朝起きたら、顔の片側が動かない——傷病名は「ベル麻痺」。脳卒中と見分けようとしないでください
家庭救急

朝起きたら、顔の片側が動かない——傷病名は「ベル麻痺」。脳卒中と見分けようとしないでください

朝起きたら顔の片側が動かない。MSDマニュアル家庭版の原文から、ベル麻痺(顔面神経麻痺)で起きていること、目が閉じられないことがなぜいちばん危ないのか、そして脳卒中と家庭で見分けようとしてはいけない理由をまとめました。

朝起きたら、顔の片側が動かない。今日はその話をします。

この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——顔を洗おうとして口から水がこぼれる、鏡を見たら片側の表情が作れない、という形で気づかれます。ここに書くのは資料に書かれていることだけで、いちばん伝えたいのは脳卒中と見分けようとしないでくださいの一点です。

カーテンの隙間から朝の光が入る寝室。ベッドに白い掛け布団がかかっている 顔の異変に気づくのは、たいてい起きた直後です(記事と関係のないイメージ写真です)

朝起きたら、顔の片側が動かない

『MSDマニュアル家庭版』の「ベル麻痺(まひ)」(最終更新2025年8月)は、症状の現れかたをこう書いています。

ベル麻痺では、最初の症状として耳の後ろに痛みが現れることがあります。顔の筋力が突然(通常は数時間以内に)低下します。筋力低下の程度は軽度のものから完全な麻痺まで様々です。筋力低下は48~72時間後に最もひどくなります。影響を受けるのは顔の片側だけです。 (MSDマニュアル家庭版「ベル麻痺(まひ)」)

読んでほしいところが2つあります。先に来るのは耳の後ろの痛みであることがある。そして48~72時間後に最もひどくなる。つまり、気づいた時点がいちばん軽い、ということが起こりえます。

動かなくなるのは、こうした動作です。

額にしわを寄せる、まばたきをする、顔をしかめる、などの動作が困難または不可能になることがあります。たとえ正常な感覚が残っている場合でも、大半の人が顔面にしびれ感や重さを感じます。 (同)

感覚は残っているのに、しびれ感や重さを感じる。だから本人は「顔が腫れている」「顔が重い」と言うことがあります。

顔以外にも出ます。MSDは、麻痺した側の耳で音が異常に大きく聞こえること(聴覚過敏)、唾液や涙の分泌が阻害されてよだれが垂れることを挙げています。味覚もそうです。

最初は耳の後ろに痛みが感じられ、その後、顔の片側に筋力低下または完全な麻痺が生じ、舌の同じ側の前方部分で味が感じられなくなることがあります。 (同)

洗面ボウルの上の蛇口から、水滴が一粒落ちかけている 顔を洗おうとして気づくことがあります。耳の後ろの痛み、音が大きく聞こえる、味が分からない——顔の動きだけが症状ではありません(写真はイメージです)

「ベル麻痺(顔面神経麻痺)」とは

ベル麻痺(顔面神経麻痺の一種)は、第7脳神経(顔面神経)の機能不全を原因とする、顔の片側の筋肉に起こる突然の筋力低下または麻痺のことです。顔面神経は顔面の筋肉を動かし、唾液腺と涙腺を刺激し、舌の前方3分2の部分で味覚を感じることを可能にし、聴覚に関わる筋肉を制御しています。 (同)

顔面神経(顔の筋肉を動かす神経)は、顔を動かすだけの神経ではありません。だから1本の神経の不調で、顔・味・音・涙がまとめておかしくなります。

なぜ神経が働かなくなるのか

感染症にかかると、神経が腫れます。神経が腫れると、神経が通る頭蓋骨の細い通路の壁に押しつけられて圧迫を受けます。 (同)

顔面神経は、頭蓋骨の細いトンネルを通って顔に出てきます。腫れても逃げ場がないので、自分自身で圧迫される。MSDは、原因として一般的なものに単純ヘルペスウイルス1型(口唇ヘルペスなど口の感染症の原因になるウイルス)と帯状疱疹を挙げ、それでも半数の症例は依然として特発性(原因が分からない)と考えられていると書いています。

そして、ここが大事です。

ときに腫瘍や頭蓋骨骨折が顔面神経麻痺を引き起こすこともあります。 (同)

顔面神経麻痺は、ベル麻痺だけではありません。家庭で「ベル麻痺だ」と決められる話ではない、という根拠がこの一文です。

目が閉じられないことが、いちばん危ない

筋力低下が起きた側の眼を閉じるのが困難になることがあります。眼を完全に閉じることができなくなり、まばたきの回数が減少することもあります。 (同)

まばたきができないと、何が起きるか。

涙の分泌量が少なくなり、まばたきの回数が減るため(まばたきは眼の表面にうるおいを与えます)、眼が乾燥して、痛みや損傷が生じます。眼の損傷は通常は軽度ですが、何らかの方法で眼に水分を補給し眼を保護しなければ、重篤な状態になることがあります。 (同)

顔の見た目の問題ではなく、眼の問題です。では何をするのか。これは医療機関で行う治療として書かれています。

眼の損傷のリスクを減らすために、眼を乾燥から保護する必要があります。人工涙液または生理食塩水の点眼薬を頻繁に使用することができます。時間帯を決めて(特に睡眠時)眼帯を装着する必要が生じることもあります。 (同)

