今日は、みぞおちの痛みの話をします。地域の病院では検査ができず、三次救急の病院へ運んだ転院搬送の事案です。現場で挙がった傷病名の候補は、ひとつには決まりませんでした。
この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、あくまで現場で疑ったものです。
まず訪ねたのは、地域の病院でした(写真はイメージです)
先に、3つだけ
- 痛みが続いていること、そして冷や汗——それだけで救急隊は心臓の可能性を消せません
- 同じ臓器の持病があっても、「上腹部が痛い」の一点だけでは、どこが悪いか絞れません
- 脈の乱れ(不整脈)は、本人にも家族にも自分では気づけないことがあります
1. 傷病名——候補は、ひとつに絞れませんでした
通報したのは看護師でした。30代後半から40代前半の男性。昼前から上腹部の痛みが続き地域の病院を受診しましたが、検査ができず、私たちが運ぶ転院搬送の依頼でした。
この方は、この夏に約1週間、消化器の病気で入院していました。
引き継いだときの数字です。
- 意識ははっきり(JCS 0)。半座位で苦しそうな表情、顔には冷や汗
- 嘔吐はなく吐き気あり、前日から嘔吐が複数回(血は混じらず)
- 呼吸24回、血圧150/90、SpO2100%、熱はなし
- 脈は95回から88回に変化し、リズムが乱れていました。心電図では心室性期外収縮(脈の乱れの一種)が繰り返し記録
- 上腹部に圧痛がありましたが、反跳痛や筋性防御(腹膜の炎症を示すサイン)はなく、腸の音にも異常なし
- 胸の痛みや息苦しさはなく、左腕には点滴
27分で三次救急の病院に収容。重症度は準緊急でした。
現場で挙がった候補は、ひとつではありません。急性膵炎、胆石や胆のうの炎症、胃や十二指腸の潰瘍、腸閉塞、そして心臓の血管が詰まる病気(急性心筋梗塞)、腹部大動脈瘤、虫垂炎——「上腹部が痛い」という同じ入り口から、これだけの病気にたどりつく可能性がありました。
なぜ、絞りきれないのか
『MSDマニュアル家庭版』「急性腹痛」に、痛みの場所ごとの原因が説明されています。
上腹部の痛みは、胃、十二指腸、肝臓、膵臓などの臓器の病気が原因で生じます。 (MSDマニュアル家庭版「急性腹痛」)
膵炎も胆石も潰瘍も、この一文にすべて入っています。「上腹部が痛い」という一点だけでは、消化器のどこが悪いのかさえ絞れません。この夏の入院と同じ場所が痛んでいても、「また同じ病気」とは言えないのです。
痛みが始まったのは昼前。病院に着くまで、途切れなかったそうです(写真はイメージです)
それでも、心臓を消せなかった理由
同じMSDの「急性冠症候群」のページには、こう書かれています。
まれに、腹部に痛みを感じることもあり、特にげっぷをすると痛みが部分的または一時的に軽減する場合があるため、消化不良と誤解される可能性もあります。 (MSDマニュアル家庭版「急性冠症候群(心臓発作、心筋梗塞、不安定狭心症)」)
心臓の痛みが、胃の不調のように感じられることがあると一次資料自身が書いています。上腹部の痛みだけを見ていたら、繰り返し記録された脈のリズムの乱れには気づけません。
2. 症状のサイン——冷や汗と、続く痛み
絞れなくても、急いで受診すべきかの目安はあります。MSD「急性腹痛」はこう挙げています。
ショックの徴候(例えば、心拍数の増加、低血圧、発汗、錯乱) (MSDマニュアル家庭版「急性腹痛」・警戒すべき徴候の一つ)
警戒すべき徴候がみられる人は、直ちに医療機関を受診する必要があります。 (同)
今回の方には痛みが続いていることと冷や汗がありました。血圧は下がっていませんでしたが、脈は95から88へと変化し、リズムも乱れていました。苦しそうな表情や冷や汗は、見た目にも表れる、軽視できないサインです。
総務省消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』には、おとな・高齢者両方のページの「吐き気」の欄に、こうあります。
冷や汗を伴うような強い吐き気 (総務省消防庁リーフレット『救急車を上手に使いましょう』おとなページ「吐き気」欄)
「おなか」の欄には、こうもあります。
激しい腹痛が持続する (同「おなか」欄)
「続いている」こと自体が目安の一つです。今回の痛みは、昼前から病院に着くまで途切れませんでした。
苦しそうな表情も、冷や汗も、見た目にあらわれるサインです(写真はイメージです)
3. 受診の判断——Q助は、症状を選ぶ前に聞いています
消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」には、症状を選ぶより前に聞かれる質問があります。
顔色、唇、耳の色が悪いですか? 冷や汗をかいていますか? (総務省消防庁「全国版救急受診アプリ(Q助)」「各症状へ進む前に」)
「はい」を選ぶと、「腹痛」を選ぶよりも前の段階で「いますぐ救急車を呼びましょう」に進みます。どの症状を選ぶつもりだったかは関係ありません。
「腹痛」を選んだ場合の最初の質問も見ておきます。
1.痛みは突然に起こりましたか? 〔または〕 強い痛み(激痛)がずっと続いていますか? (総務省消防庁「全国版救急受診アプリ(Q助)」「腹痛」)
これも1つ当てはまれば「いますぐ救急車を呼びましょう」。「ずっと続いているか」という時間の長さを聞く質問です。今回の方は冷や汗があり、痛みも続いていました。Q助の設問に沿うなら、どちらにも「はい」がついていたはずです。病名を知らなくても答えられる質問です。
4. 家族へ
① 「いつもの痛みと同じか、違うか」を言葉にしてください
同じ臓器の持病があると、痛みが出たときに「また、いつもの」と考えがちです。でも今回、心臓の可能性を消せなかったのは冷や汗と脈の乱れという「いつもと違う」所見が重なっていたからです。「いつもと同じ感じか、違う感じか」を、自分の言葉にしてみてください。
② 冷や汗、吐き気、続いているかを伝えてください
家族や救急隊に伝えるとき、「冷や汗をかいているか」「吐き気があるか」「痛みが続いているか」の3つが手がかりになります。Q助の質問とも、消防庁のリーフレットの項目とも重なる、難しい言葉でなくてよい情報です。
③ 病院にかかった後でも、変化があれば伝え直してください
今回は、地域の病院を受診したあと、検査ができず転院となった事案でした。一度病院にかかったからといって、そこで終わりではありません。冷や汗が続く、痛みが強くなる——そうした変化は、あらためて伝えてよいことです。転院や処置困難の制度はこちら、胸痛のない心臓発作はこちら、候補にあった虫垂炎はこちら、膵炎はこちらに。迷うときは♯7119の記事もあります。
この夏の入院のことも、伝えるべき情報のひとつでした(写真はイメージです)
持病があっても、数字と言葉で記録しておくと伝えやすくなります(写真はイメージです)
「いつもと同じか、違うか」——それを言葉にすることから始められます(写真はイメージです)

