熱は下がったのに、咳だけが残っている。今日はその話をします。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——鼻水とのどの痛みから始まって、数日後に咳が出はじめる。熱は何日かで下がる。でも咳だけが、二週間、三週間と残っていく。仕事にも学校にも行けている。だから、受診の順番が後ろに回っていく。
かぜだと思って、いつもどおりの一日を続けています(イメージ写真です)
はじめにお伝えしておきます。救急隊は診断をしません。ここから先は、公的機関と医学資料の原文に書いてあることだけを並べます。
咳だけが数週間続く——傷病名は「マイコプラズマ肺炎」
肺炎マイコプラズマという細菌が肺で起こす肺炎です。入り口は、かぜと見分けがつきません。MSDマニュアル家庭版は、急性気管支炎(気管と気管支に炎症が起きた状態)の始まり方をこう書いています。
急性気管支炎を引き起こしている感染症は典型的には、鼻水、のどの痛み、疲労といった、かぜの症状から始まります。 (MSDマニュアル家庭版「急性気管支炎」)
同じページには、咳そのものの長さについても書いてあります。
急性気管支炎自体が重篤な合併症を引き起こすことはありません。ただし、せきは2~3週間以上続く可能性があります。 (MSDマニュアル家庭版「急性気管支炎」)
肺炎マイコプラズマは、この急性気管支炎と、病院の外で起こる肺炎(市中肺炎)のどちらの原因にもなります。MSDが市中肺炎の原因として挙げている細菌は、肺炎球菌、インフルエンザ菌、肺炎クラミジア、肺炎マイコプラズマの4つです。
咳が続くと、水を飲む回数が増えます(イメージ写真です)
「マイコプラズマ肺炎」とは——「歩く肺炎」は重さの話で、長さの話ではありません
この病気の説明は、ここに全部入っています。
肺炎マイコプラズマ(M. pneumoniae)による肺炎は、年長児から40歳未満の成人によくみられ、学校、学生寮、兵舎など、人が多く集まる環境で生活する人に特によくみられます。重症化することはまれですが、症状は数週間、長ければ数カ月続くことさえあります。 (MSDマニュアル家庭版「市中肺炎」)
重症化することはまれ、と資料は書いています。ここを煽るつもりはありません。けれど、同じ一文の後半はこうです。数週間、長ければ数カ月。
重くなりにくいことと、早く終わることは、別のことです。
「歩く肺炎」という通称を聞いたことがあるかもしれません。同じページに、その注記があります。
「歩く」肺炎というのは医学用語ではありませんが、市中肺炎のうち、床上安静や入院を必要としない、軽度の病気を指すのに用いられます。なかには、仕事に行ったり、その他の日常活動に従事できるほど元気な患者さえいます。 (MSDマニュアル家庭版「市中肺炎」)
この呼び名が指しているのは「床上安静や入院が必要かどうか」、つまり重さです。長さについては何も言っていません。「歩けているから軽い」という使い方は、資料の範囲を超えています。
もうひとつ。マイコプラズマは、細菌の中では変わった性質を持っています。
マイコプラズマは、細胞壁をもたない点で他の細菌と異なります。ペニシリンなどの多くの抗菌薬は、細胞壁をもろくすることで細菌を殺します。しかし、マイコプラズマは細胞壁をもたないため、抗菌薬の多くはこの細菌を効果的に治療できません。 (MSDマニュアル家庭版「マイコプラズマ」)
これは、家庭で薬を選び分けられる、という話ではありません。逆です。どの菌かによって効く薬が変わるのに、家庭ではどの菌かが分からない。だから受診して検査と処方が要る、という話です。MSDは、肺炎マイコプラズマによる感染症は肺炎クラミジアによるものと非常によく似ていると書き、市中肺炎全体について「ほとんどの場合、肺炎を引き起こした微生物が具体的に特定されることはありません」とも書いています。
熱が下がっても、咳だけが残ることがあります(イメージ写真です)
避けるには、そして受診の判断
予防について、MSDは肺炎の予防に最善の方法は禁煙だと書いています。ワクチンで部分的に防げる肺炎としては、肺炎球菌、インフルエンザ菌b型、インフルエンザ、水痘、COVID-19、RSウイルスの6つが挙げられています。この6つに、マイコプラズマは入っていません。
受診の判断は、消防庁の「Q助」をたどりました。大人の症状選択は全43項目ありますが、その中に「せき」という入り口はありません。こどもの側(全32項目)には「せき」があります。大人で咳が主役のときに選べるのは「風邪をひいた」です。
「風邪をひいた」の最初の画面(A003241)に並ぶ5つの症状は、息苦しさ、激しい頭痛、胸痛、頭痛があって吐いた、つばをまったく飲み込めない。どれか1つでも'20'=いますぐ救急車です。どれも当てはまらないと次へ進みます。
次の画面(A003242)は11の症状が並び、その項目10が「激しい咳はありますか?」です。これを選ぶと、次の画面で「65歳以上か、妊娠中か」「歩くことができない状態か」を聞かれます。どちらかに当てはまれば'20'=いますぐ救急車、どちらでもなければ'21'=今すぐ受診(2時間以内)です。歩けていても、年齢が若くても、「様子をみて受診」には行き着きません。
さらに次の画面(A003243)の項目1は「膿のような痰(たん)、黄色や緑色の痰(たん)が出ますか?」です。こちらを選んだ場合は、同じ2つを聞かれて、どちらかに当てはまれば'21'、どちらでもなければ'22'=できるだけ早めに受診。3つの症状のどれも当てはまらないときだけ、'23'=様子をみて受診になります。
ここで、資料の向きが違う点を正直に書きます。痰の色について、MSDはこう書いています。
この粘液は、しばしば白色から緑色または黄色に変化し、粘性が増します。この色の変化は細菌感染を意味しているわけではありません。 (MSDマニュアル家庭版「急性気管支炎」)
Q助は痰の色で行き先を変え、MSDは色では原因が分からないと書く。どちらかが間違っているのではなく、役割が違います。Q助は「いつ受診するか」を決める道具、MSDは「何が起きているか」を説明する資料です。
なお、消防庁『救急車を上手に使いましょう』(全8ページ)で「咳」が出てくるのは5ページの「こども(15歳以下)」の胸の欄に1か所だけで、「激しい咳やゼーゼーして呼吸が苦しそう」とあります。3ページの「高齢者」、4ページの「おとな」の欄に咳の項目はありません。「肺炎」「痰」「発熱」は全8ページで0件です。
『救急蘇生法の指針2025(市民用)』全69ページも調べました。「マイコプラズマ」は0件。「肺炎」は単純な検索では0件で、ルビで文字が分断される形まで許すと1件だけ、誌面19ページの「肺炎球菌」——子どものワクチンの話です。長引く咳の手当ては、この指針には載っていません。
長引いたら、出かける日を決めてください(イメージ写真です)
「元気そう」を、観察の終わりにしないでください(イメージ写真です)