家庭でまぶたをテープで留めたり、目をこすったり、手で閉じたりしないでください。点眼薬も眼帯も、診察を受けたうえで指示されるものです。

「様子を見て1週間」ではいけない理由

神経の腫れを軽減するため、プレドニゾン(日本ではプレドニゾロン)などのコルチコステロイドを服用します。発症から3日以内にコルチコステロイドを服用すれば、眼球運動の回復がやや速くかつ良好になります。 (同)

発症から3日以内。ここに期限のある治療があります。症状がいちばんひどくなるのが48~72時間後で、薬が効きやすいのが3日以内。この2つが重なっているので、「ひどくなるまで待ってから受診する」という順番は成り立ちません。

回復については、MSDはこう書いています。

顔面の麻痺が部分的な場合は、治療の有無にかかわらず、大半の人が数カ月以内に完全に回復します。 (同)

「部分的な場合は」という条件付きです。完全な麻痺については、MSDは結果は様々で、完全に回復しない人もいると書いています。「放っておいても治る病気」としては書かれていません。

テーブルに置かれた水差しとグラス。朝の光が長い影を落としている まばたきが減ると眼が乾きます。守る方法は診察で決まります(写真はイメージです)

脳卒中と見分けようとしないでください

ここがこの記事の結論です。

『救急蘇生法の指針2025(市民用)』の全69頁に「ベル麻痺」「顔面神経」という語は1度も出てきません。指針がベル麻痺について書いているわけではありません。ただ、顔のゆがみは、指針が脳卒中の症状として並べています。

脳梗塞や脳出血では、手足(多くは左右どちらか)に力が入らない、しびれる、ろれつがまわらない、顔がゆがんでいる、物が見えにくい、めまいがするなどの症状が急に現れます。 (救急蘇生法の指針2025 市民用「脳卒中」)

MSDには、脳卒中との違いも書かれています。

例えば、脳卒中による筋力の低下は、顔の片側の全体ではなく顔の片側の下側だけに起こるため、顔面神経麻痺と区別できます。脳卒中が起こった場合は、眼を固く閉じることや、眉を寄せることはできます。また、脳卒中では、片側の腕や脚にも筋力低下が起こるのが典型的です。 (MSDマニュアル家庭版「ベル麻痺(まひ)」)

これは、医師が診察で区別するときの見分け方です。家庭でこれを試して、自分で結論を出さないでください。

理由は、ここまでに出てきています。顔面神経麻痺は腫瘍や頭蓋骨骨折でも起こる、とMSDは書いています。額が動くかどうかを家で確かめて「ベル麻痺だから救急車はいらない」と決めれば、本物の脳卒中の人が通報しない結果になりえます。指針2025が書いているのは、こちらです。

脳卒中を疑う症状に気づいたら、ためらわずに119番通報します。強い頭痛を伴わない場合には、深刻な事態であることに気づきにくく受診が遅れがちです。本人はしばしば遠慮しますが、周囲の人が強く説得して119番通報します。 (同)

Q助では、顔の動きは症状一覧のトップに無い

総務省消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」は、自分で答えて目安を出すアプリで、病名を判定するものではありません。このアプリで「顔の片側が動かない」を探すと、大人とこどもで置き場所が違い、どちらも症状一覧のトップには無いことが分かります。

大人の症状選択(43項目)には、「顔のゆがみ」「顔の動き」という項目はありません。顔の左右差を聞かれるのは「ろれつが回らない」を選んだ人だけで、その項目3が「顔の表情に左右差がありますか?」。答えは「いますぐ救急車」です。同じ画面の他の項目も全部「いますぐ救急車」で、項目1「(症状は)突然始まりましたか?」、項目2「手足に力が入りませんか?〔または〕手足が動きませんか?」、項目7「(症状は)だんだん強くなっていますか?」などが並びます。

こどもは別の場所です。「耳痛・耳だれ」の中に入っていて、項目2が「片方だけ顔の動きが悪い(表情がおかしい)ですか?」。担当科の表示は「小児科・耳鼻咽喉科」で、項目1は「耳の周囲〔または〕顔の片側がはれていますか?」。これを選ぶと次の画面に進み、そこは「1歳未満ですか?」なら「いますぐ救急車」、それ以外は「2時間をめやすに受診しましょう」になります。

顔面神経が耳のすぐ近くを通ることを考えれば筋は通っていますが、家庭から探し当てるのは難しい置き場所です。探している時間のほうが長くなります。だから、見分けるのでも探すのでもなく、指針2025のとおりためらわずに119番通報する。それが早いです。

明るい廊下に、木枠と白い座面の椅子が一列に並んでいる 迷ったら、見分けるより通報が早いです(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • 家庭でできる見分け方——額が動くか、眉が寄るか。どれも医師が診察で使う区別で、家庭の判断基準ではありません
  • 顔の体操やマッサージ——MSDにある治療は、眼を保護することとコルチコステロイドの服用です
  • 治るまでの期間の数字——MSDが書いているのは「部分的な場合は…数カ月以内に完全に回復します」までです
  • ベル麻痺以外の原因の見分け——腫瘍や頭蓋骨骨折でも顔面神経麻痺は起こる、とMSDは書いています

家族ができることは2つです。自分で結論を出さない。眼に触らない。そのうえで、「いつから動かない?」と聞いてください。発症した時刻は、通報でも受診でも必ず聞かれます。迷ったときのために♯7119もありますが、顔の片側が動かないなら119番です。指針2025が脳卒中の症状として挙げているのは、まさに「顔がゆがんでいる」だからです。

誰もいない和室。畳の上に襖が並び、一枚だけ開いている そのまま、受診につないでください(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

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