「痛いのは、肩だけです」——台所で倒れた70代女性。上腕骨近位端骨折の疑いと、弱くなった右の呼吸音

「痛いのは、肩だけです」——台所で倒れた70代女性。上腕骨近位端骨折の疑いと、弱くなった右の呼吸音

台所で大きな物音がして、家族が見に行くと70代の女性が床に倒れていました。訴えたのは左の肩から二の腕の痛みだけ。腕に変形も腫れもありません。けれど右の呼吸音が弱く、酸素の値も下がっていました。そして本人は、転んだときのことを覚えていませんでした。高齢の方が転んで折れる骨は4か所に集中し、肩はその1つ。現役救急救命士が実際の事案から解説します。

今日は、高齢の方の転倒が「骨折だけ」で終わらないことがあるという話です。傷病名でいうと上腕骨近位端骨折(じょうわんこつ・きんいたん・こっせつ)——肩の骨折の疑い。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、あくまで現場で疑ったものです。

秋の日差しが差し込む廊下 学会いわく「家の中にも危険があります」(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  1. 高齢の方が転んで折れる骨は4か所で、肩はその1つです
  2. この骨折は変形も腫れも出ないことがあり、「打ち身」に見えてしまいます
  3. 痛いと言っている場所だけが、けがとは限りません

1. 傷病名——疑われたのは「上腕骨近位端骨折」でした

台所から、大きな物音がしました。同居のご家族が様子を見に行くと、70代の女性が床に倒れていました。

訴えたのは、左の肩から二の腕にかけての痛みと、吐き気。意識ははっきりしていて、会話もできます。そして——左の腕には、変形も腫れも出血もありませんでした。

上腕骨は肩からひじまでをつなぐ二の腕の骨。その肩に近いほうの端が折れたものです。日本整形外傷学会の解説には、こうあります。

高齢者では転倒などの軽い外力で生じることが多く、大腿骨近位部骨折(股関節)、橈骨遠位端骨折(手関節)、脊椎圧迫骨折と並んで高齢者に多い骨折の一つです。

つまり、この4つ。

ほかの3つに比べ、肩はあまり知られていません。MSDマニュアル家庭版は「通常、上腕の骨折は、転倒した際に腕を伸ばしたままつくことで発生します。」と書いています。手をついた勢いが、手首ではなく肩まで届くのです。

畳のへり 畳のへり、敷居、カーペットの端(写真はイメージです)

2. 症状のサイン

MSDマニュアル家庭版が挙げる症状は3つです。

肩と上腕に痛みと腫れが起こります。患者は腕を容易に上げることができなくなります。

これに「神経が損傷して、上腕にしびれが生じることがあります。」が続きます。つまり——肩から二の腕の痛みと腫れ/腕が上がらない/二の腕のしびれ。

なぜ「打ち身」に見えてしまうのか

同じ資料に、こうあります。

折れた骨片がその場にとどまったり骨片どうしが近くにあることが多いため、自然に治る傾向があります。

骨は折れていても、大きくずれない。つまり見た目が崩れません。この事案がまさにそうでした。

手首なら腫れて形が変わるので気づきます。けれど肩は、服を着ていれば外から分かりません。「痛がるけれど、形はふつう」——これで「打ち身」と判断され、数日そのままになります。

薄暗い家の廊下 そのまま、数日が過ぎていきます(写真はイメージです)

3. 避けるには・受診の判断

痛いと言っている場所だけが、けがとは限りません

この事案には、続きがあります。右の呼吸音が、弱くなっていました。そして血液中の酸素の値が低く、酸素を投与すると数値が上がりました。痛いのは左の肩だけ。それでも胸の側に何かが起きていることを示す所見です。さらに首はネックカラーで固定——後頸部の痛みは訴えていないのに、です。

