「横になっていたのに、めまいと吐き気が」——胸は痛くない。傷病名は「急性冠症候群の疑い」でした

「横になっていたのに、めまいと吐き気が」——胸は痛くない。傷病名は「急性冠症候群の疑い」でした

70代の男性が自宅の居室で横になっているときに、突然のめまいと吐き気。吐いてしまい、自分で立てなくなりました。けれど胸は痛くありません。頭痛も息苦しさもない。心電図モニターには、脈の乱れとST低下。持病は狭心症・不整脈・糖尿病でした。国の緊急度判定は「めまい」の中で不整脈と急性冠症候群を想定して質問しています。現役救急救命士が実際の事案から解説します。

今日は、胸が痛くない心臓の話をします。傷病名でいうと、急性冠症候群(きゅうせい・かんしょうこうぐん)——狭心症や心筋梗塞をまとめた呼び方の、その疑いです。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、あくまで現場で疑ったものです。

日本家屋の座敷 横になっていても、起きることがあります(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  1. 胸が痛くない心臓の発作があります。とくに高齢糖尿病で起こりやすいとされています
  2. 国の緊急度判定は、「めまい」を聞くときに不整脈と急性冠症候群を想定して質問しています
  3. 消防庁のアプリ「Q助」では、めまいの12項目のどれか1つでも当てはまれば「いますぐ救急車を呼びましょう」になります

1. 傷病名——疑われたのは「急性冠症候群」でした

70代の男性。自宅の居室で、横になって休んでいるときに、突然ふわふわするめまい吐き気が起きました。実際に吐いてしまい、自分では立てません。

119番通報したのは、ご本人でした。

私たちが着いたとき、意識ははっきりしていて、会話もできます。麻痺もありません。そして——胸は痛くない。頭痛もない。息苦しさもない。

持病をうかがうと、狭心症・不整脈・糖尿病。ふだんの血圧は上が140くらい。1年前にも同じような症状で運ばれ、集中治療室に入ったことがあるとのことでした。ただし、そのときの診断名は聞いていない、と。

心電図モニターをつけると、脈の間隔が不規則で、ときどき心室性期外収縮が混じり、ST低下と呼ばれる変化がありました。

重症度は「準緊急」。運ばれた先は三次救急です。

畳に敷いた布団 安静にしているときに起きた、というのが引っかかりました(写真はイメージです)

2. 症状のサイン——胸が痛くないことがあります

日本糖尿病学会は、糖尿病の神経障害についてこう書いています。

とくに心臓においては、心筋梗塞などが起こっても胸痛などの症状が出ない場合もあり、知らずしらずのうちに心臓が傷んでいくことがあり、注意が必要です。

同じページには「糖尿病性神経障害のために、はっきりした胸の痛みがないこともあります。」とも。痛みを感じる神経のほうが、先に傷んでいるということです。

MSDマニュアル家庭版は、数字を出しています。

心臓発作を起こす人の約3分の1では、胸痛がみられません。

そして、その「約3分の1」に当たりやすい人として——「女性、白人以外の人、75歳以上の人、心不全や糖尿病のある人、脳卒中を起こしたことのある人で多くみられます。」

この事案の方は、年齢と糖尿病の2つが当てはまります。

では胸が痛まないとき、何が出るのか。

その他の症状として、気が遠くなる、失神、突然の激しい発汗、吐き気、息切れ、動悸(大きな心拍が自覚される症状)などがあります。

吐き気が、入っています。

ただし、逆も書いておきます

同じ資料は、こうも書いています。

それでも、高齢者の約3分の2には若い人と同じように胸痛がみられます。

「高齢者は胸が痛まない」ではありません。3分の2の人は痛みます。だから「胸が痛くないから心臓ではない」も、「高齢だからどうせ痛まない」も、どちらも違います。

血圧計と聴診器 現場で分かることには、限りがあります(写真はイメージです)

3. 避けるには・受診の判断

国は「めまい」の中で心臓を聞いています

消防庁の『緊急度判定プロトコル Ver.3』には、「めまい」だけの質問リストがあります。そこには「想定疾患」という欄が付いていて、質問ごとに何を疑っているかが書かれています。

  • 脈が極端に速かったり遅かったり、乱れたり、ドキドキしますか? → 想定疾患は不整脈
  • 胸の痛みがありますか? → 想定疾患は急性冠症候群

「めまい」の入口で、国は心臓を疑っています。

消防庁が公開しているアプリ「Q助」でも同じです。「めまい・ふらつき」を選ぶと12個の項目が出てきて、そのどれか1つでも当てはまると、結果はこうなります。

いますぐ救急車を呼びましょう

12項目の1番目は「動けませんか? 〔または〕 歩行や移動ができませんか?」、3番目が「下痢をしていますか? 〔または〕 吐いていますか?」、4番目が「吐き気がありますか?」、8番目が「脈が極端に速かったり遅かったり、乱れたりしますか?」

