ふくらはぎに、何かが当たったような衝撃が走った。今日はその話をします。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——運動会や地域の行事で久しぶりに走った。踏み込んだ瞬間、足首の後ろを誰かに蹴られたような感じがして、振り向いても誰もいない。ブチッという音を聞いた気もする。痛むけれど、冷やして帰った、という形で起こります。
現役救命士として現場で見てきたからこそ言えることがあります。このけがを「選手がやるもの」だと思っている人が、あまりに多いということです。資料はそこを、はっきり逆に書いています。
久しぶりに走る日が、いちばん多いと書かれています(イメージ写真です)
久しぶりの運動でブチッと鳴った——傷病名は「アキレス腱の断裂」
『MSDマニュアル家庭版』の「アキレス腱の裂傷」(最終更新2025年10月)から。本文では「アキレス腱の断裂」と書かれています。
アキレス腱が断裂すると、患者は足首を後ろから蹴られたかのように感じ、ときにはブチッという音が聞こえることもあります。ふくらはぎが激しく痛み、歩行が困難になります。これらの症状は腱が完全に断裂しているときに顕著です。ふくらはぎが腫れてあざがみられることもあります。 (MSDマニュアル家庭版「アキレス腱の裂傷」)
最後から二番目の一文に注意してください。「これらの症状は腱が完全に断裂しているときに顕著です」。はっきり出るのは、完全に切れたときだと書かれています。
この腱は部分的に断裂することも、完全に断裂することもあります。 (同)
部分的に切れることもある。切れ方に幅があるけがだということです。
音と、蹴られた感じは、本人しか知らない
症状として並んでいるもののうち、ふたつは外から見えません。足首の後ろを蹴られたように感じた。ブチッという音がした。そばで見ていた人には、つまずいて足を止めたようにしか映りません。
音がしたかどうかは、本人しか知りません。聞いてあげてください。「何かに当たった気がした」と言っていたら、それはそのまま診察で伝える材料になります。
音がしたかどうかは、本人しか知りません(イメージ写真です)
「アキレス腱の断裂」とは——運動選手より、中年の人に
アキレス腱の断裂は、ふくらはぎの筋肉とかかとの骨をつないでいる腱が断裂した状態です。 (同)
ふくらはぎの筋肉と、かかとの骨をつないでいるロープです。起こりやすい人について、原文はこう書いています。
アキレス腱の断裂は、ほとんどが運動選手と、座っている時間の多い中年男性に発生し、特に体がなまっているのに、徐々に慣らさず急に強度の高い活動やスポーツを開始した人によく起こります。アキレス腱の完全な断裂が起こりやすいのは、運動選手よりも中年男性です。 (同)
二文目を、もう一度。「アキレス腱の完全な断裂が起こりやすいのは、運動選手よりも中年男性です」。
「選手でもなるし一般の人でもなる」という話ではありません。完全に切れるほうは、運動選手より中年男性で起こりやすいと書かれています。条件は、ふだん座っている時間が多いこと、体がなまっているのに徐々に慣らさず急に始めたこと。運動会、地域の球技大会、何年ぶりかのテニス——「選手じゃないから」は、このけがでは安心の理由になりません。
切れる瞬間については、足の指がすねに向けて過度に力強く押し上げられすぎると腱が断裂する、と書かれています。
思い当たるきっかけがないこともある
フルオロキノロン系抗菌薬(シプロフロキサシンなど)やステロイド(グルココルチコイドまたはコルチコステロイドと呼ばれることもあります)を使用している人では、ときに明らかな原因がなくてもアキレス腱が断裂することがあります。 (同)
どちらも、必要があって処方されている薬です。やめる・減らすという話ではありません。使えるのは「はっきりしたきっかけがなくても起こりうる」という一点で、受診のときに飲んでいる薬を伝える材料になります。
避けるには、そして受診の判断
避け方は、原因の説明の中にそのまま書かれています。
このけがは、激しい活動を行う前に十分なウォーミングアップやストレッチを行わないと起こることがあります。 (同)