重症度は「緊急」、運ばれた先は三次救急肩の痛みだけを訴えた人が、です。

MSDマニュアル家庭版が挙げる「救急車で受診すべき場合」に、これがあります。

複数のけがを負っている。

転倒は、一か所で終わらないことがあります。

同じ資料は骨折全般について「骨折したかもしれないと思った場合は、救急医療機関を受診してください。」とも書いています。「様子を見る」という選択肢がありません。救急車で受診すべき場合には「けがをした体の部位を動かせない場合」も挙がっていて、転んで腕が上がらないならそのまま当てはまります。

骨はつくのに、肩は固まる

「自然に治る傾向がある」なら放っておいてもいいのでは、と思うかもしれません。日本整形外傷学会は「適切な治療を行わないと肩関節の機能障害(動きの制限)が残ります。」と書いています。骨がつくことと、肩が動くことは別です。髪を洗う、服を着る、棚の物を取る。それができないと生活が変わります。

家の中の備えについて、日本整形外科学会はこう書いています。

高齢者の場合は家の中にも危険があります。手すり、滑りにくい靴下、ポータブルトイレなどが有用です。

室内の足元 足元は、いちばん手を入れやすい場所です(写真はイメージです)

4. 家族へ

① 「転んだときのことを覚えていない」は、そのまま伝えてください

この事案で、いちばん引っかかったのはここでした。本人に、負傷したときの記憶がなかったのです。

転んだから倒れたのか、倒れたから転んだのか。意識を失ったのだとしたら、転んだことそのものよりなぜ意識を失ったのかのほうが大きな問題になります。

ですから、「気づいたら倒れていた」「本人が覚えていない」は必ず伝えてください。その一言で、病院が何を調べるかが変わります。

② 救急隊に伝えると助かること

この事案のご家族は、持病もきちんと伝えてくださいました。私たちが知りたいのは、だいたい4つです。

  • いつ、どこで、どうなっていたか(見つけたときのまま)
  • 意識を失った様子があったか/本人が覚えているか
  • 持病と、飲んでいる薬(お薬手帳があれば、それがいちばん早い)
  • ふだんと違うところ

うまく説明しようとしなくて大丈夫です。見たままで十分。迷うときは♯7119もあります。

③ 「痛いんだから動かさないで」が、裏目に出ることがある

いちばん自然な気づかいです。けれど、この骨折については逆です。日本整形外傷学会は、肩を「肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)で知られるように拘縮(こうしゅく)しやすい関節」と書いています。もともと固まりやすい関節なのです。MSDマニュアル家庭版はさらに踏み込みます。

可動域訓練は、上腕が骨折した後すぐに、つり包帯をしていても、開始する必要があります。

ただし順番を間違えないでください。転んだ直後に家族が腕を動かしてよい、という話ではありません。医師が「この動きはしてよい」と言ったあとの話です。「痛そうだから動かさないでおこう」という善意が、あとで肩の動きを奪うことがある——それだけ覚えていてください。

畳の部屋と縁側 ここで転んで、ここで様子を見てしまいます(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • この方の最終的な診断名と、呼吸音が弱かった理由——私たちが書けるのは現場で疑ったところまでです。病院での結果は分かりませんし、推測では書きません
  • リハビリの具体的な動かし方——自己流でやってよいものではないので書きません。主治医・理学療法士の指示が優先です
  • 「秋に転倒が増える」という言い方——月別に転倒だけを取り出した公的な集計が見つからなかったため、使いませんでした

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まとめ

  • 転んで折れる骨は4か所で、肩(上腕骨近位端)はその1つ。骨片が大きくずれず、変形も腫れも出ないことがあります。この事案もそうで、それでも重症度は「緊急」でした
  • 痛いと言っている場所だけが、けがとは限りません。この方は左肩を訴えながら、右の呼吸音が弱くなっていました
  • 「転んだときのことを覚えていない」は必ず伝えてください。転んだ原因のほうが大きい場合があります
  • 診断後は早く動かすほうがよい骨折で、「痛そうだから動かさないで」は善意でも逆に働きます(範囲は主治医の指示で)

窓越しの紅葉 「腕、上がる?」——それだけで十分です(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

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参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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