この事案の方は、この時点で4つ当てはまっています。

冊子のほうには「めまい」が載っていません

一方、消防庁の冊子『救急車を上手に使いましょう』全9ページに「めまい」という語は1つもありません。近いのは「ふらつき」で、置かれているのは「頭」の欄(脳卒中を想定した項目)です。

冊子だけを見ると、めまいと心臓は結びつきません。

薬のシート 持病と薬が、判断の土台になります(写真はイメージです)

4. 家族へ

① 「前にも同じことがあった」は、必ず伝えてください

この方は1年前にも同じ症状で運ばれ、集中治療室に入っています。けれど診断名は聞いていませんでした。

同じことが二度目なら、それは大きな情報です。診断名を覚えていなくてもかまいません。「前にも同じことがあって、入院した」——それだけで十分伝わります。

スマートフォンを持つ手 この事案は、ご本人が119番しました(写真はイメージです)

② モニターの心電図は、答えではなく入口です

私たちが現場でつける心電図は、12誘導という詳しい検査ではありません。消防庁の通知は、詳しい心電図を測るのが必須な対象の4番目に「心電図モニターにおいてST 変化が見られる」を挙げています。

つまりモニターの異常は「詳しく調べる理由」であって、診断ではありません。私たちが「ST低下がありました」と言っても、それは病名を告げているのではありません。

③ 「期外収縮」と言われても、そこだけで怖がらないでください

MSDマニュアル家庭版は、心室性期外収縮についてこう書いています。

心疾患がない人では、心室性期外収縮は危険ではありません。

同じ資料は「心室性期外収縮は、よくある現象で、高齢者では特に多くみられます。」とも。健康診断で言われた人も多いはずです。

ただし続きがあり、心臓に構造的な病気がある人で頻繁に起きる場合は話が別だとしています。同じ所見でも、持病によって意味が変わる。自分で判断するところではありません。

窓のレースカーテン 迷ったら、Q助を開いてみてください(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • この方の最終的な診断名——私たちが書けるのは現場で疑ったところまでです
  • めまいの種類による見分け方——回転するめまいか、ふわふわするめまいかで原因を切り分ける書き方は、家庭向けの一次資料で裏づけられませんでした
  • 無症候性心筋虚血がどれくらいの割合で起きるか——数字を示した一般向けの一次資料が見つかりませんでした

関連する記事

まとめ

  • 胸が痛くない心臓の発作があります。MSDマニュアル家庭版は「約3分の1では、胸痛がみられません」とし、当てはまりやすい人に75歳以上・糖尿病を挙げています
  • 日本糖尿病学会も「心筋梗塞などが起こっても胸痛などの症状が出ない場合もあり」と書いています
  • ただし高齢者の約3分の2には胸痛があります。「高齢だから痛まない」も間違いです
  • 国の緊急度判定は「めまい」の中で不整脈と急性冠症候群を想定しており、Q助は12項目のどれか1つで「いますぐ救急車」です
  • 「前にも同じことがあった」は、診断名が分からなくても伝える価値があります

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

  • お薬手帳ケース(持ち出し用) — 持病が複数あると、口で説明するのは大変です。1冊にまとめて、玄関に置いておくのがいちばん早い
  • 上腕式の家庭用血圧計ふだんの値を知っておくことが、異変に気づく土台になります。学会が勧めているのは上腕にカフを巻くタイプです
  • 家族の症状記録ノート「いつ、何があって、どこに運ばれたか」を1行ずつ。今回のように「前にも同じことが」を伝えるとき、そのまま使えます

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

関連記事

「痛いのは、肩だけです」——台所で倒れた70代女性。上腕骨近位端骨折の疑いと、弱くなった右の呼吸音
事案から学ぶ

「痛いのは、肩だけです」——台所で倒れた70代女性。上腕骨近位端骨折の疑いと、弱くなった右の呼吸音

続きを読む →
「ニトロを2錠のんでも、楽になりませんでした」——90代女性の胸の苦しさ。傷病名は「狭心症の疑い」でした
事案から学ぶ

「ニトロを2錠のんでも、楽になりませんでした」——90代女性の胸の苦しさ。傷病名は「狭心症の疑い」でした

続きを読む →
「病院にいるのに、救急車を呼びました」——下腹の張りが取れない90代女性。傷病名は「尿閉」でした
事案から学ぶ

「病院にいるのに、救急車を呼びました」——下腹の張りが取れない90代女性。傷病名は「尿閉」でした

続きを読む →

記事内容に誤りを発見された場合はこちらからご連絡ください(訂正依頼を選択してください)

🚑

救急のリアル 編集部

現役救命士(匿名)|救急歴20年以上

患者さんとご家族のプライバシーを守るため匿名で運営しています。 内容の正確性については、現役救命士として責任をもってお伝えします。

このブログについて →