証そのものの賛否

まとめ

  • 報告書には「不明である」。問い合わせは5回、現場は33分。診断は肺炎でした
  • 消防庁は、救急隊が聞く情報は「搬送する病院の決定」にも役立てられると書いています
  • マイナ救急は令和7年10月1日から全国で実施。ただしスマホのマイナ保険証は、意識不明のときは使えません

窓辺に置かれた白いマグカップ 動転するのが普通です。だから、備えがあります(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

関連記事

傷病名は「椎間板ヘルニアの疑い」でした——4か月がまんできた腰から脚の痛みが、昼食後、歩けない痛みに変わった
事案から学ぶ

傷病名は「椎間板ヘルニアの疑い」でした——4か月がまんできた腰から脚の痛みが、昼食後、歩けない痛みに変わった

続きを読む →
傷病名は「糖尿病性ケトアシドーシス」でした——4日間、食事がとれなかった60代の男性。家族から見れば、意識は普段どおりでした
事案から学ぶ

傷病名は「糖尿病性ケトアシドーシス」でした——4日間、食事がとれなかった60代の男性。家族から見れば、意識は普段どおりでした

続きを読む →
傷病名は「急性胃腸炎」でした——記録にあるのは、それと「重症→中等症・入院中」だけ。市販の下痢止めを、自分の判断で飲む前に
事案から学ぶ

傷病名は「急性胃腸炎」でした——記録にあるのは、それと「重症→中等症・入院中」だけ。市販の下痢止めを、自分の判断で飲む前に

続きを読む →

記事内容に誤りを発見された場合はこちらからご連絡ください(訂正依頼を選択してください)

🚑

救急のリアル 編集部

現役救命士(匿名)|救急歴20年以上

患者さんとご家族のプライバシーを守るため匿名で運営しています。 内容の正確性については、現役救命士として責任をもってお伝えします。

このブログについて →