このけががよく起こるのは、走ったりジャンプしたりしているときで、特にすばやく方向を転換する必要のあるスポーツで多く発生します。 (同)
走る、跳ぶ、急に方向を変える。その前にウォーミングアップとストレッチをする。急に強度を上げず、徐々に慣らす。原因に挙がった条件の裏返しが、そのまま予防です。秋の行事で久しぶりに走る日は、ここだけでも思い出してください。
けがのあとに歩けたかどうかは、資料には書かれていません(イメージ写真です)
診察でやることと、家庭でやらないこと
通常、アキレス腱の断裂は身体診察の結果に基づいて診断できます。 (同)
MSDは、医師が断裂の種類を確かめるために行うことを3つ挙げています。うつ伏せに寝かせてふくらはぎを締めつける、うつ伏せで両膝を曲げさせる、けがをした脚で立たせて腱に沿って触れる——この3つです。これは医師が診察で行うことです。家庭で試して自分で結論を出さないでください。締めつける、立たせる、押す。どれも、切れているかもしれない腱に力をかける動作です。
治療は、こう書かれています。
部分的な断裂と完全断裂には、救急医療機関で損傷のある脚に短い脚用の副子をあてます。副子によって足を固定し、つま先が下を向くようにします(底屈)。この姿勢によって、アキレス腱が伸ばされることが防がれ、腱の治癒を助けます。 (同)
副子(患部を動かないように固定する当て板)は、あてる向きまで決まった治療です。続く一文が、いちばん実用的な部分です。
アキレス腱の断裂がある人は、患部の足首に体重をかけてはならず、松葉杖を使う必要があります。 (同)
体重をかけてはならない。一部の完全断裂は、直ちに手術で修復すると書かれています。
固定は、診てもらったあとに向きまで決めて行う治療です(イメージ写真です)
「Q助」をたどってみる
総務省消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」は、自分で答えて受診の目安を出すアプリで、病名を判定するものではありません。「アキレス腱」「腱」「かかと」「ふくらはぎ」という言葉は、データのどこにもありません。けがとして入る入口は「手足・顔面のけが(大人・こども)」です。
最初の画面は16項目で、1つでも当てはまれば「いますぐ救急車を呼びましょう」。そのなかの11番目が、これです。
手足に体重をかけられませんか? (全国版救急受診アプリ「Q助」総務省消防庁)
MSDが治療として「体重をかけてはならない」と書いている状態が、Q助では救急車の側に置かれています。ふたつの資料に共通する言葉が「体重をかけられるか」です。3番目の「手足が自分で動かせませんか?」、4番目の「激しい痛みがありますか?」も同じ画面です。
16項目のどれにも当てはまらないと、次の画面に進みます。その1番目が、これです。
関節に痛みやはれがあり十分に動かせませんか? (同)
ここで当てはまると、65歳以上か未就学児か妊娠中か、歩けない状態か、血が止まりにくいかを聞く画面に進み、どれにも当てはまらなければ「できるだけ早めに医療機関を受診しましょう」(2時間をめやす)で止まります。さらに先まで進めば「引き続き、注意して様子をみてください」にも行き着きます。Q助がすべてを救急車に振るわけではありません。
国の資料には、このけがが載っていない
『救急蘇生法の指針2025(市民用)』の全69ページを探しました。「アキレス腱」「腱」「断裂」「ねんざ」は0件です。「捻挫」は目次を除くと53ページに2件あるだけで、その章(「14 捻挫、打ち身(打撲)、骨折」)にアキレス腱の記載はありません。
消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』も見ました。全8ページ、「アキレス腱」「腱」「骨折」「捻挫」は0件。「手・足」の欄に並ぶのは、おとな・高齢者とも「突然のしびれ」「突然、片方の腕や足に力が入らなくなる」の2項目だけで、こどもは「手足が硬直している」の1項目。「けが・やけど」の欄は「大量の出血を伴うけが」「広範囲のやけど」の2項目です。このけがは、どの欄にも入りません。
慣らしてから始める、が資料の書き方です(イメージ写真です)

